3-2 森の中
『魔の森』と呼ばれる広い森は、ラライアン村のすぐそばに位置する。馬車を使うまでもない。歩いていける距離だ。
「ところで勇者様……この女の子も勇者なのか?」
森への道すがら、ジョンはアダムに、ギーのことを尋ねた。確かに、知らない人が見たら、どうして小さな女の子が勇者たちと同行しているのか、謎に思うだろう。
「ああ……この子は、俺の聖剣なんです」
別に隠すようなことでもないし、正直に話しておいた方が無用な誤解を招かずに済むだろう。とはいえ、さすがに意味が分からないのかジョンが聞き返してくる。
「聖剣?」
「実際に見たほうが早いでしょう。ギー、エクスカリバーになってくれないか?」
アダムはギーにエクスカリバーになってくれとお願いする。
「嫌」
「え……? なんで?」
ギーの返事は意外にも拒否だった。
「コマちゃんと離れ離れになってギーは落ち込み中……今日は魔物が出るまでとぼとぼ歩く……」
コマちゃん――クボタの持つXコマンダーは、普段ギーが持っているが、今回は万が一のことに備えてラライアン村で留守番中のクボタが持っている。Xコマンダーはギーにとっては唯一の友達といえる存在らしく、ギーの気分は今回ずっと沈んだままだ。
「……すみません、ちょっと機嫌が悪いみたいです」
「ああ、いや、別にいいんだが……」
ジョンは別にいいと言うものの、ギーに対して不思議そうな目を向けている。
「ギーちゃん、僕とお話ししない?」
落ち込んでいるギーに話しかけたのは、ターニアだった。
「忍びの勇者と……?」
「忍びの勇者じゃなくて、ターニアだよ、ギーちゃん」
「ターニア……ターちゃん?」
「ターちゃん、いいねえ。よろしく、ギーちゃん!」
「ターちゃん! おななし!」
なんと、ターニアはあっという間にギーと打ち解けてしまった。こうしてみると、2人とも年相応の女の子にしか見えない。
「こういうの見てると、アランのこと思い出すな……」
「アランさん……弟さんのことですか?」
ジョンのつぶやきに、カルロスが反応した。
ターニアのアダムについての話を、ギーがうんうんと頷きながら楽しそうに聞いている。
「ああ。こんな感じで馬鹿な話をしてて……て、すみません、いらん話を」
「いいえ……僕にも兄がいるので……」
「……そうか」
カルロスがジョンに対して同情を示す。
「ん!?」
ギーとじゃれあっていたターニアが突然、後ろに向かって短剣を投げた。短剣は虚空を斬り、放物線を描いて地面に突き刺さる。
「どうした! ターニア?」
「気を付けて! アダム兄ちゃん、誰かが僕らの後をつけている!」
「なに!」
「戦闘態勢!」
一同の間に緊張が走る。
ビルの号令で、アダム達はジョンを守るようにして互いに背中を合わせて1ヶ所に固まる。
「…………」
長い沈黙が続く。しかし、追跡者は姿を現さない。
「ターニア、追手の気配は?」
「まだある……いや、消えた……?」
「消えた?」
アダムは聞き返す。
ターニアの探知能力は完璧だ。気のせいだとは考えにくいのだが……
「ターちゃん、何も気配しないよ?」
「おかしいな……ごめん、安全だ」
アダム達は恐る恐る警戒を解いた。しかし、何者かが襲ってくる様子はない。
「お前にしては珍しいな、ターニア?」
「うーん……確かに気配はしたはずなんだけど……」
ビルの言葉にターニアはどこか納得いかなそうな表情を浮かべる。
本当に何かいたのだろうか?
「とりあえず先に進もう。ここで止まっていても仕方がない」
アダムは先に進むことにした。
森の入り口からは不気味な気配が漂っていた。忍びの勇者であるターニアじゃなくてもわかるくらい、身の毛もよだつような瘴気を感じる。魔の森と呼ばれる理由がよくわかる。
樹木は紫がかった色に変色し、いかにも毒されていますと主張しているようだ。
「ここが魔の森か……」
「1ケ月前まではここまで不気味なところじゃなかったんだけどな……どこの魔物が棲みついたのやら、こんな感じになってしまった」
「ジョンさんはこの森のどこまで入り込んだんですか?」
「……一応、木の魔物――トレントだったか? そいつらが大量繁殖しているところまでは行ったことがある」
「本当ですか?」
「……ああ」
意外な情報だった。ジョンが敵の本拠地までのルートを知っているのなら、すぐに討伐に取り掛かることができる。
「……そこにも弟はいなかったのか?」
「……………ああ、いなかった」
「……そうか」
ビルの問いかけに、ジョンは目を合わせずに答える。
――何か、おかしいな……
唐突に、アダムはジョンの態度に違和感を覚えた。
まるで何かを隠しているような……
「勇者様、行こうぜ」
「え、ああ、はい……」
怪しく思っていたジョンに先を促された。
――とにかく、先に進むしかないか……
「ギー、そろそろいいだろう?」
「……わかった。ターちゃんのお話聞けてちょっとうれしい。えくすかりばー!」
ギーの体が光に包まれ、聖剣の形になる。アダムの右手におさまり、聖剣エクスカリバーとなった。
「ほ、本当に剣になった……」
「まあ、驚きますよね……とにかく、進みましょう!」
驚くジョンに、今度はアダムが先を促した。
ジョンに先導されて、勇者たちは森の西の端を目指す。トレントはまだ現れていないが、いつどこから出てきてもおかしくないような雰囲気だ。
「……不気味なところだね。嫌な気配がビンビンするよ……」
ターニアは周囲の木を眺めてぶるぶる震えながら歩く。忍びの勇者であるがゆえに、悪い気配にも敏感なのだ。
「ターニア、トレントの気配は?」
「わかんないよ……この木全部からトレントの気配がするもん……」
アダムの問いかけに、ターニアはここ森の木々が全部トレントだと言う。
「ターニアちゃん、ここの木が一斉に襲い掛かってくる可能性はあるかな?」
「それはないですぜ、勇者様。今までの経験上、ここの木はトレントとやらじゃない」
カルロスのターニアに対する問いかけを、ジョンが否定する。そして急に足を止め、こう付け加える。
「代わりにこんなキノコの化け物が出ますがね」
突然地面が割れて、人の大きさ位の手足の生えた巨大なキノコが3体、出現した。
キノコ型の魔物、マタンゴだ。
「マタンゴ!」
アダム達はジョンの前に飛び出し、マタンゴ達に対峙する。
「1人1体、カルロスは後方支援だ! 行くぞ!」
アダムがすばやく指示を飛ばす。
無言で、太い腕を振り回して殴りかかってくるマタンゴ。アダム、ビル、ターニアの3人はその打撃を避ける。
「くらえ!」
そこに、カルロスが弓を引き、素早く矢を3発放つ。矢の直撃を受けてマタンゴたちは大きく後ろに下がる。
「今だ!『剣の舞』」
「『大ぶりの太刀』」
「『影分身』」
マタンゴたちの体を、アダムの『剣の舞』が細かく切り刻み、ビルの『大ぶりの太刀』が真っ二つに切り裂き、『影分身』で何人にも分身したターニアが一斉に斬りつける。
勇者たちの渾身の一撃を食らい、マタンゴたちは倒された。その死体は黒い霧となって消滅する。
「すげえ……! さすが勇者様だな……」
勇者たちの活躍を初めて目の当たりにしたジョンは感嘆の声を上げる。
「これくらいなら、大したことはありません。さあ、先を急ぎましょう」
「ああ。木の魔物相手にもこの調子で頼むぜ」
マタンゴを倒したアダム達は、本命の木の魔物――トレントを求めて、ジョンに先導され森の奥へと進んでいった。