1-1 六人の勇者と仮面の悪魔
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戦況は最悪だった。
「うわああああ!」
十数体のゴブリンが放った爆炎魔法で、小高い丘の上で戦う六人の勇者たちは一斉に吹き飛ばされ、激しく地面に叩きつけられる。普通の人間なら致命傷を負うような爆発。しかし彼らは満身創痍ながら何とか生きていた。
「みんな、大丈夫か!?」
「はい、何とか……しかし……」
「これはちょっときついわよ……援軍はまだなの?」
六人のリーダーである17歳の少年、紅竜の鎧を身に着け、聖剣エクスカリバーを携えて立ち上がろうとする『聖剣の勇者』アダム=レオトレーシーの問いかけに苦しそうに応えるのは、重そうな鎧と大剣を装備した『重装の勇者』である31歳元士官学校剣術講師のおっさん重騎士、ビル=ケンブリッジと、軍の魔導士のローブを纏った『魔導の勇者』である軍のエリート魔導士部隊所属の20歳の天才女性魔導士、リサ=ミスティックレンジャー。
勇者たちの身に着けた装備と、それぞれの左手の中指にはめられた勇者の証である指輪『勇者の紋章』の守りによって致命傷こそ避けられたものの、長時間に及ぶ防戦による身体的なダメージと疲労の蓄積で勇者たちはボロボロの状態だった。再び立ち上がるのは厳しい。
予定では援軍としてこの丘の近くにあるジャンドール砦から、ニラーナ将軍率いる騎士団が来るはずだが、まだその姿は見えない。
「皆さんもなかなか頑固ですねえ。そろそろ諦めたらどうです」
五十体近くのゴブリン軍団を従えて、六人の勇者たちを見下ろすのは、仮面で目元を隠し口元に不気味な笑みを浮かべる、スーツ姿の魔物だった。
一か月前にアダム達勇者の前に現れたそいつは、自らを『仮面の悪魔・ブラフ』と名乗り、彼らに深刻な被害を与え続けていた。このブラフ一人の企みのために、彼らは二人の大事な仲間を失い、苦労して集めた『封印の鏡』の六枚のうち二枚を奪われた。
「まだだ……僕らはここで下がるわけにはいかない!援軍が来るまで持ちこたえるんだ!」
六人の勇者の中では最年少の14歳、『忍びの勇者』である動きやすい装備のボーイッシュな少女、ターニア=ザクトリーが最初に起き上がり、ブラフ率いる魔物の軍団に双剣を向ける。僕、と言っているが、れっきとした女の子である。
「ふふふ……」
ブラフはその不気味な笑みを崩さない。
舞台俳優のような大げさな手ぶりで、魔物たちに指示を出す。
ターニア一人に狙いを絞って集中攻撃させるつもりだ。
「本当に……諦めの悪いお嬢さんだ。よろしい……ゴブリン達、あの元気のいいお嬢さんのお相手をして差し上げなさい!」
ブラフのゴブリン軍団は普通のゴブリンではない。それぞれがブラフの謎の『力』によって特定の能力に特化されている。
「望むところだああああ!」
「よせ、ターニア!」
アダムの制止を振り切って、ターニアは傷だらけの体に鞭打ってゴブリンの群れの中に突進していく。そこにすかさずブラフが指示を出す。
「メイジゴブリン!」
魔法に特化し、普通のゴブリンでは絶対に使えない強力な爆炎魔法を放つメイジゴブリン達が、先ほどと同じように杖を振るう。
杖の先に赤い炎が渦巻き、発射される。
「うわっ!」
激しい爆発がターニアを襲うが、
「だ……だ……『大地の壁』よ!」
聖なるローブで身を守った『癒しの勇者』である長身の16歳の少女、マリー=キアコルが地面に伏したまま呪文を唱える。地面から壁が現れて、ターニアに当たろうとした爆炎を防いだ。
「ありがとうマリーさん!」
「よそ見しないでくれます、お嬢さん?バーサークゴブリン!」
「ターニアちゃん……危ない……!」
マリーが声をかけた時には遅かった。
間髪入れず、続いて新たなゴブリン――暴走状態一歩手前まで狂暴化させた十数体のバーサークゴブリンたちが棍棒を振り回してターニアの左右から襲い掛かる。
「こ、このっ!」
ターニアは逆手に構えた双剣を素早く振るい、バーサークゴブリンたちの猛攻を受け止める。
「やばいっ……!」
しかし多勢に無勢、周囲を囲まれて攻勢に転ずることができずに追い込まれていく。バーサークゴブリンたちの攻撃がどんどん重くなり、ダメージが蓄積された体が悲鳴を上げる。
「ターニアっ! ……うおおおおお!」
仲間のピンチに、リーダーであるアダムは聖剣エクスカリバーを杖代わりにして起き上がり、バーサークゴブリンの群れに向かって駆け出す。
「邪魔だ!」
エクスカリバーでバーサークゴブリンたちを後ろから切り裂き、ターニアの救援に向かう。
エクスカリバーはその刃に施された神の聖なる加護により、伝説の勇者の武器の中でも最も強力な力を持つと言われ、強い魔物に対しても大きなダメージを与えることができる。アダムは力任せに剣を振るい、ターニアの周りを囲むバーサークゴブリンたちを一掃した。
「ターニア!大丈夫か!?」
「アダム兄ちゃんごめん・・・・・・突っ走っちゃった・・・・・・」
「お説教は後だ。いったん後方に下がれ」
ターニアのピンチを救いはしたが、状況は好転していない。
まだ残ったメイジゴブリンたちが爆炎魔法を放とうとしているというのもあるが、それよりもさらに大きな問題があった。
「アダムさん、いくら無限に出てくるとはいえ、さすがに私の研究成果をこうバタバタと壊すのはやめて頂けませんか?」
ブラフが指をパチンとはじく。
すると、ブラフの背後、そこには宙に浮かぶ不気味な黒い大きな穴――ブラフ曰く、魔物を永久に生み出し続ける『永遠の闇』――その闇の中から、次々と新たなゴブリン達があふれ出てくる。メイジ型とバーサーク型のほかに、見たことのないタイプのゴブリンも出てくる。
この永遠の闇を消す手段は、現在のところ、ない。
アダム達はこれにより過酷な消耗戦と敗走を強いられていた。
それでもアダムはあきらめてはいなかった。
「ブラフ・・・・・・今日こそお前を倒す!『永遠の闇』も消す!行くぞ!」
「何とも諦めの悪いことで。アーマーゴブリン!」
「『光の刃』よ!」
アダムはエクスカリバーに魔力を込める。聖剣に宿った聖なる魔法の力で刀身が白い光に包まれる。
永遠の闇を消す手段はわかっていない。だがもし永遠の闇が魔術の類であれば、永遠の闇を生み出す、ブラフを倒せば、もしかしたら消えるかもしれない。
そう考えてボロボロになりながらも戦いを挑むアダムに、ブラフは新種のゴブリン、筋肉と一体化した硬い鎧に覆われたアーマーゴブリンを差し向けてきた。
ブラフを守るように立ちふさがるアーマーゴブリンたちに、アダムは輝く刃をもって斬りかかる。
「なにっ!?」
「あーはははっ・・・・・・アーマーゴブリンの硬ーいスーパー・マッスル・プロテクト・アーマーをなめてもらっちゃあ困りますねえ」
しかし、エクスカリバーの刃は、アーマーゴブリンの硬くて分厚い鎧に簡単にはじかれてしまった。同時に、刀身に宿った魔力も喪失し、輝きを失ってしまう。
「くそっ!エクスカリバーでもダメか・・・・・・!」
これまでほぼすべての魔物を一刀両断してきた、最強の武器である聖剣エクスカリバーが効かない。これは勇者たちにとって厳しい状況を意味していた。
「アダムさーん、そろそろ諦めて封印の鏡を譲っていただけませんか?今なら4枚・・・・・・いや、出血大サービス!2枚で手を打ちましょう!2枚で我々はここから撤退いたしますよ?さあ、さあ、!」
「断る。もうじきジャンドールの砦から応援が来る。百人規模の魔導装備の充実した部隊だ、数と質の両面で押せる。永遠の闇とやらも今日までだ。ここで俺たちが食い止める!」
「その応援なんですがねえ、いつ来るんです?もうだいぶ時間たちましたけど?ジャンドール砦ってこの近くですよねえ?」
どこから取り出したのか、ゲルマン製の懐中時計をブラフはわざとらしく眺める。
確かに、ブラフが言った通り、応援はなかなか来ない。
ニラーナ将軍は確かに、三十分以内に駆け付けるといった。砦の位置からしても無理のない時間だ。しかしもう一時間はたっている。
「ブラフ・・・・・・貴様の仕業か?」
「まさか・・・・・・こちらの計画では応援の騎士団の皆様を皆殺しにして、お頭のニラーナ将軍を人質に封印の鏡を頂戴するのが主目的だったのに、こちらも想定外の事態ですよ」
ブラフは手を出していない?それじゃあ一体・・・・・・
「さて、こちらも成果なしでは魔王様に怒られてしまいますので・・・・・・封印の鏡、力づくでもいただきますよ?」
改造ゴブリンたちがアダム達を取り囲むようにじりじりと近づいてくる。
もうアダム達は限界だ。長時間の激しい戦闘で身体的な疲労もダメージもピークに達している。エクスカリバーも通用しない。
これまでか・・・・・・
「・・・・・・『魔弾・大旋風』」
アダムがあきらめかけたその時だった。
背後で倒れていたはずの弓を構えたマリーと同い年の少年、『魔弾の勇者』カルロス=ゲイツが放った最後の魔弾――矢じりに魔石を使った、魔力を込められた矢が起こした凄まじい暴風が、ブラフとゴブリン軍団に襲い掛かった。
「くっ!さすが勇者・・・・・・まさか、こんな隠し玉があったとは・・・・・・!」
局地的な嵐が魔物たちの行く手を遮る。ブラフも立っているのがやっとのようだ。
「カルロス・・・・・・」
「最後の魔弾を勝手に使ったお叱りは後で受けます。リーダー、今のうちに撤退しましょう。このままでは持ちません」
カルロスはアダムのもとに歩み寄り、撤退を促す。
「やむを得ないか・・・・・・」
他の仲間たちに目配せをする。
魔導の勇者・リサは重装の勇者・ビルに肩を借りて何とか動けるような状態、癒しの勇者・マリーは先ほどの『大地の壁』の魔法で魔力を使い果たしたのか気を失っており、魔弾の勇者・カルロスに背負われている。
「ターニア、走れるか?」
「大丈夫・・・・・・煙玉もまだある」
「よし・・・・・・」
アダムは叫んだ。
「みんな、ジャンドール砦まで退くぞ!ターニア!」
「煙玉!ドロン!」
ターニアが地面に投げつけた忍びの道具、煙玉によって勇者たちの姿が濃ゆい煙の中に消える。
「・・・・・・逃げられましたか」
ブラフたちを襲う大旋風が消え、煙玉の煙が晴れた時、そこに勇者たちの姿はなかった。
逃げられてしまったらしい。
「まあ、いいでしょう。あのダメージです。まだこの近くの砦に留まらざるを得ないはず。ただあの砦の兵力は厄介だ・・・・・・もう少し数を増やすとしましょうか・・・・・・」
ブラフはにやりと不気味な笑みを浮かべ、身を翻す。自ら生み出した永遠の闇の中から次々と湧き出てくる、改造ゴブリン達と共に――。