3-1 『魔の森』へ
「ひどい目にあいました……」
「すみませんでした、クボタ殿……」
アダム達は神父の厚意で、教会の客室に泊めてもらうことになった。普段病院の代わりとして使われるだけあって、アダム達8人分のベッドもある大きな部屋だ。
村人たちを説得してどうにかクボタを解放してもらい、馬車の中で待機していたカルロスと共に動けないリサとマリーを教会の中に運び込んだ。
「ああ、久々にゆっくり寝れる……おやすみ……」
「ギーもおやすみ……」
「ターニア、エクスカリバー、まだ寝るんじゃないぞ。これから作戦会議だ」
ベッドに寝転がり、今にも寝ようとするターニアとギーをビルがゆり起こす。
時刻はもう夜の7時。あと1時間もすれば眠る時間だが、アダム達はこれから明日のトレント討伐に向けての作戦会議だった。
ちなみに、マリーは参加していない。ビルの怒号も無視して早々にベッドの中で眠ってしまった。
「これが神父様から借りた、この辺一帯の地図だ。例の森はこの辺りになる」
アダムが教会の神父から借りた地図を広げ、森の位置を指し示す。村からはそう遠くない距離だ。
「神父様と、村の人たちの話からすると、トレントはこの森の西の方にいるようです。複数体の目撃証言もあることから、すでに繁殖しているとみていいでしょう。すでに村人たちの間では『魔の森』と呼ばれて恐れられています」
村で聞き込みを行っていたカルロスが付け加える。
「そうなると村からは結構距離があるわね……ちょっと危険だけど、正面突破で行く?」
「でもリサさん、ブラフの影響できっとここの魔物も強化されているよ?正面突破はちょっと危ないんじゃないかな……」
リサの提案した正面突破の案に、ターニアが懸念を示す。
「ターニアの言うことも一理あります。ここは偵察を出して、それから作戦を考えても――」
「しかしカルロス、我々には時間がない。魔王ジゴ・ラドキとの戦いのこともある。行方不明になった封印の鏡を捜索しなければならないことを考えると、あまりここで足止めを食らうのはよくない」
「そうだな。カルロスの言う方法がベストだが、またジョンさんが一人で無謀に森に飛び込むことも考えると、できれば早めに、欲を言えば明日中に解決したい」
ビルとアダムはカルロスの偵察案に難色を示す。しかし、
「かといって、次善の策があるわけではないんだがな。分散して攻めようにも、リスクが大きすぎる……」
動けるメンバーは、魔弾の切れたカルロスとクボタまで入れても5人。もしトレントが大量に繁殖していた場合、そしてブラフの残した影響で強化されていた場合、分かれて戦うのは危険である。アダム達は3人で束になっても強化されたオークに勝てなかったのだ。
「そうなると……」
「ダメだ。カルロス」
カルロスがクボタの方を見る。が、即座にビルがカルロスの発言を遮った。
「ビル殿、僕は何も言ってないじゃないですか?」
「何も言わなくても目線でわかる。ディメンダーXを先頭にした正面突破作戦だろう?」
ビルの言葉に、名指しされたディメンダーXことクボタはきょとんとしている。
「ビル様、私は別に構いませんが……」
「ディメンダーXを使うのはあくまで最終手段だ。我々が失敗した時に、ディメンダーXを使わせてもらう」
その言葉に、クボタは黙るしかない。
そんなビルの言葉をアダムが諫める。
「先生、それはクボタ殿に失礼ですよ」
「アダム殿、これは我々勇者の誇りの問題です。まず我々が戦わねばなりません。ディメンダーXに頼るのはその後です。違いますか?」
「それは……そうですが……」
『勇者の誇り』のことを出されると、アダムも何も言えない。
ビルが続ける。
「他に方法はあるはずだ……いっそ森を焼き払ってしまうとか」
「それじゃアラン君まで死んじゃうよ! ギーちゃん、なんかいい方法ない?」
過激な手段に走ろうとするビルを止めるため、ターニアはギーにいい方法がないか尋ねる。うつらうつらして今にも寝そうなギーはターニアの言葉に頷く。
「うみゅう……一応方法はある……力押し」
「力押しじゃどうにもならないよ~」
「大丈夫、忍びの勇者……実はコマちゃんから必殺技を教えてもらった」
ギーの口から発せられたのは驚きの発言だった。本当にXコマンダーと会話ができていたのか? いや、それよりも……
「ギー、技というのは……?」
「こんなの」
ギーが自分の額をアダムの額に当てる。ギーの息が直接当たり、アダムがドキッとする中、アダムの頭の中に情報が流れてくる。
「こ、これは……!」
「『終末の音速剣』っていう技。理解するのに時間がかかった」
『終末の音速剣』? そんな技聞いたことがない。おそらくディメンダーXの使う技の1つだろう。だが、体がこの技を覚えていく。剣に魔力を一点集中させ、高速で敵の懐に飛び込み、切り裂く――そんな技だ。まるで何年も練習していたような感覚を覚える。
「おわり。わかった、アダム?」
「ああ……これがあれば力押しでもなんとかなるかもしれない!」
アダムは興奮していた。これでブラフの影響も何とかなるかもしれない、そう思えた。ビルも珍しくギーをほめたたえる。
「よくやったぞ、エクスカリバー! アダム殿、これで明日の作戦は正面突破できまりですな」
「はい! 正面突破でトレントを討伐して、アランさんを探し出しましょう」
深夜。
皆が寝静まった中、アダムは1人、教会の玄関で座り、ぼーっとしていた。
「どうしたの、アダム兄ちゃん?」
「ターニアか……やっと静かに眠れるんじゃなかったのか?」
そこにターニアがやってきた。アダムの横に座る。
「これでも忍びの勇者だからね。眠っていても気配には敏感なのさ。それで、どうしたんだい?」
「ああ……ギーから終末の音速剣を教わって、ちょっと興奮しすぎたと思ってな……少し頭を冷やしているのさ」
アダムはそう言ってため息をついた。
『終末の音速剣』――この技があれば、きっとトゥーリー村に現れたキメラオークやジャイアントオークも倒せただろう。それぐらい強力な技だ。しかし、それにしてもはしゃぎすぎた。アダムは反省していた。
「そう? でもこれでトレントが倒せるならいいじゃない? 向こうはブラフの影響で強化されているかもしれないんだし」
「いや、それだけじゃ勝てない……終末の音速剣に頼り切るのは、ディメンダーXに頼り切るのと同じだ。絶対に粗が出る。そんな気がする」
おごれるものは久しからず――東方に伝わることわざだ。『終末の音速剣』を手に入れておごり高ぶれば、自分たちは負けてしまう。アダムはそう感じていた。
「でもアダム兄ちゃんがはしゃぐなんて珍しいよね。やっぱりうれしい?」
「それはうれしいさ。でも、これは俺自身の力じゃない……」
そう、『終末の音速剣』はアダム自身が努力して手にした力ではない。ギーから与えられた力、借り物の力なのだ。自分の実力が増したわけではない。
「じゃあやっぱり、油断しないで頑張るしかない、のかなあ……」
「そうだな。結局俺たちのやることは同じだ。ディメンダーXがいなくても、終末の音速剣を手に入れても、俺たちは頑張るしかないんだ」
アダムは自分を戒めるように言った。
翌朝。
『魔の森』に向かう準備を整え、アダム達は出発の準備を整えていた。
「クボタ殿、神父様、リサさんとマリーのこと、よろしくお願いします」
「お任せください」
「勇者様、どうかお願いいたします」
アダムは神父とクボタに頭を下げる。
今回、森に向かうのはアダム、ビル、ターニア、カルロスの4人。人間状態のギーまで入れて5人。動くことができないリサとマリー、そしてクボタは教会で神父と一緒にお留守番だ。魔弾を使い切ったカルロスは普通の矢で戦う。魔弾ほどではないが、ある程度はトレントにダメージを与えられるはずだ。
「よし、それじゃあ出発――」
「待ってくれ、勇者様!」
アダムが皆を引き連れて出発しようとした時、勇者たちを呼び止める叫び声がした。
「あれは……ジョンさん!」
昨日、森で魔物に襲われて、アダム達に命を救われたジョンが走ってきた。傷はまだ完治しておらず、包帯を巻かれた姿が痛々しい。
「ジョン……! お前何しに来たんだ!」
「いいだろう神父様……勇者様、森の案内役が必要だろう? 俺もついていくぜ」
「やめろ! 無茶だ!」
「無茶でもやるしかねえ! アランが待っているんだ!」
神父の制止を振り切るようにして、よろず屋のジョンが同行を申し出てきた。
声の様子からして本気だ。
「どうします? リーダー?」
「素人が魔物を相手にするのは危険だ……連れては行けんだろう」
「でも、ビルのおっちゃん、この人何が何でもついてきそうだよ? どうする、アダム兄ちゃん?」
仲間たちの言う通り、ジョンを連れていくのは危険だが、ダメだと言ってもジョンはついてくるだろう。そうなると……
アダムは表情を険しくしてジョンに向き合う。
「ジョンさん、俺たちについてくるのなら、命の保障はできません。それでも来ますか?」
「もちろんだ……アランのためなら、この命惜しくはない」
ジョンは覚悟を決めているようだ。アダムは決断した。
「カルロス、ジョンさんの護衛を頼む」
「リーダー……! 本気ですか?」
「素人を連れていくなんて正気ではありませんぞ!」
カルロスとビルは即座に反対意見を述べる。
「ジョンさんはついてくるなと言ってもついてくるだろう……ならばこちらで管理するのが一番だ。ジョンさん、案内をお願いします」
「まあ、たしかに……」
「アダム殿がそうおっしゃるのなら……」
アダムはそう言ってジョンの同行を認めた。カルロスとビルもしぶしぶジョンの動向を承認する。
「ありがとう、勇者様」
「トレントとの戦闘になったら、すぐに安全な場所に身を隠してください。絶対に無理はしないように。それが同行を許可する条件です」
アダムはジョンに対して釘を刺した。いざという時にジョンを守るためだ。
「よし、それじゃあ出発だ!」
こうしてジョンを加えた6人で、アダム達は『魔の森』へ向かった。