2-8 勇者として
広場とその周辺は壊滅的な被害を受けたが、村自体にはそこまで大きな被害はなかった。村人たちも全員避難しており、幸いなことに怪我人も死者も一人も出なかった。
オークたちが全滅し、トゥーリー村の人々は全員戻ってきた。しかし、これまで信じていたオークに裏切られ、村人たちは意気消沈していた。これからはオークに守ってもらっていた前の状態に戻ることになる。魔王軍との戦いは激しくなり、王国の兵士も小さな村の周辺には回せなくなってきている。
「村長、村を支配していたオークは滅びました。しかし……村は魔物の脅威にさらされてしまう……」
「それでもいいのです。魔物に支配されるという異常な事態が続くよりは……村の外の人間を信じられなくなる状態よりはずっとましです。何より、村人の命が救われました。本当にありがとうございました」
村長は心配するアダム達にそう言って頭を下げた。
これからは村の若い者たちが中心となり、魔物に対する警戒をしていくようだ。
「勇者様……私たちを守ってくださり、ありがとうございました」
「辛く当たってしまい、申し訳ありませんでした」
「まさかオークたちに騙されていたなんて思いもしませんでした。ありがとうございました」
オークの恐ろしい計画から村人たちを救ったことで、アダム達に対する村人たちの視線は温かいものに変わった。
だが、アダム達の心中は複雑なものだった。
アダム達、王国の勇者が倒したのは十数体のオークのみ。もっとも苦戦したジャイアントオークや首領であるキメラオークを倒したのはディメンダーXだ。実際に戦っているところを見ていない村人たちはアダム達がすべてのオークを倒したと思っている。
アダムは訂正しようとしたが、それを止めたのはクボタ自身だった。
「なぜです、クボタ殿! オークの首領を倒したのはあなたなのですよ!」
「今、外国人である私が、勇者の皆さんを差し置いて戦果を上げたとなれば、混乱が生じます。それは避けたほうが良いでしょう。とりあえず、アダム様たちが倒したことにしていただけませんか?」
クボタは勇者の体面を守ろうとしたのだろうか?
確かに、勇者たちはラスコー王国内で、魔王軍に対する人類の希望として見られている。そんな勇者たちより強い存在が国外から来たと分かれば、政治的に大きな混乱が生じるだろう。クボタはそんな混乱も避けたかったのか? そうだとすれば、相当なおせっかい焼きだ。知らない国に迷い込んで、その国のために思いを巡らせ、その上命を懸けて魔物と戦うなんて……
「勇者様、もう出発されるのですか?」
「はい。村長、お世話になりました。立派な馬車まで貸していただいてありがとうございます。この村の守りの強化は、王都に帰ったらすぐに提案してみます」
オークたちを倒した次の日の朝、アダム達は王都に向けて出発しようとしていた。村人たちは広場周辺の復興に忙しいため、見送りは村長だけだ。
大けがで動けないリサとマリーを、村長から借りた二匹の馬が引く大きな馬車に乗せる。ビルとターニアも中に乗り込み、アダムとカルロスは御者台に座る。
「ギー、ここがいい」
「ギー……ちょっと……」
ギーはアダムの膝の上に座った。アダムは戸惑うが、ギーはなかなか動こうとしないので、しょうがなくこのまま出発することにした。
「……すみません、皆さん。なんで私だけ乗せてもらえないのでしょうか?」
「体力づくりだ。その自転車でいいから、走ってついてこい」
「えええ……」
クボタだけは馬車に乗せてもらえなかった。
体力をつけるため、自転車で馬車についてこいという試練をビルから与えられてしまった。
しょうがないか、と大きなため息をついている。
「すみませんクボタ殿。スピードは落としますので……よし、それじゃあ出発だ!」
「勇者様、お気をつけて!」
村長に見送られて、アダム達はトゥーリー村を後にした。
次の目的地は、ラライアン村だ。
「先生、クボタ殿を乗せなかったのは、俺たちだけで話し合うためですか?」
「はい……我々はここで、全員の意見をまとめる必要があります」
トゥーリー村から離れ、時間が昼に差し掛かったころ、アダムはビルに尋ねた。
自転車のクボタは馬車の遥か後ろにいる。しばらくはついてこれないだろう。
「アダム殿、我々がクボタに対して……ディメンダーXに対していくつかの懸念を持っています」
ビルが一つずつ数えていく。
「彼の正体・目的が不明なこと。彼の出身国がニホンという謎の国であること。どうやってラスコー王国内に侵入したのかわからないこと……何より、ディメンダーXという異常なまでに強力な装備を持っているということ……」
「現状、ディメンダーXは正当な使われ方をしていること。僕らの実力はディメンダーXに到底追いつかない、並んで戦うことすらできないこと。これらも追加してください」
カルロスがビルの言葉に続ける。
さらにターニアも付け加える。
「魔物は確実に強くなってきている……このままだと、僕らの実力では本当に倒せなくなる。ディメンダーXが、クボタのおっちゃんだけが、唯一の対抗策になってしまう」
「……そしたら、私たちが勇者である意味が完全になくなりますね。ずっと見てましたけど、ディメンダーXは本当に強いです」
「そうね……アダム君の話、半信半疑だったけど、実際に見てびっくりした」
馬車内で横になっているマリーとリサも自分の感想を述べる。
ディメンダーXの戦いを間近で見た六人の感想はおおむね一致していた。同時に、クボタについての謎は誰にも分らなかった。
「トゥーリー村を支配したオークの首領は、ブラフからもらったと言う妙な道具で部下のオークを異常なまでに強化した……また同じ手口で強化されたら、俺たちだけじゃどうにもならない……参謀本部に聞いてみなければわからないが、俺は、クボタ殿を雇うべきだと思う」
アダムは自分の考えを述べた。即座にビルが反論する。
「それはいけないと思います。クボタの正体がわからない以上、我々の組織に組み込むのは危険です。それよりも、ディメンダーXを……ディメンダーXの核となるXコマンダー徴収し、我々の戦力とする方が現実的です」
「ちょっと待ってビルさん、それってクボタさんからXコマンダーを奪うってこと? 多分あれニホンっていう国の軍事機密よ。無理やり奪ったら国際問題になるわよ?」
「しかし他に手がない。それにニホンという国は聞いたことがありません。取るに足らない小国でしょう。最悪、力押しで何とかなるはずです」
ビルはディメンダーXそのものを勇者の戦力として徴収するべきだと主張した。だがそこに、今まで会話に加わっていなかったギーが、アダムの膝から降りて身を乗り出してきた。
「重装の勇者、多分それ無理」
「どういうことだ、エクスカリバー?」
「コマちゃんはギーと一緒。ギーがアダム専用みたいに、コマちゃんはディメンダーX専用。ほかの人が使おうとしても使えない」
ギーはクボタ以外の人間にはXコマンダーを、ディメンダーXを使いこなせないと言ってきた。
「そんなこと、やってみなければわからないだろう!」
ビルはそう言って、ギーが握っていたXコマンダーを無理やりつかんで、自分の左腕に取り付けた。
「先生、何をするんです?」
「ディメンダーXになるだけなら問題ないはずです」
ビルは見様見真似で、Xコマンダーを操作した。丸いダイヤルを回したその時だった。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ……!」
「せ、先生!」
突然けいれんを始めた。
白目をむき、口から泡を吹いて、ばたりと倒れてしまう。
「先生! 先生! ……とりあえず息はあるな」
「ビルのおっちゃん、しっかりして! ダメだ、気絶している」
「重装の勇者め……言わんこっちゃない」
最悪の形で、ディメンダーXがクボタにしか使えないことが証明されてしまった。
ビルの案は自然と却下される流れとなってしまった。
「ビルさんの案、Xコマンダーを使うっていうのは悪くないんだけどね……」
自分の横に寝かされたビルを見て、リサはため息をついた。
アダムはリサに尋ねる。
「リサさん、もしXコマンダーを王都の魔法研究所で解析したとして、どのくらいの期間で、どれくらい再現できますか?」
「無理ね……こんな小さくて高度な魔導兵器、今まで見たことがないわ。ブリテンでもこんなもの作れないわよ。技術的には最低でも十年先を行っているわ……」
十年先……もはや未来の兵器だ。
どうやってもディメンダーXを自分たちが使うことも、コピーすることもできない。
そうなると、やはり……
「やはり、クボタ殿を仲間として迎え入れるべきです、リーダー!」
「そうだな……それしかないか……」
「そうなると、私たちが勇者である意味がなくなりますね……ふふっ……今の私たちにはお似合いです……」
ふて寝するマリーの皮肉めいた言葉に、アダムは何も言えない。
アダム達はこれまで、勇者であることを誇りに、魔王軍と戦ってきた。勇者の誇りがあったから、ブラフとの勝ち目のない戦いにも挑み続けることができた。
クボタに頼るということは、その誇りを捨てることにつながる……
「しょうがないんじゃないでしょうか……魔王軍を倒すことが、我々の使命です」
「まあ、意地張っても仕方ないわね。ここが私たちの限界なのかもしれないし……」
カルロスとリサはあきらめの状態になっている。
「……ちょっと待って、二人とも!」
ターニアが、あきらめかけた二人に声をかけた。
「どうした、ターニア?」
「ずっと考えていたんだ、どうしてクボタのおっちゃんは僕たちを助けてくれるんだろう、どうして僕たちと一緒に魔物と戦ってくれるんだろうって」
「それは……わからないな……」
「僕の想像だけど、アダム兄ちゃんが先陣切って、みんなのために魔物たちと戦っていたから、クボタのおっちゃんは助けてくれたんじゃないかな?」
「俺が戦っていたから?」
「そう!」
ターニアに言われても、アダムにはピンとこない。自分はただ必死に、目の前の敵を倒して勇者たちのリーダーとしての責任を果たそうとしてきただけだ。
「言われてみると……自分もクボタ殿だったら手を貸していたかもしれません」
「アダム君、責任感強いからねえ」
他の面々はターニアの言葉に同意するのだから、きっとターニアの言う通りなのだろう。ちょっと照れ臭いが……
「クボタのおっちゃんがいないと、強くなる魔物たちには勝てない。ディメンダーXには頼らざるを得ない。だからさ、僕たちは勇者として、できる限り頑張ろうよ!」
ターニアは訴えた。
もしターニアの言う通りならば、自分たちはより一層努力しなければならない。そうでなければ、クボタはその態度をすぐに見抜いて、愛想をつかすだろう。
アダム達に課せられたのは、より強い使命感だった。
不思議とアダムにはそれが、勇者として自然のようなことに思えた。
「やれやれ、結局俺たちがやることは変わらないか……」
アダムはため息をついた。
「俺たちはクボタ殿の……ディメンダーXの力を借りて戦わなければならない。だがそれ以前に、俺たちは誇りあるラスコー王国の勇者だ。たとえ追いつけなくても、並んで戦えなくても、俺たちは勇者として戦おう!」
アダムは声高に、そう宣言したのだった。
第二話完結
次回、『魔の森』