2-6 変異するオーク
「あの自転車野郎は囮だったか……! 畜生! 全員まとめてぶっ殺してやる……ぶっ殺してやんよお!」
大きなオークは騙されたことに怒り狂っていた。二十三体のオークの先頭をきってアダム達に襲い掛かる。
「クボタ殿は引き続きオークたちのかく乱を! 先生、ターニア、三人で一体ずつ倒す。行くぞ!」
「了解!」
「わかりました!」
「ばっちしいくよ!」
クボタがオークたちの足を止めている隙に、アダム・ビル・ターニアの三人が一体ずつ確実に仕留めていく作戦だ。アダム達三人とクボタの二手に分かれて戦闘が始まる。
「てやああああ!」
「ぐはあ!」
クボタが自転車の前輪を地面に固定し、軸にして回転。後輪をリーダー格の大きなオークの足に叩きつけ、体勢を崩す。
「くらえ、『蜘蛛の糸』!」
ターニアの忍術がオークの動きを止めた。
「たああああっ!」
「てやあああっ!」
そこにアダムとビルが正面から斬りつける。
「ぐっ……なんの!」
オークの特徴はその体力の高さだ。ちょっとやそっと斬りつけただけでは倒れない。
「ならば!」
「『剣の舞』!」
アダムとビルの二人は、同時に連続で斬りつける剣技・『剣の舞』を放つ。剣先に目が追い付かない素早い斬撃。
「ぐ、ぐわあああああ!」
三人のコンビネーションによってまずは一体倒した。
クボタが自転車でオークの集団をかく乱している間に、アダム達三人は次々とオークたちを倒してく。次々と黒い霧となって消えていく。
「お、おのれ……!これじゃあお頭になんて言われるか……」
起き上がった大きなオークが気付くと、オークの群れの数は五体にまで減っていた。
大きなオークの顔に焦りの色が見え始める。
「みんな頑張れ!もう少しだ!」
アダムは勝利を確信した。しかしその時、空を大きな黒い影が横切った。
強烈な気配を察知したターニアが叫ぶ。
「アダム兄ちゃん、気を付けて!」
黒い影が、背中の大きな羽をばたつかせながら、ゆっくりとオークたちのそばに降りてきた。
「どうした? お前ら……」
「お、お頭……!」
オークたちから『お頭』と呼ばれた黒い影は、勇者たちが近くにいるのに全く動じていない。おそらく、かなりの大物、『お頭』と呼ばれていたことから、オークたちの首領、今回の黒幕と見て間違いないだろう。
「な、なんだこいつは……」
「オーク……なのか……?」
アダムとビルが驚くのも無理はない。そいつはオークと呼ぶにはあまりにも異形の姿をしてた。
足はワシのような鋭い爪。背中にはカラスのような黒い翼。
まるでカラスとワシが合体したようなオークだ。
「キメラオーク……! この国にもいたのか!」
クボタが呟いた。どうやら『お頭』と同族の魔物を知っているらしい。
名前が無いのも不便なので、アダムはクボタに倣い『キメラオーク』と呼称することにした。
「お、お頭、大変です! 勇者たちが『命の爆弾』をかぎつけてきました!」
「なんだと……?」
体の大きなオークが、『お頭』――キメラオークに事態を報告する。キメラオークは手にした太い鉄の棒をアダム達に向ける。
「貴様ら、どうやって命の爆弾のことをかぎつけた?」
「別に、命の爆弾のことはさっきまで知らなかった」
「なに?」
アダムはあっさりと種明かしをする。
「お前たちオークが村人たちに良からぬことをするのはわかっていた。だからカマをかけて、お前たちに白状してもらったのさ」
ヒントは、クボタの言葉だった。
クボタが過去に経験したケースでは、洗脳によって村人を侵略の尖兵にしていた。
ならば懐柔によって得られる結果は何か? アダムが想像したのは生贄だった。それに合わせて言葉を選び、特に『生贄』と『力』を強調して発言したのだ。
「オークの知能は低い。お前たちの知能なら、嘘の追及に騙されて、吐いてくれると踏んでな!」
実際に白状した体の大きなオークの体が怒りと絶望でぶるぶると震え出す。
「な!? じゃあお前、俺をだましたのか……! わざと知っているふりをして……!」
「ああ。思っていたよりも簡単に引っかかってくれて感謝している」
「なるほど、騙されたわけか……おかげで計画が台無しだ……」
キメラオークは、大きなオークの方を向き直る。その手には、赤黒い色の液体が入った瓶が握られていた。
「お、お頭……どうしたんすか……?」
「そろそろ、おめえの馬鹿さ加減にも飽きてきたところでな……ブラフからは使うなと言われていたんだが、しょうがねえ。落とし前をつけてもらうぜ……」
キメラオークが計画を白状した大きなオークの口を無理やりこじ開け、赤黒い液体を流し込む。
「お、お頭……! 頼む、やめ……やめてくれ! ぐ、ぐわあああああああ!」
不気味な液体を口の中に注ぎ込まれたオークが断末魔を上げる。
オークの体から湯気が吹き上がり、メキメキと音を立てて変化していく。筋肉は膨張を始め、背中の肉が避けて二本の腕が出現する。
「な、なにこれ……オークじゃない……!」
恐怖におののくターニアの前で、オークの変化は続いていく。
元からは大きかった巨体はさらに大きくなり、二倍近くに膨れ上がる。
「で、でかすぎる……!」
ビルが唖然とするのも無理はない。
それはオークと呼ぶにはあまりにも巨大すぎた。
「くそ……どうやって戦えばいいんだ……!」
白目をむき、叫び声をあげて空気を震わせる巨大オークを前に、アダムも手の打ちようがない。
「さすがブラフだな……これが奴の言っていた『ジャイアントオーク』というやつか」
キメラオークは巨大オークのことを『ジャイアントオーク』と呼んだ。
ジャイアントオークと呼ばれたそいつは、四本の腕を振り回し、近くの村の家屋を破壊していく。
「うがああああああ!」
「まずい、みんなよけろ!」
急激な変化はジャイアントオーク自身にも大きな負荷を与えるのだろうか?
苦しそうな雄たけびを上げ、ジャイアントオークは勇者たちにもその巨大な拳を振り下ろしてくる。アダム達は散らばって攻撃を回避する。
「先生!」
「しまった……!」
ビルの回避が遅れた。
ジャイアントオークのパンチは避けられたものの、その避けた先に大きな足による踏み潰しが待っていた。
重装の勇者は、その名の通り重く、硬い鎧で敵の攻撃を防ぐのを役割としている。そのため、防御力は非常に高いが他の勇者と比べて動きが若干遅い。それがあだとなってしまった。
「くそっ!」
ビルも懸命に走り、回避を試みるが間に合いそうにない。絶体絶命の状況だった。
「ビル様!……コンバットシステム、起動! 電装!」
逃げ遅れたビルを、自転車に乗ったクボタが押しのける。
「うわっ!」
自転車での体当たりを受けたビルは、踏み潰される直前、間一髪で巨大な足から逃れることができた。しかし身代わりにクボタが踏み潰されてしまう。
「クボタ……!」
「クボタ殿……」
「ク、クボタのおっちゃんが……踏み潰された……」
ジャイアントオークは、ビルの身代わりなったクボタを、ぐりぐりとすり潰すように踏みつける。アダム達はその様子を茫然と見つめることしかできない。いくらクボタが強くても、あんな巨大なオークに踏み潰されたらひとたまりもない。
「ふん、やっと一人潰したか……」
キメラオークが不敵に笑う。
だが、その顔はすぐに怪訝な表情に変わった。
「おい、いつまで踏み潰しているんだ?」
ジャイアントオークは地面から足を離そうとしない。イライラしたように、何度も何度も、しつこくクボタを踏みつぶしている。様子がおかしい。
「アダム殿、これは……?」
「間に合ったようです、先生。これがディメンダーXですよ」
理由はすぐにわかった。
クボタを踏みつぶしていたジャイアントオークが急に足を滑らせ、後ろに転倒する。
ジャイアントオークの足元に、踏み潰されたクボタの死体はなかった。
代わりにいたのは、銀色の装甲を纏った戦士。下からジャイアントオークの足を押し上げ、転ばせたのだ。
「変身魔法……お前、さっき踏み潰された奴か?」
「そんなところだ」
銀色の戦士――踏み潰されたはずのクボタは、キメラオークに答える。
「アダム兄ちゃん……クボタのおっちゃんの気配じゃないよ。召喚獣みたいな……もっと強力な何かだ……!」
ターニアも気配の変化に戸惑っている。
そう、これこそがブラフを倒した、クボタの最強の姿――
「次元機動、」
クボタはゆっくりと、大きく両腕を左右に振り、
「ディメンダーX!」
正面で大きく右手を振り、×を描く。
ディメンダーX。勇者たちが束になっても倒すことができない、銀色の戦士だ。