2-3 目覚めた仲間と勇者の資格
「アダム殿、本当に魔力が戻ったのですか?」
「そうみたいです、先生・・・・・・ちょっと試してみます」
アダムはリサとマリーの寝ているベッドに近づく。
その時、ビルがちょっと待ってください、と声をかける。
「先ほども申し上げましたが、今マリーを起こすのは危険です。また魔の全の解放を放たれたらたまったものではありません。リサ殿の方を起こしてください」
カルロスが納得のいかない顔をしている。クボタのこと、ディメンダーXのこと話せば考えを改めてくれると思っているようだ。
アダムはしばらく考え、今はリサだけを起こすことにした。問題なく回復魔法を使えるか判断することが先決だと考えたのだ。
「『癒しの光』よ」
アダムはリサの額に手を当て、回復魔法を唱える。
アダムの掌から光が発せられ、徐々にリサの意識を引き戻していく。
「う・・・・・・う・・・・・・ん・・・・・・」
「リサさん!」
「アダム・・・・・・くん・・・・・・?」
問題なく魔法は使えるようだ。
今まで眠っていたリサがようやく目を覚まし、一同は安堵する。
「まさか本当に魔力が戻ったとは・・・・・・エクスカリバー、我々の魔力も回復してくれないか?」
「それむり・・・・・・ギーの魔力はアダムにしかちゅーにゅーできない」
「むう・・・・・・」
ビルが自分たちの魔力の回復も頼むが、ギーの魔力回復はアダム限定らしい。
「リサさん、よかった・・・・・・」
「アダム君・・・・・・ビルさん・・・・・・カルロス君・・・・・・ターニアちゃん・・・・・・ここはどこ?ジャンドール砦じゃないわよね?マリーちゃんは?あちらのお二人は誰?・・・・・・痛ッ!」
「リサさん、今は無理しないでください。まだ体の傷は治っていません」
『癒しの光』程度では、全身の骨が折れた状態のリサの傷は治すことができない。王都オルレイアンの医院での専門的な治療が必要だ。
初めて会うクボタとギーがリサの前に出る。
「リサ様、はじめまして。ニホンの魔物退治の専門家のタケシ=クボタです。いろいろあってアダム様たちと同行させて頂いております。よろしくお願いします」
「ギー。エクスカリバー?はじめましてじゃない。魔導の勇者、元気になってよかった」
クボタとギーが自己紹介をするが、リサは理解できない。
適当に相槌を打つことしかできない。
「・・・・・・アダム君、今の状況を教えてくれるかしら?私が寝ている間に変わりすぎていて、何が何だかさっぱりわからないわ」
「ですよね・・・・・・」
アダムは、リサが眠っていた間に起きたことを説明する。
アダムが殿となって皆を逃がそうとしたこと、その時にクボタが助けに入り、一人でブラフを倒したこと。
同時に、エクスカリバーがギーという少女の姿に変わったこと。アダム達はジャンドール砦を放棄し、トゥーリー村に入ったこと。そして、
「・・・・・・このトゥーリー村は魔物に支配されています。ギーのおかげで魔力を取り戻すことができましたが、村人の俺たちに対する印象は最悪です」
「ごめん、アダム君。説明してもらって申し訳ないけど、全然わかんない。ブラフのことはもう解決したってことでいいの?」
「ブラフの件はもう心配しなくて大丈夫です。クボタ殿が解決してくれました。今はこの村のオークの方が問題です」
「へえ・・・・・・すごいのね、クボタさん・・・・・・」
やはりリサにはピンとこないようだ。クボタがブラフを倒したことと、トゥーリー村がオークに支配されていることは理解してもらえただろうか?
「・・・・・・リーダー、そろそろマリーを起こしてもらえませんか?」
カルロスがアダムに問いかける。
「カルロス、今マリーを起こすのは・・・・・・」
「状況は昨日からがらりと変わっています。リサ殿の反応を見て確信しました。マリーなら僕らの言葉にも落ち着いて耳を貸してくれるはずです」
「しかしな・・・・・・」
ビルが諫めようとするが、カルロスはすかさず反論する。それでもビルは納得していないようだが。
「リーダー、お願いします。このまま放置すればマリーの命も危ない」
「それは・・・・・・そうだが・・・・・・」
アダムも即答できない。
確かに、このまま放置すればマリーの命に影響を及ぼす可能性がある。だがそれはすぐにではない。状況を考えれば、王都に戻ってからでもなんとかなる。
そしてビルの言うことも一理ある。このままマリーを起こした場合、パーティーの全滅の可能性もある。しかし、カルロスの言う通り状況は一変した。マリーが納得する可能性もある。
何より彼女は、マリーは仲間だ。三か月間、苦楽を共にしてきた仲間だ。
どうすればいい・・・・・・?
「リーダー、お願いします」
「ダメです、アダム殿」
「ちょっと二人とも、アダム兄ちゃんを困らせるのやめてよ・・・・・・」
「どうする、アダム君・・・・・・?」
ビルとカルロスの間で言い争いが始まりそうになる。ターニアが言い争いを止めようとするが、二人の勢いは止まりそうもない。リサもアダムに判断を促す。
「リーダー!」
「アダム殿!」
「わかった・・・・・・マリーを起こす」
アダムは決断した。
予想通りビルが反発する。
「ア、アダム殿・・・・・・それでは・・・・・・!」
「ただし、こちらの説得に応じなかった場合はカルロス、お前が止めるんだ。いいな?」
「・・・・・・わかりました。お願いします」
カルロスにいざというときの対応を任せ、アダムは寝ているマリーに向き直る。
マリーはまだ意識を失ったまま眼を閉じて眠っている。アダムの頭をよぎるのは、絶望に支配され、魔法で心中を図ろうとしたマリーの姿。
目を覚ましたらまたあの表情になるのだろうか?それとも・・・・・・
「行くぞ・・・・・・『癒しの光』」
回復魔法の暖かな光がマリーの意識を徐々に戻していく。閉じていたまぶたがゆっくりと開いていく。
「う・・・・・・あ・・・・・・」
「マリー・・・・・・マリー・・・・・・!」
「カルロス・・・・・・?」
カルロスが身を乗り出してマリーに声をかける。その姿が目に入ったのかマリーもカルロスの方を向く。
「マリー!僕がわかるか?」
「わかるよ・・・・・・みんな一緒に天国に行けたんだ・・・・・・」
「天国じゃないよ!僕たち、みんな生き残れたんだ!」
「え・・・・・・?」
マリーの声と表情が暗くなる。たちまち絶望に染まる。
「大丈夫。もう何も心配することはないんだ。実は――」
カルロスがこれまでの出来事を説明する。アダムがリサにした説明とほぼ一緒だが、クボタとディメンダーX、ギーとエクスカリバーのことをより強調して説明する。
「ディメンダーXと、ギーちゃん・・・・・・」
「そうなんだ!クボタ殿がいれば・・・・・・ギーちゃんが目覚めた今、僕たちにかなわない敵はいないんだ!」
カルロスの口調がどんどん興奮気味になっていく。
一方のマリーはそんなカルロスの様子に戸惑っている。
「本当に・・・・・・本当に、そんな強大な力が・・・・・・?」
「本当さ!またブラフみたいな魔物が襲ってきても怖くない!」
マリーは最初にクボタを、次にギーを見る。そして指にはめていた勇者の紋章を見つめる。何を考えているのだろう?心中は考えていないようだが・・・・・・
「マリー、あまりカルロスの言うことを真に受けるな」
カルロスとマリーの会話に、ビルが口を挟む。
「この二人は確かに頼もしいが、同時に不審人物であることも事実だ。現に、ディメンダーXの活躍を見ているのアダム殿だけ、ブラフを倒したところは誰も見ていない。情報が偏りすぎている」
「そのリーダーが生きて帰ってきたことが何よりの証明じゃないですか!クボタ殿とギーちゃんは我々の強力な戦力です!戦術に組み込んで何が悪いんです!」
「その身元が完全にわからない以上、むやみに戦術に組み込めるか!ちょっと頭を冷やせ!」
「ビル殿・・・・・・そんなにクボタ殿に一人でブラフを倒されたことが悔しいですか?ギーちゃんの不思議な力がそんなにうらやましいんですか?」
「カルロス・・・・・・言わせておけば・・・・・・!」
またか・・・・・・アダムは頭を抱えながら、ヒートアップしていく二人の間に割って入った。
「二人ともいい加減にしろ!これで何回目だ!」
「アダム殿・・・・・・今回ばかりは譲れません!この男は勇者の誇りを捨てた!こんな腰抜けはいらない!」
「腰抜けはどっちですか!今の危機的な状況を理解できない!奇跡的な幸運をつかみ取ろうとしない!よくそんなので士官学校の教官が務まりましたね!」
まずい・・・・・・二人を止められない。このままでは大喧嘩だ・・・・・・
アダムが困っていると、今までXコマンダーと会話ごっこにしか見えない話をしていたギーが立ち上がり、大きく息を吸い込んで、言い争いをしている二人に向かって大声で叫んだ。
「うるさい!」
魔力を帯びた声であることはすぐにわかった。決してそこまで大きな声ではない。それなのに、鼓膜が異常に振動する。耳に、頭に激しい振動と痛みが生じる。部屋の中にいた全員が思わず耳を塞いだ。
「ぐ、ぐああああああ・・・・・・!」
「がががががが・・・・・・!」
声の『直撃』を受けたカルロスとビルはたまらない。
声にならない叫び声をあげ、悶絶。気絶してぱたりと倒れてしまった。
「重装の勇者も魔弾の勇者もうるさい。コマちゃんとの楽しい時間が台無し」
ギーは何事もなかったかのようにコマちゃん・・・・・・Xコマンダーとの独り言にしか見えない会話に戻った。
「これも・・・・・・ギーの力なのか・・・・・・」
「お、恐るべし・・・・・・魔法の力・・・・・・」
いち早く復活したアダムとクボタは肩で息をしながらギーの方を見る。
「ギー・・・・・・先生とカルロスは気を失っただけだよな?」
「あたりまえ。勇者殺すほどギーは強くない」
いや、勇者を二人気絶させるだけでも相当だが・・・・・・
「ギーちゃん・・・・・・これきついよ」
「これが・・・・・・ギーちゃんの力?こんなの聞いてないわよ・・・・・・?」
「エクスカリバー・・・・・・ギーちゃんの不思議な力・・・・・・本当だったんだ・・・・・・」
ターニア、リサ、マリーの三人も何とか元の状態に戻ったようだ。まだ耳を抑えて痛そうだ。
アダムはこの間に、確認すべきことを確認する。
「リサさん、マリー・・・・・・これが今の俺たちの状況だ。訳のわからないことが立て続けに起こっているが、それによって俺たちは救われている。先生の言うようにわからない要素によるものだが、俺たちはそれでも進まなければならない。いいか?」
「わかったわ、アダム君・・・・・・この不思議な状況を受け入れるしかないようね。動けない私は役に立てそうにないけど」
リサは納得はしてくれたみたいだ。
「……私はまだ、信じきれません。ブラフに勝てても、もう私たちの信用は地に落ちています……私はもう戦いたくありません……もうどうでもいい……」
そう言うとマリーは『勇者の紋章』を外し、床に放り投げた。
「マリー……お前……!」
「アダム先輩……私は勇者をやめます……何もしません……もう放っておいてください……」
マリーはふて寝してしまった。心配だが、もう無理心中のようなことはしないようだ。
だが……
(このままで、いいのか・・・・・・?)
アダムはクボタの方を見た。
タケシ=クボタ・ディメンダーX・・・・・・
正体不明の戦士であり、アダム達の切り札・・・・・・
その強さは伝聞だけで、ビルを嫉妬させ、カルロスに勇者の誇りを捨てさせた。
その活躍を見たのは自分だけ。
もし、この活躍をみんなが見たら、その考えはどう変わるのだろう?
続けてギーの方を見る。
エクスカリバーが変化した少女。
アダムに魔力を与え、たった今二人の勇者を気絶させる不思議な力の持ち主。
正体不明の切り札・・・・・・
他にどんな力を隠しているのか?
聖剣・エクスカリバーは一体何なのか?
(わからない・・・・・・こんなに強い力を持った者たちに俺たちは守られている・・・・・・このままでは、本当に・・・・・・)
カルロスの言葉がよぎる。
――ブラフを倒せなかった我々が、勇者、ねえ・・・・・・?
それは、つまり・・・・・・
(俺たちには・・・・・・勇者の資格が・・・・・・)