魂喰らい ~黄泉の執行者~
数日後、私は混乱が落ち着いたのを見計らって鳴海刑事と大倉刑事に連絡を取った。二人共、とても驚いていた。
特に大倉刑事などは『そこで待っていろっ! 逮捕してやるっ!』と、完全に私を犯人扱いにしていた。
月影高校だが、一連の事件があったにも関わらず、何も無かったかのような学校生活を取り戻している。
マスコミなどは生徒の自殺を、青少年の繊細な心がどうとか的外れなことを言っている。
木下八重子と椎名美咲は、あの後神明大学附属病院に運ばれたそうだが、命に別状はないそうだ。ただ、二人共軽い記憶喪失になっているらしく、あの日の石碑で起きた出来事は覚えていないらしい。
それでも、彼女達の友人が三人もこの世を去った事実は消えることはなく、その悲しみは今後も彼女達にのしかかってくるだろう。
図書室に貼られていた御札や椎名美咲が燃やそうとした御札は、あの石碑の噂を聞きつけたカチューシャがやったそうだ。
彼女は初め、自身の研究対象になるであろう石碑を訪れたそうだが、そのあまりの強大で邪悪な念に考えを改め、あの石碑に眠る者をこの土地に力を弱めた状態で縛りつけようとしたらしい。
しかし、結局は縛封を諦め、消滅させるためにあの石碑の所に行ったが、返り討ちになってしまったそうだ。
あの石碑に眠って椎名に憑りついていた者だが、今は私の目の前にいる。『彼女』は、私が密かに手に入れた遺体に憑りついている。
見た目は中学生ぐらいの女の子だが、その容姿は昔の童子のようであり、私が手に入れてきた和服を慣れた様子で着こなしている。
「寒い……火を持ってまいれ」
一階のリビングで寒がる彼女の前に、私はストーブを置いて火を点けた。
「ふぅ……ぬくいぬくい……」
しばらくして依り代としている身体が暖まったのか、上機嫌になった彼女に話を聞いた。
「わらわはヨモツヒメのタルホ。黄泉の国の執行者じゃ」
彼女はそれだけ応え、ソッポを向いてしまった。
私は彼女に、なぜ月影高校の生徒を殺したのか聞いた。
「フン、知れたこと。彼奴らは恐れ多くも、わらわが眠る石碑を侮辱しおったでな。彼奴らに憑りつきながら、その体を痛めつけてやったわ。彼奴らの魂は美味かったぞ? 生娘じゃったから当然だわな。最後にはあの女の喉笛を噛み千切って血を啜り、それからわらわが憑りついた女の身体を使ってこの現世を楽しむつもりじゃったが……貴様に封じられたでな」
私はタルホに、殺戮を止めるなら自分の魂を捧げると持ち掛けた。
あの後、カチューシャの館に行ってより深く調べたことだが、彼女達は黄泉の国でヨモツシコメを従えて生前に悪行を行った者の魂を拷問するそうだ。
しかも時折現世に現れて生者を殺し、その魂を貪るとも伝えられている。だとすれば、ここで私の魂を捧げた方が今後彼女による犠牲者は大幅に減るだろう。
自分でもかなり自暴自棄な提案だと思ったが、もう後には引けなかった。彼女達、ヨモツヒメの力はあまりにも強大過ぎる。
私の提案を聞くと、タルホは目を輝かせて私の眼前に迫った。
「ほほうっ! そなたの魂を? これは珍妙な人間に会ったものじゃの~っ! どれ、ちと血を吸わせてみぃ」
私はタルホに首筋を晒した。彼女は舌なめずりをすると、首筋に噛みついた。
てっきり激痛が走るかと思って身構えていたが、まったく苦痛はない。
四秒ほどして首筋から顔を離したタルホは、満足げな様子だった。
「うむ、大変美味じゃ。よかろう、そなたが魂を捧げる限り、わらわはこの世で生者を殺めることは控えよう」
そう言ってタルホは、目を輝かせながら部屋の中にある電化製品やソファを存分に満喫していた。
……この分なら、当分彼女による被害も減るだろう。
私は彼女に、用事があると言って警視庁へ向かった。
実は今回、鳴海刑事と大倉刑事を正式に私の下に配属することになった。
そのために、私は彼らに久しぶりの連絡を入れた際、警視庁で待っているようにと伝えたのだ。
警視庁まで車を運転している間、何度も自問自答した。
彼らを巻き込んで大丈夫だろうか? あの時は彼らを捜査から外すことが出来ずにズルズルと巻き込んでしまったが、本格的に私と共に捜査をして、二度と日の光を浴びれない生活に追い込んでしまわないだろうか?
今回の事件で、彼らが他の刑事達と違って非常に柔軟な思考を持っていることは分かった。
彼らは捜査中、事件に対して多少の戸惑いはあるように見えたが、科学を妄信するよりも事件解決のために私に付いてきてくれただけでもありがたかった。
この仕事では、とにかく目の前で起きた事を信じて捜査をしていくしかない。『こんなことはありえない』だとか『そんな馬鹿な』だとか、信じたくないがために思考停止に陥るような者は戦力にはならない。
警視庁に着くと、正面ロビーに二人の姿があった。
「お久しぶりです、神牙さん」
鳴海刑事はそう言って、朗らかな笑みを浮かべた。
対する大倉刑事はというと、今にも私に掴みかかってきそうな勢いで私を睨みつける……常人なら足が震えてその場から動けなくなるだろうが、あいにく私には通用しない。
私は彼らを連れてエレベーターに乗り込み、地下四階まで降りた。
エレベーターを降りてしばらく通路を進み、やがて『倉庫』と書かれた看板がある鉄製の扉の前に来た。長年手入れをしていないせいで錆びだらけだが、まだ動く。開ける際の耳障りな音はご愛敬だ。
その扉を開けるといつもの仕事場なのだが、彼らは心底驚いていた。
私は彼らに対して、新しい仲間への親しみと今後の彼らを待ち受ける様々な苦難を想像して明るく、しかし威厳のある声で言った。
「ようこそ、オモイカネ機関へ」
※
……あれから時が経ち、新たに鬼島警部も加えて私は今日も仕事をしている。
ふと顔を上げると、私の前に鳴海刑事がいた。
「神牙さん、もう退勤時間ですから、僕らはこれで」
そう言う鳴海刑事の後ろには、大倉刑事が帰り支度を済ませて仁王立ちしている。
私は彼らに挨拶をして部屋から出ていくのを見届けると、デスクから一本の葉巻を出して火を点けた。
彼ら、とりわけ大倉刑事がいたのでは満足に葉巻も吸えない。
それに、この葉巻はコイーバだ。誰にも邪魔されずにゆっくり吸いたい。
点滅する電灯を見ながら、私はゆっくりと葉巻を燻らせる……この仕事は、一度事件が起きれば気が休まる暇がない……。
なんせ、相手は普通の存在ではない。悪鬼、怨霊、邪神、サイコパス……およそ従来の警察組織では太刀打ちできる相手ではない。奴らは、家にいても襲い掛かってくるのだから……あ、それは普通の人間でも同じか……。
私は葉巻にある程度火が点いたのを確認すると、懐から家紋が入ったシーリングスタンプを取り出した。だが、ただのシーリングスタンプではない。全体が鋼鉄製で出来ている武骨なデザインだ。
私は葉巻の火を家紋の所にしばらく押し付け、すでに閉じた黒革手帳の表面にシーリングスタンプを押した。少々焦げ臭いが、しかたない。
シーリングスタンプを離すと、その下には家紋の焼き印がクッキリと付いていた。
私はその黒革手帳を持って帰り支度を済ませ、部屋の電気を消して警視庁を後にした。
自宅に帰って雑用を済ませ、自室で部屋着に着替えて葉巻を燻らせていた時、ふと隣の部屋へと続く扉を見た。
その扉には厳重に鍵を掛けており、容易には破れない。
私は葉巻の火を消し、扉の鍵を開けて中に入った。
中には少々の家具類が置いており、窓は一切なく、扉は私が通ってきた所にしかない。簡素なベッドには、ヨモツヒメのタルホが腰かけてきた。
「なんじゃ人間。わらわになんぞ用か?」
彼女は偉そうに足組みをして言った。
考えてみれば、彼女とはあれ以来ちゃんと話をしたことはない……私の魂を捧げる(私の血を飲むだけで良いらしい)時に会ったりするが、それだけだ。
彼女は私の魂を喰らい、私は彼女をここに閉じ込める……彼女が人間だったら、立派な犯罪だろう。
私は訝しむ彼女の視線を避けて、隣の自室からすでに半分ほど吸った葉巻と新しい葉巻を持って彼女の隣に腰かけた。
「なんじゃ、それは?」
案の定、彼女が葉巻に関心を示した。
私はタバコのような物と答えて彼女に新しい方の葉巻を取り出した。
「ほう……どれ、ちと吸うてみよう」
すでにカットした吸い口を彼女がくわえるのを見て、私はシガーマッチでその葉巻に火を点けた。
彼女は目を細めて、ゆっくりと葉巻を燻らせた。
「……うむ、なかなか上質な品じゃ。これからも持ってまいれ」
私はその願いを承諾した。
だが……そこから先は沈黙が場を支配する……たまには何か世間話でもしようと思ったが、私も彼女も話題性に乏しい。
私が内心焦っていると、タルホが口を開いた。
「……どうじゃ、最近は? どこぞの悪霊でも退治しとるのか?」
私は心の中で安堵して、それほど成果がないことを吐露した。
「ふむ。まぁ、なんじゃ……焦らんでもな。わらわのような大物でなくても、この現世に現れとる魑魅魍魎共はごまんといるでの。そやつらの放つ気を逃さなければ、おのずと道は開けようて……と言っても、今さらそなたには必要ない忠言じゃったか」
私はそれでもタルホに礼を言った。
彼女は私の顔をマジマジと見つめ、
「……ま、そなたの魂は世にも稀にみるほど美味じゃ。これからも、わらわのために尽力せよ。話は終いじゃ。下がれ」
気恥ずかしそうに手を払って追い出そうとする彼女に笑いかけ、私はタルホから葉巻を受け取って、部屋を出て自室に戻った。
私は二つの葉巻を灰皿に入れると、カバンから月影事件の概要をまとめた黒革手帳を取り出し、壁に偽装した本棚を開けた。
この本棚には、月影事件以外にも私が担当した事件の概要が同様の黒革手帳にまとめられている。
この黒革手帳の分、多くの死に向き会ってきたが、未だに慣れそうにない。下の方の段ボールには、まだ白紙の黒革手帳が山のように積まれている。
ひょっとしたら明日にでも、この黒革手帳に新しい事件を書き込むことになるかもしれない……そう思うと憂鬱になる……だが、やるしかない……それが私の選んだ道なのだから……。
私はそう決意して、月影事件の黒革手帳を本棚にしまった。
今回はファンタジー要素を多く盛り込んだ話になりました!
これからも、このような話はしていきたいと思います!




