魂食らい ~この世ならざるモノ~
翌日、警視庁のいつもの仕事場で資料整理をして、私は電話で鳴海刑事と大倉刑事に月影高校で待っているように言った。
二人ともその用件を快諾してくれたばかりか、鳴海刑事は私に事件解決の誓いと励ましの言葉を述べ、大倉刑事は自分の失態を素直に謝罪した。
……二人とも、刑事としてもそうだが、人間としても立派だ。
私は彼らに心の中で敬意を払うと、月影高校に向かった。
先に待機していた二人と共に再び校長室に行くと、中には校長がいた。
私が壊してしまった机はどこかに持ち去られ、代わりに安物の事務机が校長の前に置かれていた。
「あぁ、刑事さん。よくいらしてくださいました。加藤さんですが、今日両親の方から連絡があって無事退院したそうです」
校長は昨日とは打って変わって、朗らかな様子だった。
私はその事を校長にハッキリと聞いた。
「ちょ、ちょっと神牙さん」
後ろで鳴海刑事が心配そうに声をかけるが、校長は気にする素振りも見せずに言った。
「……刑事さんに机を壊された時、ハッとしたのです。『私は何をやっているんだ』と……今更こんなことを言っても信用できないでしょうが、私にとって子供は宝です。実は、私は学歴が小卒でしてな。だからこそ、この学校を開き、多くの子供達に様々な学問の知識を持ってもらいたかったのです」
その話は信用できる。実際、月影高校は難関大学の進学率では全国の私立高校でも常に上位におり、それでいて技術系の専門学校や大学の合格率も高い。高校の卒業生は技術者、大学教授、官僚や政治家など、多くの業界に多数の人材を輩出している。
「ですが、いつからか私も人が変わってしまったんでしょうな。五十嵐さんが自殺したと聞いた時、私の頭の中に最初に思い浮かんだのは彼女への冥福を祈ることではなく、いかにして学校側の被害を減らすかということでした……生徒がその命を絶ったにも関わらずに……」
校長は沈痛な面持ちでうなだれてしまった。正直、彼がここまで思い詰めているとは知らなかった。
「あの雑木林や石碑を撤去しようとしたのも、理科実験専用の施設を作りたかったからです。ですが、それも叶いますまい……あの石碑にはきっと何かあるのです」
そう言って、校長は頭を抱えてしまった。
私がなんと言っていいか悩んでいると、鳴海刑事が校長の近くに寄って話しかけた。
「あの……どうか気を落とさないでください。正直言って僕には学校経営の何たるかは分かりませんが、生徒が亡くなったという気持ちは校長先生と同じです。この事件がどういった理由で起きたかは分かりませんが、もう一度、僕達と一緒に捜査に協力してもらえませんか?」
「刑事さん……分かりました、協力させて頂きます」
……なんというか、鳴海刑事はとんでもない人たらしだ。校長を慰めつつサラッと事件協力を依頼するとは……まぁ、私としては校長が捜査に協力してくれればそれでいいのだが……。
その後、我々は例の石碑へと向かった。
校舎裏には人気が無く、まだ昼間にも関わらず不気味な静けさを保っていた。
「昨日の落雷の一件があったため、生徒達には立ち入り禁止と伝えています」
雑木林の中を歩きながら、校長が説明する。
やがて石碑の付近に来ると、落雷の跡がまだハッキリと残っていた。
私は他の三人と手分けして石碑の周囲を調べた。
……おかしい。周囲は背の高い樹木に覆われているにも拘らず、落雷はどうやらこの石碑にピンポイントで落ちてきたように思える。
「せ、先輩っ!」
すると、藪の中を探索していた大倉刑事が、何かの紙を持って鳴海刑事に駆け寄った。
……別に他意はないが、普通ならもっとも階級が上の私に報告するのではないか? そんなに私は信用できないのだろうか?
私がそんなことを考えていると、大倉刑事から受け取った紙を持った鳴海刑事が、私に話しかけてきた。
「あの、神牙さん。これはいったい何でしょうか?」
彼はそう言って、持っていた紙を私に手渡した。
……驚いた。その紙は、またしても御札だった。
しかし、そこに書かれていた文言は今までのモノとは違う、『諸魔賊疫神消滅』だった。
……これを唱えた者が何者かは不明であるが、どうやら強大な魔のモノをこの世から消し去るつもりらしい。だとすれば、この事件には少なく見ても三つの『特異』な存在が関わっていることになる。
一人目は私。
二人目は図書室の百鬼縛封、少女に燃やされそうになった魑魅魍魎縛封、そしてこの諸魔賊疫神消滅の札を使った人物。
三人目は……三人目と言っていいのかは分からないが、ヨモツヒメと思われる存在。
まだ事件の全体は見えないが、おそらくこの石碑に眠っていたヨモツヒメが五十嵐達のイタズラで激高し、彼女達を次々に殺していくことを決めた。
謎の人物はそれを縛封の文言で抑えつけようとしたが、とうとう消滅させる決意をしたらしい。昨日の落雷はこの文言のために起こされたのだろうか? だとしたら、その人物はかなりの手練れだ。
私はその札を懐にしまった。
「あの……」
私の行動を見て、大倉刑事が遠慮がちに質問してきた。
「あの……警視正殿は本当に警察官なのでありますか? 失礼ですが、それは証拠品であります。適切に処置をした方が良いように思うであります」
なるほど、彼は超が付くほどの真面目な人間だ。私の行動が、警察官としておかしいと思ったのだろう。だから彼は、私のことをあまり信用していなかったのか。
もっとも、私としても本当に警察官かと聞かれたら、自信を持ってそうだとは言えない。
私は大倉刑事に、後で大切に保管すると伝えてもう一度石碑を見た。
大倉刑事は不満そうだったが、私はあえて気にしないようにしていた。
話を元に戻すと、もし謎の人物がヨモツヒメの退治に成功したなら、石碑から発せられる気配は消えているはずだが……しかし、気配は消えていない。
前に感じたものよりかは弱まっているが、まだまだ消滅しているとは言い難い。回復の途中だろうか?
私は校長に、この石碑について伝承や昔話のような事は聞いていないか訊ねた。
「え?……えぇ、まぁ」
私は包み隠さずに教えてほしいと懇願した。
「……こんなことを言うと、私の頭がおかしいと思われかねないので、内密にお願いします。まずこの石碑なんですが、私は祖父からこの話を聞きました。その祖父も、そのまた祖父から聞いたという事なので、詳細は定かではないのですが……」
そう前置きをして、校長は石碑を見ながら説明を始めた。
「遥か昔、この石碑が建てられた一帯には村があったそうなのです。ある日、村に一人の女性が来ました。女性は今にも死にそうなやつれた様子で、不憫に思った村人は彼女をある家族の家に泊まらせることにしました。しかしその日から、村人が突然苦しんで自分の体を傷つけて自殺するという事件が多発したのです。
しかもその体からは動物の体毛が出てきたそうで……最初は、村の人間も祟りだと思って近くの神社でお祓いをしました。ですが事件は一向に収まらず、疑心暗鬼に陥った村人達は疑いの目を女性に向けました。そしてある晩、女性を始末するため、村の男達は女性の家を取り囲み、中に入りました。そして……」
後ろで大倉刑事が息を飲むのが分かる。いい加減に慣れてほしいのだが……。
「そこには血まみれになった家の主とその家族、そして全身をその者達の血で濡らした女性がいました。その女性の様子は初めて村人達が見た時とは打って変わって、頭には狼の耳が生えており、両手には血の滴る爪が伸び、口は犬歯がギラリと光って、犠牲者達の血に塗れていました。
呆然とする男達を、女性はその場で切り刻むと、残った村人を一人ずつ殺したそうです。それも直接手を下したのではなく、自分の体を傷つけて自殺させるという方法で……女性は……その光景を自殺者の家族に見せつけて楽しんでいたそうな……」
校長が話を終える頃には、大倉刑事は立っているのもやっとの状態だった。鳴海刑事も顔色が悪い。
「その後、女性はどこかに姿をくらまし、後からこの地に来た人々はこの一連の出来事を祟りとして、石碑を建てて女性を祀ったそうです。その後もこの辺りの土地では不可解な事件や事故が多発して、私が学校を建てるためにこの土地を買った時は、通常の三割ほどの価格でした」
三割とは驚きだ。よほど事件や事故が起きたのだろう。
どうやら、この石碑がヨモツヒメの住処で間違いなさそうだ。カチューシャが教えてくれた、ヨモツヒメの特徴とも一致する。
最近起きた事件以外にも、過去に様々な事件や事故を起こしている辺り、その力は無差別で広範囲、長期間にわたって及ぶのだろう。
私達は石碑を離れて、校舎の探索を始めた。
すると、どこからか人の声が聞こえる……私達が声のする方向に向かうと、教室の中に三人の少女がいた。
「さ、早く八重子もやって」
「で、でも、本当にこんなので大丈夫なの? やっぱり校長先生や警察の人に――」
「ダメッ! まだ分からないの? 聖菜も愛も、この儀式を拒んだから死んだのよ? 陽子だって、死にかけてたじゃない。あなた、死にたいの? 死にたくないでしょ? ならさっさとやりなさい。私はもう済ませたわ」
「で、でも……美咲ちゃん、ちょっと怖いよ? どうしたの?」
「そ、そうだぜ……どうしちまったんだよ?」
私は昨日と同じ要領で様子を伺うことにしたが、学校の責任者たる校長がそれを許さなかった。
校長は躊躇なく扉を開けて、教室の中に入った。
仕方ないので私達も中に入ったが、そこには加藤陽子、木下八重子とお札放火犯の少女がいた。
彼女達は二つの机を給食を食べる時のようにくっつけており、机の上には一本のカッターと正方形の和紙が三つ置かれていた。その和紙の一つには、赤いシミがついている。
「き、君達、いったい何をやっているんだねっ!?」
校長が声を荒げる。当然だろう。校内に刃物を持ち込んだうえ、放火犯の少女の右腕からは赤い血が垂れている。
「うわっ!? じじいっ!?」
「校長先生と呼びたまえっ!」
「あ、あの美咲ちゃんが変なんですっ!」
木下八重子が美咲ちゃんと呼んだ少女を指さした。私はその少女に名前を聞いた。
「……椎名美咲です」
彼女は短くそう答え、ソッポを向いてしまった。
「君っ! いったい何を考えているんだっ! こんなことをして――」
「だって仕方ないじゃない。ヨモツヒメ様がそう言ってるんだもの」
「なっ!?」
……それは思いがけない告白だった……彼女は真顔で校長にそう言い放ったのだ。
今の彼女は、背中にある髪を二つに結ぶことなく、そのままにしてある。長い前髪が彼女の顔を覆い隠し、その見た目が今の彼女の言動と相まって不気味な印象を与えた。
「コイツ、愛が死んでからちょっとずつ様子がおかしくなってさっ! 今日だって、俺が学校に来たら『儀式をしましょう』とかこんなことやってんだぜっ!?」
加藤陽子は必死に訴える。彼女は、おでこに大きなガーゼを貼っていた。
「そ、そうなんですっ!」
木下も加藤と一緒に校長に訴えるが、彼は聞く耳を持たなかった。
「いい加減にしなさいっ! この前の石碑にイタズラした件といい、君達は少し学生としての自覚が――」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ! この子達が、あの石碑にイタズラした子達なんですかっ!?」
横から鳴海刑事が割り込んでくる。
「は? え、えぇ、そうです。ここにいる加藤さん、木下さん、椎名さん、そして亡くなった五十嵐さんと近藤さんはあの石碑にイタズラをしたメンバーですよ」
それは、私も初めて聞く情報だった。
見ると、木下と加藤はバツが悪そうにうつむいており、椎名だけが我々をジッと見据えていた。
彼女の腕からは、今も血が流れている。よほど深く切ったのだろう。時折、彼女は血の付いた和紙を取って腕を拭っていた。
「とにかくっ! 今後一切、こういった行動は控えたまえっ!」
不安げな表情をする二人に向かって、校長が激を飛ばす……。
※
その日の夜、私達は椎名の自宅を見張っていた。
彼女の家から数十メートルの目立たない位置に車を止め、交代で見張りを続ける。
彼女を選んだ理由は簡単だ。
石碑にイタズラをしたメンバーで生きているのは木下と加藤と椎名……この中でもっとも怪しいのは椎名だ。教室での態度がそれを物語っている。
ヨモツヒメに憑りつかれているのか、はたまた熱烈な信者なのか……。
残り二人には、所轄の警察署から応援の刑事達を送ってもらっている。
車内に沈黙が流れるなか、助手席に座る鳴海刑事が話しかけてくる。
「神牙さん……今回の事件、本当にその……オカルトめいた存在が絡んでるんでしょうか?」
私はその質問の答えに窮した。
そうだ、と言ってしまえば簡単だが、私が今までこの事件で見てきたものは、彼にはすべて不可解なものに見えるだろう。
私は、自分が目にしたものだけが真実だと伝えた。
「……そうですか……分かりました、頑張ります」
「自分も、先輩にお供するであります!」
後部座席に座る大倉刑事に励まされ、鳴海刑事は確かな眼差しで椎名の自宅を見張った。
充分な答えを言うことは出来なかったが、これでいい。どのみち、彼らとはこの事件が終われば会うこともないだろう。
その後も、朝まで張り込みを続けた。交代制をとっていたおかげか、あまり疲労は感じない。
私は加藤と木下の自宅を見張っている刑事達に連絡したが、どちらも異常なしだった。
とりあえず、最悪の事態は防げたようだ。このスキに、なんとかヨモツヒメを始末できればいいのだが……。
その時、鳴海刑事の電話に着信が入った。
「はい、もしもし? あ、お疲れ様です……はい、分かりました」
鳴海刑事は電話を切った後、私に月影高校に行くように言った。
月影高校まで車を走らせ、正門の前で車を止めて先を行く鳴海刑事の後を追った。
やがて昨日、椎名達が儀式とやらをしていた教室にたどり着いた。そして……そこには加藤陽子の無残な死体が横たわっていた。
現場に駆け付けた捜査一課の面々も驚きを隠せず、本郷警部も慎重な面持ちをしている。
加藤陽子を見張っていた所轄の刑事達は徹夜で張り込んでいたが、人の出入りはもちろん、不審な出来事は一切なかったと証言している。
加藤の遺体を発見したのも、部活の早朝練習で登校した生徒だそうだ。
学校から知らせを受けるまで、彼女の両親でさえこの異変に気づかなかったらしい。
私は本郷警部に、今まで経緯を上手い具合に伝えた。
「……なるほど。それでしたら、ウチの鳴海と大倉刑事はあなたに預けるということで」
と言って、そそくさと他の捜査一課の刑事達と一緒になって何やら話し込んでいる。おそらくこの事件が迷宮入りになるのを感じて、保身に走ったのだろう。
ありがたい……私は鳴海刑事と大倉刑事の二人と共に、遺体の検分を始めた。
……正直、昨日まで生きていた人間の死体を見るのは気分が悪い。
パジャマを着た加藤の遺体は、無残に切り刻まれていた。顔は恐怖と苦痛に歪み、その死に際が穏やかなものでなかったことを容易に悟らせる。
「鑑識の意見では、おそらく爪のようなもので全身を引っかかれたそうです」
遺体の向かい側にいる鳴海刑事が補足する。
そもそも彼女は刑事達が見張るなか、どうやって学校に来たのだろうか? 何のために? これもヨモツヒメの仕業なのだろうか?……いくら考えても答えが出ない。未だに点と点が宙を浮いているようで、まったく線で繋がらない。
椎名は、我々が夜から朝まで付きっ切りで見張っていた。彼女は犯人ではないのだろうか?
遺体の検分を終えて、我々は次の捜査に取り掛かった。と言っても、関係者と思われるのはあと木下と椎名の二人だけだ。
私がどちらを捜査しようか悩んでいたその時、雑木林の方からただならぬ気配を感じた。
しかも、ただの気配ではない。何者かが争っている様子だった。
私は二人を連れて、雑木林に向かっていった。
「か、神牙さんっ! いったい何が――」
雑木林の中を走りながら鳴海刑事がそう言った時、石碑の付近に三つの人影があった。
石碑の近くにいるのは椎名美咲と木下八重子、もう一人は見知った顔だった。
私は大声でその者の名を呼びながら、近くに駆け寄った。
「……やっぱり来たのね」
その者は、カチューシャだった。彼女は全身から出血し、片膝をついている。
「カ、カチューシャさんっ!? どうしてここにっ!?」
「ここは危険ですっ! 離れてくださいっ!」
「いいえ、そういう訳にはいかないわ……」
鳴海刑事と大倉刑事の言葉を振り切り、カチューシャは満身創痍といった状態で立ち上がった。
そう、ここで引くわけにはいかない。椎名と木下の方を見ると、その気持ちは一層高まった。
椎名の様子はすでに人間のソレではなく、完全に獣のように変わり果てていた。目が血走っているのがここからでもハッキリとわかり、口からは涎を垂らしている。
彼女は木下の首を片手で掴み、今にもその喉笛を噛み千切ろうとしていた。木下はすでに死んでいるのか気絶しているのか、グッタリとして反応が無い。
「来たか……」
椎名が、私とカチューシャの方を見て言った。
その声はもはや彼女のものではなく、彼女に憑りつく『何者か』の声だった。
「くく、そこの小娘はあっけなかったが、貴様はどうかな?」
椎名はそう言った瞬間、私に向かってきたっ!――爪を立て、振りかぶってくる。
「ファングッ!」
カチューシャが叫ぶなか、私は椎名の振り下ろす腕を取って背負い投げにした――椎名は地面に激しく背中をぶつけたが、すぐさま態勢を立て直して体当たりをしてくるっ!
地面に体を倒し、爪を顔に突き立てようとする椎名の攻撃を防ぎながら、私はポケットから一つの御札を取り出し、真言を唱えたっ!
「なっ! それはっ!?」
椎名は驚愕の表情を浮かべていたが、もう遅い。
私は真言を素早く唱え終わると、椎名の顔に御札を押し付けた。
「ぐぎゃああぁぁぁあああっ!!」
椎名は御札を押し付けた箇所から煙を立ち昇らせて、凄まじい絶叫と共に倒れた。
私はすぐさま彼女の上にまたがり、彼女の顔から御札が取れないようにしっかりと押し付けた。
「な、何をしているんだっ! やめろっ!」
椎名の顔を押さえつける私を、大倉刑事は羽交い絞めにしようとするが、残念ながら彼の力では私は止められない。
そのまま押さえ続けていると、ようやく椎名から発せられた気配は消え失せた。代わりに私が押し付けた札に同様の気配がするという事は、封印に成功したのだろう。
「……まさか縛封や消滅じゃなくて封印を選ぶとはね。あなたには相変わらず驚かされるわ」
後ろから、カチューシャが安堵の表情で私の肩に手を置く。見ると彼女の右手は血に塗れており、今すぐに応急手当が必要なようだった。
私が彼女の傷口を押さえようとすると、カチューシャがそれを遮った。
「いいわ。このまま家に帰るし」
そう言って彼女は藪の中に入って地面に転移の術式をチョークで描くと、こちらに手を振って姿を消してしまった。
「な、何なんだ……いったい何が起こっているんだっ!?」
「……分かりません」
私の後ろで、鳴海刑事と大倉刑事が憔悴しきった様子で言った。
それはそうだろう、彼らはこの短期間に『この世ならざる存在』を目撃した挙句、魔女の秘技まで見てしまったのだから……。
私が彼らに同情の念を寄せていると、大倉刑事が私の腕を掴んで手錠を掛けた。
「ちょ、ちょっと大倉さん、何を――」
「……先輩、お言葉ですが、自分はこの人物が信用できんのです。証拠は平気で隠蔽するし、今だって容疑者を暴行しておりましたっ! 仮にこの人物が本当に警察官であっても、自分はこの者を署に連行して自身が犯した過ちを悔い改めさせたいと思っておりますっ!」
どうやら大倉刑事は、私を偽物の警察官だと考えたらしい。
ここで抵抗しても仕方ないので、大人しく所轄の警察署に車で運ばれていく。
「ここで待っていろっ!」
そう言って私を取調室のイスに座らせる大倉刑事は、もはや私を上司とは思っていないらしい……私は彼が退出するのを待って、懐から一枚の札を取り出した。
私はその札に念を込めながら真言を唱えると、取調室から消えた。彼らとの別れを惜しみながら……。