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魂喰らい ~出会い〜

妖怪……その存在を信じている人が、この世にどれだけいるだろうか?

また、本気で妖怪を恐れている人は、果たしているのだろうか?

大丈夫……今からご紹介する事例を知っていただけたら、多少は、その存在を味わうことが出来るから……。

 ……暇だ。この部署の特殊性ゆえに暇なのは仕方ないのだが、どうにかならないものか……。

 警視庁地下の埃っぽい空間で、私は呑気にアクビをした。


「貴様っ! 朝っぱらから気が緩んでおるぞっ! シャキッとせんかっ!」


 仮にも上司である私に向かって、唾を飛ばしながら怒るこの刑事は大倉源三刑事。彼とはもう数ヵ月の付き合いだが、未だに私に心を開いてはくれないらしい。


「ま、まぁまぁ、大倉さん。それぐらいで――」

「いえっ! 今回ばかりは自分も先輩の意見に反対でありますっ! そもそもコイツが本当に警察官か、未だにはっきりしておりませんっ!」


 顔を真っ赤にして額に血管を浮かび上がらせながら、大倉刑事は熱弁を振るう。

 私はその姿を尻目にデスクの引き出しから探し物をしていると、一冊の黒革手帳があった。

 ここにあるということは、まだ未解決の事件の資料だろうか? 私は何となくその手帳を開いた。


『私立月影高校連続怪死事件』


 その手帳の最初のページには、そう書かれていた。

 ……驚いた。この事件は、目の前にいる鳴海刑事や大倉刑事と出会うキッカケとなった事件だ。

 しかし、この事件はすでに解決した……表面に家紋が無いということは、整理するのを忘れていたのだろう。

 ……どうせ暇なのだ。少しくらい、この手帳の中身を見て昔の事件に思いを馳せるのも良いだろう。

 私は手帳に貼られている捜査資料や殴り書きされた文章を見ながら、当時の状況を思い出していった……。


              ※


――その日、警視庁の地下で暇を持て余していた私を待っていたのは、学校での自殺案件だった。

 私はだるい気持ちで現場に自家用車で向かい、正門で直立不動の姿勢で警備をする警察官に警察手帳を見せて中に入った。

 しかしその瞬間、全身に寒気がした。なんというか……恐ろしく空気が淀んでいる。

 警察官としてはマズイ感想かもしれないが、私の第六感がそう訴えている。

『この事件はまずい』……だが、私はその気持ちを押し殺して事件の現場である図書室へと向かった。

 先程通った正門に掲げられていた表札には、『私立月影高校』とあった。私の記憶に間違いなければ、月影高校は都内でも有数の進学校だ。

 私が図書室の前まで来て黄色いテープを潜って中に入ると、近くにいた刑事が訝しむ目でこちらを見てきた。


「失礼ですが、どちらさんで?」


 言葉だけを聞けば、事務所の前にいる不審者に声を掛けるヤクザ者のセリフだ。

 浅黒い肌をした顔面凶器に対して、私は勝手に現場に踏み入った事を詫びながらスーツの懐から警察手帳を開いて示した。


「あ、お疲れ様です……」


……うん、階級社会サイコー。私はその刑事に被害者の情報を求めた。


「はっ、自殺したのはこの学校の生徒で、名前は近藤愛。今朝、図書室に来た職員によって発見されたようですね」


 私は刑事に感謝の言葉を述べ、その刑事がどこの課かを聞いた。


「はっ、警視庁捜査一課です」


 驚いた。普通なら、自殺案件には地元の警察署が捜査するはずである。

 私は、なぜこの現場に警視庁捜査一課が来ているのかを質問した。


「はっ、実は先週にもこの学校で女子生徒による自殺があったからです。しかも、今回もその死に不審な点があるということで……詳しい話は自分も分からないのですが」


『今回も』? 以前の自殺も不審な点があったのだろうか?

 とにかく、私はその刑事にお礼を言って、遺体のある現場に向かった。

 すると、司書室の中で事情聴取に応じている初老の男性の姿が目に入った。自家用車の中で私に送られてきた情報によると、あの男性が校長らしい。もっとも、あのでっぷりとした体形と貫禄ある初老の紳士といった見た目は、校長だと言われれば素直に信じてしまうほどの説得力があった。

 だが精神的に参っているのか、顔色が悪い。数日の間に生徒の中から二人の自殺者を出したわけだから、当然だろう。

 おまけに、この学校は私立高校だ。その経営者となれば、これらの事件が表沙汰にならないよう、色々な手を打つのに必死なのだろう。仕立ての良さそうなスーツも、気のせいかくたびれて見える。

 私が彼に幸運があるように祈っていると、後ろからバンッと肩を叩かれた。ポンじゃない、バンッだ。

 振り向くと、そこには白髪に浅黒い肌をした男性が立っていた。


「お前……見ない顔だが、どこのモンだっ!」


……警視庁捜査一課とはヤクザの集まりなのだろうか? 私は警察手帳を見せながら、この現場に私が来ることはすでに通知されていることを問いただした。


「む……ふん、余計なマネはせんで下さいよ……」


 警察手帳を見ながら私の話を聞き終わったその男性は、ツカツカと現場の方へ歩いて行ってしまった。

 私はさっきの刑事に、あの男性が誰かを質問した。


「ん? あぁ、彼は警視庁捜査一課課長、本郷武志警部ですよ。バリバリのノンキャリアですっ!」


 その刑事は、私を見て得意そうに言った。おそらく、『ノンキャリア』という部分を強調したいのだろう……どうでもいいが……。

 私はその刑事に礼を言って本郷警部が向かった場所に行くと、そこには本郷警部とやせ細った青年、大柄な男性がいた。


「鳴海、こちらは所轄の大倉刑事だ。一人目の自殺者について、情報をもらっておけ。それと、今後は大倉刑事と一緒に捜査にあたるように」


 本郷警部はそう言って、遺体のある現場の方へ向かった。

 私は鳴海と呼ばれた青年と、大倉刑事と呼ばれた男性を交互に見た。

……はっきり言うと、この二人はあまりにも対照的だ。

 鳴海と呼ばれた青年は、いかにも『新人刑事です』といった締まりのない青白い顔つきで、その細い体躯は、彼が国家公務員試験に合格して採用されたキャリア組であるということを存分に語っていた。

 一方、大倉刑事と呼ばれた男を一言で表すと、熊である。

 その身長は頭頂部が図書室の天井に届きそうなほど高く、浅黒い肌に筋骨隆々という表現がピッタリの、鍛えこまれた筋肉は、長年最前線で戦ってきた老兵のように思える。年齢は四十代前半だろうか……ノンキャリアだとすれば、巡査部長か警部補だろう。

 私が呆然としていると、鳴海と呼ばれた刑事は分かりやすい作り笑顔で話し始めた。


「初めまして、警視庁の鳴海雄太警部補です。よろしくお願いします」


 そう言って、鳴海刑事は頭を下げた。

 大倉刑事はというと、その場でビシッと敬礼をする。


「自分は大倉源三巡査部長でありますっ! 押忍っ!」


 お、押忍とな……? 今時そんな返事をするのはゴリゴリの体育会系部員だけかと思っていたが……。

 だが、よく見てみれば彼の頭髪はキッチリとした五分刈りであり、その容姿は間違いなく学生時代に体育会系の部活をやっていたと思われるほどの雰囲気を醸し出していた。


「至らない点があるかと思いますが、よろしくお願いします、先輩っ!」


 ん~? 今『先輩』って言った? どう見ても彼の方が年上に見えるが、彼は何を以って鳴海刑事の事を先輩と言っているのだろうか?

 まぁ、おそらく階級だろう。警察というのはいわゆる階級社会だ。どんなに経験を積んだ老兵でも、自分より経験の浅い若者の方が階級が上ならば、そちらの方が偉いことになる。こればっかりは、階級社会の弊害と言えよう。


「は、はぁ……あの、その先輩っていう呼び方はやめてもらえませんか? 大倉さんの方がずっと年上のようですし……」

「ダメですっ!! 自分は巡査部長で、先輩は警部補でありますっ! 階級は絶対でありますっ!」


 やはり、大倉刑事の考えもそのようだった。


「……ちなみに、こう見えてもまだ二十五歳であります」


……私は、もうツッコみ切れない……。

 二人から離れて遺体の方に行くと、本郷警部に嫌そうな顔をされたが、気にせずに状況を聞き出した。

 この近藤愛という女子生徒――彼女は朝早く図書室に立ち寄った教師によって発見されたらしい。

 生徒達が登校するには早い時間であるから、昨夜もしくは早朝のうちに学校に忍び込み、自らの命を絶ったと思われるそうだ。

 だが、彼女の風貌はあまりにも奇妙だった。

 彼女はパジャマを着ており、顔は苦悶に満ち溢れた表情で、その腹部は大きく横一文字に裂かれていた――鑑識の話によると、この傷が致命傷らしい。

 発見当時、彼女の右手には包丁が握られており、これで腹部を裂いたものと思われる。

 すると、後ろにいた大倉刑事と鳴海刑事が興味深いことを話していた。


「あの、大倉さん。一人目の犠牲者について教えて頂けますか?」

「押忍っ!」


 私は彼らに気取られないように死角に回り込み、彼らの話す言葉に聞き耳を立てた。

 それはこの学校で起きた最初の自殺者についてだった。まとめるとこうなる。

 一人目の自殺者は、近藤愛と同じ三年五組の五十嵐聖菜。先週火曜日の朝、正門の前で死体となっていた彼女は発見された。

 彼女はパジャマ姿で、喉を自身の爪で掻き破って死んだらしい。

 解剖の結果、彼女の咽頭部の奥に動物の毛のようなものが発見されたらしいが、今も何の動物の物かは判明していないらしい。

 その後鳴海刑事は本郷警部に何かを報告しているが、あまりまともに取り合ってもらえてない様子だ。

 その時、私は背筋に悪寒を感じた。

 何者かは分からないが、凄まじい気迫を感じる……それもこの空間に二つ感じる。

 一つは禍々しい何か……もう一つは……分からない。

 その正体を探ってみると、禍々しい気迫は遺体から、正体不明の気迫は私から見て左側奥の本棚の裏からだ。

 私は遺体から発せられる気迫に用心しながら本棚の裏を見てみると、思いがけない物を見つけた。

……それは、御札だった。

 それも、そこらへんの神社や寺が作れるような物ではない、強力な念が込められた代物だ。

 その御札は本棚と本棚の間に巧妙に隠されており、気迫を感じなければ見つけられなかっただろう。私は札を注意深く観察した。

 どうやらこの札は『百鬼縛封』の札らしい。

 もっとも、私の『ソレ』は異端中の異端と言われてきたわけだから、その見立てが正しいかどうかはわからない……。

 しかし、なぜ縛封の札が? まさかあの遺体から発せられる気迫と関係があるのだろうか?

 私がそんなことを考えていると、二つの気配は徐々に消えていった。

……これはただの事件ではない……私の第六感はそう警鐘を鳴らしていた。

 その時、私に向かって誰かが話しかけてきた。


「あの……すいません。ちょっと通してもらえますか?」


 見ると、その人物は鳴海刑事だった。後ろには大倉刑事が仁王立ちしている。

 どうやら、私は彼らの進路を邪魔してしまったらしい。私はお詫びをして道を退くと、彼らに対して質問した。この二人は、他の刑事達より御しやすいという考えがあったからだ。

 まずは、二人がこれからどうするのかを質問する。


「えっと、とりあえず学校内を探索したいと思ってます。何か事情を知っている生徒や先生がいるかもしれませんから」


 鳴海刑事が答えた。大倉刑事もうんうんと頷いている。

 私は考えた。この事件はどう考えても普通の自殺案件ではない。彼らが校内を探索するというのなら、私も同行してこの事件の原因を探った方が良いのではないか?

 もし彼らに『何か』の危険が降りかかりそうなら、私が守るか、逃がすかすればいい。事件を解決するための人手が多いと助かるのは事実だ。

 私が二人に対してその探索に同行する旨を伝えると、二人は怪訝そうな表情で私を見つめ、鳴海刑事が困った様子で質問してきた。


「あの、失礼ですがあなたは?」


 私としたことが……失念していた。

 私は懐から警察手帳を取り出して、彼らに印籠のように見せつけた。


「あっ! こ、これは失礼しましたっ!」

「し、失礼しましたっ! 押忍っ!」


……うん、階級社会マジサイコー。二人は手帳に記された私の階級を見るなり、ビシッと敬礼した。

 私は続いて自分の名前を伝え、私を呼ぶ時は苗字で呼んでほしいと伝えた。

 これは子供の頃から私が他人に対して求めていることだ。なんというか……こうすることでより多くの自分の存在を感じられるのだ。自分で言っておいて気味が悪いが……。


「はい、分かりました」

「むぅ~……ですが――」


 大倉刑事はかなり不満な様子だったが、私は気にせずに二人と共に校内探索へ出かけることになった。


               ※


……図書室を出てしばらく経つが、校舎には人影が無かった。

 大倉刑事によると、事件の漏洩を恐れた学校側が臨時休校にしたらしい。


「誰もいませんね、先輩」

「……えぇ、そうですね」


 大倉刑事が鳴海刑事にそう話しかける。黙って歩き続けることが我慢出来なかったらしい。

 だがそれも当然だろう。二人の前で言いたくはないが、この学校は明らかにおかしい。空間そのものが何かの瘴気に犯されているようだ。

 私は大倉刑事に対して、この学校の異常さについて遠回しに茶化す感じで言ったのだが、返ってきたのは意外な反応だった。


「あ、ああ、あり得ませんっ!! オ、オオ、オバケなど、この世に存在しないのでありますっ!! 幻でありますっ!!」


……正直、オバケの単語を少し聞かせただけでここまでの反応が返ってくるとは思わなかった。間違いない、大倉刑事は極度の怖がりだ。

 その時、私達の後ろで物音がした。

 振り返ると、そこには一人の少女がおり、通学カバンを落としてしまったようだ。

 ちなみに、隣の大倉刑事はかなり驚いたようで、半分白目を剥いている。

 しかし臨時休校になったにも関わらずに、制服を着て校内に残っている生徒がいるとは思わなかった。いったい、どのような事情なのだろうか?

 私は少女に対して大丈夫かどうかを尋ねた。


「えぇ……大丈夫です……あの、あなた達は?」


 どうやら彼女は、我々を見て不審に思っているようだ。

 私達三人は、警察手帳を彼女に見せた。


「へぇ……警察の……」


 彼女は驚いた様子で、三つの手帳を見つめた。

 私は手帳をしまって、事件の事を聞けないか尋ねた。


「えぇ……いいですよ。私は木下八重子と言います」


 木下八重子きのしたやえこ……黒い髪を背中まで伸ばし、青白い顔は病人のようにも見えた。

 私は彼女に早速、二件の自殺について聞いた。

 すると彼女の目は恐怖に染まり、視線は定まらなくなってしまった。


「あ、あの、私、知りませんっ! 失礼しますっ!」


 そう言って、彼女は走り去ってしまった。

 走り去る彼女の後姿を見ながら、大倉刑事は微笑んで言った。


「照れ屋なんですなぁ……」


……彼はまったく気にしていないようだったが、あれは何かを知っている者の反応だ。鳴海刑事も同じように感じたらしい。

 だが、私は木下八重子を追跡することを諦め、校舎の外を捜査することを二人に提案した。

 これ以上の校舎の中を探索していても、おそらく有用な情報は得られないと思ったからだ。

 二人は私の提案を快諾し、私達は校舎の外を探索することになった。

 始めに校内を周回するように正面入り口からグラウンドを回って校舎の裏へ抜けた。

 校舎の裏には鬱蒼とした雑木林が昼間とは思えないほどの陰をつくり、いささか不気味だった。

 そもそもこの雑木林は、学校の敷地なのだろうか? そんな事を考えながら雑木林と校舎の中間地帯を歩いていると、先頭を歩く大倉刑事が立ち止まり、後ろを振り返って鳴海刑事に耳打ちした。


「先輩、あれを……」


 私は鳴海刑事と一緒に、大倉刑事が指差す方向を見た。

 そこには一人の少女がおり、制服から見てこの学校の生徒のようだった。

 肩まである髪を左右で縛っており、小柄な体型だった。

 その少女は校舎の柱に隠れるようにしゃがみ、何やら両手を動かしている。

 私が事態の推移を見守っていると、その少女の手元からポッと火が出た。どうやら、ライターを持っているらしい。


「何してるんだいっ!?」


 私の隣で鳴海刑事が叫んだ。

 それとほぼ同時に大倉刑事が少女に駆け寄るが、少女はこちらへ振り返ってギョッとした表情を浮かべると全速力で逃げてしまい、その姿は校舎の曲がり角で消えてしまった。


「くっ! 面目ありません……」

「いや……仕方ないですよ」


 我々の方へ戻ってきた大倉刑事に対して、私も慰労の言葉を述べた。

 彼女のいた場所に行ってみると、そこには一枚のクシャクシャにされた紙があった。

 私はそれを拾って広げてみると、驚愕した。その紙も、御札だったのだ。

 しかも、図書室に貼られていた札よりもさらに強力な、『魑魅魍魎縛封』のようだった。


「神牙さん? 何ですか、それは?」

「見たところ、御札のようですが……」


 私は二人にこの札は見なかったことにしてほしいという事を伝えて、懐にしまった。


「えっ!? 良いんですかっ!?」


 鳴海刑事はそう言うが、もちろん良くない。

 大倉刑事はというと、目の前で行われた上司の証拠隠滅に、内心腹が立っているようだった。

 だが、この札まで出てきたとなると、この学校にはやはり何かある。その正体がわかるまで、彼らにどう思われようと私は一向にかまわない。

 その後も敷地の内外を探索したが、これといって発見は無かった。

 私は二人に対して、これからも捜査に同行する旨を伝えた。

 二人は浮かない様子だったが、当然だろう。私のやった事はバレれば懲戒免職、自分達にだって何らかのペナルティが課されるはずだ。

 それでも私は、彼らとこの事件を解決する。なぜかというと、人手が足りないから……。

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