鬼島陽子編 ストーカー ~後味の悪い結末~
――というわけで、アタシは麗華と一緒に、もう一度彼女のアパートの前までやってきた。ったく……初めに聞いた時は心臓が飛び出るかと思ったぜ。自分が眠ってたベッドの下に男がいたなんて、笑い話にもならねぇ。
まぁ、こうして二人共無事なんだ。グチグチ言っても仕方ないだろうな。
一度周囲の様子を見てみる……静かなもんだ。微かに鈴虫の音が聞こえるが、特に変わった様子はない。
旧型の街灯がチカチカと点滅するのが少し気になるが、さほど問題はないだろう……別にビビってるわけじゃねぇぞ?
とにかくっ! ここはひとつ、部屋の主にお伺いを立てておくか。
「それで、どうすんだ? 警察呼ぶか?」
アタシがそう聞くと、隣に立つ麗華はかぶりを振った。その仕草が、またなんとも可愛らしい。
こうやって男共にモテてきたんだなぁ……まぁ、アタシが知る限り、こいつは今まで男と付き合ったことなんてなかったわけだから、気にしてもしょうがねぇか。
「……ううん、それは嫌。陽子、お願い。ちょっと見てきてくれない?」
「はっ? マジで?」
「うん……だって、警察に連絡したらお父さんにバレちゃうし……」
そう言って、麗華はうつむいた。
アタシは、その言葉を聞いて驚いちまった。
「はっ!? お前、親父さんに言ってなかったのかよっ!?」
「うん……もし言ったら、実家に連れ戻されちゃうだろうから……」
……へぇへぇ、お嬢様は大変ですね。
まぁ、アタシもガキの頃に麗華の父親に会ったことがあるが、確かにあの頑固そうな親父なら、娘がストーカーに狙われてるって知ったら、家に連れ戻すだろうな。
正直言って、そっちの方が麗華にとっていいと思うんだが……ま、いっか。
「……分かったよ。ちょっと待ってろ」
「うん、ありがとう……」
麗華の言葉を後押しに、アタシは麗華のアパートの階段を上がっていく。
はぁ……大丈夫かなぁ……逃げててくれよ、ストーカー野郎……。
アタシは麗華の部屋の玄関の前に着くと、大きく深呼吸した。
正直言って、無茶苦茶怖ぇ……こんな思いしたのは、鶴ヶ峰学園の時以来だ。
アタシは、ゆっくりと麗華がいるであろう道路の方を見た。アイツはこっちの方をジッと見たまま、微動だにしない。なんか、背中に寒気を感じる。
もし、この部屋の中にストーカーがいてバッタリと会っちまったら……場合によっちゃ、麗華とはお別れになるかも知れねぇ……麗華だけじゃないか。神牙や鳴海、大倉とも永遠にオサラバだ。
そう思うと、両手に汗がジワリと滲んできやがる。ふぅ……よし、行くか。
扉を掴んで、ゆっくりと開ける……部屋の中は真っ暗だった。そう、真っ暗だったんだ。
アタシと麗華が出る時には、明かりが点いていたのに……。
……一応、護身用の警棒と催涙スプレーなら持ってる。
アタシは右手に警棒、左手に催涙スプレーを持って、部屋の中をゆっくりと進んで行った。
このアパートには、玄関の近くに部屋の明かりを照らすスイッチが無い。電灯から直接垂れる紐を引いて明かりを点けるわけだが、アパートの管理人がリフォームしちまって、その紐もなくなった。
部屋の明かりを照らすには、アタシが寝ていたベッドの近くに置いてあったリモコンを使わなきゃならねぇ。
まず初めに気を付ける場所は、左側にある洗面台兼風呂場だ。
……もしストーカーがまだ部屋にいるなら、警戒しなくちゃいけない。
ゆっくりと風呂場の前を通る……扉は閉まったままで、特に気配も感じない。どうやら、ここにはいないらしいな。
その次は、リビングに入る曲がり角だ。ここはキッチンに続いているから、人が待ち伏せするには都合がいい。
一応、窓からの月明かりで多少は視界が確保出来ているが、それでも自分の手元さえまともに見えない。壁を背にして、ゆっくりとキッチンを覗き込む。
……全然先が見えねぇ……どうしたらいいんだ? 先に進んでもいいのか? クソッ! 足が震えるぜっ! 落ち着け、大丈夫だ。こっちには警棒と催涙スプレーがある。もし向こうが襲ってきても、催涙スプレー吹っかけて警棒で死ぬまで殴り続ければいいや。どうせ正当防衛が成立するに違いねぇ……そうさ、アタシは警察官なんだっ! よしっ! ハラは決まったっ! 勢いよくキッチンに突撃するっ!……が、どうやらここにも異常はないようだ。
ま、それなら別にいいさ。残るはリビングだ。あそこさえ気を付ければ、問題ないだろう。
アタシはキッチンから出て、リビングがある方向を向く。リビングの方は月明かりが差し込んで、他の場所よりもよく見える。特に異変は無さそうだ。
ま、油断はするもんじゃないな。ゆっくりとリビングに進む。
やっぱ、まったく見えないのと少し見えるのとじゃ大違いだな……ここは麗華の寝ていた布団で……こっちはアタシが寝ていたベッドか……なら、リモコンは……おっ! 見つかったぜっ!
アタシは手探りで見つけたリモコンを手に取って、上の電灯に向けてスイッチを押した。するとチカチカッと光った後に、部屋に明かりが点いた。
「うおぉぉおおおっ!?」
な、なんだ、こいつっ!? ア、アタシの目の前に青白い顔した男が立ってやがるっ! しかも、男が立ってるのはキッチンの方だ。どこに隠れてたっ!? もしかして、アタシが見えてなかっただけなのかっ!?
「……」
「っ! 動くなっ!」
アタシがそう声を掛けても、男からは反応がない。その顔は病人みたいに悪い色をしてるが、その手には小振りのナイフが握られていた。しかも、そのナイフからは血が滴り落ちている。
いや、あの赤い液体が血かどうかは分からないが、たぶん血で間違いないだろう。なんで付いてんだ? というか……こいつがストーカーか?
「……どけ……」
「はっ!?」
「……ああぁぁあああっ!!」
うわぁあああっ!? 襲い掛かってきやがったっ! と、とにかく応戦だっ! 後ろに飛び退きながら催涙スプレーを吹きかけるっ!
「ぐわぁあああっ!?」
よっしゃ、成功っ! そして、脳天に警棒をブチ込むっ!
「ぐぶっ!?」
男がよろめいたっ!
さらにもう一回っ! もういっちょっ!……よし、動かなくなったな……はぁ、疲れた……。
だいぶ殴ったからな……大丈夫かな……?
一応、脈を図ってみる……よし、大丈夫だな。警察を呼んで、逮捕してもらおう。
麗華には悪いが、どのみち警察には知らせなくちゃいけねぇ。悪く思うなよ……麗華……。
※
あれから数日後……アタシは相変わらず、このカビ臭い倉庫のソファに寝転がってる。
けどよ……さすがに疲れたぜ……今日は一日休みてぇ……。
なんせ、麗華が巻き込まれたストーカー事件には、色々とおかしなことがあったからな。
あの後しばらくして、麗華から連絡が入ってあいつの部屋に行ってみたら、あいつの部屋の押し入れの中からとんでもねぇ状態の遺体を見つけちまった……。
すぐに警察に連絡して調べてもらったが、その遺体の身元は分からないらしい。
なんでも、身体の大部分がひどく損傷しているそうで、できることは遺伝子の保存くらいだそうだ。
……確かに、あれはひどい死体だった。
ちなみに鑑識の捜査結果では、遺体となった人物が殺されたのはリビングで、その遺体を損傷したのは風呂場らしい。
しかも、その遺体があった押し入れをよく調べてみたら、中から斧が見つかった。
警察の話じゃ、麗華を狙ったストーカーが二人いて、あの日に部屋でかち合って、一人が死んで残った一人がベッドの中で麗華を待っていたってことだ。
それに、これは麗華から聞いたことだが、奴の上司が一人失踪しちまったらしい。あの人は特に麗華の身を案じてたからな……どっかでストーカーに狙われちまったのかもしれねぇ。正直、後味の悪い事件だった。
そう言えば、行方不明だった神牙が見つかったそうだな。なんか、大倉がめっちゃ喜んでたぜ。
そう思ってたら、倉庫の扉が開いた。
「やぁ、おはよう」
「おはようございます、神牙さん」
「おう、元気だったか」
チラッと見てみたら、神牙がいた。
奴は鳴海と大倉に挨拶をして、真っ直ぐに自分のデスクに座って、仕事を始めてやがる。
ただ、しばらくして奴は立ち上がって荷造りをした後、大倉と鳴海に向かって早退することを伝えた。
もちろん、アタシの方にもな。
アタシが神牙に悪態をついた後、携帯電話が鳴った。
「警部殿っ! 鳴っておりますよっ!?」
「ああ、わかってんよ」
うるせぇなぁ……大倉に言われなくても分かってるっつうの。
そう思いながら、アタシはケツのポケットに入れていたタブレットを取り出して電話に出る。
「あ、陽子っ! 元気?」
「ああ、まあな」
電話の相手は麗華だった。なんか、妙に明るいな……。
「本当に怖かったよね。まさか、斧で襲い掛かってくるなんてさ」
「ああ、そうだな。お前の方は、もう大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。でも、あの後やっぱりお父さんから連絡が入って、しばらく実家に帰ることになっちゃった……」
あぁ、やっぱりな。
「そうか……それで、どうすんだ?」
「う~ん……しばらくは実家から近い系列グループの会社で働くつもり。もしよかったら、いつでも遊びに来ていいからね。それじゃっ!」
「おうよっ!」
はぁ……結局、麗華には迷惑かけちまったなぁ……あれ? そういえば、なんで麗華はアタシに襲い掛かってきたストーカーの武器が斧だと思ったんだ?
まぁ、たぶん押し入れの遺体の近くに置いてあった斧と間違ってるんだろうが……いや、あの時、麗華は部屋にいなかった……知るのは無理だ……いや、まさかな……。




