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鬼島陽子編 ストーカー ~親友との疑似同棲~

「――それで、先生。先輩の容態はいかがでしょうか?」


 あの後、アタシは大倉に半ば強制的に警視庁の正面ロビーに連れてかれた。驚いたのは、そこには何か、うわ言のようなことを話す鳴海がいたことだ。

 大倉が急いで神明大学付属病院へ運ぶように手配し、大倉は救急車で、アタシは自分の車で病院へと向かった。

 病院に着くと、鳴海は真っ先に検査室に連れてかれて検査を受けて、今は病室の一角でスヤスヤ眠ってる。

 アタシの座るイスの対面には大倉がその巨体を小さなイスに押し込むように座ってて、その横にはアシュリンっていう外人の女がいた。

 この女とは今日が初対面だが、なんていうか……結構強そうだ。コイツと喧嘩して、勝てる気がしねぇ……。

 そのアシュリンって女は、大倉の質問に口を開いた。


「正直言って、私にはなぜ鳴海君がこのような状態になったのか、まったく分からない。目立った外傷もなければ、血圧や脈拍にも異常はない。精密検査もしてみたが、まったくの異常なしだ」

「そうでありますか……よかった……」


 ま、『命に別状はなく』って状態で良かったぜ。訳が分からないまま死なれちゃ、寝覚めが悪いからな。


「だがな、それがかえって不気味なんだ」

「と、言いますと?」


 大倉が、不思議そうにアシュリンの方を見る。

 アタシも、思わずアシュリンの声に集中する。


「鳴海君は警視庁の正面ロビーで、意識が混濁した状態で見つかったのだろう? それはなぜだ? なぜ彼は、あの時間、あの場所でこのような状態で発見されたんだ?」

「さ、さぁ……自分はさっぱり……」


 アタシも同感だ。

 そもそも、あの時の鳴海は大倉が抱え起こしても、まともに立てない状態だった。

 両目はキョロキョロしてて、息は乱れていた……それなのに、どこにも異常はねぇだなんて……ちょっと信じられねぇ。


「……一応、彼の身体を調べる過程で、薬物反応なども調べてみた。結果は異常なし。目立った外傷もない。考えられる可能性があるとすれば、洗脳の過程で鳴海君の精神が異常を起こし、あのような状態になってしまったとか……」


 それからも、この金髪の女はブツブツ独り言を言ってる。


「せ、先生……お言葉ですが、洗脳しようとしただけでこうなるのでありましょうか?」


 大倉のその疑問に、アシュリンは大倉の方を見て答える。


「間違いなくそうなるとは断定できんが……そのような事例ならいくつかアメリカで見てきた。いずれにしても、彼の回復を待たなければならないだろう」

「むぅ~、そうでありますか……」


 大倉は、実に悔しそうな表情をして鳴海を見た。

 アタシもつられて鳴海を見るが……こいつ、スヤスヤと眠ってやがる。意外と童顔なんだな。普段はあんまりじっくりと見たことなかったから、気づかなかったぜ。っていうか、アタシは来なくても良かったんじゃないか? いや別に、鳴海の事なんてどうでもいいってワケじゃないがよ……っと、そう思ってたら電話だ。


「はい、もしもし?」

「あ、陽子っ!? あたし、麗華っ!」


 電話の相手は麗華だった。でも、なんでこんな慌ててんだ?


「おう、どうした?」

「ハァ……ハァ……お願い……今すぐあたしの家に来てっ! お願いっ!」


……まさか、ストーカーの件か?

 アタシが返事を出し渋っていると、スピーカーの向こうから物音が聞こえた。

 なんか、ドアを開け閉めするような音で、しばらくして小声で麗華の声が聞こえた。


「……聞こえる? お願い、あたしの家に来て……お願い……」


 麗華の声は完全に涙声になってた。というか、もう泣いてると思う。


「ストーカー?」


 短く、麗華に問いかけた。


「……うん、そう。今日、仕事が終わって家に帰ろうとして歩いてたら、後ろから気配がして……振り向いたら、男がいたの。しばらく早歩きして撒こうとしたんだけど、全然離れてくれなかったから、家まで走って今部屋の中にいるの。お願い、早く――」

『ドンドンッ!!』

「キャッ!!」


 麗華が説明していると、スピーカーの向こうからドアを叩く音が聞こえた。

 スピーカー越しまで音がハッキリ聞こえるってことは、相当な強さで叩いてるに違いねぇ。

 自分でも、心臓がバクバクいってるのが分かる。こんな思い、鶴ヶ峰事件以来だぜ。

 アタシは、怪訝な様子でこっちを見る大倉を見た。


「悪い、ちょっと外すぜ」

「あ、警部殿っ!」


 アタシは大倉の声を無視して、病院から走り去った。今から車で行けば、間に合うはずだ。


「麗華、相手に警察呼んだって言え。それで携帯のスピーカー点けて、ドアの方に向けろ。アタシもすぐに行く」


 病院の敷地内にある駐車場に停めた車に乗り込んで携帯を肩と頬で挟むと、車を急発進させた。


『ドンドンドンッ!!』


 未だに、スピーカーの向こうからはドアを叩く音が聞こえる。麗華の声は聞こえないけど、嗚咽と荒い息の音は聞こえる。クソッ! ビビってて声が出せねぇのか……やばいな……。

 アタシがそう思ってたら、突然スピーカーから大音量が聞こえた。


『やめてくださいっ! もう警察を呼びましたっ!』


 麗華の声だ。ってことは、ここから先は俺の出番だな。


「もしもしっ!? 警察ですっ! 今すぐ、彼女の部屋から離れなさいっ!」


……急にかしこまった口調で言っちまったけど、大丈夫だったかな? ていうか、女の声で警告されても、ビビらねぇんじゃねぇか?

 携帯のスピーカーからは、何も聞こえない……しばらくして、物音が聞こえた。


「……陽子? あの人、行ったみたい。本当にありがとう……」

「おう、大丈夫か? 今そっちに行ってるから、もうちょっと待ってろ。あ、それと、携帯は切んなよ?」

「うん、わかった」


 それからちょっとして、アタシは麗華のアパートに着いた。一応車内から、周囲に不審な人影がいないか、確かめてみる……どうやら、見た感じは大丈夫そうだ。

 ま、油断はできねぇ。まだ、どこかに隠れてるかもしれねぇからな。

 アタシは周囲を警戒しながら、車を降りた。

 周りを見渡しながら、麗華の部屋へと続くアパートの階段をゆっくり上っていく。一応、『アパートの住人』っていう設定だ。

 そして、麗華の部屋を通り過ぎて、廊下の一番端まで行って振り返る……よし、見た感じ、アパートを見張っている人影はいねぇみたいだ。

 アタシはもう一度麗華の部屋の前に行って、呼び鈴を鳴らした。


「……誰?」


 閉じたドアの向こうから、警戒するような麗華の声が聞こえた。


「アタシだよ、陽子だ」

「あっ、陽子っ!?」


 しばらくして、ドアが開いた。


「よかった~、陽子、本当にありがとうっ!」

「おうっ!」


 そして、アタシは麗華の家に入った。

 とりあえず、麗華にアパートの周りには不審な奴はいなかったことを伝えた。

 麗華は苦笑いしてたが、そりゃそうだろう。今回は麗華が無事でなによりだが、結局犯人はまだ捕まってねぇんだ。

 一応、麗華に警察を呼ぶか聞いたけど、『大丈夫』って返事が来た。正直考えて、その言葉は信用できねぇ。その時の顔は、明らかに青ざめて死にそうになってた。

 でも、はっきり言う訳にはいかねぇしなぁ……そんなことを考えながらしばらくして、時間は深夜を過ぎた。


「……ねぇ、陽子……今日はこのまま泊まっていってくれない? 正直、このまま一人で寝るの、嫌だし……」


……やっぱ、そうなるよなぁ……ま、いっか。


「ああ、いいぜ」

「本当っ!? ありがとうっ!」


 そのまま、アタシ達は同じベッドで眠ることになった。

 ただ、妙に麗華がソワソワと落ち着きなくベッドの中で動いている。


「……どうした? 眠れねぇのか?」

「いや……大丈夫……」


 麗華がそう言ってから数分後、アタシは眠りについた。


          ※


……あれ? おかしいな?

 いつもなら、目覚まし時計のやかましい音が聞こえるはずなんだが……。


「陽子、朝だよ?」


 そう思っていると、右側の耳の中に麗華の高くてきれいな声が聞こえてきた。あ、そう言えば、昨日は麗華の部屋に泊まったんだっけ?

 どんどん意識が覚醒していくにつれて、自分が寝ているベッドが普段寝ているベッドとは違う感触であることに気づく。

 眠たい目を擦って朝の景色を拝もうとすると、アタシの眠るベッドの右側に麗華がいた。

 縞模様のピンク色のパジャマに、粟色をしたボブカット……その光景が、まだ麗華が無事であることをアタシに教えてくれる……なんか、神牙みてぇな言い回しだなぁ……。

 とにかく、まだストーカーは捕まってねぇ……そいつを捕まえるまで、油断は出来ねぇってことだ。


「ちょっと待っててねっ!」

「おう……」


 麗華は上機嫌でベッドから降りると、キッチンでガチャガチャやってる。

 アタシはもう少し眠る。だってよ……一応、これも身辺警護っつう、警察官の職務だぜ? そう、アタシは今、職務に邁進まいしんしてんのさ。

 そんな言い訳を誰かにしていたら、リビングの方から麗華がアタシを呼ぶ声が聞こえた。

 そっちの方を見てみると、麗華はキッチンから二枚の皿を持ってきてテーブルに置き、カーペットが敷かれた床に座っていた。

 アタシがベッドから降りると、麗華は手招きした。


「ほらほら、朝ごはんだよっ!」

「はっ!? わざわざ作ったのかっ!?」

「うん、そうだよ? それがどうかしたの?」


……なんていうか、え、マジか? マジでアタシの分の朝食まで作ったのか?

……こいつが昔から器量が良かったのは知ってたけど……ここまでしてくれんのか……とりあえず、朝食を食べる。

スクランブルエッグは――


「うまっ!?」

「ふふ、ありがとうっ!」


 俺はハイスピードで麗華の作ってくれた朝食を平らげると、服を着替えていつもの職場に向かおうとした。

 麗華もいつも通り仕事場に行くが、アタシが送っていく。これも、一応ストーカーを警戒しての行動だ。彼女が帰る時に、アタシが迎えに行けばいい。


         ※


 麗華を職場に送り届けて警視庁のいつもの職場に着くと、大倉がいた。


「警部殿っ!? いったいどこに行っていたのでありますかっ!? あれから自分は――」


 アタシは大倉の声を無視して、ソファに寝転ぶ。

 やっぱ、ここは落ち着くぜ……初めて見た時から、ここがアタシの居場所だと感じたんだ。

 神牙達はアタシ専用の席を用意したって言ってたが、余計なお世話ってやつだなっ!

 結局、そのまま寝込んじまって、アタシが目覚めた時には目の前に大倉の顔があった。


「うわっ!?」


 思わず飛び退いちまった……いや、だってよ。二メートルぐらいありそうな大男の顔が、目の前にあるんだぜ? しかも、自分が寝てる時によ……嫌な想像しちまうよな?


「警部殿っ! やっと起きたでありますねっ!? 先程から、警部殿の携帯がしきりに鳴り響いておりますよっ!」


 大倉にそう言われ、アタシは思わず自分のポケットをまさぐった。

 すると、コイツの言った通り、アタシの携帯電話はバイブ音をさせて震えていた。

 急いで携帯を手に取って、耳元に電話を当てた。


「あっ、陽子っ!? やっと出てくれた~!」


 電話の向こうから、元気な陽子の声が聞こえてきた。


「おぉ~、わりぃ、わりぃ。ちょいと寝ちまっててな。もう帰りか?」

「うん、迎えに来てくれる?」

「おう、待ってろ」


 その後、アタシは麗華の待つ職場まで車で向かった。

 今のコイツの勤め先の人間は、麗華がストーカーに付きまとわれてることを知ってるらしい。

 アタシが麗華を玄関先で迎えに行った時、そこには麗華の同僚や上司っぽい人達がいた。


「あ、陽子っ!」


 アタシの姿を見るなり、麗華はパッと明るい表情になった。


「よう、わりぃな、遅れちまって」

「ううん、大丈夫」


 アタシや麗華がそんなことを話していると、麗華の上司っぽい人から『麗華をお願いします』って頼まれちまった。


「じゃ、帰ろっかっ!」

「ああ」


 そして、アタシ達は麗華の勤め先の従業員に見送られながら、麗華の自宅へと帰っていった。

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