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鬼島陽子編 ストーカー ~親友からの電話~

鬼島陽子警部……彼女は普段、オモイカネ機関室内のソファで日々、自分の人生を謳歌している。

しかし、そんな彼女にも正義の心はある……たぶん、ある。

今回紹介する事例は、その事を如実に……あるいは多少、示していることだろう。

しかし、彼女の周りの人間が善意に満ちているかは保証できない……。

……はぁ……暇だなぁ……

 大倉は剣道の大会に行っちまうし、鳴海と神牙は事件の捜査に行っちまうし……。

 こんな暇になるんだったら、神牙達に付いて行けば良かったなぁ……。

 アタシがソファのいつもの場所でくつろいでいると、ケツのポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。


「はい?」


 誰だよ、こんな時に……。


「あ、陽子? あたし、麗華」


 麗華……なんでこんな時に……。

 時計を見ると、昼前だった。あいつの勤め先からして、まだ仕事中のはずだ。


「実はね……あたし、ストーカーに狙われてるみたいなの……」

「……は? なんだって?」


 いつもなら、お馬ちゃん中継とかお馬ちゃん新聞とか見るんだけど……この日はあいにく、どれもやってない。仕方ないから、退勤時間が来るまで昼寝でもしようかと思ってたら、このザマだ。

 ぶっちゃけて言うと、この部署に来てから毎日が充実してる。嫌な上司にドヤされることなんてねぇし、給料もいい。給料の方はお馬ちゃんのレースに消えていくけど、対人関係でストレスがねぇってのは、アタシにとっては最高だった。

 だからって、アタシの勤務態度が真面目とは限らねぇ。

 鳴海や大倉、神牙からしてみれば、アタシの勤務態度ってやつは本当に酷いらしい。もう何回、あいつらに注意されたか覚えてねぇ。

 もっとも、前の職場みてぇに、女だからって舐め腐った態度とらないよりはマシだけどな。

 そんなわけで、今のアタシはすこぶる機嫌がいい。いや、良かったって言うべきだな。今は良くない。


『だから……あたし、ストーカーに狙われているみたいなの』


 電話の相手はアタシの親友、馬場麗華。

 アタシがガキの頃からの仲で、アタシが警察官になった今でも、たまに飲みに行く仲だ。

 その麗華が、珍しく飲みの誘い以外でアタシに電話して来たと思ったら、妙な話になってきた。

 ぶっちゃけ、今なら警察もストーカーに対応してくれる……と思ったら間違いだ。

 正直言って、ストーカー規制法が出来た今でも、警察がいきなり乗り込んで行って『はいっ! ストーカー逮捕っ!』ってことにはならない。

 もちろん、警察としても全力でそうした事件にも人員や労力を割いている。

 だが、現状は被害件数の多さに人員が間に合ってねぇのさ。

 それでも、一応今のアタシは警察官だ。言うべきことは言っておく。


「警察には言ったのか?」

「うん、でも全然相手してくれなくて……なんとかしてくれないかな?」


 まぁ……分かってた答えだ。

 そうじゃなかったら、サボり癖のあるアタシの所に、わざわざ麗華が電話なんてするわけないしな。

……どうせ暇だしなぁ……さっき神牙達も出て行っちまったし……たまには事件解決して点数稼ぎしとくか。

 ひょっとしたら新聞なんかに、『女美人刑事っ! ストーカーを逮捕っ!』なんて見出しがつくかもしれねぇしなっ!


「ああ、いいぜ」

「ホントッ!? ありがとうっ! 住所は――」


          ※


「――それで、具体的にナニされたの?」


 アタシは、それから退勤時間が過ぎるまでソファで寝た後、麗華から聞いた住所まで行って彼女のアパートの部屋まで来た。

 麗華が住んでるアパートは最近建ったみたいで、結構綺麗だった。

 アタシの住んでるアパートなんざ、偏屈な顔したばばぁが大家の、いけ好かないボロアパートだっつうのに……こういうとこは、昔から変わんねぇよなぁ……なんつうか、女子力高けぇっつうか……麗華が暮らしている部屋は、本当にキレイなんだ。

 なんか、いかにも女が使いそうなピンク色のカーペットとか、フカフカしてそうなベッドとか……アタシも女だけど、育ちでそんなに変わるもんなのか?

 アタシがそんな疑問を感じてると、麗華がテレビの横にある棚から、一枚の紙を取り出した。


「見て、コレ」


 カーペットに直接置かれたテーブルを挟んで座っているアタシの目の前に、麗華はその紙を渡してきた。

 アタシはその紙を受け取って、何が書かているのかを確認した。


『お前が好きだ。 だから殺ス』


……と、書かれていた。


「おお~、すげぇな……」

「でしょ? 怖いよね……」


 そう言って、麗華は身震いをした。

 ガキの頃からこいつは気弱だったからなぁ……そういう奴に狙われやすいのかなぁ……ていうか、『お前が好きだ。だから殺ス』って……訳が分からねぇ。

 ストーカーの考えなんざ分かりたくねぇけど、これだけじゃ何が何だか分かんねぇな。


「これ、いつ届いたんだ?」

「昨日の朝。起きてポスト見たら、入ってたの」

「この紙が入ってたのか? それとも、封筒なんかに入れてあったのか?」

「この紙のまま、二つ折りで入ってたよ?」

「そうか……」


 だとしたら、ストーカーは近くに住んでるかもしれねぇな。

 封筒に入れずに直接紙のまま入れたってことは、郵便で送る手間をかける必要はなかったってことだからな。

 いや、待てよ? もしかしたら、自分の正体を悟らせないために、あえて紙のままポストに入れたんじゃねぇか?

 別に、ストーカーは常に徒歩移動とは限らねぇ。自転車、バイク、車……移動手段なら腐るほどある。それこそ、電車に乗って来て歩いてここまできたかもしれねぇ。

 このアパートは駅から近い。ストーカーが麗華の部屋を分かってたんなら、その可能性も無くはない。


「ま、とにかく」


 気になる事は山ほどあったが、アタシは麗華に手紙を返した。


「警察の方には、アタシから見張りやパトロールを増やすように言っておくぜ」

「うん、ありがとうっ!」


 そう言って、麗華はニコリと笑った。


「じゃ、俺はもう帰るぜ」

「え、もう?」

「ああ、まぁな。一応、明日も仕事だからよ」

「あぁ……そうなんだ……」


 そう言いながら、麗華はものすごく残念そうな顔をした。

 そんな顔しなくてもいいだろうによ……死ぬわけじゃあるまいし……。

 とにかく、アタシは麗華の部屋を出て、自分のアパートに帰っていった。中に入ると早速、独身女の生活臭がアタシを出迎えてくれる。


「……そろそろ掃除すっかなぁ……」


 そう言いながら、もう自分の部屋を何年掃除してねぇか……まったく覚えちゃいねぇ。

 このアパートは三件目だから……二、三年ぐらい掃除してねぇか? ま、いいや。

 アタシはサクッとシャワーを浴びて、バサッと敷きっぱなしの布団に潜り込んだ。

 はぁ~、一日の終わりにこの温もりはたまらんぜ……。


          ※


……朝から目覚ましの音がうるせぇ……はぁ、今日も仕事かぁ……行きたくねぇなぁ……まぁ、行かなかったら行かなかったで、大倉達に怒られるから行くけどよ……どうせ暇だしな、ウチの部署。

 前いた部署は忙しかったし、やりがいもあったけど……くだらねぇしがらみなんかが多くて、ムシャクシャしっ放しだった。

 そんな時に、鶴ヶ峰事件の捜査をしていた神牙達から声が掛かってきたんだから、アタシとしてはこんなドン詰まりから逃げ出すチャンスだったってワケよ。って、誰に話してんだ、アタシは?

 その後、馴染みのコンビニで競馬新聞を買って、警視庁のいつもの仕事場に向かったアタシを出迎えたのは、他でもないあの大倉だった。


「あ、警部殿。おはようございますっ! 押忍っ!」


 大倉は暑苦しくそう言って、ビシッと敬礼しやがる。


「はいはい、おはようさん」


……なんか挨拶が気に入らねぇのか、大倉がアタシに向かってガミガミ怒鳴ってきやがる。まぁ、いいか。

 それより、今日のお馬ちゃんの調子はどうかなっと……チッ、アタリは無さそうだな。


「警部殿っ!!」

「あっ? なんだよ?」


 お馬ちゃんの調子が良くなくて、つい睨んじまった。

 でも、いつもならたやすく引き下がる大倉も、今日ばかりは引き下がらなかった。

 それどころか、顔に脂汗を浮かべながら、いかにも『心配です』って感じの表情で話しかけてきやがる。


「警部殿、先輩と神牙がどこにいるか、ご存知ではありませんか?」

「あぁ……あいつらなら、昨日お前が剣道の試合に行った後に、二人で事件の捜査に出かけたぜ? 確か、鳴海がそんなこと言ってた気がしたな」

「なんとっ!? それは本当でありますかっ!?」


 うっせぇなぁ……人の耳元で大声出すなよ……。

 大倉は神牙達が事件の捜査に出かけていることを知ると、携帯電話で神牙達に連絡を取ろうとした。


「……ん? なんだ?」


 だが、奴の携帯電話からは応答がないようで、その場で大倉は何度も電話を掛けたが、結果は変わらなかった。


「はぁ……先輩……」

「おい、男がそんな声出すなよ、気持ち悪ぃな」

「で、ですが警部殿……自分はたった今先輩と連絡を取ろうとしたのですが、一向に連絡がつかないであります。試しに神牙の方にも連絡をとってみたのですが、こちらも同じく……」


 そいつは……ちょっと妙だな……鳴海ならおっちょこちょいで済むだろうが、あの神牙まで電話に出ないってのはおかしな気がする。

 あいつなら携帯の充電をし忘れるようなことなんてないだろうし、アタシみたいに居留守使ったりもしねぇ。アタシがギャンブルに負け過ぎて借金しようと思った時も、深夜一時ぐらいでもすぐに電話に出たんだから間違いねぇ。


「まさか……」


 目の前の大倉は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「まさか先輩達は、事件の捜査途中で何かトラブルに巻き込まれたのではっ!?」

「……まぁ、あり得ねぇ話じゃねぇな」


 ぶっちゃけ、いくら神牙や鳴海が優秀だからって、あいつらも人間だ。ミスもするし、油断もする。

 特にこの部署は、そういったことが即、命のやり取りに直結しかねないような案件ばかり受け持ってやがるみたいだからな。


「け、警部殿、どうしますかっ!? このままでは、先輩や神牙、いや、あいつはどうでもいいか。とにかくっ! 先輩以下一名がどのような危険に見舞われているか分かりませんっ! 即刻、ご判断の程をっ!」


……うぜぇ……。


「ま、まぁ、とにかく。しばらく時間を置いてから、連絡してみたらどうだ? ただ単に、電波が悪いだけかもしれねぇしよ」

「そ、そんな……むぅ……」


 アタシがそう言うと、大倉は不満げに自分のデスクに戻っていった。

 あいつも、神牙達が今どんな状況に陥っているか分からない以上、下手に動くのはマズいって思ってるのかもな……ま、アタシは初めっから察してたがよっ! さて、パチンコ行くか。

 そう思ってアタシがソファから立ち上がると、大倉の携帯に着信が入った。

 大倉は携帯を耳に当ててしばらくすると、目をカッと見開いて、


「なんですとぅっ!?」


 と、部屋の空気を振動させた。

 マズい……下手に関わるより、ここはさっさとパチ屋に逃げた方が――


「警部殿っ! せ、先輩がっ! 先輩が警視庁の正面玄関で倒れているそうですっ! 一緒に付いてきてくださいっ!」


……チクショウ……。

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