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カタコンベのシャレコウベ ~飯島佳代子~

「はぁ……あの人は今頃どうしているのかしら……?」


 あれから数か月たったけど、未だにあの人の事が気になる。

 私の愛しの人……神牙さん……あの人の事で、私の頭はいっぱい。

 住んでいる家は分かっているから、いつでも会おうと思えば会えるのだけど……拒絶されるのが怖い。

 今の私は、あの人の虜……でも、だからと言って自分の趣味が変わらないわけじゃない。


「あなたはどう思う?」


 私は右手に持ったシャレコウベに向かって話しかけた。

 当然、答えは返っては来ないのだけれど、少しは寂しさを紛らわせることが出来る。

 前に住んでいた場所が取り壊されて、今はこの山の中で暮らしているけど……特に不便は感じない。

 この小屋を作ってくれた人がこの場所をチクる可能性もない。なぜって、その人の頭蓋骨が私の右手にあるんだものっ!

……はぁ……なにもかもが虚しい……街に行ったところでどうせ顔写真付きで指名手配の紙が出回っているでしょうから……出て行ったら捕まるでしょうね……どうしようかしら?

 そう思っていたところに、その電話は来た。


「誰かしら?」


 この携帯の番号を知っている人はいない……まさか、警察っ!?

 とにかく、一応は出ておくべきね。そう思って、電話を耳に当てる。


「もしもし?」

「……飯島佳代子さん、お話があります」


 女の声……しかも、私の知っている人の声だわ。


「神牙さんの件です」


……え?


「神牙さんに……神牙さんに何かあったんですかっ!?」


 思わず、女性に焦った口調でそう聞いてしまった。

 マズい……私が神牙さんに惚れていることが知れたら、それに付け込んでどのような要求をしてくるかわかったものじゃない。

 でも、女はそんな私の懸念を鼻で笑うような態度で口を開いた。


「ご安心ください。私はただ、あなたとあの人の逢瀬おうせをサポートしたいと考えているだけです」

「……どういう事かしら?」


           ※


 あの後、私は女の指示通りに地下鉄の駅に来た。

 彼女が、使いやすい武器を持ってくるように言ったので、包丁を一本、カーディガンの下に隠してるけど……コレを使うタイミングがあるのかしら?

 それに、てっきり外に出たら捕まるかと思ったけど、みんな私の姿に気づいていないみたい。

 正確に言えば、私が指名手配犯であることに気づいていないと言うべきね。これは私にとって大きなメリットだわ。

 そんなことを考えていると、また携帯に着信が入った。


『この切符を買ってください』


 今度はメールで、指示が送られてきた。

 なんだか、この女のいいように操られているようでムカつく。今は従っておいてあげるけど……神牙さんと添い遂げることが出来たら、真っ先にこの女を殺してやろう。

 とにかく、今は女の指示に従って切符を買い、電車に乗る。

……神牙さん……そう言えば、あの人に始めて会った時も、この女の指示が始まりだったわね。


        ※


『あなたの願いを教えて下さい』


 いつも通り獲物を気持ちよく仕留めて解体していた時、その女は私の目の前に現れた。

 本来なら、それはあり得ないことだった。その時に私がいた場所は、ただの廃ビル。

 私や、私の獲物以外の人間は、決して立ち入ることのない場所のはずだった。

 だからこそ、私はその女を危険だと判断したんだろう。最初は反射的に殺してやろうと思ったけど……なぜか私の身体は動かなかった。その女から発せられる気配に、私は完全に服従してしまっていた。

 神牙さんからも似たような気配を感じたことはあるが、その時の女の気配はより、純粋な気がした。

 そして、私はその女に言ったのだ。


『私を愛してくれる人をちょうだい』と……その後、当時勤めていた芸能事務所で、私は人気絶頂アイドルこと北条さつきのマネージャーをしていたのだが、彼女の周辺で次々に不審な出来事が起き始めた。

 彼女の家に動物の死骸が送られてきたり、私物のバッグにカミソリが入っていたり……その後、彼女は私にべったりと懐くようになった。

 元々彼女は周囲の大人を信頼しておらず、私だけを頼りにしていたようだけど……不審な出来事が頻発してからは、彼女の私に対する依存度が遥かに高まっていった。

 この時私は、あの女性が私の願いを叶えてくれたと思っていた。

 ただ、あまり乗り気はしなかった……確かに、誰かに頼られるのは嬉しいかもしれないし、何かあった時に役に立つかもしれない。

 ただ、彼女は私の好みじゃなかった。一人だけでは何もできない、哀れな人形……意思なき人……そのような類の人間に好かれたところで、なんだというのか?

 そんなある日、彼女が仕事の合間に少し時間が欲しいというから、許可してこっそり尾行した。

 その時は、彼女に私の趣味を見られた時期だった。だから、彼女が警察に私の事をチクるんじゃないかと思った。

 彼女は喫茶店で数人と待ち合わせして、店内で数十分を過ごした後、私に迎えに来るように連絡してきたから、近くに停めてあった車で迎えに行った。車のドアを開き、さつきちゃんを乗せたその時、あの人に出会った。


『初めまして、刑事の神牙です』


 あの時、神牙さんを見て、私は一気に心を奪われてしまった。

 警察だったことに多少、いや、かなりさつきちゃんに対して殺意が沸いたが、グッとこらえた。

 そして、神牙さんが本当に私の伴侶にふさわしい人かどうか、見極めようとした。

 仕事を終わらせたさつきちゃんを家に届けた後、私は家に帰って情報を集めようとした矢先、あの女からメールが送られてきた。


『ここが、彼の住所です』


 あの女は、私の心の中を覗き込んでいるのではないか……そのような錯覚に陥った。

 メールには他にも、神牙さんの略歴が書かれていて、それだけを見れば私の伴侶として申し分ない。

 その情報を鵜呑みにすることは出来なかったが、そのままジッとすることも出来ず、私はその住所をインターネットで調べた後、普段は獲物の解体用に使う斧を持って向かった。

 結果は当たり。あの人はその住所に建てられた家にいた。

 そして、私との戦いに打ち勝った……あの瞬間、私の心の中で、あの人は永遠の存在となったのだ……。


           ※


 結局、あの後にさつきちゃんを処分しようとしたらあの人に阻まれ、その後も逃亡生活を送る毎日だったけど……もしあの女の言う事が本当なら、もう一度あの人に会える。

 その時には、もう一度私の思いを聞いてもらうつもり。そんなことを考えていたら、電車が急ブレーキをかけて止まった。特にアナウンスもなく、電車のドアは開いた。

 ふと周りを見てみると、私以外の乗客の姿が見えない……特に迷う事もないので、電車から降りる。

 電車が元来た道を戻っていくのを見計らったように、着信が入った。


『あなたから見て、右側の通路に進んでください。しばらくすると別の通路があるので、そこを通って先に行くと、扉があります。そこを通り抜けて下さい』


……まぁ、いいわ。

 女の言う通り、私はホームを歩き、突き当りに見えた通路を進んで行った。

 通路を抜けると、そこには広い空間があって、右側には無数の墓標が建てられていた。ここは……墓場かしら? いずれにしても、ここに神牙さんはいないようね。

 私はその空間を少し進み、扉の前に来た。

 そして、例の如くタイミングを見計らったかのように、着信が入る。


『その扉の向こうは、とある実験施設になっています。そこにいる人間は、すべて殺してください。施設には実験で生まれた怪物達がいますが、お気になさらず。みんな、あなたの言う事に従うように私が調整しておきましたので』


……いきなり何を言っているのかしら?

 彼女は初めて会った時からよく分からないところがあったけれど……今回は特にひどいわ。

 まぁ、久しぶりに獲物が手に入るのは私にとってもうれしいことだから、別にいいのだけれど……一応、念押ししておこうかしら。


「一つだけ聞かせてちょうだい。その人間達を殺したら、本当に神牙さんに会えるのね?」

『ええ。もちろんです。あなたが施設にいる人間を殺すことで、神牙さんをおびき出すことが出来るのです』


 ふ~ん……ま、それならいいわ。裏切ったら、暴れ回るだけだし。

 私はカーディガンの下に忍ばせた包丁を取り出して構え、扉を開けた。

 その先には墓場とは違って、洗練された実験施設と思える清潔な通路と扉があった。

 すぐ傍にいた白衣を着た女性は、私の姿を見て驚いている。

 この表情にも、慣れている。私が獲物を仕留める瞬間、何が起きているのかも分からず、目の前の女の姿を見て純粋に驚愕しているのだ。


「こんにちはっ!」


 まずは挨拶から。だってそうでしょ?

 その挨拶が、その人の人生で最後に聞いた、人間の声かもしれないのだから……。


           ※


「や、やめてくれっ! お願いだっ!」


……と、思ったのだけれど、訂正するわ。

 あらかた施設の人間は片付けたのだけれど、この男だけは殺し損ねた。おかげで、この男の人生で最後に聞いた人間の声は、自分の命乞いの声になってしまった。

 こうなると、少し悔しい。別にポリシーみたいなのがあるわけじゃないけど、自分の思い通りにならないと誰だってムカつくものよ。

 身なりからして、普段はそれなりの地位にいる人物のようだけど、私の前ではただの獲物でしかない。

 私はその男の頭を鷲掴みにし、すぐ近くにあった部屋に入った。


「こ、ここはっ!」


 男の表情がこの上ない恐怖へと変わっていく。

 何事かと思って部屋の中を見ると、どうやらこの部屋が拷問部屋なのではないかと推測できた。


「やめてくれっ! こ、殺すなら、せめて一思いにっ!」


 自分が何をされるのか想像してしまった男は、私にすがり付いて命乞いをする。

 もっとも、どうするかは私が決めることであり、その結末は――


「ふぅっ! スッキリしたわっ!」


 見ての通り、この世でもっとも苦痛に満ちた死となった。

 かつて男を構成していた生体組織は、今はアルミバケツの中で鉄の臭いを発しながら漂っている。

 とにかく、多少のストレス解消は出来た。

 私は次に何かやることはないかと女に助言を求めるために携帯を見ると、すでに着信があった。


『あなたがお楽しみの間に、怪物達を解放しておきました』


……それだけ? まさか、私にその怪物達を確認しろって言うの?

……まぁ、いいわ。

 携帯をしまって部屋を出ると、すでに怪物は目の前にいた。

 大きく、筋肉質な体をしている。顔は良く見えないし、人間とは思えない唸り声をあげている。うん、確かに怪物ね。あ、また着信が入ってきた。


『もうすぐ、神牙さんが来ます。出入り口の扉の近くに、墓場へ通じる隠し通路があります。そこで待ち伏せて下さい』


 待ち伏せて下さいってことは……やっちゃっていいのよね? それなら、こうしちゃいられないわ。

 さっそく、例の扉まで戻る。良く観察してみると、確かに左側の壁に微かに切れ目があった。

 私がその切れ目のある部分を押すと、壁に偽装していた扉は、音もなく開いた。

 私がその先の、土が剥き出しになった通路に進むと、確かに墓場へと出ることができた。

 そこは数々建てられた墓標のうちの一つに通じており、少し前方には――


(神牙さんっ!)


 やっと会えたっ!

 幸い、あの人はこちらに気づいていない。

 近づこうとすると、近くにスタンガンが置いてあった。まさか……これもあの女が……?

 とにかく、私はスタンガンを受け取って神牙さんに近づく。その差は、たった数メートル。やがて私の息がかかる距離まで近づいた。


「お久しぶり、神牙さん」


 私は本当に、心を込めて言いながら、スタンガンを神牙さんの首筋に押し当てた。


            ※


 はぁ……いいわっ! 最高よっ! もうあれから数日経つはずだけど、体感的にはたった数秒ぐらいしか経っていない様に感じるわっ! あの後、女の指示通りに神牙さんをあの部屋に連れてベッドに寝かしつけた。

 ま、ちょっと理想の生活とは違うけど、構わないわ。あの部屋にはお風呂もトイレもあるのだし、神牙さんの衛生状態は保たれるはず。

 でも……あの人、何であんなことを言っていたのかしら?

『一緒にいる人は誰?』って……あの部屋には私と神牙さんしかいなかったと思うけど……念のため、あの女に聞いておこうかしら。

 そう思ってメールを送った。

 しばらくして返ってきた返事は、『分かりません』……ま、別にいいわ。私は神牙さんと一緒にいられれば、それで幸せだし。

 しばらく幸せな気分に浸ってボーッとしていると、着信が入った……そう言えば、もう神牙さんとは添い遂げられたのだし、この女も用済みね。

 そう思いながら、携帯の画面を見た時、私の心臓は鷲掴みされたような感覚に陥った。


『神牙さんが脱走しました。今、怪物達を倒しています』


……神牙さん……どうして……? とにかく、すぐに神牙さんを見つけなきゃ!

 包丁を持って部屋から出て、音がする方の通路に向かって走り……神牙さんを見つけた。

 神牙さんの身体は怪物達の体液に濡れ、その表情はものすごく怖い。


「……どうして?」


 悲しい……どうして目の前の想い人は、私の元を去ろうとするのか……。


「どうして……一緒になってくれないの……? 私は…うぅ……こんなに……あなたの事を思っているのに……」


 私……泣いてる……? でも、神牙さんに泣き顔を見られても構わない。

 それより、私の質問に答えて欲しい。でも、目の前にいる神牙さんは何も答えてくれない。

 耐えられない……なんで私をそんな目で見るの? この数日間、あなたをお世話したのは私なのに……許せない……。


「どうしてよっ!? こんなに愛しているのにっ!!」


 そう叫んで、私は神牙さんに向かって走っていった。神牙さんも、走って逃げて行く。

 どうして……頭の中はその単語でいっぱいだった。

 ただあなたに私を愛してほしくて……ただ傍にいて欲しくて……それだけなのにっ!

 しばらく走って、神牙さんは扉の中に入って鍵を閉めて籠城してしまった。思わず扉を何回も蹴り上げてしまったけど、それでは神牙さんを怖がらせるだけだ。


「どうして? どうしてあなたは、いつも私から逃げようとするの? 私の何が気に入らないの? ねぇ、教えてよっ!」


 言葉で神牙さんがどう思っているか聞き出そうとしても、どうしても責めた口調になってしまう。

 昔からいつもこうだ……私は何か自分が気に入らないことがあるとすぐに怒る。その結果、いろんなかけがえのない人達が私の元を去ったと知っているのに……。

 このままでは埒が明かない。私も、いったん落ち着く必要がある。

 私は努めて優しい口調で、扉の向こうにいるであろう神牙さんに言った。


「いいわ……私はいつもの部屋で待ってるから……気が済んだら出てきて? あの人にも、あなたを傷つけないように言っておくから」


 考えてみれば、刃物を持った人間が走ってきたら、さぞ怖いだろう。

 脱走にしたって、神牙さんが私に会いに行こうとしただけなのに、怪物共のせいでやむなく戦うハメになってしまった可能性もある。

 なんせ、私と神牙さんのいた部屋は隣同士ではあるが、部屋同士が繋がっているわけではない。

 ここまで神牙さんを追ってきて、倒れた怪物共しか会っていないことを考えると、その可能性が高いだろう。

 そうよ、きっとそうに違いない。だとすれば、いまここで神牙さんを怒るのは筋違いだ。

 私はそう思って、神牙さんがいる部屋の前から立ち去り、自分の部屋に戻った。

 パイプイスに座って、大きく深呼吸をする……大丈夫、きっと神牙さんは出てきてくれる……あ、でも、あの部屋になにか食糧や、元いたお部屋みたいにお風呂やトイレがあるかは分からない。

 だとしたら、少し時間を置いて様子を見に行った方がいいわね。

 もし神牙さんがトイレに行きたかったり、お腹が減ったりしたら大変だもの。

 神牙さん……大丈夫……私はいつでもあなたの味方よ。

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