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カタコンベのシャレコウベ ~事件捜査~

信じられるだろうか?

私も調べてみて知った事だが、東京の地下では、極秘にされている、狂気に満ちた実験が繰り返されていたらしい……。

知っていた? それは失礼。

ならば何も言う事はない。どうぞ、この事例を拝見してほしい。

……なぜこうなってしまったのか……そう考えるだけ、無駄というものか。

 この事件には『その者』や組織が直接関わっており、他の事件と比べてかなりキナ臭かった部分があった。ゆえに、事件を解決できないどころか、生きて帰れる保証が無いこともある程度は覚悟していた。

 他の事件捜査でもそれは変わらなかったが、この案件は特にその確率が高いと感じていたのだ。

 今回ばかりは、さすがの私も絶体絶命のピンチを迎えている。

 もっとも、この状況を楽しんでいる自分もいるわけで……なにより、私の目の前には――


「お久しぶり、神牙さん。また会えて、嬉しいわ」


          ※


 身体が重い……僕は……いったい……そうだ、神牙さんは……?


「先輩っ!」


 この声は……大倉さん……?


「大丈夫か、鳴海君っ!」


 あ、この声はアシュリンさんだ……それより、神牙さんは……?


「えいっ!」

「ぐふっ!?」


 いたっ!? え、なにっ!? 何が起きたのっ!?

 突然腹部に感じた衝撃と苦痛で一気に目が覚めた僕は、慌てて痛みのする自分の腹部を見た。

 そこには、いつものドレスを着たカチューシャさんの拳がめり込んでいた。


「カ、カチューシャさん……」

「あ、起きたわよ。おはよう、坊やっ!」


 彼女はなんら悪びれることなく、拳を引っ込めてニコリと笑った。

……まだ少し体がだるいが、なんとか動ける。

 どうやら僕はベッドで寝ているらしく、まずは起き上がって周りを見た。

 すでに日は高く昇っており、心地よい暖かな風が半開きになった窓から吹いてくる。明るい陽光が、僕の身体に付いた悪いモノを一つ残らず洗い流してくれるような気がした。


「ここは……」

「神明大学附属病院だ」


 僕が病室の中を見ながら誰に聞くでもなく質問すると、アシュリンさんが答えてくれた……あれから、どれくらい経ったんだろう?


「あの……今日は何日ですか?」

「何日って……六月十二日だが?」


 六月十二日……あれから三日も経ったのか……。


「いや~、それにしても、自分は知らせを受けて驚きましたよっ!」

「私も同感だ。覚えているか? 君は警視庁の正面玄関で、意識が朦朧とした状態で発見されたんだ」

「いえ、僕は何も……」


 申し訳ないけど、その場面は覚えていない。覚えているのは、神牙さんの最後の姿だけだ。

……病室の周りを見渡しても、神牙さんの姿は見えない……もしかして、まだあそこにいるのかっ!? だとしたら、僕が皆に事情を説明して、神牙さんを助けるのに協力してもらわなくちゃっ!


「あ、あの、大変なんですっ! 神牙さんがっ!」

「ファングが? どうかしたのか?」


 僕の言葉を聞いて、室内にいる人達は神妙な面持ちで僕を見ている。


「か、神牙さんがっ! 巨人にっ!」


 いくら説明しようとしても、まったく呂律が回らない。心臓は徐々に心拍数を上げていき、僕の胸を締め付けようとする。頭で分かっていても、それを言葉にするのが難しかった。


「落ち着け、鳴海君」


 必死で説明しようとする僕の肩に、アシュリンさんの手がポンと置かれる。

 た、確かに、少し落ち着いた方がいいかな……。

 僕は数回、深呼吸をする……大丈夫……落ち着いて話そう。神牙さんなら、きっと大丈夫だ。


「し、失礼しました……もう一度説明します……」


 そして、僕は三人に当時の状況をなるべく詳しく語り始めた。


          ※


 その日、オモイカネ機関の本拠地である警視庁地下の倉庫で、僕は神牙さんと仕事をしていた。

 鬼島警部は相変わらずソファで寝ているし、大倉さんは警察の武道大会に出ている。なんでも、古巣の警察署から大会に出るように説得されたらしい。


『それでは、行ってくるでありますっ!』


まるで戦場に出征するかのような気迫で、大倉さんは倉庫から出ていった。

 僕から見て右斜め横のデスクに座っている神牙さんは、鬼島警部と違って静かに黙々と仕事に取り組んでいる。あまり人と話したがらないようだけど、無愛想というわけじゃない。

 初めて神牙さんと会った時はかなり不信感があったが、今はそのような感情は全くない。それどころか、神牙さんと一緒に事件の捜査が出来て、嬉しく思っている。

 この部署に配属されてからというもの、マトモな事件に出会ったことがない。異常者だったり、幽霊のような存在だったり……とても普通の警察では処理できない案件ばかりだった。

 それゆえに、僕らのような部署が存在するのだと思う。そのような存在が相手でも、被害者は確実にいるからだ。

 そして、その部署を預かる神牙さんの見た目は僕と同じくらいか少し上、せいぜい大倉さんと同じくらいだろうけど、その若さで警視正まで昇進して一つの部署を担当するのだから、よほど優秀なんだろうなぁ……。

 ちなみに神牙さんは今、携帯端末を見ている。

 マジメに仕事をこなす神牙さんのことだから、サボっているわけではないと思う。おそらく、事件の知らせを見ているのだろう。

 今までも、僕らが事件に出かける時は神牙さんが携帯端末を見てから出かけるという場合がほとんどだった。

 まぁ、それが誤報だったり、最初の事件とは違う事件に巻き込まれたりすることもあったけど……。

 神牙さんはしばらく携帯端末を睨みつけたり操作をしていたけど、やがて端末をしまって後ろに設置されている等身大のロッカーからナイロン製のメッセンジャーバッグを背負った。

 あのロッカーはこの倉庫に複数設置されており、表面に名前が書かれたガムテープが貼られている。

 この部署の人間が好きに使っていいことになっているけど、僕は一度も使ったことが無い。そもそも、ロッカーに入れるほどの荷物を、この部署に持ち込む機会がない。

 鬼島警部なんかは、自分のロッカーに読み終わった競馬新聞なんかを詰め込んで、よく大倉さんに怒られている。

 たまに食べ終わったカップラーメンの器をそのまま入れていることがあり、悪臭がすることもある。その時は、さすがに神牙さんも注意して片付けさせたりしている。

 神牙さんは、僕の方を見て口を開いた。


「鳴海君、事件だよ」

「はいっ!」


 神牙さんに呼ばれて、僕は書類作業の手を止めて形だけでも鬼島警部に挨拶をしてから、警視庁を後にした。

 でも、そこから先は意外だった。てっきり神牙さんの車で現場に行くのかと思ったけど、神牙さんは黙って最寄りの地下鉄の駅まで歩いていき、僕に切符を渡して一緒に地下鉄に乗ることになった。

 しばらく電車に揺られ、都内の地下を進む……すると、電車が遅くなったと思ったら急にブレーキがかかった。

 到着駅のアナウンスもなく、電車のドアが開く……今気づいたけど、周りには僕ら以外に乗客がいない。

 今日は日曜日だ。普通に考えれば、もう少し人の姿があってもいいはずなのに……。

 僕がその疑問を神牙さんにぶつけても、『さぁね』と微笑んで電車を降りるだけだった。

 僕も神牙さんに続いて駅を降りると、その駅の光景にもある疑問が思い浮かんだ。

……人の姿が見えない。客の姿どころか、駅員の姿さえも見えない。

 百歩譲ってそれが普通だとして、広告や駅の名前を表示した看板が無いというのは、少しおかしな気がする。まるで、建設途中で放棄された駅のようだ。

 そして、電車は僕達を置いて来た道を戻って走り去ってしまう。ということは、ここが終着駅かな?

 途端に、もう二度と地上には戻れないんじゃないかと不安な気持ちが湧き出てきた。


「あの……ここは……?」

「まぁ……いわくつきの場所だよ」


 僕の質問に、神牙さんは笑みを浮かべながらそう言った。

 いわくつきの場所……見た感じでは廃棄された駅といった感じだけど……。


「とにかく、先に進もう。事件は待ってはくれないからね」

「はい、分かりました」


 そう言って、神牙さんと僕は駅のホームを進んで行った……すると、


「ウガァアアッ!!」

「うわぁああっ!?」


 なにっ!? なんなの、アレッ!?

 突然、奥の通路の暗がりから、巨人が姿を現した!

 巨人は両手に特徴的な形状をした鉈を持っており、通路を勢いよく走って来たと思ったら、僕達の十メートルほど手前で止まった。


「グゥウウッ!」


 その背丈は三メートルを軽く超えており、全身は真っ黒で筋肉質な体つきをしていた。

 顔は中世の兜のような物を被っていてよく見えないが、その兜の奥から、二つの赤く光る眼が見えた。

 その時、僕の意識は遠のいてしまった……。


「神牙くんっ!?」


 僕の視界の隅に、困惑する神牙さんの顔が見える。

 どうしよう……身体が動かない。

 結局、それが僕が見た神牙さんの最後の姿だった……。


          ※


 ここまでが、僕の思い出せる場面だ。それ以降の記憶はサッパリない。


「それで……後の事は思い出せないのか?」

「はい、まったく……」


 アシュリンさんが、いつになく深刻な面持ちで僕に問いかける。


「あの……」


 本当は聞くのが怖かった。

 もし僕にとって都合のいい答えが返って来なかったら、どうしよう……それでも聞かずにはいられなかった。そこに最後の希望を託していたから……。


「神牙さんは……どちらに……?」


 その言葉を聞いた瞬間、病室にいる全員の顔が暗くなる。


「先輩、言いにくいのですが……」


 大倉さんが、沈痛な面持ちで口を開く。

 その様子が、すでに僕に答えを教えてくれた。


「神牙は……消息不明です……今も連絡がついておりません……」

「そもそも、君がどうやって警視庁までたどり着いたのかも不明なんだ……」


 アシュリンさんも、悲し気な表情で話す。という事はやっぱりっ!


「だとしたら、まだ神牙さんはあの空間にいるかもしれませんっ! 早く助けに行かなくちゃっ!」

「待て」


 僕はベッドから起き上がるが、アシュリンさんに制止された。


「君の気持ちは分かる。だが、君一人だけで行かせるわけには行かない。我々も同行する」

「……え?」


 意外だった……てっきり、アシュリンさんには反対されるかと思ったのに……。


「その……どういうことですか?」

「簡単な事だ。体調も、精密検査の結果も異常なし。しかし、何かあってはいけない。私が同行するという条件なら、特別に外出を許可しよう」


 そう言って、アシュリンさんはニヤリと笑う……なるほど、自分も連れて行けってことね。

 少し不安だけど、それで僕が神牙さんを探しに行くことが出来るなら構わない。


「あたしも行くわ。ファングが心配だもの……それに、あなたの話が本当なら、何か魔術の素材が手に入りそうだし」

「ま、魔術でありますか?」


 大倉さんが顔をしかめる。


「そうよ、興味ある?」

「い、いえっ! じ、自分はそのような事は信じないでありますっ!」


……どうやら大倉さんとカチューシャさんも付いてきてくれるらしいが……カチューシャさんは連れて行っていいのかな?

 まぁ、正直言って僕としてもあの巨人がこの世の者であるとハッキリと断言できるわけじゃない。それなら、カチューシャさんにも付いてきてもらうべきかな? あくまでその……魔術的見地としての意見を聞くために……。

 とにかく、これだけの面子が協力してくれたら、何とかなりそうだ。

 僕はベッドから降りて入院着からいつものスーツ姿に着替え、病室を後にした。

 僕がアシュリンさんから携帯電話を受け取ると、タイミングよく着信が入った。画面を見てみると、『非通知』とある。


「はい?」


 若干警戒しながらも、僕は電話にでた。

 すでにみんなは病院の玄関の方に向かっているので、僕も付いて行く。


「ようっ! 元気かっ!?」


 この声は確か……リズさんだっけ?


「はい、大丈夫ですけど……」


 なんだろう、用件が気になる。というか、直接話すのはこれが初めてだったから、少し緊張する。


「ファングの事でちょっとなっ! 三日前、あんたらが乗った電車の切符の情報を送るぜっ!」

「あ……」


 そうだった、すっかり忘れてた。

 確かに、僕はあの時切符をよく見たわけじゃない。仮に切符売り場に行っても、右往左往することになっていただろう。


「すみません、ありがとうございますっ!」

「なんだよ。謝ってんのか、感謝してんのかハッキリしろよ」


『へへっ』と笑って、リズさんは電話を切ってしまった。彼女も彼女なりに、神牙さんの事を心配しているのだろうか?

 しばらくするとメールの欄に着信が入り、見てみると画面には切符の情報が記されていた。

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