その岩、踏むべからず ~怒涛の解決?~
「うわぁぁぁあああっ!!」
「んあっ!? な、なにっ!? 何が起きたのっ!?」
私は、そこで目を覚ました。
……嫌に生々しい夢だった……現実世界に戻ってこれたことを深く感謝して噛みしめると、傍にいるカチューシャや騒ぎを聞きつけてやってきた従業員の方々にお詫びし、再び眠りについた。
翌朝の体調は、夢や睡眠時間の事もあってあまり良くなかったが、だからと言って捜査を止めるわけにはいかない。
「それじゃ、行きましょうかっ!」
装備を整え終えた私を見て、カチューシャは明るく笑った。
その後、私達は女将に昨夜の騒ぎを詫び、山菜採りに行ってくることを伝えた。
幸い、私もそうだが、カチューシャも人目につかないために一般的な登山装備を身に付けていたため、女将は私達の言葉に疑いを持った様子は見られなかった。
「あ、そうそう」
私達が玄関を出ようとした時、女将はふと思い出したように口を開いた。
「山の奥には行かない方がよろしいですよ? 行けば分かると思うのですが、奥には注連縄がされている場所があります。そこに入ってしまうと……二度と生きては戻れませんので……」
「え……?」
私とカチューシャは、目を見開いて女将を見た。
彼女は……あの場所を知っている?
私は高鳴る鼓動を抑え、平静を装いながら女将に質問した。あの場所をご存じなのかと。
「えぇ。ここら辺では有名ですもの。あまり人様に取り上げられるような場所でもありませんし……なんなら、他の従業員や地元の方達に聞かれてはいかがですか?」
「へぇ……でも、どうしてその場所に入ると生きて戻れないんです?」
私の言葉を引き継ぐように、カチューシャが質問する。
その言葉に、女将は目を伏せ、悲しげな表情でポツリポツリと語り出した。
「あれは、蒸し暑い真夏の日でした……私は夫と一緒に山に山菜採りに出かけていたのですが、夫はあの地に立ち入ってしまい――」
「いなくなった?」
カチューシャが先回りして結論を言うと、女将は首を横に振った。
「……見つかりました。でも……主人の身体は、まるで人の形をしてなくて……」
そこまで言って、女将は顔を両手で覆って涙を流す。
その様子を見て、カチューシャは『しまった……』というような表情をしていた。
「……すみません。とにかく、あそこには何かがあるのです。どうか……どうかお気をつけて」
私とカチューシャは、深く頷いて宿を後にした。
※
「さて」
カチューシャは遠くに見える深緑の景色を眺めながら、口を開く。
「女将さんの忠告を破ってここまで来ちゃったけど……これからどうするの?」
私達は今、宿の女将に忠告された場所の中にいる。
すでに日は傾きかけており、足元は見えずらくなっている。
「私としては……あの岩を調べたいんだけど?」
そう言って、カチューシャは注連縄のされた岩の方を見た。
相変わらず、この場所は空気が悪い。死体は腐敗がさらに進行しており、とても見続けることは出来ない。特に、あの岩の周辺は特に瘴気の濃度が高い気がする。
私はカチューシャの意見に賛同した。
「それじゃ」
そう言って、彼女は岩の近くに向かった。
私も岩に近づいて調べてみるが、注連縄をしている以外は普通の岩だ。
だが……。
「どう考えても普通の岩じゃないわよね……」
そう、この岩は普通ではない。明らかに、妖気のようなものが溢れている。
しかも、そんじゃそこらの魑魅魍魎とは違う……。
「どうする?」
どうするって言われても……下手にイジッて、そこの死体みたいになるのは嫌だし……やはり、被害者の足取りを追う方を優先した方が良いだろうか?
私がそう思ってカチューシャの方を見たが……彼女の姿はどこにも無かった。
「カチューシャ?」
……名前を呼んでも、木々のせせらぎや虫の鳴き声しか聞こえない。
(まさか……)
嫌な予感がした……いつのまにか、身体から冷たい汗が噴き出る。
その後もカチューシャの名前を叫びながら周囲を捜索したが、彼女の姿はどこにも無かった。
私は、もう一度岩を調べた。
すると、岩の表面に文字が刻まれていた。
「大……丈夫……?」
……まさか……カチューシャが書き込んだものだろうか?
……いずれにしても、ここで調査を続行しても、意味はないだろう。
私はカチューシャの安全を祈りながら、その場を後にした。
※
その後、私は事件現場から数キロ離れた山の中でキャンプをし、早朝には出立して奥多摩町についていた。
あの事件現場やカチューシャの事も気になるが、今の私に出来るのは被害者の当時の足取りを追う事だ。
だが、被害者の自宅や職場に押し掛けるわけにはいかない。
これは秘匿捜査だ。誰にも悟られず、事件を解決する必要がある。
「はぁ……」
改めて、この事件の解決がいかに難しいかという事を痛感した。
だが、ここで諦める私じゃない。ここはリズの出番だ。
彼女はどういうわけか、私が外国にいてもすぐに駆け付け、必ずと言っていいほど精確な情報を寄越してくれる。
少々楽観的な考えだが、私は彼女に連絡を取り、待ち合わせ場所に指定した神社で彼女が来るのを待った。
それから数時間後、
「よっ!」
突然後ろから声を掛けられ、振り向くとリズがいた……彼女は、いったい何者だろうか?
「で、俺に何の用だ?」
私は、この奥多摩町に在住している西田豊美、橋田良子の二名のここ一週間ほど前からの行動を調べてほしいと伝えた。
「おう、いいぜっ!」
てっきり断られるかと思ったが、彼女は躊躇なく了解してくれた。
「じゃっ!」
そう言って、彼女は神社から走り去ってしまった……被害者の調査は、これで片付いたも同然だろう。
数時間後、リズから着信が入ってきた。
「おぅ、ファングッ! いいこと教えてやるっ! アンタに言われて調べてみたんだがよ、あいつらのほかに、もう一人山菜採りに出かけた奴がいるぜっ! 住所を送るぞっ!」
そして、私の携帯端末に位置情報が送られてきた。
私はリズに礼を言って、その場所に向かうことにした。
彼女が言っていた、山菜採りに出かけたもう一人……貴重な情報が得られるかどうかは分からないが、聞く価値はあるだろう。
その人物の名前は奥谷美穂、二十六歳。被害者二人と同じ職場に勤務しており、自宅も奥多摩町内にある。
しばらく歩道を歩いていると、目的の場所についた。
だが……
おいおい、やばいんじゃないのっ!?――救急車呼んだっ!?――うわっ! マジで燃えてるっ!――。
奥谷の自宅は……燃えていた……
※
……あれから数時間後、私は神社でリズと会っていた。
「……あれから調べたんだけどよ」
リズは、意気消沈した様子で語り出した。
彼女も、自身の調査対象だった人間の家が燃えるとは、夢にも思わなかっただろう。
「あの燃えた家から……奥谷の死体が見つかったぜ」
……分かっていた事だが、改めてその事実を知らされると、やはり気分が重い。
「ここら辺は田舎だからな。司法解剖ができる病院が無いんじゃ、死因を特定すんのは難しいぜ?」
私はリズに礼を言って、その場を後にした。
事件の重要参考人、あるいは目撃者かもしれないが、そのような人物が亡くなってしまった事実は、私にとって大きな痛手だった。
これからどうしようか……そう悩んでも、やるべきことは決まっている。現場百遍だ。
私はそこから、もう一度注連縄の場所に向かった。
気にせいかもしれないが、今日の夕日は異様に不気味な気がする。注連縄内の妖気はさらに濃くなり、普通の人間でも、その異様さに気づくほどだ。
私が例の岩に近づいた時、
「ご苦労じゃ」
後ろから声を掛けられた――咄嗟に振り返ると、そこにはヨモツヒメのタルホがいた。
私がなぜこの場所にいるのか訊ねると、
「いやな。お主が何やら面妖な土地に入り込むのを感じて、こうやって様子を見に来たんじゃ。で、どうじゃ? なにか見つかったのかぇ?」
私はこれまで事件の経緯を説明し、知人が一人、この空間で行方不明になってしまったことを伝えた。
「ふ~む……」
私の話を聞いて、タルホはその場でしばらく考え込む。
やがて、彼女は例の岩に手を置き、
「ほれ、お前も来い」
私の手を掴んだと思ったら、そのまま岩の中に溶け込むように私達は姿を消していった。
※
私があまりの事態に驚きを隠せずにいるなか、タルホはドヤ顔で私の方を見ている。
「どうじゃ、わらわの秘技は?」
私が素直に感嘆の声を上げると、彼女は実に満足そうな顔をして周囲を見渡した。
「ふむ……どうやらここは、異界のようじゃの。しかも、かなり瘴気が濃い――」
その時、タルホの視線は一点に定まった。
しばらくして、タルホは私の方を見る。
「……ついてまいれ」
そう言って、彼女は森の中を進んで行く。
この空間は先程私達がいた森林と同じ風景に見えるが、注意してみれば色々と異なる点がある。
まず、空の色だ。私がタルホに導かれて岩に吸い込まれた時は夜だったが、本来なら暗闇に星の明かりがポツリポツリとあるぐらいだろう。
だが、私の頭の上にある空は、鮮血のように赤くなっており、星の明かりは全く見えない――挙句の果てに、月まで赤く染まっている。
もう一つは、空気だ。と言っても、酸素や窒素という話ではない。
タルホも言っていたが、瘴気が溢れている。常人ならたちまち原因不明の病になったり、体調を崩したりするような濃度だ。幸い、今は『邪気退散』の札のおかげでなんとかなっている。
そんな空間をタルホと共に進んで行くと、私達の目の前に見覚えのある光景が広がった。
「ほう、ここにも注連縄とは……」
タルホは、驚いたような口調で言った。
その場所は、私とカチューシャが調査していた空間だった。
だが、私とカチューシャが調査していた空間よりも遥かに異質な気を放っている。
そんな空間を、彼女は怯みもせずにその注連縄で隔てられた空間に立ち入り、どんどん先へ進んで行く。
私も持ってきた御札をあらかた手に握りしめ、彼女に付いていった。
少し歩くと、
「お? あの者ではないか? そなたの連れというのは?」
私がタルホの指差した先を見ると、そこにはカチューシャが地面に仰向けで倒れていた。
意識が無いのか死んでいるのか、彼女はまったく動かない。
私が彼女に駆け寄ろうとすると、
「待つのじゃ」
タルホが、その小さな体に釣り合わないほどの膂力で、私の腕を取って引き留めた。
私が離すように言っても、彼女はタルホの倒れた所の近くにある岩を見つめていた。
彼女はほんの数秒だけ岩を見つめると、
「出てこいっ! さもなくば、貴様の魂を喰らい尽くすぞよっ!」
勇ましい声で叫んだ。
その声に反応してか、程なくして岩から凄まじい妖気が発せられ、その岩から一人の女性が出てきた。
「くくくっ……我の魂を喰らうと? ホラもほどほどにしておけよ、小娘」
その女性はボロボロの浴衣を着ており、ボサボサの白髪の奥に見える整った顔は不気味に笑っていた。
「おお、よう姿を現したの。ちと貴様に話があってな。いやなに、簡単な事じゃ。そこにおる女子を、こいつに引き渡せ。そして、二度と現界に姿を見せるでない。分かったかの?」
かなり上から目線の物言いだったが、女性はしばらく悩んでいる様子だった。
「そうさな~……そこの者の精をくれるならば、考えてやらんでもないぞ?」
「すまんのぅ~。あいにく、こやつはわらわが飼っておってな。やることは出来んのじゃ」
……めっちゃビンタしてやりたい。だが、今ここで私が二人の会話に割って入っても、何も好転することはあるまい。
それほど、目の前にいるタルホと女性の存在感や妖気は圧倒的だった。
「ふ~む……」
あろうことか、女性はさも当然のように空中を漂いながら、考え込んでいる。
「やはり、どっちも欲しいのぅ!」
突然、女性はこちらに向かってきた!――私は咄嗟に暗呪祈念の札を取り出し、文言を唱えて札をかざす。
すると、女性は見えない力に体を打たれて吹き飛ばされた。
「くくっ! やるのぅ!」
女性は余裕で立ち上がったが、目の前にはすでにタルホがいた。
「残念だが、おしおきじゃのぅ」
そう言うと、タルホは女性に向かって手をかざした。
すると、
「うおぉぉおおっ!?」
女性の座っている地面に陣が現れ、そのまま女性を吸い込んでしまった。
「さて……」
タルホは何事も無かったかのように私を見た。
「帰ろうかのっ!」




