その岩、踏むべからず ~悪夢~
「あ~、サッパリしたっ! やっぱり日本のお風呂っていいわねっ!」
あれから、私はカチューシャと共に奥多摩町の方まで戻り、旅館に泊まった。
見た目は、旅館と言うよりアパートを改築したような感じなのだが、女将や従業員方の対応も良く、カチューシャの言うように風呂も満喫できた。これは捜査の疲れを癒すにはありがたい。
だが……カチューシャはそもそも日本の金を持っているのだろうか? まさか……私が全額支払うのかっ!? カチューシャの分もっ!?
私がそんなことを考えていると、カチューシャが対面に座り、真面目な表情で口を開いた。
「それで……聞きたいことがあるんだけど……」
彼女はそう言って、私の目を、私の考えをすべて理解しようとするように見つめた。
「鳴海刑事や大倉刑事はどうしたの?」
カチューシャは不敵に微笑んだ。
……ここからの展開は容易に想像できる。彼女は、私が私的にこの事件に関わっていると思っているんだろう。
となれば、次の言葉は――
「もしあなたがプライベートで行動してるんなら、私と協力しない? 『素材』は山分けで……ね?」
彼女のが言う『素材』とは、つまりは魔術に関連する物だ。
魔術的触媒……とかなんとか、私にはよく分からないが、彼女にとっては有用な物もあるらしい。
私は『その者』から捜査指示が出される以外にも、独自に事件の解決に当たっている。
別に正義感が強いというわけではない。それが、自分のためになると信じているからだ。
そして、そう言ったプライベートな状態で事件を捜査する際は、カチューシャとなるべく協力することにしている。
過去に一度だけ、彼女からの申し出を断ったことがあったが、その後、私は数日間、原因不明の高熱、吐き気、挙句の果てには手足が黒くなる症状に苛まれた。
病院に行っても病名は分からず、途方に暮れていたところにカチューシャが現れ、『どう? 魔女の呪いは?』と、凄絶な笑みを浮かべて言い放ったのだ。
その時、私は確信した。『彼女を敵に回すのはリスクが高い』と……。
実際、その後は彼女にも事件の捜査に協力させたが、さほど邪魔になるものでもなく、むしろ彼女にはかなり助けられたリしている。
そうしたら、いつの間にかプライベートな事件解決は、カチューシャと二人で解決するようになっていた……だが、残念ながら今回は公式な事件捜査だ。
私がその事を彼女に伝えると、カチューシャはあっさりと引き下がった。
「チッ」
と舌打ちをして……。
ちなみに彼女は、『その者』の存在を知らない。
ただ、一度だけ私の公式の捜査に付いて行こうとした時に、私が激しく抵抗したため、それ以来は公式の捜査と言ったら引き下がってくれる。
だが、今回は彼女も加えた方が良いだろう。正直言って、今さら一人でやるのもしんどい。
それに、どうせこれは『組織への貢献』なのだ。
私がやりたいようにやらせてもらうし、事件の性質から見てもそうした方がいいだろう。
今まで捜査しただけでも、今回の事件の犯人が人間である可能性は低い。
絶対に人間ではないという事ではないが、おそらく違うだろう。
だとしたら、私のそれとは別でも『そういった類』の力を使いこなせるカチューシャの存在は非常にありがたい。
という事で、私はカチューシャに事件への協力を頼みこんだ。
「……いいの?」
カチューシャは遠慮気味に聞いてきた。
私はゆっくりと頷く。それを見て、彼女も笑みを浮かべる。
「いいわ、よろしくね、ファングッ!」
こちらこそと言って、これからの捜査に向けて今一度カチューシャと共に、事件の事を振り返ってみた。
「え~っと、亡くなったのは西田豊美さん、三十四歳。バッグの中に山菜が入っていたり、ある程度の登山ができるような格好をしていたことから考えて、山菜採りに来ていたみたいね。死因は……私はアシュリンじゃないから分からないけど、全身を激しく殴打されたことによるショック死……これで合ってる?」
私は肯定した。
「よかったっ! もう一人は橋田良子さん、二十八歳。この人も豊美さんと同じで山菜採りに来ていたみたいね。死因の方はたぶん……全身をメッタ刺しにされたことによる出血死、あるいはショック死……改めて整理してみたけど、かなりえげつない殺し方よね……」
私は肯定した。
そう、被害者はいずれも残虐な方法で殺されている。
西田豊美の方には出血した跡が無かったため、血だまりは橋田のものだろう。
死亡推定時刻に関しては……例の腐敗の件があるため、断定は避けたい。
ただ、彼女達が山に入った時刻さえ分かれば、ある程度の目安はつく。
続いて私は、現場の状況について話をすることにした。
「そうねぇ……まず八丁山の中に注連縄をされた空間があって、その空間の中にはさらに注連縄をした岩があった。その土地から感じられる瘴気の具合からして、かなり穢れた存在、あるいは土地そのものかもしれないけど、いずれにしてもそれらを鎮めるために注連縄をした可能性が高い。
注連縄の状態からして、かなり最近に付け替えられたか、最近になって穢れたか……これはもう少し調査が必要ね。そして、注連縄をされた岩の近くには血だまりと死体が二つ、いずれも残忍な方法で殺害されていた……これで合ってるかしら?」
私は肯定した。
「う~ん、やっぱり土着の呪いか何かの類かしら? もしそうなら、地元の人に聞けば何か分かるかもしれないけど……」
私はそこで、今回の捜査は秘匿捜査であることを伝えた。
「……っていうことは、私達だけで解決しなきゃダメってこと?」
私は肯定した。
「……はぁ~、ま、いいわ。私は『素材』が手に入ればそれでいいし……それで明日からだけど……どうするの?」
私は、もう一度現場に行くことを提案した。
今の所、事件の手がかりはあの周辺にしかない。
正直言って気分は乗り気じゃないが、行くしかない。
「ま、そうよねぇ……でも、今日みたいな苦労はしなくて済みそうよ? 一応、あの場所の転移座標はしっかりと記録しといたから、もし行きたかったらあなた達の言葉でいう所の『転送陣』ですぐに行けるわ」
常人が聞いたら頭がおかしいと思われる言動も、私が聞けば頼もしく感じる。
私はカチューシャに礼を言って、明日の捜査に備えて深い眠りについた……。
※
……どこだ、ここは?
目を覚ました私が、その空間を見て抱いた感想はそれだった。
完全な闇……深淵があるならばこのような場所だろうと感じる。
私はその空間に立っている。
だが、私は確か旅館で眠っていたはずだ。いつの間にこのような場所に来たのか?
しばらく私が注意深く周辺を警戒していると、突然、空間に光が溢れた!
思わぬ形で目潰しをされた私だったが、咄嗟に身構えても襲撃される気配はない……ゆっくりと目を開け、様子を探る。
……そこは見慣れた光景だった……。
深緑を携えた森の中……目の前には見慣れた武家屋敷のような木造の建築物が建っている。
私は驚いたが、その足取りは迷うことなく屋敷の方へ進んで行く。
これは……ひょっとして夢だろうか?
屋敷に向かって歩いているが、自分はそのように意識していない。いわゆる『足が勝手に』というやつだ。
おまけに、目の前に見える母屋以外の情景はぼやけて見える。これが夢でなくて、なんだというのか?
だが、私がそんな疑問を抱いていても、足は真っ直ぐとある場所に向かう。
玄関を開け、靴を脱いで上がり、両隣に襖がある長い廊下を進んで行く。
やがて突き当りに達すると、そこから右に進み、最初の曲がり角を左に進む。
すると、両隣に外の情景が見える渡り廊下を進み、もう一つの建物の襖をあけて中に入る。
……そこで……私は見てしまった……。
血まみれになって倒れる、私の母……血に濡れた短刀を手にする、幼い私……なぜ……なぜこのような光景を見せるっ!? 私は……私のやった事は許されないが……なぜこんな……!
その時、私は誰かに肩を叩かれたっ!
ポンポン……。
……振り向けない……。
ポンポン……!
……振り向いてはいけない……!
……ダメだ……
……体が勝手に……
見てはいけない……!
……もし……見てしまったら……




