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地獄からのお便りを ~怪物と陰謀~

……あの後、我々は所轄の警察官や捜査員に現場を任せた。

 佐藤ゆかりの遺体は担架によって、公園の出入り口で待機してる救急車へと運ばれた。

 彼女の死に顔は……とても凄惨なものだった。目はくり抜かれ、頭は潰され、胴体は……血まみれだった。

 鬼島警部は、ぐったりと地面に座り込んでいる。彼女には酷だが、私は彼女から話が聞きたかった。

 そう思った矢先、彼女が私の方に近づいてきた。


「森を探し回ってたら、影が見えてさ……最初は何なのか分からなくて、近くに寄って見たら、人の顔がボンヤリとアタシの前にあった……叫びそうになった時、誰かに後ろから羽交い絞めにされて気を失って……気づいたらアンタに助けられてた……ありがとよ、アンタは命の恩人だ……」


 私は、彼女の礼をありがたく受け取った。

 鳴海刑事や大倉刑事は、私達の代わりに警察の簡単な事情聴取を受けている。

 後から私達も聞かれるだろうが、お互いグロッキー状態だ。

 だが、私の思考はまだ働いている。その思考が、私に語り掛ける。これでわかったと……。

 私がこの事件に関わったのは、篠崎和佳子が亡くなった翌日だ。その時点で、『その者』はこの事件が普通でないことを察知し、私に連絡をしてきた……あるいは、このような事件が起きるのを予期しており、私を呼ぶことも計算の内だったのだろうか? この辺りは考察の余地がある。

 とにかく、私は鳴海刑事と大倉刑事と共に事件を捜査し、ついに事件の重要参考人と思われる人物から襲撃を受けることになった。

 そして今度は、鬼島警部への殺人未遂だ。

 この事件の犯人は、これまでの証言で原川美知恵で決まりだろう。証拠の方も、彼女のアパートの部屋からいずれ見つかるはずだ。

 そして……これが一番重要な事であり、あくまで私の推論に過ぎないのだが……『郵便屋』は――と、私がそこまで考えた時、


「刑事さん……」


 私は声のした方を向いた。

 そこには、目に涙を貯めた須川がいた。彼の顔は恐怖に染まり、何事を言おうとしている。

 私は彼に隣に座るように言って、詳しく話を聞こうとした。


「俺……俺……電話したんだ……郵便屋に……」

「マジかよ……」


 私の隣で、鬼島警部が口を開く。


「どうしよう……次は俺だ……俺が『郵便屋』に殺されるっ!……」


……本来なら、彼を保護しようとするのが警察官というものだろう。だが私は、短く返事をしてその場を立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっとっ! ねぇっ! 助けてよっ!」

「そうだぜっ! どこ行くんだよっ!?」


 私は二人の声に構わずに、その場を後にしようとする。途中で、事情聴取を終えたと思われる鳴海刑事や大倉刑事とすれ違う。

 彼らは私とすれ違った時に怪訝な顔をしていたが、鬼島警部と須川から事情を聞いた後は、私の事を必死で引き留めようとした。


「クソ野郎っ!」


 それが、私がその日に聞いた鬼島警部の最後の声だった……。


             ※


 あの後、私は近くのセーフハウスで準備を済ませ、森の中に潜伏している……数日が過ぎ……私の携帯電話が着信を知らせる。


「なぁ……そろそろ戻って来いよ……こっちは完全に手詰まりなんだ」


 鬼島警部だった。彼女の声色は、かなり弱り切っている。

 私は周りに悟られないほどの小声で、彼女から情報を聞き出そうとした。


「……原川は、まだ見つかってねぇ……須川の方は警察が保護してるが、今の所はなんとも……なぁ、いい加減――」


 それだけ彼女から聞くと、私は彼女にある提案をした。


「……本当にそんなんで大丈夫なのか?」


 私から提案の内容を聞いた鬼島警部は、かなり不審に思っていた。

 だが、私には自信がある。

 これまでの状況から考えて、この公園の公衆電話から『郵便屋』に電話を掛けた者は、ほぼ例外なく殺害されている。それをやっているのは、原川で間違いないだろう。

 そして、原川と思われる不審人物による襲撃は、すべてこの公園で起きている。

 ならば……やってみる価値はある。


             ※


 それから数時間後、私の構える狙撃銃のスコープ越しの視界に、須川と鬼島警部、鳴海刑事と大倉刑事の姿が見えた。

 彼らは例の公衆トイレの前でしばらく辺りを見回した後、鬼島警部が電話を掛けた、と同時に、私の携帯にも着信が入る。


「来たぜ、どうしたらいい?」


 私は鬼島警部に、そこで待っているようにと伝えて電話を切った。

……別に、彼らの前に姿を現す必要はない。

 私が今構えているのは、サイレンサーを銃身に組み込んだ特注の狙撃銃で、よほど経験のある人間でなければ、容易に位置を割り出すことは出来ない。

 それに、私はギリースーツを着込んで地面に伏せている。これならば、誰にも見つかることはないだろう。

 そして、私が潜伏している場所は例の公衆トイレが見下ろせる位置である。

 この状況をみれば、私のやりたいことは分かってもらえるはずだ。

 案の定、事態は動き出した。原川美知恵が姿を現したのだ。

 彼女は私と初めて会った時と同じ、白のブラウス、黒のスカートという服装だった。

 しかし、スコープ越しでも分かるが、今の彼女の顔からは穏やかさは消え失せ、虚ろな表情をしている。

 おまけに、着ているブラウスやスカートも、所々擦り切れており、血痕がこびりついていた。

 そんな彼女の姿を見て、鬼島警部達は大声をあげて牽制している。ナイフを片手に持つ原川を見て拳銃を抜かないという事は、おそらく持ってきていないのだろう。

 私は深呼吸して、狙撃銃の照準を合わせる……原川が大倉刑事に襲い掛かった!――同時に引き金を引く。

 パスッと乾いた音を響かせ、狙撃銃から発射された弾丸は原川の足に当たった。

 だが……ありえないことが今、目の前で起きている。

 原川の足に銃弾が当たったのは確かだが、彼女は少し怯んだだけでその場から走り去ったのだ。

 常人なら、今の一撃で足の骨は折れ、筋肉は著しく損傷してその場に倒れこむはずだ。

 大倉刑事と鳴海刑事が追いかけ、私も狙撃銃の狙いをつけて発射するっ!

 だが、原川はあろうことか胴体の中心に弾丸を受けても走り続け、私が今いる場所とは反対の森の中に入って視界から消えてしまった。

 私がスコープを覗いたまま思考停止させていると、携帯に着信が入った。


「あ、おいっ! 原川が来たっ! 今逃げて行って――」


 私は鬼島警部の声を聞きながら、己の無力さを呪った……もはや、ここから先は何が起きるかわからない。そう思って原川を追跡しようとした矢先、普段使っている物とは別の携帯端末に連絡が入った。


『事件は解決した』


 端末の画面には、そう表示されていた。

……なるほど……いや、なるほどとは言ったが、正直納得しているわけでもなければ、事態を理解しているわけでもない。だが、一つの確信は持てた……。

 私達が須川達や鶴ヶ峰学園の生徒達から聞いた『郵便屋』……アレは実在するが、機能はしていなかったのだ……恐らく、原川が獲物を見つけるためのエサであったのだろう。

 そして、この事件には『その者』も関わっている……『その者』自身か、『その者』の属している組織か……いずれにしても、事件が解決したという事は、今後は須川の身の安全は保障されるだろうし、原川美知恵も脅威とはならないだろう。

 私はそのように考え、数日間を過ごした寝床に別れを告げた……。


              ※


 以上が、『鶴ヶ峰学園連続怪死事件』だ。

 別に鶴ヶ峰学園内で起きた事件ではないのだが、被害者が全員鶴ヶ峰学園の生徒だったため、そのように命名させてもらった。

 あの後、私は鬼島警部をスカウトした。彼女の正義感を信じて……だが、その考えは甘かったようだ。

 彼女は確かに、正義感のある女性だ。

 しかし、彼女があの事件で行動力を発揮した理由は、自分の知り合いを殺害されたからに過ぎない。

 案の定、オモイカネ機関に来てからというもの、彼女は毎日グータラな生活を送っている。

 私がそう思っていると、目の前に鬼島警部が現れた。彼女の手には、一冊のファイルがある。


「ほい、報告書」


……彼女から聞くことがなかった言葉を聞きながら、私はそのファイルを受け取った。

……それは鶴ヶ峰学園事件の報告書だった。

 私が驚いていると、鬼島警部は周りに聞こえないように顔を近づけて口を開いた。


「……えらく時間はかかっちまったがよ……やっと踏ん切りがついたぜ……」


 彼女はそれだけ言って、『さ~てと、お馬ちゃんは元気かな~っと!』と言ってソファに寝転がる。


「警部殿っ! また競馬で――」

「うるせぇっ!」

「むおっ!?」


 注意をしようとして席を立つ大倉刑事に向かって、鬼島警部は灰皿を投げつける。

 その後は終始鬼島警部のペースとなり、大倉刑事は泣く泣く自分の席に座り込んだ。

……確かに、彼女には色々と問題があると思う……だが、彼女の心の中で……一つの悪夢に別れを告げることが出来たのは、私にとって、とても喜ばしいニュースだった……。


           ※


……私はあの子のために、何をしてあげられるだろうか?……考えても分からない。

 前に、匿名で乾燥芋を送ってあげたらすごく喜んでくれたようだ。

 だが、こんな事しかできない自分にも嫌気がさす。

 出来れば、早くこの仕事から足を洗ってほしい。

 あの子が人生を送るのに最良な仕事を、私は与えることが出来るのだ。

 だが、あの子に私という存在を見つけることは当分できないだろう。

 あの子にとって、私はすでに死んだ人間なのだから……。

 最悪なのは、それを知った一族の者が、生霊となってもあの子を殺そうとすることだ。

 病院であの子が殺されそうになった時は守れたが、またいつ襲ってくるか……。

……話を戻そう。

 私の目の前には、取り押さえた原川美知恵が唸り声をあげながら横たわっている。

 遠くにはあの子が世話をしている刑事達が見えるし、あの子の気配も感じる。

 あの子は、私から事件解決の連絡を入れない限り、猟犬のようにこの女を追跡し続けるだろう。その前に、私の方で手を打っておきたい。

 あの子は不満に思うだろうが……そう思いながら、私は携帯端末であの子宛に『事件は解決した』とメールをした。

……あの子の気配が消えた。良かった……素直に引き下がってくれるらしい。

 私は安堵し、端末をしまって原川を見る。


「さて……」


 すでに、コイツの抹殺命令は承認されている。

 だが……ただ始末するだけでは気が済まない……あの子を……あの子が大切にしている者達を傷つけた……。


「視線が怖かったんでしょ? 私が解決してあげるわ」


 多少の苦しみは、与えないとね……。

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