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4.お肉食べたい薬恋歌




 熱い。身体が痛い。昨夜は何があっただろう。鞭打たれたか、殴られたか、それとも手酷く犯されたろうか。

 王家に飼われてからは、拷問や、死のぎりぎりまでの無茶苦茶な要求はなくなった。貴族の要求は馬鹿げているのは同じだったが、命よりも尊厳を削ぎ取る物ばかりだ。

 レイルは強かった。同胞を殺し、その日の糧を手に入れた。勝敗に金を賭けて怒鳴る人間を見上げながら、虚ろな同胞の瞳を閉じる。互いに、恨みはない。死ななかった方が地獄を続けるだけだ。

 勝敗に憤慨し、歓喜し、人間が嗤う。殺し合う妖人を見て哂う。物心ついたか分からぬ程の妖人が売られていく。やに下がった男に、買った傍から腹を蹴り飛ばして怒鳴り散らす女に、刃の試し切りの為だけに買う男に、何も分からぬ幼子が。美しい者は愛玩用に、力ある者は労働用に。給金のいらない労働力は死んでも墓なぞいらない。溝にでも打ち捨てて終わりだ。


『俺達は何の為に生まれてきた!? 人間に蔑まれ、嬲られ、尊厳すら踏み躙られ、そうして殺される為か!?』


 誰かが叫んだ。腕には首を跳ねられた幼子を抱いていた。貴人が歩いているのを見ていただけの子どもは、貴人の機嫌が悪かったが為に殺された。子どもの父親は貴人の護衛に嬲り殺された。人間達は楽しげに笑っていた。遊びの延長で燃やされる妖人の傍を、両親に買ってもらった玩具を嬉しげに抱いた少女が歩む。ピンクのリボンをつけた熊のぬいぐるみ。どうしてぬいぐるみには首があって、あの子どもにはないのだろう。


 妖人には人間にない力がある。魂石を剥ぎ取られればその力を失うことから、力の源は魂石だ。全身を千切られた痛みと共に、魂石が戻らぬ限り血が流れ続ける傷を抱え、支配される。力がありながら、人間より余程強く生まれながら、数で負けるが為に。


 妖人だから殺されるなら、人間だから殺して何が悪い。逃げ出したレイルは人間を殺して回った。幼子は魂石を剥ぎ取られない。取られた瞬間、衝撃で死ぬからだ。そしてレイルには力があった。力と戦闘能力に優れていた。憎しみのままに殺し、いつしか土竜が本気で狩りに来るような妖人となっていた。魂石を剥ぎ取られるまでに殺した人間の数は知らない。知る必要もない。これからも増え続けるのだから、覚えたところで詮無きことだ。





 熱い目蓋を開けた。貴人が身につける絹糸のような音がする。とても細い雨が降っているのだ。


「起きた?」


 上がった声にびくりと身体が跳ねた。人の気配に気づかなかった自分が信じられない。だが、すぐに思い出す。


「ライ、ラ」


 誰かの名を問うたのは、彼女が始めてだった。

 ライラは、男の様な格好も脱ぎ捨てて、濡れた髪を一纏めに括り上げている。薄い下着一枚の身体は、骨が浮いているのに娘らしくしなやかだった。


「何か食べれる?」


 雨の音は静かで、世界が閉じたように感じる。


「俺は、どうして」

「レイルの身体はずっと休んでなかったから、いま纏めて休んでるの。知ってる? 緊迫したままって、熱も出ないし睡眠も必要としない。生きる以外に労力を回し過ぎてるから」


 雨の中取ってきたのか、両掌に包み込んだ薬草を見る。視線に気づき、聞いてもいないのに答えた。


「アオバソウ。鎮痛剤、解熱剤等々に使用。朝が一番薬効が高いのです」


 今が朝だとライラの言葉で知った。人間を前に、武器もなく寝転がるのは安心できない。無理矢理身体を起こすと慌てて押し留められ、掛けられていた外套が落ちる。発熱しているのに長年の衰弱で青白い肌を見て、レイルは首を捻った。見慣れた自分の身体だが、何かが違う。


「少しずつ消していこうね。古いのは完全には難しいかもしれないけど、時間を掛ければ大分変わるはずだから」


 はっとなる。傷が薄いのだ。思わずライラの手を弾いた。


「俺に、触るな」


 二度と会わないと思ったから名を教えた。少し、面白かったから。彼女が珍しかったから、久しぶりに愉快だったから。何かを望んだわけではなかった。救いなどレイルは求めていない。癒しも、願いも、まして繋がりなんて。

 細い腕を掴んでトランクの上に押し倒す。枯れ枝みたい細いくせに、とくとくと打つ静かな音は強く流れ込んできた。


「そんな格好で何のつもりだ。妖人は人でないから構わないか? 俺は男だぞ?」


 わざと牙を立てぞろりと首筋を舐めると、雨に打たれて冷え切った身体は舌の感触に震える。尖った犬歯を滑らせて喉元に喰らいつこうとしたレイルの頭に、手刀が落ちた。


「ふはははっ! 甘い! ヤクジュツシ、フラチナマネシナイ!」


 ぽかんとした腕から、どっこらしょと抜け出したライラは胸を張った。


「私は一五、さて君は!」

「おそらく一七」


 ガッツポーズは品がない。


「ほらね!? 絶対レイルが年上だと思った! 勝った!」


 誰と勝負して、何が勝ちなのか疑問だ。こんなの相手に張り合うのも馬鹿馬鹿しい。ああもう、どうでもいい。

 ぐったりと疲れたレイルは、纏められた干草に横たわった。宿で使われた燻しの匂いがする。


「手持ちの食料はあんまりないけど、薬草でかさ増しといた。私に狩りは無謀でした」


 畳んでいた布を頭から被り、合わせ目からちょこんと出ているライラの鼻は、よく見たら擦り剥いている。どう転んだらそうなるのだろう。


 小ぶりな鍋の中には、薬草粥が煮詰められていた。当たり前のように先に手渡され、薬草独特の香りが食欲をそそる。王城ではもっと豪勢な食事は幾らでも出た。その全ては砂のような味しか感じなかったのに、温かで質素な粥は、恐ろしいほど美味い。


「あれから何日経った」


 ライラは悲しそうに目を伏せる。


「最後にお肉を食べたのは三日前です……」


 無視することにした。どうやら三日も眠っていたらしいことには内心動揺していたが。


「ウサさん、美味しかったのに……今は立派に革と成り果てて」

「……なめしたのか」


 無視し切れなかった。トランクの横では丹念になめされた毛皮が丁寧に広げられていた。




 食事の後片付けをしたライラはいま、外套の裾を直している。終わればトランクに詰められた薬草を点検し、瓶を磨き、幾つか薬を作り始めた。

 隠されていない紋様が淡く光る。髪が生き物のようにしなって艶を浮かべ、見惚れるうちに、宙に浮いた薬草が踊るように薬となっていった。


 立てた膝に腕と顎を置き、見るともなしに焚き火に照らされた横顔を見続ける。薬を作り終えたライラは、雨音のように微かな鼻歌を鳴らし、何かに刺繍を施していた。


「妖人など捨て置いて、さっさと行くべき場所へ向かえば良かったんだ」

「んー?」


 口で糸を切って、よしと満足気に頷いた顔にいらつく。


「薬術師は病人を置いていきません」

「薬術師だからこそ、早く仲間の元に向かうべきだろう」


 ライラはへらりと笑った。


「一人じゃ寂しくて、旅なんて出来ないもーん」


 絶対嘘だ。肉肉肉と歌う声に、レイルは思った。肉を食べたいが為に自分を雇ったのではないか、と。あながち外れでもない気がして余計に疲れた。




「出来た!」


 ぱんっと布を叩いた音で目が覚める。雨はいつの間にか止んでいた。

 細い指が掴んだ布が目の前に突きつけられたので、思わずまじまじと見つめてしまった。黒い服は繊細な刺繍が裾と襟を飾っている。布が黒いだけに刺繍が映え、美しい。現在レイルが羽織っている服より庶民的な生地が使われているが、刺繍でぐんと品を増している。


「いい感じ。多分背丈合ってると思うけど……うん、おぶった感じ、多分いいでしょ」


 レイルがうつらうつらしていた間、熱心に向かっていたのはどうやら服で、それを渡そうとしていると気づいた。


「いいのか? あんたの男にやる服じゃないのか?」

 服はどう見ても男物だ。ちまちま刺繍をしていた物を、成り行きで他の男に渡していいのか。細い指が、ちちちと振られる。いらっとした。


「残念ながら、二世を誓った背の君はいないのです。それは、第四回ザナル・ヨークス瓶細工点に出そうと作ってたのです。ヨークスさんの作る瓶細工は凄い綺麗なの。ちょっと変わった人で、服を買ったり準備したりするの面倒なんだって。それで、服を用意していったら格安で売ってくれたり、おまけつけてくれるの」

「……色気のない」

「やかましい」


 トランクには充分すぎる瓶が入っているが、なるほど、明るい色合いや細かな細工の入った物が多い。ちょっとしたお洒落心で、小物を愛して何が悪いと不貞腐れたライラの様子に苦笑する。どうやら、彼女なりの地雷を踏んだようだ。


「貰う」


 ぱっと弾かれように明るくなった表情に噴出しそうになった。本当にぜんまい式の玩具だ。行動も表情もよく動く。


「良かった。本当は買おうかと思ってたんだけど、如何せんお財布様が否と申しましたので。私の服も、刺繍入れたらちょっとは雰囲気変わるでしょ? 明後日くらいには出発できるかなーと思ってるから、それまでにちょちょいと仕上げます」


 違和感を感じて首を傾げた。


「あんた、金は持ってるだろう?」


 開きっぱなしのトランクの隅には、小袋に入った金貨と銀貨が存在を主張している。

 ライラは、きょとんと首を傾げ返した。


「だってそれは、レイルのお給金だもの。旅費はこっちです。大丈夫! もしもの時は、レイルは食べるに困らないくらいはあるのです!」


 今度はレイルが唖然とした。


「あんたはどうするんだ」


 問えば、さっきまできらりと輝いていた視線が、ふいーっと余所を泳いで行く。


「……薬草って、噛んでれば意外と腹もちいいのよね」


 言いたいことは沢山あった。追われている身で本気で給金を払うつもりなのも、本気で自分より妖人を優先しようとしていることも、食わずにレイルの治療を続けるつもりなのも。何か、言いたいことはある。しかし、頭痛が酷くなってきたレイルは、呻いて干草を包んだシーツに倒れこんだ。ライラは慌てもせず呑気にほてほて歩いてくる。横にぺしゃりと座り込み、無遠慮に額に手を置く。


「まだ、ちょっと高いね。眩暈は衰弱からくるものだから、すぐによくなるよ。一回熱出して、倒れて眠って、リセットしなきゃずっとしんどいままだから」


 ライラの額が光る。淡く光る紋様は木漏れ日に似ていた。


「それ、止めろ……」


 心地よすぎて抜け出せなくなる。緩慢な動作で眠りに逆らうレイルの手を細い指が絡め取った。馬鹿、止めろって言ってるだろう。つらいのは慣れている。痛いのも苦しいのも。なのにここは温かい。心地よいまどろみが、恐ろしい。


「眠っていいよ」


 髪を撫でる手が、掌に絡まった指が何かを呼び起こす。そんなものいらない。つらいのも痛いのも平気だ。屈辱も既に飽和するほど溢れているのに、そんなものを押し付けるな。

 手離す事に苦痛を感じる柔らかさなんていらない。まして、人間が与えるそれは、絶望にしか成りえないではないか――……。






 あー、びっくりした。

 レイルが寝入ったのを確認して今更首まで染め上げる。下着姿でうろついていたのは単に濡れたから着替える途中だったのだ。まさかあんな高熱で起きるとは思わなかった。更に圧し掛かってくるとは夢にも思わない。さり気なく布を被ったり、訳の分からない勝敗に喜んでみたライラは、別に動揺していなかったわけではないのだ。



 レイルは不調に慣れている。慣れなければならない環境だったのだ。


「人間は怖いもんね。悪意があってもなくても、怖いもんね……」


 やめてくれと呻くように逃げるのに、触れているとすぐに寝入る。一過性の同情で温もりを与えるのは酷だ。分かっている。野良猫に餌をやり、温かさを教え、安堵させてじゃあねと突き放す。無邪気で、善意からきた、絶望。

 弱っているところにつけ込み、優しさと見せかけた打算で彼を傷つけている。優しくしたい。つらい思いはしないでほしい。悲しみも痛いこともなくて、幸せになってほしい。それは嘘じゃない。でも、全部じゃない。

 身体が元気になれば別の道も見えてこないかと思った。痛みがなくなれば、傷跡が目に見えて消えていけば、復讐以外の道も選ぶ気持ちにならないかと、ライラは願っている。

 分かっている。例え身体の傷が癒えようと目に見える傷が消えようと、心に焼き付けられた傷は消えない。いつまでも癒えず血を流し続け、刻印となって蝕み続ける。

 でも、出来るなら、もうそんな奴らに関らず生きてほしい。復讐してどうなる。殺して、恨みを晴らして、そうして追われるのは彼ではないか。恨みは恨みしか呼ばない。罪を始めたのは人間でも、殺した時点で彼の罪となる。そんな奴らの為に業を背負う必要はない。

 勝手な言い分だ。彼を傷つけた人間が、彼を踏み躙った人間への恨みを堪えろという。彼に選べと言いながら、そんな道は選んでほしくないと思っている。

 深く息を吐いた後、ふと思い浮かんだ言葉を自然と口に出していた。薬術院一期生すら空で言える薬術師の初心であり末期(まつご)まで持っていく訓辞だ。



 癒術者よ、術者の意味を違えるなかれ

 先達が見つけし業を、継ぎて増やすが我らの定め

 癒す方を身に宿し、生かす法を惑うなかれ

 先達が我等に遺せし救術は、己が身にて刻み込み

 その背で学びし信念は、心の臓より更なる奥へ

 我等は薬草そのものなりて

 散るを定めと咲こうとも、新たな種を期待せん



 薬術師は稀少だ。紋様を持って産まれてくる子は少なく、一期生は三十人いれば多い方だ。更に、卒業する頃には必ず十人を切る。人が持つには重過ぎる責を支えきれない。人の命を背負うことは、人から救いを求められることは、重すぎる。一対一でも重いのに、薬術師の背を、世界中の命が見つめている。

 ライラは紋様を消すことなく生きることを選んだ。


「私は、薬術師だから」


 見据えた空は再び夜を迎えようとしていた。







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