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19.君が唄う薬恋歌




 薬術師の待機所を何区画も通りすぎ、ようやく目的の場所に辿りつく。

 向こうの景色が歪んで見える透明な膜を通って中に入ったレイルは眉を顰めた。




 いつの間にか戻ってきていたレイルにおかえりと言う前に、書類を取り上げられた。


「寝ていろと言っただろ。お前は死にかけたんだぞ」

「そうは言われても、人手が足りないんですよ。何せ、援軍に来たはずの私に人手をかけさせちゃってるし、要治療者が何倍にも膨れ上がったからね」


 取り上げられた書類を取り返し、カルテと見比べながら薬の調整をしていく。


「あ、レイル、ちょっと鍋の具合見てきて――」

「薬まで作ってたのか……」

「人手がですね」


 死にかけたからと言って、ただ寝ているわけにはいかないのが現状だ。ただでさえ、薬術師三人が組んで使用する緊急術式の中で、三日も寝かされていたのである。いま外に貼ってある膜よりも濃度の濃い、水のような塊の中でひたすら治療に専念した。レイルは死にかけたと言うが、身体は一度死んだと判断したようで、あちこちが狂っていた。綺麗に調整してもらった今も、本調子には程遠い。

 それでも、人手が足りないのだ。

 ライラのベッドの周りには幾つもの棚があり、その上には書類が積まれている。それらはベッドの上にまで広がっていた。そのベッドの上で行儀悪く片膝を立て、書類と薬草とにらめっこ中である。


「うーん……この人、この薬草効かないなぁ…………ちょっと配合換えようかな」


 ライラは視線を上げて壁を見つめた。壁に直接取り付けられた大量の板の上に、何千種類もの薬草が溢れ返っている。どうせ身動きが取れないのならと、個々の薬づくりを頼まれたのだ。

 今のライラは、流石に薬術師専用の服は着ていない。そもそも、着られない。いつ倒れてもいいように、寝巻の上に上着を羽織り、がりがりと頭を掻いた。


 いくつかの薬を瓶に詰め、さっきレイルが持ってきた書類に目を通す。


「あ、薬術師の基本班人数が変わった。二人から三人に増加だって。二人が治療者で、一人が順番なしを基本形にするのか。それなら急患来ても診やすいからいいね。私はサキとユーリスの班…………え、ユーリスこっち来るの? 辿りついた瞬間から私みたいに緊急術式じゃないの? …………あ、次の仕事だって。えーと、ディカメルか。出張続くなぁ」


 混ざりにくい瓶を振りながら書類を読んでいたら、レイルがぎょっとした顔をした。


「仕事!?」

「ちょ、零れる! 鍋、鍋!」


 危うく大惨事になりかけた大鍋を、剣の柄であっさり戻したレイルに思わず拍手を送る。

 黒髪になったレイルは、未だ慣れない。失われた純白を思い返せば、申し訳なさが胸を打つ。しかし、美しいとも、嬉しいとも、感じてしまうのだ。

 尊いものを貰った。名を、生を、魂を、レイルはくれたのだ。

 見合う物を返せるのか、ライラはずっと考えている。この美しい生き物が、自分の自由と引き換えにライラを生かした。生かしてくれたのだ。

 この恩に報えるだけの何かを、ライラは彼に残せるのだろうか。



 レイルは黒髪を揺らしながら、ライラに詰め寄った。


「今のお前の状態で!」

「仕方ないよ。元々ディカメルに向かうはずだった薬術師が、こっちの援軍に回ったから。大丈夫だよ、レイル。ディカメルは医師の出身国として名高い国でね、そこで講演するから、治療より術の行使は少なくて済むんだよ」


 後でサキと打ち合わせをして、急いで講演内容を纏めなければならない。できるなら講演するはずだった人達から引き継ぎをしてもらいたいけれど、期間を考えると擦れ違ってしまいそうだ。ユーリスが引き継ぎを済ませてくれているとありがたいのだが、どうだろう。

 まだ何か言いたげなレイルに苦笑する。


「大丈夫だよ、レイル」


 ごめんね、とは、言わない。たぶん、ライラはこれから幾らでも言わなければならない事態に陥る。だからせめて、言わなくて済むときは仕舞ってしまおう。




「ライラさん、講演の話聞きました?」


 捲っていた袖を下ろしながら早足で入ってきたサキは、ライラが読んでいる書類を見て頷いた。


「ユーリスから連絡があって、かろうじて引継ぎ成功してるみたいです」

「ほんと!? よかったぁ。若手が行くとかなりいろいろ突っ込まれるからね……」

「そうですね……。だからハリス上薬一師くらいの年齢の方が行くんですけど」


 人は自分より年下の者に教わるのは抵抗がある生き物らしい。それはどこの国の人間でも同じだ。自分の知識と努力に自信がある者は余計にである。

 レイルにはああ言ったけれど、これはかなり気を引き締めていかなければならない。


「まあ、大丈夫ですよ。今回の主な内容は、私が持ってきたものですから」

「……ああ、あの、味が凄いの」

「……あれでもましになったんです」


 こちらでは原因不明の病となっていたものが、サキの世界ではすでに治療薬まで開発されていたものだった喜びといったらない。救える手立てが増えた喜びに沸いた薬術師達は、次の瞬間、その薬の味に卒倒した。要救助者が倍増したのは言うまでもない。

 今回の出張では、良薬口に苦しを心に刻んだ薬術師に気絶者を続出させた薬を、毒ではないと説得させることから始める必要がありそうだ。




「ライラさん、これ、さっき届きました」


 サキは、懐から一枚のワッペンを取り出した。薬草の花をモチーフにした刺繍が施されている。


「昇級おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 恭しく差し出されたそれを、両手で丁寧に受け取る。

 薬術師の持つ旗は、実は枚数が効力を持つのではない。旗に取り付けられたこのワッペンの数で効力が変化する。ガイアスに細かく説明する時間がないと判断し、サキは枚数でと説明したのだ。上薬一師の旗が一枚混ざっていたことにより、三枚で大規模な効力が発揮されたのである。

 今回の権力行使も、一枚が上薬一師であるハリスの旗があったから成り立ったのだ。彼は、本来特薬にもなれる実力を備えているが、現場が遠くなると上薬一師のまま試験を受けずに過ごしている。



 ライラは、どうせ寝込んでいるならと試験を受けてレイルに苦い顔をされ、実務試験もこなしレイルに怖い顔をされ、本日付で下薬二師となった。今期卒業した下薬三師の中で、もっとも早い昇級となったそうだ。何せ、経験は充分すぎるほど積んでしまったのである。


「それとですね……おめでとう、ございま、す?」


 なんともいえない顔で渡された通知を、苦笑いで受け取る。

 なんとライラは、今年度の、栄えあるMVPに選ばれたそうだ。

 その旨を通知した書類も渡される。キオスに帰ったら表彰だ。

 MVPとは、『誠に』『ヴァイオレンスな』『ピクニック経験者』の略である。一番凄い体験をした薬術師に贈られる賞である。受賞すると、なんとその人物が所属している班員も含めて、一か月もの休暇が与えられる。

 要は、大変な目に遭った薬術師を労わりましょう期間である。だというのに、受賞と同時に別の国への講演が入るのが薬術師でもあるのだが。




 MVPが分からなかったレイルが後ろから通知を覗き込み、なんともいえない顔をする。

 何かを言おうとした唇からちらりと犬歯が見えて、ライラは慌てて話題を変えた。絶対小言だ。


「あれ、イヅナさんは?」


 サキの後から入ってくると思った姿はいつまで経っても現れない。彼がサキを一人にするはずがないのにと、ライラは首を傾げた。

 ライラが作っていた薬を並べていたサキは、ひょいっと肩を竦める。


「そこまで送ってもらいました。ここに来るまでに七回襲撃をくらいまして」

「気合入った回数だねぇ」

「兄さんが気絶させたので、辻治療してきました」

「通り魔返しだねぇ」


 これも毎日の事で、今更驚きはしない。彼らの言い分としては、人間を見たら反射的に殺意が湧くのだから仕方がないとの事だ。なのでこちらの言い分としては、怪我人を見たら反射的に治療心が湧くので仕方がないのである。文句が言いたければ早く怪我を治せばいい。元気いっぱい艶々の笑顔で跳ね回れるようになったら、薬術師全員で指差して「やーいやーい、ざまぁみろ」と笑ってやる。

 今頃イヅナは、辻治療された妖人を指定のベッドまで運んでいるのだろう。気絶させられて床に転がった妖人よりも、サキの護衛が優先だったのだ。イヅナはどこまでもイヅナである。そして、今日も今日とて、あっちでこっちでサルダートの世界を揺るがす怒声が響く。ついでに破壊音も混ざる。サルダートは口より手が、否、足が出るのだ。攻撃力三倍である。



 長年培われた確執も、寸分の隙なく育て上げられた憎悪も、そう簡単になくなるものではない。そんな簡単なものならば、事態はここまで悪化の一路を辿らなかった。

 ガイアスは、毎日新王直属の者と話し合っている。王も、近いうちに顔を見せると聞く。

 今や、妖人の現状は連合を通して世界各国に知れ渡った。人間離れした能力を買って、妖人を傭兵部隊として雇いたいという意見も出ているらしい。世界には薬術師以外にも、唄人や、夢渡りなどの特殊な能力を持った人間達がまだまだたくさんいる。それぞれの国で、それぞれの方法で保護されていると聞くが、何処の国でも人は自分とは異なる存在に対し、とても似た反応を示すとライラは知っている。

 それに、王が乗り気であるとはいえ、長年染みついている奴隷制の解体は容易い問題ではない上に、妖人が人間を憎んでいる現状では話は進まないだろう。



 話し合いの場に、中立の役割として薬術師の、ライラの同席が求められたが、ライラは断った。

 薬術師は他国の在り方に関わってはならない。先達が歯を食い縛りながら通り過ぎてきた道で、ライラが立ち止まり、後世の種が芽吹く場所にしこりを残してはならないのだ。散る自分がすべきことは、後世の邪魔ではなく、出来うる限りの肥やしを持って、ただ静かに朽ちることだ。



 ライラはきゅっと唇を閉じて、一度言葉を飲み込む。薬術師の言葉は大きな力を持つ。だからこそ、薬術師達は己の言葉を飲み込むことが多い。酷い人などほとんど喋らないのだ。


「ジェイは、どうだった?」


 飲み込んで変えた先でも、結局気になるのは彼らのことだ。ライラはあれから一度もジェイと会っていない。ジェイの治療はサキが担当していた。


「傷口は順調ですけど、やっぱり内臓器官が弱っていますから、安静は続行です」

「そっか」


 ジェイは頑なに何も話さないという。目も合わさず、治療の為にと触れた身体は固く強張っている。けれど、治療から逃げたり、サキを傷つけようとするそぶりはないとも聞く。

 ライラは目覚めていなかったけれど、一度だけ緊急術式の中で眠るライラを見たいと言ったそうだ。そして、サルダートはそれを許可した。ジェイは術水の中でたゆたうライラをじっと見ていたそうだ。何も言わず、されど他の何も見ずに、ただじっと。

 そして、一言も発さぬまま己のベッドに戻り、今日に至る。


 それを聞いたライラは、とても複雑な気分だ。彼の中に何かが残ればこんなに嬉しいことはない。ないのだが、緊急術式の中にいる患者は裸同然の恰好をしている。治療者として患者の裸を見ることも、治療中に見られることも特に何とも思わないが、彼の記憶に裸の自分が揺れている姿が刻まれたかと思うと、一応年頃の枯れ枝として思う所はあるのだ。

 それはレイルにも言えることである。レイルはライラの専属騎士だ。つまり、ずっと傍にいる。

 見られただろう。見られていない訳がない。しかし、聞けるわけもなかった。枯れ枝の裸なんぞ彼は気にしないだろうが。何せ枯れ枝だ。

 自分で自分に言い聞かせ、酷いダメージを受けた。

 呻きながらベッドに沈み込む身体をレイルが支える。


「痛むのか?」

「胸が……」

「魂石か!?」


 心が痛いと言えず、無難に誤魔化したら最悪の一手を打ってしまった。顔色を変えたレイルは、何の躊躇いもなくライラの胸元を剥いだ。


「ぎゃあああああ!」


 病衣は簡単に剥げる仕様だ。


「レイル!」


 割って入ってくれたサキにほっとする。しかしサキは、ライラの病衣を掴むと、そのまま引きずり落とした。


「更に悪化!」

「どこ!? どこが痛みますか!?」

「乙女の恥じらい心が傷んでる!」

「大丈夫です、ライラさん! 私は気にしません!」

「どの辺が大丈夫なのかちょっと分からない!」


 ちょっとどころか多大に分からなかったライラは、傷んでしまった乙女心の復旧を試みるも、「大丈夫だ。俺も全く気にしない」というレイルの一言で見事に粉砕された。








「ライラ、寒くはないか?」

「大丈夫。ありがとう」


 夜風が頬を打って心地いい。確かに少し寒い気もするけれど、触れ合う体温があるので、そこからじんわりと温もりが広がっていく。

 ライラとレイルは、夜になるのを待ってこっそりと寝床を抜け出していた。足が萎えているライラはまだ支えがないと歩けないので、申し訳ないけれどレイルに抱えてもらい、ここまで上げてもらった。


 羽織った厚手のコートを抑えながら、高い木の上で夜空を眺める。


「綺麗だね」

「さあな」

「さあなって」

「こんなものを綺麗だと思う余裕なんてなかったからな」


 綺麗なものを綺麗だと思うことを、彼は余裕だと言う。何を綺麗だと感じるかの定義は置いておくとしても、何かを綺麗だと、美しいと感じることを、彼は余裕があるから出来ることだと言う。

 そうかもしれない。彼の今までを考えると余計にそう思う。

 けれど、ライラは嬉しかった。だって。


「今はどう思う?」

「さあな」


 そう答える彼の口元が穏やかに微笑まれているからだ。

 太目の枝といっても不安定な木の上で、抱きこまれるように寄り添って一緒に見上げる空は、ライラにとってはこの上なく美しい物に見える。彼もそう思ってくれていたら嬉しい。


 月を弾くように光っていた美しい白髪は、今は闇がよく馴染む。

 支えてくれているレイルの腕は、ライラの肩を回って布越しに鎖骨を撫でている。無意識なのだろうが、レイルは寄り添うと大体ライラの骨を撫でていた。たぶん、心配をかけている。肉付きがいいとはいえず、触っているとあちこち骨が引っかかるライラの身体が、彼を不安にさせているのも分かっているけれど。


「…………枯れ枝の事実が突き刺さる」

「今更だろう」


 さらりと言われて更に突き刺さった。ライラの呻きに自分がまた骨を撫でていたことに気付いたレイルは、さりげなく腕をずらして触れる場所をライラの腰に変える。ライラは今度は自分で骨を撫でて嘆息した。

 どんなに撫でても枯れ枝の事実は変わらないので、ため息をつきながらレイルの肩に凭れかかる。その頭に自分の頬をつけて寄り添ったレイルは、夜風に紛れそうな穏やかな声でライラに問うた。


「ライラ、お前は、人と生きることが嫌になったことはないのか?」

「ないよ」


 考えなくてもするりと滑り出た答えに、レイルはそうかと呟いた。


「私もね、人の酷い所、いっぱい見てきたよ。愚かしい所も、惨い所も、叫びだしたいほど知ってきた。けれど、けれどね、どうしようもなく、好きなの。命に必死に縋りつく無様さも、死を悼む優しさも、生を尊む願いも、全て、好きで好きで、愛おしくて堪らないの」


 ライラは自分の両手を月光に透かせるように持ち上げた。


「その命を繋げる術がここにあるのが誇らしい。誇らしくて、嬉しいの」


 寄り添った体温が愛おしい。生を伝える鼓動が愛おしい。生が、命が、愛おしくてならない。生きている。それがどれほどの喜びを薬術師に与えるか、彼らは知っているのだろうか。


 薬術師は生に魅入られた生き物だ。命が狂おしいほどに愛おしくて堪らない。それが、人として好ましい相手の命なら尚更だ。好きで、好きで、恋しくて。どれだけ慈しんでも、どれだけ想っても到底足りることなどありはしない。

 ライラは目を閉じ、寄り添って溶け合う温度と鼓動に感じ入った。





 痩せて骨と筋が浮くみすぼらしい腕、細い枯れ枝みたいな指がついた薬草の汁が染みこんだ掌。甲で淡い光を放つ紋様を見て、レイルは眩しそうに目を細めた。


「俺は未だ、人間が憎い」

「うん」

「俺は自由だ」

「うん」

「お前が好きだ」

「うん?」


 静かに頷いていたライラの語尾が上がる。

 閉じていた瞳を開き、ぱちくりと瞬きするライラにレイルは素早く口づけた。


「…………え?」


 ぽかんとした顔に、夜目でも分かる赤みがじわじわ増していく様を見て、レイルは声を上げて笑う。

 命の尊さは分からない。それを誰よりも蔑ろにされてきた妖人であるレイルには、死は解放でしかなく、生はただ続くだけのものだった。

 けれど、遂には耳まで赤くなったこの生き物がここにいることが尊いということだけは分かる。分かってしまう。レイルは、分かるようになってしまったのだ。彼女が生きていることがどれだけ喜ばしいことか、彼女が死ななかったことがどれだけ、どれだけ。


「か、枯れ枝って、いつ、いつも、枯れ枝って言うじゃない!」

「事実だろう?」

「…………事実です」


 真っ赤なまましょげる様子が面白くて、もう一度重ねようとした唇が両手で塞がれる。


「ははっ!」

「笑い事じゃない!」


 猛然と抗議しようとしたライラは、けれど続く言葉を見つけられなかったのか困った顔で考え込み、終いには笑うレイルにつられるように笑った。

 愛おしい。

 こうして目の前で動くライラが、ここにいるライラが、生の中で笑うライラが愛おしい。

 今までのレイルは、死んだ妖人を見る度に抱いた感情が、それに近いものだと思っていた。苦しく、苦く、惨いだけの生の終焉を得ることができてよかったな、お疲れ様、もう大丈夫だ、もう何も苦しくない、安らかに。


 けれど、愛おしいとはこういうことかと、レイルは生を得て初めて知った。慈しみたいと湧き出るこの気持ちも、彼女の笑顔でじわりと温まるこの心の有り様も、全て、ライラが初めてだった。ライラの死を尊べない。ライラの死を喜べない。ライラの死を受け入れたくない。

 生きていてほしい。そう願い、死に抗ったのは、ライラが初めてだったのだ。


 薬術師が背負うものは大きい。大きく、醜悪で、何より美しいものだ。

 そんなものを背負い続けると決めた強く優しい生き物は、レイルの前で笑っている。いま、ここにいるのはライラとレイルだけだ。

 怪我人や病人が現れれば、ライラはレイルを置いていく。レイルがどれだけ泣き叫んでも、ライラは薬術師のまま死んでいくだろう。

 それでもいま、ライラはただのライラで、レイルはレイルだった。


「レイル」


 笑うライラがレイルを呼ぶ。自分を見つめる瞳にちょっと躊躇したようだが、すぐに苦笑に近い笑みを浮かべてレイルの頬に口づける。


「一緒に生きよう」


 好きだとも愛してるとも言わないひどくシンプルな返事が何よりライラらしく、ようやく動き始めたばかりの、幼子のようなレイルの胸を容赦なく愛で満たした。






 癒術者よ、術者の意味を違えるなかれ

 先達が見つけし業を、継ぎて増やすが我らの定め

 癒す方を身に宿し、生かす法を惑うなかれ

 先達が我等に遺せし救術は、己が身にて刻み込み

 その背で学びし信念は、心の臓より更なる奥へ

 我等は薬草そのものなりて

 散るを定めと咲こうとも、新たな種を期待せん



 散るを定めと咲いた花

 種を残して散る宿命


 命を唄って散る定め

 命を芽吹かせ散る決意


 彼等は生命そのものなりて

 彼等を核に色は咲く 命を核に命咲く


 彼等を囲むその命 新たな命と巡り生く






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