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10.あなたとさよなら薬恋歌






 ライラには悩みが幾つかある。食べても食べても中々肉がつかない身体とか、むしろ食べた端から骨が浮き出る事とか、寝癖がついたら髪が納得するまで意地でもと直らない事とか、高い所が怖い事とか。まあ、色々ある。

 しかし、最近の悩みは専らは決まっていた。


「……お風呂に入りたい」


 薬術師は清潔が基本だ。なのに城を出てから既に十日余り、出来た事といえば川で水浴び程度だ。心成しか薄汚れてきた気がする。一日一回、薬草で作った天然の石鹸を使っての水浴びは心がけてきた。しかし、湯に浸かりたいと、そう願うことを止められない。

 レイルは、僅かな休憩だけで昼夜問わず走り続けた。妖人が追ってくるならそれでも足りないという。今はしばしの休憩だ。この場は、二人が逃げるには最も適した環境だ。そもそも、妖人は人間ほど匂いがしないし、ライラにしてもここは最適な環境である。人を隠すなら人の中、しかし薬術師を隠すなら薬草の中、つまりは森の中だ。


 川に映った自分を見つめて溜め息一つ。このまま水仙になろうか。なれるほど美人じゃない。美しい人とは、レイルやイヅナのような、サキのような、見た目の美だけでなく、生き様ごと美しい人達のことだ。

 濡れた髪を絞って岩に腰掛ける。洗濯代わりに下着ごと水浴びした。どうせ着替えるからいいだろう。

 その左手には小刀が握られていた。

 冷たいひやりとした金属の感触は背筋を冷やすのに、ライラは刃を撫でるのを止めない。そして、ゆっくりと首筋に当てた。




 レイルは異変に敏感だ。それまで、遊ぶように無駄に水を掻き回していた音がぴたりと止んだ。川に背を向けたまま数秒。名を呼んでも返事がない。もしや足でも滑らせて沈んではいまいか。どうしたものかと悩んだのも数秒。レイルは、一応気を使いながら振り向いて、息を呑んだ。


「何をしてる!」


 小刀を首に当ててしゃがみこんでいる姿を見て、心の臓が冷えた。冷えたなんて可愛い物じゃない。直接掴まれたような衝撃で、息すら止まった。

 殴りかかるように飛び掛り、小刀を無理矢理奪い取る。


「お前、何をしてっ!」


 何をこんなに動揺しているのか分からない。こんな、細い枯れ枝のような女が武器を持っていて、何を恐れる必要がある。何故、こんな、世界が終わるような恐怖を感じた?


「え、あれ? レイル? 何事?」


 本人は半分水に浸かりながら、きょとんと押しかかられている。


「は! 敵襲!?」


 どっと疲れた。






 奪い取られた小刀は仕舞いこまれ、どこから調達したのか、小さなナイフがライラの髪を整えていく。彼の髪もこれで切ったのかもしれない。


「いやぁ、頑張ればちょっと大胆に梳きました! で通るかなと」

「無理だろ」

「……ですよね――」


 薄汚れて見える大きな要因、ざんばらな髪の毛が丁寧に梳かれ、微かな音と一緒に散る。水に落ちる前に燃え尽きていく様は、赤い蛍だ。レイルはゴミを出さない主義なのだろう。

 実際は、痕跡を残さない為と、切り刻まれた光景が不快で堪らず誰の手にも渡らぬようにという理由だったが、ライラはとんと気づかない。


「あのさ、あんまり短くしないでもらえたらいいな―と、思うのです」

「腕なんてない。揃えるだけだ」

「結べたら何でもいいけど、私の髪、失敗が凄く出るって言われる!」

「……あんた、それを今言うか」


 シャリシャリと髪が散って燃える。長い指が頬を掠り、くすぐったさに笑いが漏れた。

 手持ち無沙汰に遊ぶ指は、色鮮やかな羽を揺らしている。角度によって色を変える不思議な羽は、月光と炎に照らされて、幻想的に色づいた。


「何の羽だ?」

「これ? ハマオウの尾。イヅナから貰ったの。一枚残ってて、もういらないからって」


 集めれば願いが叶うと言われる伝説の羽。

 彼らの願いは果たされたのだ。


「ハマオウは、キオス周辺に生息する凶暴で大きな獣なの。狐が大きくなったみたいな外見で、凄く賢くて素早い。尾は、見て、綺麗でしょう? これが先にだけ生えてるんだよ。これを百枚集めたら何でも願いが叶うってキオスでは云われてる。本当に叶うのよ、凄いでしょ」

「馬鹿馬鹿しいお伽噺だ」

「本当に叶ったのよ。私じゃないけどね。過去が蘇った、と、いうべき?」


 淀みなく動いていたレイルの手が止まった。


「は?」


 気でも違えたかと川を覗いたが、水面に映るライラの目は正常だ。唄うように笑っている。


「世界が二つあるって信じる? サキはそこから来たの。兄のイヅナや、家族のように育ててもらったサルダート隊を亡くして、一人で十二年もかけて羽を集めて、彼のお墓の前で祈った。そしたら目の前にイヅナがいたんだって。でも、こっちで亡くなってたのはサキの方。イヅナは三年で羽を集めた。そして、同じ場所、同じ時間に祈った。享年六歳のサキのお墓よ。それでちょっと繋がっちゃったのか、同じようにこっちに来たのが、ユーリスとネイ。三人ともこっちでは亡くなった人よ。色々ちょこちょこ違うんだって。あっちでは私がサキより年上なんだって。それに、サキの方が一歳だけどイヅナを追い越しちゃった。面白いよね。ハマオウの尾は本当に願いを叶える。でも、多分、一方通行じゃ駄目なのよ。どちらからも同じ想いで祈って初めて叶うんだと思うの」


 前を向いたまま、無造作に羽が目の前に突きつけられた。


「あげる。綺麗でしょう? レイルの願いも叶うといいね」


 受け取ってくるりと回す。月光を弾いて光るさまは宝石に似ていた。


「人間の死か?」

「ぉおぅ……それは困る」


 眠くなってきたのか、ライラの声はふわふわ揺れ始める。動くなと釘を刺しても、ゆらゆら覚束ない。


「サキの世界では、デューラが攻めてくるなんて誰も教えてくれなかった。こっちでも時間は足りなかったけど、何も知らないよりは対処出来た。何より攫われた薬術師は、サキとユーリスで、戦を体験した二人だったから」


 デューラは七十年前にもキオスを攻めている。連合に押し止められ、百年の薬術師遠征禁止令を出されていた。七十年後の今になって強引に攻め入ってきたのは、流行り病の所為だ。医者では手がつけられない猛威を振るった。

 現在デューラは名も国の形も失っている。遠征禁止令はデューラに対して為された物であり、デューラでないのなら派遣されない理由がない。流行り病は、それほどに民を脅かしていたのだ。

 国を失った国民は、それでも最後の王の決断に感謝した。

 七十年前の曽祖父を蔑みながらも、薬術師を奪い取る決断をするしかなかった、僅か十四歳の最後の国王を。




「サキ達の世界では、薬術院が真っ先に狙われて占拠された。口伝の術を欲しがって。薬だけでもって思ったんだろうけど、教えられない。強い薬は毒だもの。薬術師でなければ扱いきれない。結局、口伝を知らない下級生だけが解放されて、六期生以上の生徒は、死んでしまったそうよ」


 凭れてきた軽い身体にぞっとする。この軽さで背負うのだ。縋る手も、期待も、憎悪すら。華奢な身体で一身に受ける。その上、散る覚悟を担っているのなら、こんなに恐ろしい生き物はない。人に何かを託せたなら満足して散っていく生き物は、何て恐ろしい。刃物を首に当てられても感じないほどの恐怖がレイルににじり寄る。


「私は何を願えばいいのか曖昧で、ハマオウの尾を百本集めるなんて気概を持てないから、レイルが持ってたらいいよ。私は矮小だから、世界平和なんて寝物語のような絵空事に全てを懸けて祈るなんて出来ない。私が出来るのは、小さな平穏を繋げるだけだから」


 髪がうねって紋様が光ると、ハマオウの羽が一際美しく光った。細い指が振り向かずに触れてくる。意思とは無関係に身体が歓喜で泡立った。心地よいまどろみだ。危険すぎるほど、身体が、精神が、悦ぶ。

 癒されている。無条件で許されている。

 レイルは委ねそうになる意思を叱咤した。


「サキとユーリスは急いで薬術師になった。足りなくなった薬術師を補う為に、急遽改正された規則を駆け上がった。あの若さで中薬なのもその為。私にはそれだけの願いがない。ないから背負える物もあると思ってる。散るのは背負わぬ者が相応しい。そうして種が残るなら、私の芽吹きも無意味じゃないでしょう?」


 ライラは癒す。癒しても人は死ぬ。病で、事故で、殺されて、寿命で。癒して、死んで、癒して。薬術師は繰り返しだ。感謝され、縋られ、憎まれ、妬まれ、全ての象徴ですらある。源を守る職に就いた。生の瞬間から得た権利を手放さず、厳しい修練を越えてきた。


「あんた、死ぬのか?」


 思わず出た言葉に、ライラは笑った。


「いつかは必ず。レイルだってそうでしょ? 今かもしれない、明日かもしれない、百年後かもしれない。誰にも分からない。だから皆しがみつく。長引かせる術があるなら縋りたい。いつかは終わる。だから命は尊いの。終わりがないものは何であろうと腐敗する。国も制度も、そうでしょう? 私は永遠の命なんて要らない。生きた間に遺せた物が何か。薬術師として何か遺せたらいいな。新しい術とか最高。今は不治の病でも、何でもない風邪にしてしまえるような薬とか、いいなぁ」


 そうして生きるのだ。

 綺麗に笑ったライラを見て、レイルが感じたのは、彼女が触れてくれた手のように温かいものでも、歌ってくれた子守唄のように優しいものでもなかった。

 レイルが感じたもの、それは。

 心臓が凍りつくような、純粋な恐怖だ。



 すとんとレイルの身体中の力が抜けて膝をつく。驚いたライラが何か言っているが、何も聞こえない。ぐるぐる回るのに何も分からない。

 物心ついた頃から奴隷だった。愛された事も、愛した事も。どの手が触れてもレイルを害した。どの温度も吐き気とおぞましさしか与えなかった。

 細い手がレイルに触れる。


「熱はないけど……眩暈がする? 急に動いたから」


 この手が初めてだったのだ。他者の体温が温かいと思ったのも、柔らかいと感じたのも、優しいと眠ったのも。全てライラが初めてだったのに。どれだけ他者と肌を合わせても募るのは醜悪な何かだったのに、ただ触れる、この手だけが尊い。


「……悪くはない、けどな」

「ん?」


 手の中のナイフが折れた。力の加減が出来ない。思い切り握りしめた掌に血が流れる。


「あんたの国には、いかない。これが終われば、もう、二度と会わない」

 ライラは一寸驚いた顔をした。しかし、すぐに穏やかな笑みに変わる。


「そう」


 こんな恐ろしい生き物とは一緒にいられない。


「残念だけど、元気でね」


 死を納得した生き物は、自分の死に抵抗などしない。こんな生き物と繋がってみろ。温もりだけを縁に、本人はいないまま、永遠に縛られて残される。

 そんなのは、御免だ。


「俺は、自由だ」


 そうよと笑う女が恐ろしいなんて、知りたくはなかった。







 急に存在を現した匂いに、レイルは弾かれるように振り向いた。奪い取った剣を引き抜いた横顔に、ライラもトランクを掴んで後ずさる。

 木の間から現れた赤髪に舌打ちを隠せない。相手のほうが土地勘がある。気がつけば、洞での何倍もの気配があった。風向きがいつの間にか変わっていたのだ。


「白狼、いや、レイル。お前の運命を、妖人の為に譲り渡せ」

「は、枯れ枝と運命を結ぶなんて、神様とやらは粋な事をするもんだ」

「レイル、俺は同胞と争いたくはない」

「俺は同胞に売られたよ。自分を逃がす代わりに俺を売ったあいつは妖人だ。俺は、人間は勿論、妖人も、信用したりしない」


 妖人であるだけで無条件に仲間だと信頼したりしない。アカツキに所属した者達は、驚きに声も無い。妖人であるだけで同胞だと無邪気に信じられるほど、レイルはもう何も必要としていなかった。

 否、一つだけ。一つだけ必要としたかったものがあったように思う。思っただけで済んだことを、今はほっとするしかない。ライラとしてではなく、薬術師として生きていくと決めている人間の温もりに貴さを見出してしまったら、同じ枷に縛られる。


「薬術師殿、人間が犯した罪を貴殿が贖ってはくれまいか。人間が傷つけた我が同胞を、貴殿の命で癒して頂く」

「ライラはキオスの人間だ。パオイラの慣習に関っていない」

「だが、人間だ。そしてレイル、お前は妖人だ。俺達にとってこの枠組みがどれだけ大きいか、お前にだって分かるだろう。例え裏切られても、同胞だけがあるべき場所だと」

「その枠組みすら人間が作ったものだろう。そんなものに縛られたまま独立だの何だとほざくつもりか。馬鹿馬鹿しい」


 心底そう思って吐き捨てた言葉に、周囲を囲んでいた妖人達はいきり立った。


「……レイル、逃げれる?」

「……相打ちだな」


 誇張も強がりも必要ない。ただ事実だけを淡々と告げる。


「安心しろ。お前だけは生かして帰す。穏やかなお前の故郷にお前を帰すことを、お前がくれたものへの礼とする」


 張り付いて鬱陶しい髪を掻き上げた掌から血が滴る。思ったより深く切っていたのか。背後から両手がそれを包んだ。淡く痺れる感覚に頭を振る。呑まれるな。これは手に入れてはならない温もりだ。


「レイル、貴方は自由よ」


 ライラは笑った。




「ガイアス・ジン。貴方の申し出を受けましょう。しかし、他の薬術師に二度と、同じ関り方を為さらないでください。順番を待たず、強硬手段を取った方が優先されるなど、許されないことです。私では保って一年。それでも以降二度とです。これが、道理を通さず、状況だけを押し通した貴方々の罪です」

「ライラ!?」


 弾かれたように振り向いたレイルが見たのは、何にも揺らがぬ緑柱石の瞳だった。今、初めてまともに瞳を見た気がした。


「私では状況を保つことすらできません。一時の救いにもならず、瞬く間に死にます。そのことをご理解頂いていますか?」

「ああ」


 間髪いれぬ返答に、ライラは静かに目を閉じた。揺らぐな。

 最後まで、私は薬術師だ。

 最期まで、薬術師なのだ。


「誓約しよう」


 ガイアスは唸るように頭を下げた。そして重さを感じさせない獣の動きでするりとレイルの懐に入りこむと、そのままライラの耳元に口を寄せて何かを囁く。

 ライラは一瞬目を見開き、そして静かに頷いた。


「承諾しました。次に、レイルは解放を。一切の手出しは罷りなりません」

「元より同胞に手は出さん。手を出してこないならな」

「次に」

「まだあるのか」

「一人、貴方々の都合で贄にするというのです。まして私は薬術師。それなりの手を打たないと連合が攻めてきます。滅ぼされたくはないでしょう?」


 ぐっと息を飲み込んだ妖人達を前に、ライラはトランクを開いた。何でも出てくるとランクの隅から、紙とインクを取り出す。色は、赤かった。


「キオスより独立するとの誓約書を書きます。これがあれば薬術師の意思と証明されます。後は、遺書を」

「待て、それは困るぞ」

「大丈夫ですよ。薬術師は軍人と同じで、遺書は既に用意されていますし、検閲してくださって結構です」


 ライラは穏やかな笑顔を浮かべた。


 立ち尽くしたレイルだけを置いて、ガイアスは全員に下がるよう命じた。手段は強引で他に選択肢は与えない。けれど非情であるかと問われれば、それだけとも思えない。

 筆を走らす音と川の流れだけが響く。最後に血印で誓約書を締めた。


「ねえ、レイル。これは私の意思だけど、目的地が変わったからここまでにしよう。これ、護衛料ね。失格だなんて言ってたけど、そんなことない。本当にありがたかった。楽しかったし。私もうお金いらないから、お財布様もプラスしちゃう。ついでといっちゃなんだけど、どうにかしてこれをサキに渡してくれないかな。多分お城にいるから、無理そうだったら投げ込むとか兵士に投げつけるとか……聞いてる?」


 只でさえ整った顔から血の気と表情が失せ、その迫力にライラは笑みを引っ込めた。


「……あんたは、本当に、それでいいのか?」

「いいよ」


 さらりと返った返答に、憂いは一つもない。


「キオスも他の薬術師も関係しないのなら、医者のいない妖人を癒す為に散るのは致し方ない。それがサキだと止める。けど、これは私だけで完結できることだもの」

「薬術師だから、か?」

「そうよ」


 ライラはぶれない。院を卒業したその時から、否、きっとこの紋様を背負っていくと決めた時から、彼女は薬術師だった。

 だったら。レイルは唇を噛み切った。この遣る瀬無さは何だ。腹の底から沸き立ってくるものは憎悪と似ているのに、決定的に何かが違っている。ライラがそう決めて、散ると覚悟した。レイルには関係のない話だ。彼女がどう生きようと、死のうと。

 これが見たくないから、この柔らかな生き物から離れようとしたのだとようやく気づいた。逃げ出したのに結局見せつけられる。この優しい生き物は死ぬのだと。


「血が」


 伸ばされた手を一歩引くことで拒絶した。ライラはやはり、一寸驚いて笑うだけだ。

 渡された手紙に触るのも嫌だったのに、身体は勝手に受け取った。


「レイル、貴方と会えて楽しかった。本当よ。滅茶苦茶楽しかった」


 何の反応も返せない。能面のような顔を向けられても、ライラは笑っていた。傷だらけのまま、丁寧に整えられた髪が風に揺れる。


「ありがとう、レイル。どうか健やかで」


 細い枯れ枝のような指がひらひらと振られたのを最後に、ライラは一度も振り向かなかった。背の高い妖人に担ぎ上げられ、高く跳躍して森に消える。周囲を囲んでいた気配も、一つ、また一つと消えていく。

 律儀にライラとの約束を守るつもりなのだ。破ってくれれば、収拾のつかないこの感情を振りまいて戦えたのにと思う一方で、ライラを害す為に連れて行って、その上で破るなど許せなかった。


 最後に残ったのはガイアスと、奥に十人ほどだ。

 白髪で生まれるはずの妖人の髪が赤い。果実のような色をしていながら瞳は仄暗かった。


「レイル、ここにいるのは嫌だろうがお前の力は数多の妖人の救いになる。俺達と一緒に」


 ガイアスはそれ以上言葉を続けられなかった。川から唸るように気泡が上がり、石が燃える。風が木々を荒し、バチバチと不穏な音がそこかしらで上がり始めていた。


「…………失せろ」

「聞いてくれ、レイル!」


 背後に控えていた妖人が飛び出してきた。泡を食ってガイアスをレイルから引き離す。


「レイル、頼む! 誰かが動かねぇと妖人は滅びる。その為に犠牲は必要なんだ! 犠牲なしに済むはずがない! 俺は妖人の未来の礎になる。頼む、お前も協力してくれ。誰かが始めなきゃならねぇんだ。今がその時代なんだ!」


 その場にいた妖人は、生まれて初めて聞いた音に息を呑んだ。


「川が……燃えた…………」


 水を失って尚、絶えない炎の中をレイルは緩慢に歩き始めた。


「レイル!」

「消えろ。二度と、俺の前に現れるな」


 炎の壁は高くなり、やがて何も見えなくなった。






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