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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
「終わる世界の赤の竜」
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5話「少女の疑問と伝承竜」

諒兵が竜の群れと戦い始めるより少し前まで時間は遡る。


旧東京都江戸川区葛西臨海公園。

わずか一年ほど前までそう呼ばれていた場所は、今は竜の侵攻から日本を守る防衛線の一つとなっていた。

『多いな』と、三メートル程の大きさで、青い色の金属で覆われた竜が呟く。

姿かたちは、諒兵が変化した姿とそう変わらない。

ただ、その手には青い色の長い刃が握られていた。

この竜は、誠吾が通常戦うときの姿である。

そこに、似たような姿をしたこげ茶色の竜が声をかけてくる。

『隊長、戦闘準備は整ってるぞ』

こげ茶色の竜もまた、龍機兵だった。

『わかりました。最前線は成竜体で固めてください。半竜体の人たちは漏れた竜をできるだけ逃がさないようにお願いします』

その場には、一部のみ変化させているものや、全身が竜と化している者もいる。

龍機兵は全員が竜に変われるわけではない。

成長途上にある者は、身体の一部が変化するに留まる。

兵団では、それを半竜体と呼称している。

半分人で半分竜という意味だ。

成長途上にあるとはいえ、決して弱いわけではないが、変化できない部分は人より少し硬い程度なので、防御力はそれほどではない。

ただ、竜としての特殊能力をこのころから目覚めさせている者もいるため、古竜相手なら十分に戦えるのだ。

対して、全身が羽の生えた西洋のドラゴンに変化する者もいる。

正確にはかなり人間に近い立ち姿だが、足などは獣の構造に近い姿となる。

そういった者たちは成竜体と呼ばれる。

いきなり成竜体になる者もいれば、半竜体から成長する者もいて、そこまで力の差があるわけではない。

ゆえに、丈太郎も、そして隊長である誠吾も姿かたちで龍機兵を区別はしない。

単純に適材適所で指示しているに過ぎなかった。

なぜなら。

『伝承竜がいるみたいだな』

『はい。あれは『抱く者』。けっこうな大物です』

青い竜となっている誠吾が見据える先には、他の古竜とは比べ物にならないほど大きな竜がいた。

抱く者という意味を持つその竜の名は『ファフニール』

北欧やドイツの神話に出てくる竜で、黄金を抱え込んでいたという説から、この名がついたという。

『どうするんだ?』

『まだ距離があります。来るまでに古竜の群れを撃退できるなら全員で。間に合わなかったら僕が化身します』

『出し惜しみか?』

『長くは化身できませんからね。海水を操って群れを抑えますからできるだけ壊滅させるようにしてください』

『了解だ』

こげ茶色の竜、否、龍機兵はそう答えると誠吾の指示を他の龍機兵たちに伝える。

どうやら副隊長らしい。

雰囲気からして誠吾より年上なのだろう。

もっとも、誠吾は龍機兵としては若いので、誰に対しても敬語を使うようにしていた。

副隊長が離れていくのを見計らい、誠吾は呟く。

『僕たちはもう、竜を倒し続ける以外に生きる道がない。蛮場博士、貴方への恨みが消えることはありませんよ』

そうして、浅瀬に立った青き竜である誠吾は、海面を切り裂くように刃を一閃する。

その水飛沫は無数の刃と化して海面を疾走し、何十匹という古竜を切り裂く。

それが、開戦の合図となった。



時は戻り、龍機兵団詰所、訓練場。

竜に化身した鋼鉄の牛は、そのまま空を飛び体勢を整える。

さらにキシュァアッという奇声を響かせた。

『あ?』

と、その行動に諒兵が疑問を感じていると、唐突な地響きと共に地表がバックリと割れ、水が噴き出してきた。

「おめぇの火に対抗する気だな」

『何だよこりゃ?』

「『水喚び』だ。あいつぁ水の神としての側面も持ってっかんな」

具体的には、地下水脈を探り当て、そこに圧力をかけて地面を割り、水を噴き出させたのである。

とはいえ、辺り一面を覆った水は、今の諒兵のせいぜい膝くらいの高さしかない。

人間の平均身長でいえば腰くらいはあるだろうが。

『火を消してえから水か。わかりやすくていいじゃねえか』

「相性ぁよくねぇぞ?」

『この程度の水じゃ俺の火は消えねえ』

そう答えるなり、諒兵は翼を広げ、一気に飛び立った。

たいていの竜は基本的な能力として飛行能力を持つ。

飛べるのは敵だけではないということだ。

だが、その爪が敵を捉えたと思った瞬間、敵は竜から再び鋼鉄の牛に化身し、水飛沫を上げて大地に降り立った。

『ヴモオォォォォオォォォオッ!』

雄叫びを上げた鋼鉄の牛はそのまま突進を始める。

『芸がねえな』

例え足場が水に濡れていたとしても、今の身体であれば、簡単には吹き飛ばされない。

むしろ難易度は下がったと思う諒兵だったが、鋼鉄の牛の突進は更なる攻撃を見せた。

「分身か」

『チィッ!』

周囲を覆う水から鋼鉄の牛と同じ姿の分身が無数に現れ、本体同様に突進してきたのだ。

本体を止め、投げ飛ばしたといえど、分身が激突すればシェルター以外の詰所の建物は崩壊してしまう。

「ブレスは止めとけ。あの数を焼く威力だと周りの被害もでけぇ」

『チッ』と、丈太郎の言葉に舌打ちする。

だが、丈太郎の言葉は逆にいえば、他にも倒す手段があるということになる。

諒兵がそのことを理解していないはずがない。

まとめて倒すことができないのなら、一体ずつ潰せばいい。

『ガアァァァァァアアァアッ!』

叫び声を上げるや否や、諒兵の真っ赤な竜の腕から炎が噴き出した。

両腕の炎は火柱となり、水の分身を一体ずつ消し飛ばしていく。

そうしてすべての分身を消し飛ばした後、諒兵は突進する鋼鉄の牛の真下に突っ込み、両腕の爪で腹を引き裂くように掴んで投げ飛ばした。



ズズンッという轟音に、職員たちは不安そうな顔をして身を寄せ合う。

「冬子さん……」

「竜の中に特別なのがいる話は、蛮場から聞いてるね?」

「はい」

「あのガキとおんなじように、あの牛もその特別な竜なんだろうね。人を食うだけの小さめの竜とは違うんだ」

それを、龍機兵たちは伝承竜と呼んでいるという。

『青竜』の誠吾、『八岐大蛇』の丈太郎も、意味合いでいえば伝承竜ということができるという。

伝承に語られる力を持つ竜。

それは、ただ人を襲うだけの竜よりもはるかに恐ろしい。

「大丈夫なんですか?」

「……あのサイズならココは大丈夫だ。最悪でも蛮場のラボのほうが先に潰れる」

一瞬、沈黙した冬子は、そう答えた。

凛としては、諒兵が勝てるのかという意味で聞いたのだが、それに対しては答えていない。

実際にわからないか、もしくはここで話すことではないと考えたからだろう。

ちなみに、丈太郎はラボが潰れそうになるなら、間違いなく出張るという。

そうなったら、自分たちはこの場所を逃げ出す必要があるそうだが。

「蛮場さん、そんなに強いんですか?」

「正体はあの牛の数十倍のでかさの大蛇だそうだ。アタシゃ間近で見たくないね」

「うわお」

今、諒兵が戦っている鋼鉄の牛が十メートルはある。

その数十倍の大きさの蛇となると、さすがに鈴も間近で見たいとは思わない。

しかし、それほど大きいとは正直にいって想像していなかった鈴である。

「竜はでかいほど強いんだそうだ。アタシらから見たらどれも似たり寄ったりだけど、あいつらにしてみたらそのでかさは強さを測る物差しなんだとさ」

竜は人を、正確には血の通った生物を喰う。

それが力の源だと冬子は説明してくる。

そして、巨大な身体を維持するために金属をバリバリと喰うという。

「喰った分だけでかくなる。でかくなっただけ強くなる。それが竜だそうだよ」

「……まさか」

「龍機兵は普通の食物で竜の身体を維持できるんだとさ。ただ、鱗になる金属は何らかの方法で吸収してるらしいけどね」

さすがに、その方法までは知らないと冬子は肩をすくめた。

良かったと鈴は内心安堵する。

もし、龍機兵が竜同様に人を喰うのであれば、人を守っているとはとてもいえないからだ。

普通の食物で身体を維持できるのなら、少なくとも諒兵は人を殺したことはないのだろう。

ならば、いったい何が龍機兵に竜の力を与えたのか、非常に気になる。

丈太郎は龍機兵になるための丸薬を精製しているといっていたが、その原料については何も説明していない。

何が、人を竜に変えているのか、鈴は気になって仕方がなかった。



諒兵の爪を受けた鋼鉄の牛の身体は、ところどころ金属の鱗がめくれ、真っ赤な中身が見えていた。

『チィッ、タフな野郎だぜ』

「でかさに見合った力ぁあるってこった」

諒兵がそう愚痴をこぼすのも無理はない。

コレだけ攻撃を受け、身体も傍目にはボロボロに見えるのに、その突進力はいささかの衰えもないのだ。

同じ攻撃を何度も繰り返すという芸のない戦闘ではあるが、それだけに苛立ってしまう。

『ウモオォォォォォォォォッ!』

『バカの一つ覚えは見飽きてんだよッ!』

再び突進してくる鋼鉄の牛と水でできた分身たち。

『何ッ?!』

しかし、今度は違った。

水でできた分身たちが一斉に諒兵に向かって突進してくる。

ならば、まとめて消し飛ばすと諒兵は腕からさらに大きな炎を噴き出した。

その炎が、一体の分身を消した直後。

『ぬあッ?!』

残る分身がまとめて諒兵に襲いかかり、自身の中に閉じ込める。

それが目的だったと、喰らって始めて気づいた諒兵。

『グボァッ!』

口から、空気がこぼれ出てしまう。

鋼鉄の牛は、何度突進しても止められることから、諒兵自身を水の檻で閉じ込めることを考えたのだ。

数秒間であろうと動きさえ止めてしまえば、その突進力で諒兵を砕けると考えたのだろう。

地を何度も蹴り、力を溜め、鋼鉄の牛はその角を諒兵に向けて構える。

『クソがッ!』

「諒兵、おめぇの後ろにゃぁシェルターがあんぞ。音ぇ上げんなら俺が止めてやらぁ」

丈太郎の言葉を聞いたとたん、シェルターの中にいるはずの鈴の姿が思い浮かぶ。

鈴は人間だ。

でも、バケモノの自分の手を取ってくれた。

同類の龍機兵たちにすら、そう扱われる自分の手を。

『ふっ、ざっ、けんっ、なァァアァァアッ!』

そう叫んだ直後、大きく開かれた顎の周りの水が、一気に蒸発していく。

『ヴゥモオォオオォォォオオオォォォッ!』

対して、鋼鉄の牛は諒兵目指して一気に駆け出した。

まるで大型トレーラーが疾走しているような轟音を響かせて。

だが。


『グルァァアァアアァアアァァアアァァッ!』


赤い血の色の竜、諒兵が大きく開けた顎から、腕から放たれていたものとは比べ物にならないほどの大きな炎が吐き出された。


ブレス。


西洋の竜、ドラゴンの伝承に多いのが竜の息、ドラゴンブレスだ。

代表的な炎のブレス以外にも様々なものがあるというが、一般的にはゲームが一番馴染みが深いだろう。

その力は、驚くべきことにすべての竜の標準装備であると同時に切り札でもあった。

竜は大きいほど強いと前述しているが、当然、ある部分も大きくなる。

口というか顎である。

巨大な顎から放たれるブレスは、ほとんど自然災害と変わらないという。

ゆえに、大きいほど強いのである。

だが、諒兵はそれを無視して、今の三メートルほどの体躯でも強大な炎のブレスを吐くことができた。

それだけに。


『ーーーーーーーーーーーーーーッ!』


強大な炎に飲み込まれた鋼鉄の牛は断末魔を上げる暇さえ与えられず、その身体を爆発四散させていた。



旧葛西臨海公園。

身体を半壊させた伝承竜ファフニールは、これ以上の侵攻は難しいと判断したのか、反転して海の彼方へと向かっていった。

半壊させてなお、二十メートル以上あるその体躯は脅威以外の何物でもないが、とりあえず上陸を防ぐことができたのは僥倖であろう。

「隊長、無事か?」

「何とか。さすがに強力な伝承竜ですね。お腹が空きましたよ」

そう答えた誠吾は、人間の姿に戻り、苦笑いを浮かべている。

声をかけてきたのは、両腕がこげ茶色の竜の腕となっている三十代くらいのひげ面の男だった。

彼も同様に苦笑いを浮かべている。

「全員腹ペコだ。血が足りん」

「抱く者に引きずられて、古竜も引き換えしてますから、少し休めます。それから詰所に戻りましょう」

そう答えた誠吾がどかっと尻餅をつくように座り込むと、他の龍機兵たちも同様に腰を下ろす。

そこに、後方支援を担当していた龍機兵の一人が駆け寄ってきた。

「隊長っ、蛮場博士から連絡があったっすッ!」

「何です?」

「詰所が別働隊に襲われていたそうっすッ!」

「何ッ!」と、副隊長が驚きの声を上げる。

「被害は?」と、逆に誠吾は冷静な声で伝令役の龍機兵を問い質した。

「あのガキ『赤の竜』が撃退したとか。名無しですが伝承竜もいたらしいんすけど……」

「名無しの伝承竜?」と、首を傾げる服隊長に、誠吾が納得したような表情で説明を始めた。

「英雄伝承の敵対者としての竜の中には、明確に名がついていない者もいるようですよ。やられ役ですからね。もっとも伝承の中に語られてますから、力はそれなりにあるはずです」

感心したような表情をする伝令役と納得した様子で肯く副隊長。

そんな二人に再び苦笑いを見せる誠吾。

「それで、『彼』は?」

「今は休んでるみたいっす」

「それなら良かった」

そういって安堵の息をつく誠吾に、副隊長は訝しげな視線を送る。

「隊長は、あの小僧を嫌っていないのか?」

「貴方はどうなんです?」

「まあ、見たままのガキだからな」

生意気なのは癇に障るが、いきがっている子どもだと思えば可愛いものだという。

「俺はイヤっすよ。あんな危ないガキ。さっさと始末すりゃいい」

「それを言ったら僕たちも同じです。『彼』が呑まれない限りは仲間と思うべきですよ。呑まれてしまったら容赦できませんけどね」

「無茶をいうな」と、副隊長は呆れ顔になる。

「副長の言うとおりっすよ。あいつは俺たちにとっても『敵』なんだ。仲良くできるわけねえっす」

伝令役の言葉を否定しない辺り、副隊長も近い気持ちがあるのだろう。

だが、まだ少年といえる諒兵自身を嫌うのは誠吾には躊躇われる。

ただ、諒兵が手に入れてしまった力が、あまりに危険すぎる。

その点は理解できるので、誠吾も伝令役の言葉を否定はできない。

ゆえに、誠吾はときどき試すように諒兵に刃を向ける。

諒兵が呑まれてしまったとき、確実に殺せるように。

切っ先を向けた先にいる、甘い自分を斬り捨てるために。

「嫌な役だな……」

「はい?」

「独り言です」

ごまかすように笑う誠吾に、伝令役は首を傾げるだけだったが、副隊長は何か感づいているような雰囲気で、ため息をつくのだった。






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