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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
「終わる世界の赤の竜」
4/94

4話「見つめる少女と竜の群れ」

その日は朝から慌しかった。

「鈴、控え室から出るんじゃないよ」

「冬子さん?」

「竜の群れだ。戦闘部隊の防衛線から漏れた連中が詰所に来てる」

「大丈夫なんですかッ?」

「だから、出るんじゃないよ」

答えにならない答えを告げると、冬子は職員全員を控え室に集め、カギをかける。

さらに壁につけられたコントロールパネルを開き、テンキーに暗証番号を入力した。

ガシャンッと、重々しい音を響かせて、ドアの向こうに分厚い鉄板が下りる。

控え室は緊急時に職員のシェルターとなるように設計されていた。

構造上、食堂と控え室は地上一階にある。

その天井と四方は竜の攻撃に耐えられるように設計されているのだと冬子は説明してくれた。

「外の様子が見たかったら、そっちのモニターにしときな。まあ、窓も塞いでるから他の方法じゃ見られないけどね」

見たかったら外に出るしかない。

しかし、扉を開けたかったら先ほどのテンキーに暗証番号を打ち込めばいいだけなので、鈴でも操作できないわけではない。

ただ、鈴は暗証番号を知らなかったし、普通は責任者だけが覚えているものではないのだろうかと思う。

「冬子さんしか知らないんじゃないの?」

「暗証番号は職員全員が知ってるんだよ。あんたにも教えとかなきゃならないんだ」

竜の攻撃に耐えられるように作ってあるとはいえ、それはあくまで現在襲撃しているレベルの竜を基準にしている。

だが、それ以上の力を持つ竜であれば攻撃が貫通しないとは言い切れない。

仮に、冬子だけが暗証番号を知っているとして、強力な竜の攻撃で冬子が死んだらどうなるか。

身を守るための城塞であるはずのシェルターが、逃げ場のない檻と化してしまう。

「だから、全員知ってるんだ。番号はこれだよ」

そういって、冬子は鈴に暗証番号を教えてくる。

誰でも覚えやすいように語呂合わせになっていた。

「ありがとうございます……」

「とにかく、出るんじゃないよ。よっぽどの攻撃じゃない限り、ここは安全だからね」

そう告げると、冬子は他の職員と一緒に震えていた夏樹の元に寄り添い、声をかけてあげていた。

それ以外の者たちは思い思いに暇を潰している。

鈴は、数人が集まっているモニターのところへと行くことにした。

戦闘部隊は別の竜の群れを相手にしていて、今、詰所にはいない。

だが、諒兵が戦闘部隊だとは聞いたことがない。

しかも、自分を助けたとき諒兵は一人で飛んできた。

ならば、今戦うのは『八岐大蛇』だという丈太郎か、諒兵しか考えられない。

(外の様子、見られるかな……)

そんなことを思いながら、鈴はモニターの映像に視線を向けた。



兵団詰所には訓練場がある。

まだ竜の力に慣れていない龍機兵が訓練をするための場所だ。

とはいえ、振るうのが人類にとっての脅威である竜の力であるため、とにかく頑丈に作ってあった。

そこに、今、諒兵が一人で立っていた。

「誘導できてんのか?」

「もうすぐ群れがそっちに行く。五十匹ぐれぇだ。行けるか?」

「問題ねえ」

諒兵の言葉に答えたのは、近くに浮かぶ蛇の頭だった。

ヒュドラヘッド。

『八岐大蛇』である丈太郎の頭の一つだ。

丈太郎自身の分身であり、ある方法で丈太郎とつながっているため、通信機の代わりとして使われていた。

「ただの古竜だろ」

「気ぃ抜くな。古竜でも力ぁあんだかんな」

「わかってる」

そういって徐々に見えてきた竜の群れを、諒兵は睨みつける。

古竜とは、人を襲う竜の中でも多数を占める『ただ』の竜だ。

しかし、龍機兵の中には伝説に語られるような竜の力を顕現できた者がいる。

実のところ、それは人を襲う竜も同じだった。


伝承竜。


伝説に語られる力を持つ竜。

そういった竜は、ただの獣のような竜と違い、凄まじい力を持っている。

その点を考えるなら、古竜の群れは野獣の群れのようなものだ。

爪や牙で引き裂き人を喰らうだけの存在だ。

もっとも食らうのは人だけというわけではなく、血の通った生物ならば何でもいいらしい。

犠牲になっているのは、人だけではなく動物たちも同じだった。

しかし、自分が死ぬかもしれない状況で他者の心配ができるほど人は強くない。

むしろ、他の動物と同様に喰われる立場になったことを同レベルに貶められたと嘆く人のほうが多かった。

「何だろうが全部潰す。それだけだ」

諒兵は人を守るために戦っているわけではない。

ただ、人を喰らう竜を許せない。それだけだ。

だが、そこでふと思いついた顔があった。

「あいつはどうしてる?」

「鈴川か?」

「ああ」

「あの娘っこならちゃんとシェルターん中にいらぁな」

「ならいい」

バケモノである自分の手を平然と取った少女。

諒兵は何となくだが、人というより、鈴が喰われる姿を想像したくなかった。

「気合い入れてくぜ」

「そうしとけ」

諒兵の両脚と右腕が竜と化す。

そして、迫りくる竜の群れに単身突っ込んでいった。



鈴は、モニターに映る諒兵の姿に戦慄した。

右腕と両脚は、襲ってくる竜と変わらないが、他はほぼ生身だとしか思えないからだ。

にもかかわらず。

「すごい……」

「うちの龍機兵でもあれだけ戦えるのは四、五人くらいらしいわ」

と、隣で見ていた職員の女性が説明してくる。

『うちの』というのは、龍機兵の軍隊は日本だけにあるわけではないからだ。

アジア、アメリカ、ヨーロッパなど決して数は多くはないが、龍機兵の軍隊がある。

日本では、丈太郎が責任者を務める龍機兵団がそれに当たる。

だが、その中でも四、五人ということは、諒兵は日本でもトップクラス、世界でも高いレベルの実力があるということだ。

そのことを示すように、画面の向こうでは群れに突っ込んだ諒兵が振るった爪により竜の一匹が引き裂かれている。

蹴り上げた脚は、別の竜の身体をバラバラに砕いた。

鈴と出会ったときの姿にならなくてもこれだけの実力があるというのなら、あの姿になったら一体どれほど強いのだろうと鈴は思う。

ただ、それでも。

「何だか、辛そう……」

「えっ?」

「あっ、いえ、何となくそう思っただけです」

鈴には諒兵が戦う姿が辛そうに見えた。

もうそれ以外に生き方を見つけ出せないとでもいうような、まるで死に場所を求めているような戦い方に見えた。

だからこそ気づく。

(諒兵は、自分が仲間にも敵視される理由を理解してる……)

ただ知っているというだけではなく、そのことに対し諒兵自身が納得しているのだろう。

だからこそ、抗うような戦い方ではなく、敵を巻き添えにして自滅するような戦い方をしているのだ。

竜に対する敵意、憎悪が、諒兵の戦いの原動力なのかもしれないと鈴は思う。

そんな諒兵に『守られていること』が鈴は辛かった。

まるで、身勝手に利用しているように思えるからだ。

「大丈夫そうだな」と、誰かが安堵の息と共に呟く。

自分たちを守ってくれる諒兵に感謝しているというニュアンスではない。

竜同士が勝手に殺し合いをしているとでも思っているのだろう。

それで助かって本当に嬉しいだろうか。

どんな理由であるにせよ、諒兵は人として戦っていると鈴には思える。

だからこそ『守られているだけ』なのが辛い。

胸が痛くてたまらなくて、鈴は思わず胸を抑えていた。



大きな顎を開いて迫る竜の口内に諒兵は右腕を突っ込んだ。

「ウラァッ!」

と、奇声ともつかない掛け声を発し、そのまま金属でできた身体を引き裂く。

後ろから迫る竜に対しては、空中二段回し蹴り、すなわち旋風脚をお見舞いして、頭をかち割った。

「後十匹だ」

「ケッ、準備運動にもならねえな」

ヒュドラヘッドから聞こえる丈太郎の言葉にそう答える。

「そんくれぇのハンデは気になんねぇか」

「楽勝だ」

そう答えつつ、身体を捻り、ボクシングのスマッシュの要領で竜の身体を脇腹から引き裂いた。

強がっていないわけではないが、少なくとも獣のような数だけで押してくる古竜の群れ相手に負けることはない。

その証拠に、もはや辺りは真っ赤だ。

諒兵が倒した竜が流した赤い血が、まるでため池のようになっている。

金属でできた竜の屍骸が転がる真っ赤なため池。

血の池地獄とはこんな様相だろう。

「『龍玉』は落ちてるか?」

「いや、飛んでった。また身体作ってくるんだろ?」

「あぁ。竜ってなぁそういうもんだかんな。もし落ちてたら拾っとけ。俺が隔離しとかにゃぁならねぇ」

「わかってる。流れた『竜の血』は焼いとくぜ?」

「そうしてくれりゃぁ、俺ぁ楽でいい」

いささか不可解な会話をする諒兵と丈太郎。


『龍玉』、そして『竜の血』


それが何か特別なモノであることは、二人の会話から十二分に推察できる。

もっとも、このことをこの場で明かす気はないらしく、二人の会話は最後の一匹を始末する前に終わった。



その様子をモニターを通してみていた鈴はホッと安堵の息をついた。

(良かった。無事で……)

五十匹ほどの竜の群れを相手に、ほぼ無傷で倒しきった力は恐れるべきものだろう。

だが、鈴にとっては諒兵がケガをせずにすんだことのほうが大事なことだと感じられた。

とはいえ、モニターの向こうは竜が流した血と屍骸で真っ赤だ。

さすがに顔を顰めてしまう。

「あれ、掃除大変そうですね」

苦笑しながら鈴が問いかけると、いつの間に近くに来ていたのか、冬子が説明してきた。

「あれはアタシらが掃除するんじゃないよ。あのガキか、龍機兵たちがやってるんだ」

「えっ?」

「蛮場が作ってる武器の原料は竜の金属の身体を使うらしいからね」

「そうなんですかっ?!」

「そうらしいよ。詳しくは知んないけどね」

竜の身体から一体どんな武器が出来るのだろうと鈴は首を傾げる。

もっとも、龍機兵になる方法自体、かなりのオーバーテクノロジーだ。

それを作ったという丈太郎なら使い道もわかるのだろう。

それに、気になるのは竜の屍骸から流れた大量の赤い血だ。

「あれも掃除してくれるんですか?」

「ああ。言っとくけど、竜が流した血は猛毒だかんね」

「えぇッ?!」

「蛮場にそう言われてんだよ。目や傷口に入ったり、飲んじゃったりしたら大変なことになるとさ」

「諒兵大丈夫なのッ?!」

「龍機兵はあの血に耐性があるんだとさ。だから……」

言葉を続けようとした冬子だが、唐突に響いたドォンッという轟音と、凄まじい揺れに思わず驚く。

それは鈴を含め、シェルターの中にいた者たち全員が同じだった。



いきなり弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた諒兵は舌打ちしながら瓦礫を蹴り飛ばして起き上がる。

「五十匹じゃなかったのかよ」

「五十匹『ぐれぇ』だ」

しれっと答える丈太郎を割りと本気で殴りたくなる諒兵だった。

そして眼前で猛る敵を見据える。実に十メートル近い大きさを持っていた。

ただ。

「クソ兄貴。何だあのステーキにするにゃ異常に硬そうな牛は。あれも竜とか言わねえだろうな」

「いんや、間違ぇなく竜だ」

「おいドアホ」

「中国、四川省の英雄伝説に『李冰』ってのがいる。ありゃぁ、その伝説に出てくる河で水害を起こした悪竜だ」

そうメジャーというわけでもないが、伝承として残っている。

中国がまだ秦と呼ばれていた時代の蜀の太守の伝説で、水害を起こす竜を退治したという伝説である。

その際、竜が変身したのが牛の姿だといわれている。

あくまで一説だが、英雄が戦うために化身した牛の姿を真似たという。

「マジで竜なのかよ」

「大マジだ。気合い入れろ。あいつぁ名前はねぇが化身する能力を持つシェンロン型の伝承竜だ。他の雑魚とぁわけが違うぞ」

「ケッ、手応えあるんならいい。何だろうが潰すだけだ」

丈太郎の言葉にそう答えた諒兵は、突進してきた鋼鉄の牛の角を左腕も竜化させて受け止めた。

「グゥオォオオォオオオッ!」

「ウモォォォォォォッ!」

雄叫びを上げて踏ん張る諒兵に対し、鋼鉄の牛も雄叫びを上げる。

だが、突進をただ止めるほど諒兵は愚かではない。

まっすぐにしか進めないのなら、少し力の方向を逸らしてやればいいのだ。

「ウォラァッ!」

気合いと共に鋼鉄の牛の首を捻るようにして投げ飛ばす。

その場に凄まじい轟音が響き渡ると共に、鋼鉄の牛はあっさりと横倒しになった。

「トドメだ」

即座に頭を潰そうと右腕を振りかぶる。

だが、寸前、鋼鉄の牛は化身した。

絵画などで見られる蛇のように細長く、四本の脚を持ち、大きな顎と長い角を持った、日本や中国でよく知られる『龍』の姿だ。

それこそが竜のうちの一種でシェンロン型と呼ばれる。

シェンロンとは中国語の『神の龍』という意味である。

「そういや、化身すんだっけな」

そういって諒兵はにやりと笑う。そんな諒兵に丈太郎が声をかけてきた。

「加勢がいるか?」

「いらねえ。この程度のヤツにゃ殺されねえよ。俺の火で焼き殺す」

「ウェルダンにしとけ」

「炭になるまで燃やしてやらあ」

そういって獰猛な笑みを見せた諒兵の全身が、一気に変わり始めた。



傍で一緒に見ていた冬子が告げてくる。

「よく見ときな鈴、アレがあのガキの正体だ」

モニターの向こうにいる諒兵の姿が変わる。

顔や身体から血のように赤い金属の鱗が生え、全身を覆っていく。

そして。


グォァアァァアァァァァァアアアッ!


雄叫び共に、諒兵は三メートルはあろうかという真っ赤な血の色の竜になった。

西洋のドラゴンというのが一番近いだろう。

背に大きな翼を背負い、両腕両脚には先ほどよりもはるかに禍々しく凶悪な爪がある。

また長い尻尾の先も凶悪な刃が備わっていた。

さらに長い牙が見え隠れする顎からは、うっすらと炎が出ているのが見える。

「あのガキの本性は炎を操る赤い竜だ」

「赤の……竜……」

「ああ。龍機兵たちはそう呼んでる。何のことかは知んないけど、あれはいいもんじゃない。それだけは間違いない」

さらに驚くことに、諒兵のあの姿は完全体というわけではないらしいと冬子は告げてきた。

「あれでもおっかないのに、アレよりもっとすごいバケモンになるっていうんだ。鈴、あいつらのことをアタシらと同じ人間だと思っちゃダメなんだよ」

冬子の言葉には、何故か痛みがあるのを鈴は感じ取る。

何か、思うところがあるのかもしれない。

それでも鈴はあの姿を嫌いにはなれなかった。

むしろ、どうしようもないくらいに心惹かれてしまう。

(だって、泣いてるみたいなんだもん……)

孤独に戦っていた先ほどよりも、さらに深い悲しみを、その姿に感じるからだった。






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