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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
「終わる世界の赤の竜」
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2話「人と少女と龍機兵」

鈴はぽつんと一人取り残されていた。

諒兵は食堂の目の前まで案内すると、あっさりと踵を返したからだ。

曰く。


「飯時以外、用はねえしな」


とのことである。

そうはいっても、いきなり取り残されれば誰だって不安になる。

「せめてここの女将さんって人に紹介してくれてもいいじゃないの」

ぷくーっと頬を膨らませる鈴だったが、いつまでも立ちっぱなしというわけにもいかないので、仕方なく入り口の扉を開ける。

すると、中にいた者たちほとんどの視線が集まった。

確かに女ばかりだ。

その中で、背を向けて内線らしき電話に出ている女性がいるのに気づく。

「あいよ。まあ、人手が足らないのは確かだし、手伝ってもらうさ」

そんな言葉が聞こえてきた。

雰囲気からして、あの人が女将ではないかと感じた鈴は電話が終わるのを待つ。

その後、二、三回肯いたその女性は受話器を置いた。

すると中にいた女の一人が声をかける。

「浅海さん、来たわよ」

「ああ。早かったね。あんたがココに居たいって娘かい?」

「あっ、はい」

振り向いて声をかけてきたその女性に、素直に返事を返す。

かなりフランクな話し方をするが、見た目は二十代半ばくらいのけっこうな美女だった。

いくらか癖のある黒髪を長く伸ばしており、服装を気にすれば誰もが振り向くレベルだ。スタイルもいい。

一部、ボロ負けしているところ。ぶっちゃけ女性の胸を見て、少し落ち込みたくなったのは余談である。

鈴はスレンダーなのだ。

決して貧乳ではない。そこを間違えてはならない。

ちなみに鈴も髪は長い。

ライトブラウンの髪を両サイドでツインテールにしており、可愛らしいという表現であればぴったりはまるだろう。

特に胸が。

それはともかく。

「アタシがココの責任者で、浅海っていうんだ。よろしくね」

「あっ、鈴川鈴です。鈴でいいです。よろしくお願いします。すっ、素敵な名前ですね」

ぶっちゃけ他に褒めるところはたくさんありそうだが、外見に関しては褒めると落ち込みそうになるので避けた鈴だった。

「名前って、ああ、アタシゃ浅海冬子あさみ ふゆこっていうんだよ。浅海は苗字だよ」

「あっ、すいませんっ!」

「気にしないでいいよ」と、そういって冬子は笑った。

とりあえず、まだ食事までには時間があるらしい。

のんびり仕込みをしているところだから忙しくないといい、冬子は鈴にお茶を勧めてくる。

「食事時は忙しいからね。今のうちに慣れてくれるとありがたいんだよ」

「あ、ありがとうございます」

確かに、少し緊張している自分に気づく。

人見知りというわけではないが、馴れ馴れしいわけでもない鈴としてはこういった時間を作ってくれるのは本当にありがたかった。


自己紹介を終えた鈴に、同情する声は思ったほど多くない。

この場にいる人間の大半はほぼ同じ境遇だからだ。

「冬子さんもですか?」

「まあね。おいで夏樹」

と、冬子が声をかけると、まだ幼いといえるような年頃の男の子が近寄って抱きつく。

「アタシゃ独り身だったんだけどね」

「じゃあ、その子は?」

「姉さんの子さ」

姉の子を妹の冬子が面倒を見ている。

それだけで夏樹と呼ばれた少年の境遇が理解できる。

鈴と同じ境遇になってしまったのだろう。

「行く宛てもないし、ちょっと料理ができる程度だから、居住区で働くのも無理。だからココにきたのさ」

マトモな料理人が、竜と戦う最前線に位置する兵団詰所まで来てくれる理由はない。

だから、とりあえず食べられるものが作れればいいということでこの場所にきた。

「給料はちゃんと貰ってんだよ。三食寝床付きって考えれば、いい働き口さ。ただ……」

「ただ?」

「この子は居住区の施設に入れるつもりで働いてんだけど、離れてくれなくてね」

「ああ」と、鈴は納得したような声を漏らす。

自分が諒兵についてきたのと似たような理由でこの少年は冬子にくっついているのだろう。

そう思うと、親近感が湧いてくる。

「他の人たちも同じなんですか?」

顔を向けて他の女たちに尋ねると、一様に肯いた。

そのうちの一人が口を開く。

「誰も好き好んでこんな所に来たりしないわ」

「えっ?」

思わず驚きの声が漏れる。

特に気にされることはなかったが、そのせいか、却ってその言葉の真意が気になる鈴だった。

「ココにいる男の人って、竜と戦ってくれてるんでしょ?」

「ああ、そうだね」と、そう答えたのは冬子。

「それって、すごくありがたいことじゃないんですか?」

「それは、昔なら普通かもしれないけど、今は普通じゃないよ」

「何でっ?!」

「ココに『棲』んでる連中は、化け物と変わらないんだよ」

竜と戦うためには、竜と同じ力を持つことが一番手っ取り早い。

それはすなわち、竜に成るということだ。

「あんた見たことあるのかい?ココの連中が竜に変わるところを」

「えっと、逆なら……」

血のように赤い色の竜だった諒兵が、人の姿に戻るところは見ているので、知らないということはない。

「それなら、あいつらがアタシらとはもう違うってことはわからないかい?」

「違う?」

「あいつらは竜と戦うために人であることを捨てた連中だ。アタシらにしてみりゃ、人に化けて人の言葉を離せる竜っていったほうが正しい」

姿かたちが人に戻れるとはいえ、本質的には竜と変わらないと冬子は説明する。

それは人である自分が感じてしまう恐怖かもしれない。

それでも。

「あいつら自身が言ってるんだ。自分たちは人間の姿に擬態してるだけだってね」

「擬態……」

人間に化けられる竜。

それが『龍機兵』なのだと冬子は語る。

だが、それは彼ら自身が自覚していることでもあると。

「鈴っつったっけ。あんた、入れ込むのはやめときな。不幸になるだけだよ」

鈴の様子を見て、なんとなく察したのだろう。

冬子はそういって嗜める。

だが。

「だって、諒兵、私のこと助けてくれたんだもん……」

鈴は冬子の言葉に反論するように呟く。

しかし、その呟きに含まれた名前を聞いたとたん、冬子はさらに真剣な表情になる。

「あんたが気にしてるのはあのガキか」

「えっ?」

「なおさらやめときな。あいつは何でか知らないけど、お仲間にも避けられてる。間違いなく普通じゃない」

「どういうこと?」と問いただす前に、アラームが鳴る。

これから本格的な仕込みと食事の支度が始まるので忙しくなると冬子はムリヤリ話を終わらせてしまう。

だから、鈴は聞きたいことを聞くことが出来なかった。



厨房は戦場だとはよく言ったものだ。

鈴はそんなことを考えてしまう。

次から次へと食事を作り続けなければならず、食事時の厨房はまさに目の回るような忙しさだった。

「しょうが焼き五皿上がったよッ!ご飯はッ?!」

「十合炊けましたッ!」

「すぐによそっとくれッ!鈴ッ、野菜炒めはッ!」

「三皿できましたッ!」

「あと五皿頼むよッ!」

「はいッ!」

もともと鈴は定食屋の娘だ。

厨房に立って手伝ったことも一度や二度じゃない。

ゆえに料理は人並み以上にできるし、こういったスピード勝負の厨房でも十分に対応できる。

それだけに、食堂で食事している男たちのこともたまに見ることが出来た。

その中に、隅のほうで一人で食事している諒兵の姿があった。

あからさまというほどではないが、その周囲と距離がある。

中のいい者たちで集まっているのが普通で、諒兵以外にも一人で食事している者もいる。

ただ、それでも諒兵だけは他の者たちと距離があり、鈴にはまるで間に壁があるように見えた。

しばらくして、ほとんどの食事が終わると、厨房も忙しくなくなってくる。

もっとも皿洗いなどがあるので、すぐに仕事が終わるわけではないが。

余裕の出来た鈴がチラッと食堂に目を向けると、諒兵の姿はなかった。

(まあ、声かけられても返事できなかったと思うけど……)

頭で理解はしているものの、できればこっちの様子を見るくらいはしてくれてもいいんじゃないかと勝手に思ってしまう。

それでも、自分より長くここにいるはずの諒兵が、自分より孤独そうに見えたことが気になって仕方がなかった。



その頃。

当の諒兵は廊下を自室に向かって歩いていた。

このあと、特に訓練などがあるわけでもないので、自室で休もうと思っていた。

ただ。

「上手くやれてんじゃねえか」

厨房で忙しなく働く鈴の様子を見て、声をかけたところで意味がないとそのまま食堂を出てきたのだ。

あの様子なら居住区の施設でも上手くやれたろうと思うが、ここの人間と仲良くできるというのなら、それもいい。

諒兵は、これ以上、鈴にかかわる気はなかった。

人間と龍機兵に絆など無用だ。

自分たちは竜と戦うために人であることを捨てたのだから。

「おい」

「あ?」

「時間をずらすとか、少しは気を遣え。飯が不味くなる」

声をかけてきたのは、さっきの食堂にいた男の一人だ。

ときどきしかめっ面を向けてきたので、気にされているのはわかっていたが、食事の時間帯はずらせないので仕方がない。

「これでも気を遣って隅のほうで食ってんだ。あんた、食堂の隅々まで気にしてんのかよ。細っけえな」

「ガキが」

そういうなり、その男の両腕が緑色の金属で出来た竜の腕と化す。

「チッ!」と、舌打ちした諒兵はガイィンッという金属音を響かせ、襲いかかってくる男の両腕を蹴り飛ばした。

諒兵の両脚が血のような赤い色をした竜の脚と化している。

どちらもやる気を見せるかのように、腰を落とし、一気に突撃できるように身構える。

だが。


「やめないかッ!」


そこに、良く通る青年の声が響いた。

美形というより、生真面目そうな顔つきのまだ二十歳くらいの青年だった。

「隊長か」

そう呟いたのは襲いかかってきた男のほうだった。

隊長と呼ばれた青年は、厳しい表情を崩さず、つかつかと歩み寄ってくる。

「僕たちは、今のところは協力すべき仲間だ。竜に対抗できる戦力を減らすような行為は慎んでくれ」

その言葉に男があっさりと従うあたり、青年がそれなりに権力のある人間だと理解できる。

去っていく男を眺めながら、諒兵は両脚の竜化を解いた。

「目を行き届かせるのは難しいな。すまない、日野君」

「別に。あんたのせいじゃねえだろ、井波の旦那」

そう声をかけて諒兵は青年のほうに顔を向ける。


井波、『井波誠吾いなみ せいご


それが場を収めた、隊長と呼ばれる青年の名前だ。

先ほどの男より年は下だが隊長と呼ばれる地位にある。

「とりあえず礼は言っとくぜ。ありがとよ」

そういって諒兵は誠吾と擦れ違い、自室へと向かう。

ある程度、二人の距離が離れたところで、ギィンッという金属音が響いた。

諒兵の右腕が竜の腕と化し、海を思わせるような青い金属の刃を止めていた。

それを握るのは同様に青い竜の右腕。

その持ち主は。

「あの野郎とは殺気が段違いだぜ、井波の旦那」

誠吾である。

青い竜の腕と青い刃。

たった今、誠吾が作り出したものだ。

誠吾はふうと一息つくと、刃を消し、右腕の竜化を解く。

「君はまだ『日野君』のままのようだね。安心したよ」

「生憎、まだ俺のままだ」

諒兵がそう答えると、誠吾は感情が消えたような無表情になった。

「アレが、『赤の竜』が顕現したとき、倒すのは蛮場博士の役目だ」

「ああ」

「だが、場所によってはすぐに来れないときもある。そのとき始末をつけるのは僕になる」

「だろうな。『青竜』のあんたくらいだろ。日本でヤツを止められるのは」


『青竜』


伝承における四神の一。

東を守護するという伝承を持つ竜だ。

誠吾は龍機兵となってから、自らを鍛えぬくことで、伝説に語られる竜の力を顕すことができるようになっていた。

龍機兵の中には、同等の力を持つものも複数いる。

諒兵が兄貴と呼ぶ丈太郎もその一人だった。

「できればまだ少年といえる君に刃を向けたくはない。気を抜かないでくれるとありがたいよ」

「わかってるさ」

そう答えると、諒兵は誠吾に背を向け、再び歩きだす。

そんな自分に冷たい視線を向けている誠吾を無視したまま。



そんな光景を、鈴は驚愕の眼差しで見つめていた。

食事の時間が終わり、一息つくことができるようになったので、せっかくだからと諒兵を追いかけてきていたのだ。

鈴は、諒兵が食堂にいた男とケンカになりそうになったところからすべて見てしまっていた。

ケンカというには、あまりにも凄まじい力を振り回しそうになっていたが。

それはともかく。

驚いたのは、男とケンカになりそうなところではなく、一見すると真面目そうな青年が、本物の殺気を諒兵に向けていたところだった。

その後の会話が意味するものは鈴にはわからない。

さすがに青竜くらいは知っているが。

ただ、その雰囲気から、仲間に避けられているというレベルではないと鈴は思う。

明らかに敵視されていた。

何故、諒兵のことを、仲間であるはずの龍機兵たちが敵視するのか。

竜の力をもって竜を倒す男たち。

諒兵は、まだ年齢は若いが、同じ龍機兵であり仲間であるはずだ。

だが、隊長と呼ばれた青年が発したのは、竜に、バケモノに向ける殺気だ。

そんな殺気を諒兵に向ける理由が、鈴にはわからない。

「なんでなの……?」

だから、口から出たのはそんな呟きだった。






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