2話「五竜と白の少女と紅の少女」
アーサーが特別会議室の自分の席に座ると、声がかけられた。
「遅ぇぞ。そっちで何か問題あったんか?」
見れば丈太郎は既に席についており、随分待っていたらしく訝しげな表情を見せた。
とはいえ、アーサーは別に遅かったわけではない。
「急に呼びかけられても、すぐには来れん。十分急いだつもりだが?」
そう答えたアーサーを擁護するかのように、野太い声が響く。
「アーサーの言うとおりだぜバン。人がいい気分で寝てるとこ叩き起こしやがって」
くすんだ金髪の中年でロシア人の大男、ローベルトが大あくびを見せながら、丈太郎に文句を言ってくる。
実際、寝起きらしい。
「叩き起こしたのぁおめぇんとこの連絡役だろぉが。会議の時間にゃぁかなり余裕もたせてんだぞ」
「うるせ」
「まあ、確かに余裕はありましたし、聞く限りは朗報のようですからね。開く意味はあるでしょう」
そういったのは大柄だが温厚そうな黒髪の好青年であるアラステア。
雰囲気的に場のまとめ役といった印象を受ける。
「まあ、たまには顔を合わせるのも良いじゃろうて。おぬしらほっとくと勝手気ままに戦いよるし」
「おめえに言われたくねえなジジイ」
と、絡むローベルトに、ひげを生やした老人、王九垓がかっかっと楽しそうに笑った。
それはともかく、五人が揃ったことで、丈太郎は報告を始めた。
一番最初はやはり名のある伝承竜である『抱く者』、ファフニールの龍玉を破壊したことだ。
竜は龍玉を核とした機械である。
その核を壊されるとどうなるか。
実は完全に消滅するわけではない。
伝承竜はその伝承が竜の血にインプットされているため、龍玉が破壊されるとその伝承に戻る。
だが伝承はすべての竜の血にインプットされているため、野良の古竜が成長してファフニールと化すことは今後十分にありえる。
しかし、それはかなりの時間と大量の餌、つまり生物の血を必要とするため、相当な時間がかかるのだ。
だが、龍玉が残っている場合、その龍玉が金属に触れるだけで身体を構成してしまう。
身体を破壊したとしても、本体が残っているということができるからだ。
そうなればいくら身体を破壊してもいたちごっこだ。
本当にわずかな時間しか稼げないのである。
それに比べれば、仮に古竜が成長するとしても、時間が稼げることは大きいし、一度竜の血にインプットされた伝承に戻った場合は別の効果も期待できる。
「そっちで『抱く者』の力ぁ持つ龍機兵が出るかしんねぇかんな。特にアーサー、ローベルト、しばらく気をつけてくれ」
「ふむ、了解した」
「出たら教えてやるが、期待するなよ」
「それぁわかってる」
上手くいかないことなど理解しているので、丈太郎は二人の返事にそう答えた。
「しかし、やはり『赤の竜』は御すことができたのだな?」
と、アーサーが尋ねると、丈太郎は少しばかり複雑そうな顔をした。
それを見て、その場にいた全員が疑問を感じる。
「完全にじゃぁねぇ。一瞬、届いただけだ」
「一瞬でも届いたのは良いことでしょう?」
「まぁな。それ自体ぁ俺としてもよかったって思ってんだがよ」
「おいおい、やけに歯切れが悪いな?」
「喜んでいいんかどうかがなぁ。いい娘っ子なんだがよ」
「「「「娘?」」」」
いきなり突拍子もない単語が出てきたせいか、丈太郎以外の全員が首を傾げる。
対して、丈太郎は仕方無さそうに映像を出した。
そこに映るのは紅の色に竜化した身体を持つが、明らかに少女といえる体型をした龍機兵。
つまるところ鈴である。
全員が、ぽかんとしてしまっていた。
「諒兵が届いた理由がこの娘っ子だ。名前は『鈴川鈴』、こいつぁ諒兵の血を呑んで龍機兵になっちまった」
項垂れた様子で総説明する丈太郎の言葉を聞き、一番最初に口を開いたのはこの男。
「うわははははははははははははっ、おめえのところはおもしれえなあっ!『赤の竜』の次は女の龍機兵が出たかっ!」
「ほうほう、なかなかめんこい娘じゃのう。しかしこの姿は紅龍かの。赤龍の系譜じゃなあ」
と、九垓も楽しそうだった。
だが、冷静に鈴の姿からどんな竜なのかを推察する辺り、なかなかの洞察力である。
「しかし、丸薬を使わず龍機兵の血を呑んで化身とは、完全に隙を突かれましたね」
丈太郎の説明から、今回のある意味では大きな問題点を指摘してくるアラステア。
今後、各国でも気をつけるべきだと考えている辺り、決して温厚なだけの人物ではないとわかる。
ただ。
アーサーだけは開いた口が塞がらなかった。
まさか、思い悩んでいることに対して、同類ができるとは思っていなかったからだ。
バーナードが朗報といった意味がわかる。
一人で悩んでいては迷路に迷い込んでしまうが、一緒に悩む仲間がいれば、別の道が見えてくるかもしれないのだから。
打ち明けるべきは今を置いて他にない。
そう考えたアーサーは意を決して口を開く。
「バン、実は我が騎士団でも一つ大きな問題が起きている」
「んあ?マジか?」
「うむ。心して聞いてほしい」
そういってアーサーが語ることを聞き、今度は丈太郎を含めた他の一同がぽかんとすることになったのだった。
その翌日。
諒兵と鈴は丈太郎の執務室に呼びだされた。
「ラボだと二人並べないもんね」
「待てコラ。足の踏み場もねぇみてぇじゃねぇか」
「実際ないじゃない。冬子さん、片付けるたびにグチってて、もう古女房って感じよ?」
「はたくぞ」
「漫才しにきたのかよ……」
鈴と丈太郎がのん気な漫才を繰り広げつつ、諒兵が突っ込む。
端から見ればトリオ漫才であった。
こんな空気を、居心地がいいと感じる自分に驚く諒兵である。
それはともかく。
「うそっ?!」
「マジだ。俺も昨日知ったばっかだがなぁ」
「鈴以外に女の龍機兵がいたのかよ……」
さすがに寝耳に水といっていいほどの驚くべき情報である。
日本では間違いなく鈴一人。
世界でもいないといわれていながら、実はいたというのだから。
「名前ぁ『ライラ・バンブリッジ』だ」
「そりゃあ……」
「おめぇはピンと来たみてぇだな。あのアーサーの年の離れた妹だ」
「あーさー?」
「そういやぁ言ってねぇか。ちょうどいい。勉強会だ」
「またな」と、即行で踵を返す諒兵の首根っこを鈴が掴んで止める。
「少しくらいはおベンキョしなさいよ」
「いいんだよっ、戦えりゃあっ!」
「だから戦うために勉強するんでしょ」
鈴の言うことのほうが正しい。
竜と戦うとしても、相応の知識が必要となる。
まあ、丈太郎が何を勉強させようとしているのかは判らないが、聞いていて損はないだろう。
丈太郎は椅子を二つとホワイトボードを用意すると、教師然とした雰囲気で説明を始めた。
「まずぁ、俺を含めた『五人の龍機兵』の話だな」
「一年前の大襲撃で戦った人たちのこと?蛮兄がその一人だってのは前に知ったけど」
「あぁ、俺以外に四人。クソマジメなイギリス人と日向ぼっこが好きなアメリカ人。でかくて大雑把なロシア人の中年親父に、中国っつぅか台湾人のクソジジイだ」
「うわお」と、思わず鈴は驚く。
随分とまた国際色豊かなメンバーだと思ったからだ。
決して丈太郎の言い方に、ろくな人間がいないと思ったからではない。
決してない。
それぞれの名を聞いた鈴は、それぞれがどんな竜なのかも興味を持つ。
龍機兵となったからには当然の疑問だろう。
「順番に言うと、アーサーがドラゴン型、アラステアがオロチ型、ローベルトがズメイ型、そして九垓のジジイがシェンロン型だ」
「伝承竜の力?」
「まぁ、全員それだけの力ぁ手に入れてらぁな」
全員の分はそのうち説明すると言い、丈太郎はアーサーについて説明する。
「ウェルシュ・ドラゴン、アーサー王の伝説に出てくるウェールズの赤い竜だな」
「赤……」
「こっちの伝承は英雄譚に連なるもんだかんな。あっちとは違う」
欧米では赤い竜といえば悪役なのだが、ウェールズの赤い竜は違う。
英雄アーサー王の伝説に関わるだけあって、いわば神の使いに等しい。
伝承に正確に言えば民族を象徴する竜なのだ。
「ま、そのせいか知んねぇがクソマジメな野郎でな。わりぃヤツじゃぁねぇが融通が利かねぇとこがある」
「蛮兄、仲悪いの?」
「いんや、あいつはアレでいいと思ってらぁな」
むしろ、軽口が言えるほどいい意味で信頼関係ができているということだろう。
この五人。
全員が丈太郎が発見した『竜の血』を人の世に生かすための研究チームの一員だった。
それぞれの思惑どころか年齢や国まで違えど、同じ研究対象に真剣に取り組んでいたことで打ち解けたという。
「ただ、アーサーはマジメだかんな……」
「もう気にしてねえ。バンブリッジのヤツの言ってたことは間違いじゃねえし」
「諒兵?」
「……『赤の竜』を敵視してたんだよ」
鈴は息を呑む。
詳しい説明は省くが、実は単に『赤の竜』が人も竜も滅ぼす存在だから敵視していたわけではない。
ウェールズの赤い竜であるアーサーにとって、『赤の竜』自体が敵なのだ。
「どういうことよ?」
「ある伝承にゃぁ『赤の竜』がローマ帝国そのものを示してたってのがある。伝承の中のアーサー王ってヤツぁそこに対抗してた英雄だ」
あくまでも一部の研究家が論じていることであって、史実かどうかは定かではない。
定かではないが、論じられること自体が伝承となり、竜の血のプログラムとして存在している。
ウェールズの赤い竜、ウェルシュ・ドラゴンはその伝承により存在する伝承竜だ。
「伝承の中にゃぁ竜同士で敵対するんもあるんだ。だから、アーサーは『赤の竜』を敵視してた」
「そうなんだ……」
「ま、でもこないだ『抱く者』を破壊したおかげで、以前ほどじゃぁねぇ。そこまで頑固じゃぁねぇから安心しな」
そういって丈太郎が笑うと鈴は苦笑する。
鈴にとって、諒兵が敵視されるのは辛いのだ。
いずれにしても、諒兵自身はアーサーの言葉をそこまで否定する気はないらしい。
実際、忌むべき力ではあるのだ。
それをどう使っていけばいいのか、今はそれを考えているのだが。
「まあ、そんなことがあったってだけだ。で、そのアーサーが二ヶ月前から頭ぁ抱えてたんが『ライラ』って妹のこった」
「二ヶ月前?」
「鈴より先に龍機兵になってたんだよ。二ヶ月、『城壁』、向こうの兵団詰所みてぇなとこで訓練させてたらしぃ。よく隠し通したもんだと呆れちまったわな」
「どうやってなの?私と同じ?それとも竜の血を呑んじゃったとか?」
諒兵の血を呑んで龍機兵となった鈴。
それは龍機兵になるための資格として男であるという条件は実は各国で同一となっているためだ。
資格を持っていなければ龍機兵になるための丸薬は与えられないため、当然考えるとするなら鈴と同じ方法か、もしくは諒兵と同じ竜の血を呑むという方法になる。
だが、驚くことにそのどちらでもないという。
「貰ったの?どうやって?」
「イギリスの龍機兵の軍隊『ドラゴン・ナイツ』は、他んとこと違って、筆記試験と体力測定で龍機兵になるヤツを選定すんだ」
「へえー、難しいの?」
「おめぇらのレベルじゃぁ落とされるのぁ間違いねぇな」
諒兵はともかく、鈴はそこそこは頭がいい。
逆に体力測定なら諒兵は十分な身体能力を持つが、鈴は普通の女の子だった。
だがそれでもまず受からないと丈太郎は説明する。
相当に難度が高いということだ。
だが、そんな試験に対し、ライラという少女はどうしたのか。
「以前から龍機兵になりたがってうるさかったっつぅんだ。アーサーは資格がねぇからダメだって言ってたそうだがよ。あんましつけぇから諦めさせようと試験を受けさせたんだと」
「それで?」
「筆記も体力もぶっちぎりで満点叩きだした」
「うわお」
「さすがにそんな娘っ子にやっぱダメだとは言えなかったらしぃ」
実はライラという少女は一人で懸命に訓練を続け、熱心に勉強をしていたらしく、資格の一つである男であるということさえなければ、間違いなくトップクラスの龍機兵になれるらしい。
『女』だったということ。
それだけが彼女が試験から弾かれる理由であったということだ。
さすがにそんなことを聞いては諒兵も呆れ顔だ。
思わずこぼしてしまう。
「すげえな。どんなゴリラ女だ?」
「本人の前でそれ言うんじゃぁねぇぞ。鈴より背が低いちんまい娘っ子だ」
「えぇっ?!」
「年もおめぇらと一緒だ」
そういって、丈太郎はモニターを出すと、そこに画像を映しだした。
映っているのは青い目で金糸の長い髪、背は低くスレンダーというより少女というべき体型のイギリス人の少女。
しかめっ面に近い厳しい表情を覗けば、ビスクドールのような愛らしさがある。
「わ、可愛いっ!」
「驚いたな……。つか、何でしかめっ面してんだ?」
「今ある写真のほとんどはこれだとよ。何かあるんだろな」
そして、丈太郎はようやく本題に入る。
なぜ、ライラという少女について、二人に説明したのかを。
「うちに来るのっ?!」
「あぁ。しばらくこっちで預かることんなった。向こうにゃぁ年の近ぇ相手がいねぇってこってな。鈴、諒兵、相手してやれ」
「おっけー♪」
「おい、いいのかよ?」と、即答する鈴に対し、諒兵は呆れ顔だ。
「マジメな子なんでしょ?仲良くなれるんじゃない?」
「それぁわかんねぇぞ?」
と、いきなり否定してくる丈太郎に首を傾げる鈴。
対して、丈太郎は一瞬だけ諒兵に視線を向けると、笑いながら答えた。
「鈴とは『正反対』だかんな」
「何が?」
「生真面目で細かいとこまで拘る性格らしぃ。楽天家で大雑把なおめぇとは正反対だろ?」
「あーっ、酷いよそれっ!ちゃんと仲良くなるもんっ!」
ぷんすか、といった感じで怒る鈴に諒兵が声をかける。
「鈴、そろそろ飯の仕度の時間じゃねえのか?」
「あっ、ホントだ。冬子さんにどやされちゃうっ!んじゃっ、話はわかったからっ!」
そういって慌てて出て行く鈴を見送った諒兵は、少しばかり厳しい表情で丈太郎に問いかけた。
「さっきの正反対ってのは、『俺』に対してか?」
諒兵の言葉に丈太郎も厳しい表情になった。
「あぁ。『赤の竜』に対する考え方はアーサーより厳しぃぞ。それだけならともかく、ライラってぇ娘はぶっちゃけブラコンなんだよ」
「へっ?」
「この性格がくせもんでな。兄貴の助けになりたくて龍機兵になるくれぇだから、この娘っ子にとっちゃぁ赤い色の竜といえばアーサーでありウェルシュ・ドラゴンだ」
その言葉で、諒兵は理解できた。
こういったところでは頭が回る諒兵である。
「つまり、俺が目障りなんだな?」
「あぁ。しかも、この娘っ子、よりによって『グウィバー』になっちまったかんな」
「グウィバー?何だそりゃ?」
「イギリスの伝承に出てくる白い竜でな。細けぇとこは後でてめぇで勉強しろ。ただ、そのせいでこの娘っ子ぁひでぇコンプレックスを抱えちまってる。白って聞いただけでぶち切れるくれぇにな」
「だとすっと鈴もか?」
「おめぇに対しちゃぁ敵視だろうが、鈴にゃぁ嫉妬する可能性が高ぇ。敵視ぁともかく女が女に嫉妬すんのは怖ぇぞ」
性格的に陰湿ないじめはしないだろうが、紅色の竜である七面天女の鈴には、諒兵以上に突っかかる可能性もあると丈太郎は語る。
「……俺に間に入れってか?」
「打ち解ければ、いいダチになれんだろ。そのためにゃぁこの娘っ子がコンプレックスを克服する必要があるがよ」
「俺に人の面倒見ろってか?」
「孤児院にいたころぁやってたろ。そういうことを学び直せ。鈴は独りぼっちにしねぇんだろうが」
それを言われると諒兵としては辛い。
それは諒兵の誓いだからだ。
巻き込んでしまった鈴を、決して一人にはしない。
そのためには諒兵自身が『赤の竜』として、人と、そして龍機兵たちと交流していかなければならないのだ。
「わかったよ」
ため息混じりにそう答えた諒兵は、丈太郎の執務室を後にするのだった。




