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赤の竜―Dragon of Wrath―  作者: 枯田
「終わる世界の赤の竜」
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1話「出会う少女と赤の竜」

へるにゃーさんに書いていただいた『赤の竜』の表紙イラストです。

一番手前が諒兵、ツインテ娘が鈴、金髪娘がライラ、背景が麗佳になります。

必要であれば、キャラ紹介ページを作ります。


【イラスト:へるにゃー WEBSITE→http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/】

https://24652.mitemin.net/i296392/

挿絵(By みてみん)

少女の世界は赤に染まった。

目の前が、文字通り真っ赤になった。

それは血の色、鮮やかな鮮血の色。

形は竜。

西洋の神話、伝説に出てくるような翼を生やした蜥蜴。

血の赤の竜が、目の前に現れた。


グオォアァアアァアッ!


グシャァッ、と金属がひしゃげる音が響き渡る。血の赤の竜が別の色の竜を引き裂き、倒したのだ。

そして、群がる竜たちを次々に引き裂いていく。

その光景を見て、少女は理解した。自分は助けられたのだ、と。

その光景が、その状況が、少女「鈴川鈴すずかわ りん」の運命を赤に染めたのである。




西暦二〇二〇年。

人類世界は滅亡の時を迎えた。

突如として出現した異形の化け物の軍団が、人類に襲いかかったのである。

人類に絶望を与えた存在、それは誰もがその名を知っていて、しかし、それが存在しているとは思わなかった。

その名は『竜』

神話や伝説に語られるはずの、物語の中の存在であった竜が、突如出現し、人類世界を侵略しきてたのだ。

誰もがなすすべもなく、殺されていった。

ある者は食われた。ある者は焼かれた。ある者は引き裂かれた。ある者は踏み潰された。

肉片一つ残らなかった者がいた。右手だけの親の遺体を抱きしめる子供がいた。

半身を失い、怨嗟の声を上げる者もいた。

だが、竜を倒せる者はいなかった。

何故なら、人類に対抗する術はなかったからだ。

兵器は彼らの餌になってしまった。

竜は人を食う。そして何故か鉄も食う。

竜の身体は鉄、正確には様々な金属でできており、どうやら彼らはその身体を構成するために鉄を食べるらしい。

それも、腐食するといった形ではなく、文字通り、その顎でバリバリと噛み砕いて飲み込むのだ。

そうして構成された竜の身体は、銃弾は愚か砲弾、ミサイルも効かない。

武器を失った人間は、実は現存する獣たちにも劣るほど弱い。

そんな獣たちよりもはるかに強い竜に勝てるはずがない。

突如世界に出現して一年。人の数は激減していた。


ただ、その状況を良しとしない者たちによって、状況は変わり始めていた。




旧東京都、新宿区。

ほんの数ヶ月前までは、そこは日本の首都の一部だった場所だ。

だが、今では首都東京は竜が攻めてくる最前線となってしまっており、人は激減していた。

多くの人間は内地のほうへと逃げている。

もっとも内地だからといって安全ではない。空を飛んでくる竜も数多くいるからだ。

いきなり上空に現れる竜もいる。

世界に、人間が安心して住める場所は無くなってしまっていた。

鈴は、もともと旧埼玉県で小さな食堂を営む両親の一人娘として生まれた。

だが、一年前の竜の襲撃以来、人が住める場所がないのはどこも変わらない。

だが、そのままでいるわけにもいかないと、生き残った人々は寄り集まり、コミュニティを形成するようになった。

地元のコミュニティは数ヶ月前に壊滅してしまったので、鈴は両親と共に都内のコミュニティに引っ越してきたのである。

もっとも、どこにいっても竜の襲撃があるということを、越してきた先で実感することになるとは思わなかったのだが。

「終わった、のかな?」

竜の群れが壊滅するのを見た鈴は、ホッと安堵の息をついた。

でも、気持ちが晴れるわけではない。

両親と永遠の別れをしたばかりだからだ。

自分を逃がすため、両親は文字通り身体を張った。

背を向けて走る自分をどんな思いで見ていたのだろう。

答えはもう二度と聞くことはできない。

だが、生き延びてほしいという願いを背に受け、逃げた鈴はすぐに別の竜の群れに囲まれ、死を覚悟するはめになった。

そこに現れたのが、今、目の前にいる血の赤の竜。

でもきっと、竜であって竜ではないのだろうと鈴は理解している。

人類が生み出した異形の希望。

目の前の血の赤の竜は、間違いなくその『一人』なのだろうから。

そんなことを考えていると、竜は光と共にその姿を変えた。

逆立った赤い髪が特徴的な、鋭い目つきの、まだ少年といっていい姿に。

「腰でも抜けたか?」

「女の子にそれはないんじゃないの?」

「立てるんだったらとっとと逃げるだろ?」

せめて優しい言葉でもかけてくれればとは思うものの、鈴にはその言葉の裏の優しさが感じられる。

まだ、竜の群れの襲撃が終わったわけではない。

次が来る前に逃げろといいたいのだろうと思う。

「逃げるの無理っぽい」

「やっぱ腰抜けてんのか」

「手を貸してよ。立てば何とかなると思うから」

その言葉に少年は少し驚いた様子だったが、ためらいがちに手を伸ばす。

鈴は迷わず手をとって何とか立ち上がった。

腰が抜けていたのは間違いないが、すぐに持ち直せる程度で済んでいたらしい。

「ありがと♪」

「……変わってんな。怖くねえのか?」

「何が?」

「いや……」と、少年はばつが悪そうな顔を見せる。

だが、目の前の少年は先ほどまで血の色のように赤い竜の姿だった。

つまり、マトモな人間ではない。さりとて、今の姿を見れば竜でないこともわかる。


『龍機兵』


人が、竜の力を得て戦えるようになった姿。

そうなれる人間は数少ない。

だが、実のところ、特別な資質がいるわけではない。

あるモノを飲めば誰でも竜の力を手に入れられる。

もっとも、その後どうなるかは神のみぞ知るところだが。

そのことは既に広く知れ渡っている。

ソレを飲んだものは竜と戦える人に成るが、一歩間違えればただのバケモノと化す。

命を賭けたギャンブルだといえるだろう。そんなことに手を出す人間はそうはいない。

そもそも竜と戦える人といっても、その姿は竜と同じバケモノだ。

何の力も持たない人間から見れば、竜も龍機兵も同じバケモノなのだ。

だからこそ、少年は驚いたのだろう。

バケモノと変わらない自分の手を、鈴があっさり掴んだことを。

しかし、鈴にとっては別におかしなことではなかった。

「私のこと助けてくれたじゃない」

「結果だ結果。狙って助けたとはいえねえよ」

「でも、命の恩人を怖がる理由はないでしょ?」

というよりも、むしろ。

(何か、カッコよかったし)

鈴は少年の今の姿にも、竜の姿にも惹かれている自分を感じている。

嫌うことも怖がることもない。もっと知りたいと鈴は思う。

だが。

「立てるんなら逃げろ。今んとこ群れが来る気配はねえけど、いつまでも安全じゃねえだろうし」

「えっ?」

「お前がいたら邪魔だ。暴れられねえ。居住区のシェルターまでそんなに遠くはねえだろ?」

少年は素っ気無くそういってきた。

言っていることは間違いではないのだろう。

これからまた竜の群れが襲ってくるというのであれば、鈴は足手まといでしかない。

だが、ここで縁が切れることを鈴は拒んだ。

「逃げても、行くとこないのよ」

「あ?」

「さっきの襲撃で、お父さんもお母さんも食われちゃったし……」

もはや今の自分は天涯孤独の身の上だ。

頼れるような親類も思い当たらない。

そもそも今の世では自分のことで手一杯で、鈴を引き取ってくれる可能性などないだろう。

「孤児の施設とかあんだろ」

「……いや」

「おい」

「あんたの『棲』んでるとこ連れてってよ。炊事洗濯掃除くらいならできるし」

「兵団の詰所にか?」

そう答えた少年に、鈴は肯いてみせる。

切れてしまいたくない。

この血の色の赤い竜の姿を持つ少年と出来た縁。簡単に切れてしまいたくない。

そう思い、懇願する。

「わかったよ。兄貴に聞いてみる」

「ホントっ?!」

「お前がわがまま言い出してんだろうが」

「ありがとっ、私っ、鈴川鈴っ!鈴でいいわっ!」

日野諒兵ひの りょうへいだ。とりあえず聞いてみるだけだかんな。期待すんなよ」

ため息をつく諒兵に、鈴は満面の笑みを見せていた。



そして数十分後。

旧東京都、港区。

そこに諒兵が『棲』んでいる場所があった。

その名を『龍機兵団詰所』という。

そこで、鈴は諒兵が兄貴と呼ぶ人物に引き合わされた。

もっとも実の兄弟というわけではないらしい。

彼は自らを『蛮場丈太郎ばんば じょうたろう』と名乗った。

驚いたことに、この詰所で最も偉いらしい。

「つぅか、またえれぇ面倒な土産持ってきやがったな、ど阿呆」

「説得するのが面倒だったんだよ。何とかしろ、クソ兄貴」

あんまり仲がいいとは思えないが、軽口を叩けるのは仲がいい証拠でもあるはずだと鈴は思う。

「おめぇさん、名前は?」

「あっ、鈴川鈴です」

「ここぁ竜と戦う連中が集まる場所だ。当然、最前線にちけぇ。娘っ子が住むにゃぁいい場所じゃぁねぇぞ?」

「でも、行く宛てないし……」

「施設ぁ、それなりに整ってる。無茶いわねぇで居住区に帰んな」

「私っ、ここにいたいのっ!」

それがわがままだということは鈴自身理解している。

それでも譲れないのだ。これだけは。

少なくとも、鈴にとって諒兵と出会い、助けられたことは、失った家族の絆に代わり得る新しい絆なのだ。

平穏が今の時代にあるのかどうかなどわからない。

だが、守られているだけの居住区よりは、諒兵のいる兵団詰所のほうが、自分の居場所になってくれるような気がしてならないのである。

「そのっ、限度はあるけど、できる限りは何でもするから……」

そう呟く鈴を、丈太郎はじっと見つめ、そしてため息をつく。

「意外と、役に立つかぁしんねぇな」

「本気かよ」

「鈴川、とりあえずぁ食堂で人手が足んねぇんだ。そこの手伝い頼まぁ」

「あっ、はいっ!」

「暮らしでなんか困ったことがあんなら、そこの女将に聞け。兵団内の細けぇことぁ、コイツに聞け」

「ああっ?」

と、諒兵がさすがに心底驚いた様子で丈太郎を睨みつける。

だが、鈴にとっては願ってもないことだ。

さすがに女にしかわからないことがあるから、すべてというわけではないが、諒兵と話してもいい理由が出来たからだ。

「おいっ、クソ兄貴ッ!」

「年も近ぇかんな。面倒がねぇ」

諒兵の反論をばっさり切った丈太郎は、これで終わりだとばかりに手を振って退室を促す。

「諒兵、鈴川を食堂に連れてけ」

「たくっ、ふざけんなよクソ兄貴がッ!」

そう悪態をつくものの、諒兵は渋々と部屋を出る。

「あっ、待ってよっ!」

そんな諒兵を、鈴は必死に追いかけた。

だから。


「おめぇにとって救いになるかしんねぇかんな、諒兵」


そんな丈太郎の呟きは、鈴にも諒兵にも聞こえなかった。



足早に進んでいく諒兵の腕を、鈴は必死になって掴んだ。

「待ってっていってるでしょっ!」

「あ?」

「迷子になっちゃうじゃないっ!」

「あー……、わりい。お前のせいじゃねえのにな」

さすがに自分が悪かったと自覚したのか、諒兵は素直に謝ってくる。

無茶振りしてきたのは丈太郎であって鈴ではない。

まあ、確かにワガママはいったかもしれないが。

「ぼっちで行くとこねえのは俺も同じだかんな。お前がココに来たがった理由は知らねえけど、気持ちはわかんねえでもねえんだ」

「あんたも?」

「俺はもともと孤児だったんだよ。兄貴っつっても、孤児院で一緒に育った時期があるだけだ」

「そうなんだ……」

悪いことを聞いてしまったかと鈴は少し気持ちが沈んでしまう。

竜が襲来するようになる前から孤児だったということは、複雑な家庭の事情があったように思えたからだ。

「さあな。物心ついた頃にゃ孤児院にいたんだ。親がどういう人間だったのかも知らねえ」

「あんた、それでいいの?」

「いいも悪いもねえ。こんな時代だ。てめえの命の心配してるほうが普通だろ」

ズキンッと、胸が痛む。

自分は両親を食い殺されたばかりだ。

本当なら、自分の殻に閉じこもってしまっても不思議ではない。

竜が襲来するようになってから、自分の心にも巣食っていた『いつ殺されるかわからない』という無意識の自覚がそれをさせなかっただけで。

でも、今日に至るまで一緒にいた両親がなくなった痛みは、そう簡単に消えるものではない。

その痛みを超える何かが、自分の胸に灯っているのだが。

ただ、そんな鈴の様子を見て、諒兵は自分が失言したと感じたらしい。

「わりい」

「ううん、お父さんもお母さんも、最期に私に生きてっていってくれたから。引きずって悩んでるほうが、きっと心配させちゃうから」

そういって微笑みかけると、諒兵は少し驚いた様子で呟いた。

「強えな」

「えっ、何が?」

「何でもねえよ」

短い返事にいったいどれほどの想いがあったのか、鈴にはわからない。

ただ、その言葉には何故か、自分を初めて受け入れてくれたような不思議な雰囲気を感じ取れる。

「とっ、ココだ」

立ち止まった諒兵が顎で指した先には、『食堂』の看板がかけられた場所があった。

「兵団は龍機兵と詰所で働く人間がいる。つっても、俺たち龍機兵の寝床は自分らで掃除してっから、普通の人間はココで働いてる人たちくらいだ」

「けっこういるの?」

「飯はどうしたって必要になるかんな。けど、前線に出る龍機兵が飯まで作ってたら間に合わねえ。だから飯作る人に詰め所でもっとも硬えトコに住んでもらってんだよ」

「そうなんだ。そうなると、私も?」

「そうだろうよ。いるのはほとんど女だったはずだ。詰所にいる男はほとんど龍機兵だかんな」

何故か。

それは龍機兵に成るということが、絶大な痛みを伴い、さらに戦い続けるという宿命を背負うからだ。

それだけの覚悟が出来る者はそうはいない。

また、そんな戦いに女を巻き込むことをよしとする者もいなかった。

命を宿せる力を持つ女たちは、未来を築く力を持っているともいえるのだから。

ゆえに、ここにいる男たち、すなわち龍機兵たちはすべてを捨てている。

明日死ぬ覚悟で戦わなければならないからだ。

そんな重い覚悟を龍機兵たちは背負う。

「だからだ。変に俺たちに興味持つなよ。昨日話したヤツが今日死んでるなんざ、よくあるんだ」

「……そう、なんだ」

その言葉に鈴は納得できなかった。

納得したくなかった。

竜の襲来が起きてから今まで、居住区内で生きてこれたのが、そんな重い覚悟を背負った者たちの犠牲の上であったことを知ってしまったために。

だからこそ、思う。

(何で、あんたは龍機兵になったのよ……)

目の前の、自分とそう年の変わらない少年が、明日死ぬ覚悟で戦う龍機兵になったのは、何故なのだろうか、と。






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