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九話

三話同時更新です。二話目

「本当になにも聞かないね。興味ないの?」

「え? なにに? 王子に?」

「素でやってるよね、それ。忠告しておくと、僕には逆効果だからね。……そうじゃなくて、刺客の顛末とか、女性ならエイジアのこととか」

「専門外だから、聞いてもわかんないし。聞くとあとあと怖い気がするし。あー、エイジアは保険で私にも食べさせたんだー、って思うくらい?」

「ふーん、じゃあ聞きたいことはないんだ」


 ううう、とアキヒは唸った。首を突っ込むな、という脳内警戒音が、なんだか遠くて小さい。


「ほんとは聞いてはいけないような気がするんだけど」

「うん、うん」

「でもどうしても気になることがわりとある」

「うん、何? 大体のことは教えてあげるよ」

「数字なんだけど」

「……数字?」


 なぜか王子の顔が呆れたままなので、アキヒは自分の中のもやもやと解消されない疑問を、正しく理解してもらうことにした。


「そう。あの時、インカムとの会話でお客の数が2.3人だって言ってたでしょ。どうして? 本当は、3.3人だよね」


 にまり、と王子がチーズ臭のする笑いを見せた。

 つい最近、見た表情だ。

 アキヒはブランデーのグラスを抱き込むように、身を縮めた。


「そっか、そこに戻るんだね。いつものスルーもできないほど、どうしても気になるわけだ。……でもね、アキヒ。欲しい情報は、対価なくして手に入らないものだよ」

「えっ、さっきは大体のことは教えてくれるって」

「教えてあげるよ。まあ、掛かればいいな、という程度の軽いトラップだよ。常にマイナス1で報告し合うことになっていた。で、教えてあげたからには、どうして3.3だと思うのか、教えてくれないと。それとも、セクハラの続きがないとしゃべり難いかな?」

「そっんなはずないでしょ! 秘密にしてたわけじゃないし!」


 そっか、それで? と微笑んで促す王子に、アキヒはがっくりとうなだれた。

 この人が、爽やかミルク王子とか、世の中どうかしている、と心底思う。


「蜂が……」

「蜂?」

「そう、いちごの受粉の為に導入された、二万個の蜂型バイオコンビューターは、私の研究室から提供してまして」

「いちご栽培農園で三ヶ月前から導入している受粉システムなら確認した。 バイオロボティクスの先端技術で、蜂の細胞から基盤の生体を作っているが、中枢神経系は完全にマイクロチップで置き換えていて、体の維持のために摂食、代謝はしても繁殖はしない、バイオデバイス、だったか。

 だが、構造を見れば各個体にはごく単純なプログラム実行力しかなく、暗器を搭載したらそもそも飛べなくなるくらいの軽量さに、無害と判断した。

 あれが、あなたの研究室から? ……偶然?」

「偶然! 偶然!

 蜂、というかバイオデバイスを専門とするのは教授で、いちご農園における実用テストも、彼付きの別の学生が担当してる。今回は実験の規模がべらぼうで、蜂の準備だけでも手が足りないから、と研究室総出なの。もともと、農園管理の目的でデータ収集機能を載せてたデバイスだし。

 ……まあ、ちょっと蜂の数が増えた機会に、収集データのバリエーションを増やしてみたりは、した、けど。でもレア品種の栽培をしている農園は政府の管理下に十以上あって、どこが選ばれるか、毎年年末にくじ引きできめるんでしょ? まさかこんな契約先3件がすべて会場に揃うとか研究室の誰も思いも寄らず……。

 いえ、あの、農園の方に会場でも蜂頼むよ、と言われたときは、正直皆でラッキーと思いました」

「会場内での許可のない映像や音声の取得は違法だが……」

「映像と音声はとってません!」


 シオンの声は柔らかいままだったが、アキヒは一瞬酔いも冷めた。


「収集データは、温度、湿度、振動数、いくつかの化学物質濃度、いくつかの波長の光、です!」

「光を収集しているなら、映像にはならないのか?」

「えっ、えー、蜂がアバウトに飛びながら周囲3メートルのどの方向から一定の波長の光が来るか、という0.1秒ごとの観測データなので、蜂の位置と対角度と、本来の入光角度を一緒にいろいろと計算して再構成すれば、映像にならなくもない、ですね。でもそれなら、温度と湿度も再構成すれば、薄ぼんやりとした映像にはなるかな……」

「リアルタイムで把握できる映像や音声データがないなら、どうして捕り物を把握できたの?」


 王子が核心を尋ねて来た。アキヒは少しだけ、琥珀色の揺らめきに視線を落としてから、にっこり笑った。


「なんでも慣れてくると情報処理って効率が上がるでしょ? ひとつのデータからあらゆることを知るのは難しくても、複数の情報をちょっとした計算や操作で統合することで、結構いろいろとわかるようになるんだよね。そんなことばっかりしていると、そのうち計算するまでもなく、なんとなく数字を見るだけで分かってくるというか。そのあたりのこつは、うまく説明できないのだけど」


 青年たちは、納得しがたい顔をして顔を見合わせたが、すぐに王子が肩をすくめた。


「アキヒがそういうなら、そういうものなのかな」


 アキヒは少しほっとしたが、横合いから追求がかかった。


「科学的センスというのがあるのは聞いたことがある。それは、だがコンピューターによる演算処理に及ぶものではないはずだ。他にそんなリアルタイムの処理を出来る者はいるのか?」

「……どうかな」

「いないわけだ」

「だれにも、得意不得意があるからね。私はたまたま、得意というか好きなだけ」

「……で、蜂を通して、あの時周囲に何人いたかを把握していたということか」

「うん。みんな一様に静かだったから、スタッフではないとは判断してた。まさか、えっと、刺客、が混じっているなんて思わなくて」


 そこでアキヒは、凶弾に倒れたのが王子だけではなかったことを遅ればせながら思い出し、青ざめた顔で王子を振り返った。


「なんとなく、何を考えたか分かるよ。あの時の警護の二人は、防弾チョッキを着用してたからね。肋骨のひびで済んでる」


 ということは、エイジアを食していなかったということだ。


「エイジアは、多少の幸福感をもたらす作用もある。緊急時の判断能力に若干の下方修正がかかる。なので、彼らの判断で摂取していなかった」

「何があっても蘇生するというのは、油断に繋がる。我々警護する立場からすると、本来は避けたいことだ。俺は、それ以上の制約があって摂取したのだが」


 彼らは、なんとうまく人の気持ちを汲むのだろう。

 不安が解消されて、アキヒはぐるり、と一度世界が回った気がした。一気に、酔いがきた。


「あのー。図々しいかもしれないけど、もうひとつ教えてほしいな。……今日のデータ、論文に使っても、いい? や、まずい部分のデータだけ削除とかでもいいけど。これだけの規模の実験はもうできないだろうし、卒業とかかかってくるし……」


 言っちゃえー、という心の声に後押しされて、おずおずと伺ってみた。

 二人はまたも顔を見合わせて、今度は王子が、花のような笑みを浮かべた。

 チーズ臭!


「いいよ。でも、ふたつお願いがある」

「お願い?」

「そう。ひとつは、事件の解決まではデータは差し押さえ、データ解析については全面協力してほしいこと。もうひとつは、卒業したら、ぼくらのところにぜひ来てほしいこと。いいかな」

「……は?」


 アキヒは、思わずグラスをぐいっと空けた。


「大丈夫?」

「大丈夫! 美味しい! ……で、え、どういうこと? 今日の事件って、解決したんじゃないの?」

「さすが、アキヒ。食いつくのはそっちなんだ」


 微笑む王子の声が、いつもより凍えている気がした。ぶるっと背筋が震えて、アキヒは空のグラスを握りしめた。酒が入っているのに、寒いってどういうことか。


「ミルヒ、目下大事なのは、事件の方だ。——会場で身柄を押さえたのは、襲撃の実行担当と思しき三人と、王子を襲撃した男。男は自分で実行担当ではない、と言っていたとおり、現場の司令塔の立場だったんだろう。だが彼らは……」


 シオンはそこでふと言い淀んで、王子に視線を送った。王子が、頷く。

 アキヒは、断固、聞きたくはなかった。なかったのに、シオンが話をする傍ら、王子がブランデーを注いでくれたので、グラスを手放すわけにいかなかった。耳を塞ぎたいのに!


「正真正銘、この空の都市の都立大学の学部生と研究生だ。卒業試験だったと、そう言い張っていて、さらにそれは事実らしい」

「この都に籍を置きながら、僕に銃口を向けるとはね。学生優遇が都の方針とはいえ、ちょっと手綱が緩すぎる」

「お前の許可を得て教授を連行したら、依頼主は明かさなくても学務規定に反することはない、と主張している」

「Okay. 彼をクビにして罪を問おうとすれば逃亡してもとの暗殺者に戻るだけだ。せっかくつけた縄がもったいないと、大統領も判断するだろう。今回依頼主を明かさないかわりに、研究費と学生を二倍にしてやろう。そう、来期の学部長選挙で、彼をひそかに後押しするのもいいね。望まない立場に押し上げられて、24時間寝る間もなく公務に励めば、少しはまともな人間になるだろう。彼は、学務規定には逆らえないのだから。……あれ、アキヒどうしたの?」


 王子はさらりと白金の髪をかきあげて、壁に張り付いて溶け込もうと努力していたアキヒに流し目をくれた。


「や、いや、あの……。あの、暗殺学部なんてあったっけ……」

「ないよ。公式には、防衛学部の戦略専攻、ゾイマフラー教授研究室だね」

「ゾ、ゾ……。それって、それって、地形戦略の先生じゃ……!」

「なんだ、知ってて取ってたのかと思ったよ」

「知るわけないでしょ! え、それとも、それって公然の秘密なの?」

「はは、まさか。そんなわけないじゃない。秘中の秘だよ」

「ミ、ミルヒ! 性格悪すぎる!」



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