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いちごの国のお姫様はただのバイトですが、若き次期大統領に溺愛されています  作者: 日室千種


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十八話

 ミルヒの登場に、メトセラたちはもちろん、セルゲイも相当に驚いたようだった。


「えー、早すぎない? ちょっと計算狂うなあ。僕見られちゃったってことか。うっわ、ださ」

「いろいろと、調子良くしゃべってくれてたね。その調子で、取り調べでもいろいろと話してくれると助かるよ」

「えー、えっと」


 落ち着かない様子で周囲を見回していたが、やがてミルヒに戻した顔は、相変わらず自分の優位を疑ってもいない、けろりとしたものだ。

 この男は、どこかおかしい。


「まあ、予定が狂うのはありがちだよね。仕方ない。でも、僕としては興味あることをお預けくらうのは我慢ならないんだ。ちょっと、いちご姫、どこかにいるでしょ。出ておいでよ」

「出てくるわけ、ないよ。僕の姫を気軽に呼ばないでくれるかな」

「うわあ、王子気取り? でもね、あのこってさ、わかりやすいと思わない? ——アキヒ、実は、蜂たちのプログラムを少し弄ってね、情報統合の真似事をさせてみてた。で、ついでに、万が一のことも考えて、データ抹消のウイルスプログラムもね、入れといた。ちょっとしたトーン信号で全デバイスが機能不全になるんだけど。出てきて、僕と話をしてくれたら、データ抹消をしないであげるけど?」

「アキヒ、出てくるな」

「へえ、王子、意外とわかってるんだ。声が変わった。あの子にこの脅しが効くこと、知ってる訳だ」


 したり顔でからかうセルゲイに、ミルヒとともに、シオンも渋い顔をした。そのやり取りの横手から、かすかな音がした。

 バックヤードの、扉が開く音だ。

 ユカワが、アキヒさん……、と呟いた。






 データを人質に取られたとしても、昨日のデータはバックアップをすでに取ってある。マルハナバチが言うのは、蜂デバイスに組み込んだデータ採取プログラム自体のことだろう。なんらかのトーン信号をマルハナバチが出すことで、あの血と汗の結晶ともいうべき2万匹の蜂たちは、疑似生命活動をする蜂に似た有機体になり果てるわけだ。いや、もしかすると、生命維持活動プログラムすら消去され、ただの蜂の模型になってしまうのかもしれない。

 本来アキヒの実験デバイスではないし、アキヒが必要とするデータのバックアップはとってある、から、データ抹消は怖くない、のだ。命と秤にかけるものではない。

 やっぱり彼は、どこかずれてる。

 そして、論理的な話ができない手合いだというのは、朝痛感したところだ。

 出て行っても、混迷を深めるだけ。それはよくわかる。

 ……でも。

 ふてぶてしい顔つきと態度に、もやっとする。

 本来マルハナバチはおとなしく愛らしい蜂だ。もこもことした体は、そっと撫でてみたい誘惑に満ち、大きな黒い目はうっとりと夢見がちで幼子のように純真だ。それでいてシャイで、悪戯を仕掛けられても逃げ回るような。決して、あんなスズメバチのような大物ぶった態度をしたりはしない。


(あのファーのベスト、ひんむいてやりたい)


 アキヒを翻弄するのは、あのまるっとしたフォルムなのだ。

 むやみに腹が立ってきて、アキヒは立ち上がり、決して開けてはならないと言いつけられていた扉を開いた。

 蜂たちから送られてくるデータは、刻々と外の状況を伝えてくる。その景色に、不意に新たな人物が登場して、アキヒは一瞬戸惑った。だが、あれは、自分だ。地点ゼロとして、自分に送られてくるデータからは差し引きされるべき値たちだ。

 イベント時と、地点ゼロの起点がずれたせいか?

 体感覚で把握する自分と、データで把握する自分と、二人いるようだ。立ち位置が定まらずくらりとしながらも、意識的に二人の自分を読み解いて、統合してみて、少し驚いた。

 マルハナバチたちはだいぶ離れた位置にいると判断していたが、実際は意外に近かった、ようだ。

 扉の音でその場の皆に、登場を告げてしまうほどに。

 しかたがない。

 隠れる意味も無く、アキヒは何憚ること無く、夜の舞台の中央に歩み出た。

 いちごたちは摘み取りやすさを考え、腰の高さに実りがくるよう、高い棚に設置されている。棚は幾何学的に美しく配置され、時に円形の広場や噴水の広場、ベンチを備えた東屋などを囲んだりしている。

 マルハナバチたちは藤の編み椅子がいくつか置かれた、かなり広い広場にいた。アキヒが進み出た通路は、ミルヒたちのいる通路とは斜めに向かい合う位置にある。間にはローゼリア市長たちと、マルハナバチを挟んでいる。

 身を隠して、細い通路に曲がれば、ミルヒたちのもとへ行くこともできただろう。だが、待ち構えていたとばかり、満面の笑みでこちらを見られている前で、逃げるような真似をするべきではないと、なぜか思った。


「出てきてくれて嬉しいよ! 僕、気になることがあってね。拘置所に連行される前に、裏から見てたよ。蜂が集団で攻撃行動をとるってなに? 面白い現象だよね。で、それって、君が大いに関わってたと思うんだ。

 蜂からリアルタイムでデータを受信するなんて、意味の無いことをするな、と思ってたけど、逆に発信した脳信号だけで蜂を攻撃に使えるのなら。しかも攻撃対象の位置や攻撃手段なんか、自動計算してたみたいじゃない? 面白いよー。

 ね、どうやったの?」

「……どうやったか、なんてわからないよ。データは、一方向。私から何かシグナルを発信する仕組みは無い」

「でも、蜂は常に周囲のデータを取ってる。君のデータだけ、特別枠なんじゃない?」

「地点ゼロとして登録はしている。でも、それだけ。それに蜂たちは個々に異なるデータを採取している。総合的判断なんて、できない。——本当は」

「うん、うん。本当は、ね。それだと面白くないから、たまたま君が蜂をいじってるのを見て、こっそり僕もプログラムを便乗させたんだ。蜂同士で交信して、情報を統合していけないかな、って。だから、そうか。今回の攻撃行動には、僕も大きく寄与しているってことだよね!」

「それはない」


 にこにことしていた白い顔が、すっと表情を落とした。

 声まで低く、唸るようだ。


「なに。また難癖つける気? 君って、素直に賞賛ができないよね」

「難癖と思うなら、確かめたらいいけど、先輩の挿入したプログラム、さっき見たら肝心の実行指令のスペル、間違ってたよ」


 しん、と誰もが口を閉ざし、羽音だけが響いた。ぶーん。

 唖然としてたマルハナバチだが、復活は早かった。


「そんな馬鹿な。そう言って、誤摩化そうとしてるわけだ。まあ、君がプログラムを見る時間はあっても、書き換える時間はなかったはずだし、蜂は起動して、今はあのときと同じ条件というわけだ。そしたら、もう一度試してみたらどう? 君の攻撃意思が向く相手に、蜂をけしかけるっていうの? そうだなー、秘書官サマの横の、ガタイのいい人に、どう?」


 彼はつくづく、どこかがずれている。


「できない。どうやるのか、わからない。それに、わかってできたなら、先輩にけしかける」

「なっ。生意気だな、ほんとに!」


 ついに、余裕の笑みを消して、マルハナバチはスズメバチのように凶悪な顔になった。


「どうせ自分が優秀だと鼻にかけて、ほかのやつらをばかにしてるんだろ。蜂からのデータで知り得た情報に得意になって、ご披露したかったんだろ。場の空気も読まないで、いい男に絡まれて浮かれて、かるーい気持ちで、わたしってすごいんだからーって、言いたかったんだろ? それで目の前で男が撃たれて、えー、そんなつもりなかったのーってか? 調子がいいよなー」


 かっと、脳裏が紅く染まった。

 それは怒りだったり、ミルヒの流した血の色だったりした。

 ——一瞬、データとのリンクが遮断されかけた。



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