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いちごの国のお姫様はただのバイトですが、若き次期大統領に溺愛されています  作者: 日室千種


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十六話

三話同時更新です。三話目

 ユカワが押す車椅子は、滑らかに走り、道中はほとんど止まる必要がなかった。途中、警備側にインカムで伝えてあったのだろう。庭園階のエレベーターホールには物々しい数の制服が立っていたが、誰何すらされず、アキヒの目の前で、ステンドグラス風の装飾をされた巨大なガラス扉が2メートルほど開けられた。


「どこに向かいますか」


 扉を抜けた時点で進みを止めたユカワに確認されて、アキヒはまごついた。


「えっと、蜂たちの制御装置はどこにあるんでしょう。設営のときは中央の山の地下部分にあるバックヤードでしたけど」

「閉会以降、立ち入りをすべて禁じているので、そのままでしょう」


 言うなり、ふたたび滑らかに動き出す。

 ああ、こっちか、とアキヒはやっと認識した。関係者用の裏口から出入りしているため、正面から入ってどこに行くのか、とっさにわからなかったのだ。


「入り口はわかりますか。車椅子では、通用路は無理ですね。抱えてお連れしましょうか」

「いえ! なんとか行けます。そんなそんな!」


 実際、庭園に入ってからは酔いの症状は軽快していた。そのかわり。

 視界は通常どおり。都の空、雲ひとつない快晴の、明るい月と一番星に照らされた庭園。光量を落とした間接照明だけが、照り返しで優しくいちごを照らしている。いちごに配慮してか、気温は昼間と変わらない。暖かな藍色の空間に橙色の灯がそこここで輪を作って、しんと静かな場所にほんの少し彩りを添えている。

 だが意識を少しずらせば、いちごの葉から立ち上るかすかな水の靄や、二酸化炭素の靄、そして時折吹き渡る風の流れが、暗闇に水彩で色付けたようにほんのり浮かび上がる。

 視界が、二重になっているようだ。

 実験中、あるいはリンク中は、データから受け取る情報は体感覚とはまるで別物だ。目で見たり匂いを嗅いだりするのに似たレベルで自分のものになっている感覚だが、こんなふうに疑似視覚を得たことはない。

 不意に切り替わる視界に、階段を踏み外さないようじりじりと歩くアキヒに、ユカワは余計なことを言わない。データなどを入れたトートバッグを持って、同じくゆっくり付いてきてくれて、スタッフオンリーの扉に辿り着いたとき、さっと追い越して扉を開けてくれた。

 明かりをつければ、そこは朝と変わりない、舞台の骨組みが丸見えの物置のような空間だ。研究室総出でセッティングをした受粉管理システムの中枢となるノートパソコンは、ひっそりと緑の光を点滅させていた。

 蜂は通常の受粉モードで庭園内に配置されたままだ。今は夜だから、それぞれ葉の陰で待機中だろう。寝た子を起こすようで心苦しい気持ちになりながら、ノートを開けた。再度、地点ゼロとしてデータ受信の開始を宣言するためだ。

 リアルタイムのデータを受信して、脳内に刻み付けられた壊れたデータを上書きしたい。


「……あれ? なにこれ」

「どうしました」


 すでに立ち上げられていたシステム管理のアプリケーションを弄りながら、ふと見慣れないウインドウに気がついた。表示されたコマンドに、なんだか胸騒ぎがする。


「ユカワさん、王子っじゃなくて、ミルヒさんかシオンさんを……」


 振り向いたそのとき、開けたままだった扉の外で、甲高い叫び声がした。

 続いて、争うような声、何か固いものが倒れる音。


「庭園にだれかいますね。聞いていませんが」


 ユカワが扉をそっと閉じ、隙間から外の様子をうかがいながら小声でインカムに囁いた。だが、返事がないようだ。数度呼びかけて、通信を打ち切った。

 アキヒは、問題の画面をしばらく見つめてから最小化し、改めて自分の地点ゼロ登録を有効化した。

 途端に、データが脳内に送り込まれてくる。

 待機中だったはずの蜂たちの一部が起動しているようだ。防犯センサーとしての機能も試験搭載しているので、外の騒ぎに近い個体から反応していたのだろう。

 準備のための、数呼吸。

 アキヒは、全個体への待機解除指令のボタンをタップした。

 雨粒のように、蜂たちの活動が脳を打つ。数秒で、その勢いは瀑布のようになった。物理的な圧力すら感じる。だが、この息すらできない激しい流れこそ、アキヒが期待したものだ。

 歯を食いしばって堪えること、しばし。

 そっと辺りを見回せば、普通の視界。

 靄のような光の視界は失せ、変わって、脳内に広がるのは庭園を余すところ無く知り尽くす、人とは一線を画した別次元の感覚だ。


「……おそらく女性が二人、おそらく小柄な男性と争っているようです。怪我はなし。女性たちが興奮気味ですが、男性はとても……とても冷静です。あ、会場の、入り口かな、おそらく男性がふたり。これは……もしかして、ミルヒ?」


 ふっと爽やかな香りが鼻をかすめた気がして、口をついて出た推測に、アキヒは眉をしかめた。

 香水に反応するセンサーは搭載していないはずだ。ミルヒの身体データを登録している訳ではないし、個人を特定できるデータはない、はずだ。そう、……はずなのに。


「……もうひとりは、シオンさんですね。動かないので、彼らを見ているのではないでしょうか」

「……なるほど。ほかに、庭園に人は?」

「いません。バックヤードに閉じこもっていたりするとわからないですが。あと、会場外もわかりません」

「そうですか。……インカムの通信が、断たれています。我々がここにいることは、秘書官に伝えた方がいいでしょう。私が行きます。貴方は私が出たら、この扉に鍵をかけて、誰も入れないように」

「わかりました」


 駆け足になる心臓をなだめるように胸に手を当てて、アキヒはなるべく毅然と返事をした。

 昼間の失態で、自分が役に立たないことは身に染みている。ユカワが出たら、扉を閉めて、鍵をかける。呪文のように唱えて、ユカワを見送った。

 扉を出たユカワは、慎重に周囲を確認しながら、入り口に向かっていた。おそらく、すぐに王子と合流するだろう。

 もめていた男女はいまだ興奮冷めやらぬ様子だ。

 だが、彼らが何を言い争っているのか、どんな表情をしているのか、蜂たちは感知しない。

 扉を閉めてからは外の音はまるで聞こえなかったが、なんとなく、耳を澄ませる。しんとした部屋には、静かな機械の駆動音のみ。アキヒは、ふと、部屋の奥に目を向けた。

 壁の暗がりに、黄色い光が十あまり、ゆっくりと明滅している。目を凝らせば、ミニモニターがずらりと、闇にとけ込むように息をひそめていた。マルハナバチが、準備に必死な学生らを冷やかしながら設置していたものだ。おそらく、昼間に彼が自慢していた、山頂のズームアップ映像などを確認できるのだろう。警備用のモニターは別室にあるのだから。

 山頂には誰もいない。だが、これだけの静けさの中なら、高性能なマイクが音を拾うかもしれない。

 焦らないように、慎重に、モニター以外への外部出力を切って、映像レコーダーを待機解除した。モニターの電源も、ひとつひとつつけて行く。

 思いがけず、クリアな声が飛び込んできた。


「それは逆恨みってものじゃないのかな。こっちは依頼通り動いたんだから」


 アキヒは、ん? と首をひねった。聞き間違いかと、再度耳を澄ます。


「何が依頼通りよ。何度も言わせないで。お前たちの失敗で、隙を作るどころか、かえって警戒が強くなったじゃない。部屋に帰してもらえず、せっかくのいちごなのに、あの根性なしが吐き戻しちゃって、台無しよ!」

「それはお気の毒。こちらも誤算がいろいろあったのは確かだよ。あんなにあっさり幕引きとはねえ。これは秘書官、死んだかな、と思ったんだけど。くせ者だよね、あの人」

「だから! それはお前たちの責任でしょう。せっかくのいちごが……!」

「依頼された条件は、騒ぎを起こすこと、ターゲットはミルヒ・ウィトゲンシュタイン。それは果たしたからには、僕たちは失敗したとなじられる謂れは無いと思うけど」

「図々しい! プロでしょう! いちごは、お前たちが補償しなさい! ここに、あのいちごを持ってきて! ここまで入り込めるんだから、簡単なことでしょう。挽回の余地を与えてあげるわ」


 女性は、レディ・メトセラだ。あの激高した声は、記憶に新しい。

 そして、男の声にも、なんだかいやに聞き覚えがあった。

 モニターを見回して、どこかに少しでも写っていないかと探す。果たして、右下の一画面だけが山頂から下界を見下ろすアングルになっていて、その真ん中に、男女三人が写っていた。

 遠目でもわかる着膨れたファーのベスト。縮れた金髪。小柄な体。


「え。0.3も捕まってたんじゃないの?」


 どうやって拘留から自由になったのか。

 マルハナバチが、人を食ったような笑みを浮かべていた。



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