四
ご指摘を受けて一部改定しました。※二月十日現在
蒸気機関搭載輸送船〈オキュペテー〉。それに乗ってアキバからマイハマへと移動したクラスティ率いる〈緑小鬼〉討伐先行隊は、〈大地人〉の案内を付けて更にナラシノ廃港付近で上陸、カスミレイク西部へとたどり着いていた。
レイド部隊の編成は船上ですませてある。月華、蒼月、ホムラは同じ小隊で、更に三人のメンバーを迎えていた。
〈暗殺者〉のアシュラム、〈付与術師〉のルイ、〈召喚術師〉のクロッドである。あいにく月華が所属している零師団とは別のレイド部隊にいるギルドメンバーのため、彼女は三人のことを名簿か何かでうっすら名前を見たことがある程度だが、師団長のひとりであるランスロットのお墨付きだ、実力は確かである。
船上では確認しきれなかった戦闘スタイルを入念に打ち合わせて、六人は戦闘に備える。だが月華はその中で、もっぱら聞き手に回っていた。
アシュラムも同じくほとんど喋らないが、口下手な彼とは違い、月華はちゃんとした理由があった。
「月華さん、忙しそうですねぇ」
ルイはそう、蒼月に声をかけた。
ピンクがかった金髪をくるりと巻き、クリーム色のゆったりとした、ロリータめいたローブを着た彼女は、一見すると場違いなほど小動物めいた愛らしさがある。だが、その可愛らしい容姿や格好に反して、手にした長杖は金属で補強された武骨な銀のロッドである。ローブにしたって、見た目を裏切るように幻想級の素材を使った高性能な布鎧だった。
そんな彼女が、髪と同色の狐耳をぴこぴこさせつつ金の瞳を向けるのは、先程から念話でひっきりなしに指示を飛ばしている月華だ。
この小隊のリーダーは蒼月だが、月華はそもそも、高山三佐と分担でレイド部隊を指揮する立場にある。そして彼女は大災害以前から、指揮と前線における戦闘を両立している。小隊のリーダーは他のメンバーに任せ、自身は一〈冒険者〉として刀を振るいつつ中隊指揮官として指示を出すのが月華のやり方だった。これは、零師団の元師団長であり、〈D.D.D〉の副長だった櫛八玉の影響である。
レイドでは月華と同じ小隊に配属されることが多い蒼月とホムラには特に目新しい光景ではなかったが、初めて組むことになるルイには物珍しかったのだろう。よくよく見れば、アシュラムとクロッドも同じような顔をしている。
蒼月が簡潔に月華の役割を説明すれば、三人は程度の差こそあれ、驚きをその顔に乗せた。
「……なんというか、さすがあの"突貫黒巫女"の直属の部下だっただけありますね」
クロッドは首を振って感嘆の言葉を口にした。
そんなクロッドは、細身を紺色のコートで包んでおり、その下は白いシャツ、革製のズボンに膝まで覆う黒いベルトブーツを着用している。艶やかな深い緑色の髪は後ろに撫で付けられ、通った鼻筋の上には青縁の眼鏡がかけられていた。宝石一つ無いごつい指環をはめた右手には分厚い本がある。全体的に、ルイに比べて落ち着いた、かつ実用的な格好だった。
その隣でこくこく頷いているアシュラムは、全身黒づくめだった。顔面下方を覆う覆面も黒い布だし、髪はやや紫がかっているが同じく黒、身にまとっている皮鎧も漆黒に染め上げられている。足元は布靴で、音を上げそうな装備は一切身に付けていないため、無口であることも相まって非常に静かな存在感だ。目立っているのは背中に背負った身の丈はありそうな大弓と、腰に帯びた小太刀ほどもあるタガーだけだった。
蒼月は三人がそこまで驚いていることに苦笑する。慣れた彼にとっては大したことではないのだが、やはり知らない人間には大事なのだろう。初めて組んだ時のホムラの反応が薄かったので、つい忘れていたが。
「なんで三羽烏にならないんですかねー。順当ですよね、立場とか考えると」
ルイは首を傾げる。それに答えたのはホムラだった。
「本人いわく、柄じゃないんだってさー。まあ月華の性格考えると、トップ立つより一戦士の方が、性に合ってるんだろうけどさあ」
何となく解るけど、と言ってホムラはあふ、とあくびをもらした。もうすぐ戦闘だというのに、相も変わらず図太い。
「……了解です。っと、ごめん、念話終わったよ」
月華は押さえていた右耳から手を話し、顔を上げた。そして、自分に視線が集中してることに気が付き、首を傾げる。
「みんな……どうかした?」
「いや、何も無いよ」
蒼月が苦笑を返すと、月華はいぶかしげな表情を浮かべた。しかしすぐさま切り替え、ある方向を見据える。
視線の先、遠く離れた場所にいるのは、不気味にうごめく集団。醜悪な姿と明らかな悪意を持った、〈緑小鬼〉の軍団である。
「全員戦闘準備」
端的な一言で、全員の顔付きが切り替わった。おのおの楽な表情、言ってしまえば気を抜いた表情だったのが、即座に刃の切っ先の如く明らかな戦意を持ったものに変化する。
「……始まるぞ」
蒼月の言葉に返答は無い。ただ空気だけが、彼の言葉に応えていた。
―――
目の前の〈緑小鬼〉の集団に、蒼月と月華、ホムラの三人が斬り込んでいく。その少し後方で、ルイが補助魔法を飛ばし、アシュラムが前衛三人が討ち漏らした〈緑小鬼〉を弓で撃ち抜く。クロッドは〈ユニコーン〉を召喚し、前衛の戦闘補助を指示しつつ、〈戦技召喚〉で攻撃していった。
彼らが取った戦略は、こうだ。
前衛は蒼月を筆頭に月華とホムラ。ホムラは戦闘が専門の職業ではないし、このパーティでの彼の本来の役割は情報監視者であるため、やや後方気味に位置。
ルイは補助魔法で前衛を強化しつつ阻害魔法で、クロッドは〈ユニコーン〉を使って〈緑小鬼〉の動きを制限し、より前衛が戦いやすくするよう戦況を操作していた。クロッドが〈ユニコーン〉を召喚したのは、ホムラに代わって回復役にするためである。
アシュラムは装甲の薄い魔法職ふたりの壁となるため、後衛の傍で弓を構えていた。万が一接近された際には、タガーを即座に抜くつもりである。
「〈緑小鬼〉三体と〈緑小鬼の呪術師〉二体確認! ルイ、シャーマンの動き止めてくれっ」
「了解! 〈アストラル・ヒュプノ〉っ」
ホムラの指示に、ルイは眠りの呪文を〈緑小鬼〉の術者達にかける。たちまち活動を停止させた術者達に〈緑小鬼〉達が戸惑う間も無く、彼らは月華と蒼月の剣戟を受けた。
〈緑小鬼〉は、高レベルの〈冒険者〉から見ればそれほどの強敵では無い。ましてや今参加しているのは、ほとんどが熟練のレイダー達である。戦略などなくとも、力押しで勝つことはたやすい。
だが、それは普通の戦闘での話である。今行われているのは大規模戦闘であり、〈緑小鬼〉は数という強さを持ったレイドボスだ。油断すれば大怪我を負うし、下手を打てば倒れるかもしれない。
だからこそ、戦略が必要だった。全力が必須だった。
例えば、アシュラムは〈暗殺者〉である。その一番の特徴は一撃必殺の特技の数々だ。それを次々と放てば〈緑小鬼〉を多数屠ることはたやすい。
だが、そうなれば〈緑小鬼〉は壁役の蒼月ではなくアシュラムに殺到するだろう。そうなれば戦略も戦況も崩れることになる。そうなっては〈緑小鬼〉を倒すどころか戦い続けることも不可能になるだろう。多数で戦う時に、ひとりで戦うことはできないのだ。それは、大規模戦闘で特に顕著だった。
ホムラは月華と蒼月兄妹と並んで刀を振るいながら、視線を巡らせる。目の前の三体の〈緑小鬼〉はすぐに倒すことができるだろう。〈緑小鬼の呪術師〉は〈冒険者〉の魔術師と同様に装甲が薄いので、一撃で討伐することが可能だ。
次に取りかかるべきは何か。何をすればいいのか。何が必要なのか。ホムラは考えを巡らせる。
戦場は流動的だ。攻撃一つ、魔法一つとっても、事態を劇的に変えうる力がある。一つの考えにこだわることは命取りだ。
幾つもの可能性を目の前に浮かべ、最善策を選びとる。それが指揮というものだと、ホムラは思っている。
蒼月と月華の刃に、〈緑小鬼〉達は耐えきれずほふられた。月華は続いて、眠りこける〈緑小鬼の呪術師〉に接近する。その向こうで、〈緑小鬼〉より一回り二回り大きそうな巨体が現れるのを、ホムラは見た。
「ホブゴブリン接近! 蒼月、タウント頼むっ。月華はそのまま〈緑小鬼〉の相手!」
「任せろっ」
「了解!」
蒼月と月華は即座に反応する。ホムラはその場で待機し、クロッドは〈ユニコーン〉を蒼月に付け、ルイは移動阻害魔法をかけてホブゴブリンの動きを止める。
「アシュラム、俺が指示すると同時に弓でホブゴブリンを頼んだ!」
指示に対し、アシュラムの返事は無かった。しかし、視界の隅で、頷くのを確認できれば、それで充分だ。ホムラは安心して、タイミングと戦況を見ることができる。
月華は鮮やかなまでの速さで〈緑小鬼の呪術師〉を斬り捨て、ホムラの傍に戻ってきた。それを横目に見、更に取り憑かれたように蒼月のみを攻撃するホブゴブリンを見、ホムラは声を張り上げた。
「アシュラム!」
「……〈アサシネイト〉……!」
アシュラムの放った矢は、絶対的な威力を持ってホブゴブリンの胸に突き刺さった。ホブゴブリンはぎくんっ、と身体を硬直させた後、そのまま前のめりに倒れ伏した。
ホムラはほ、と息をつきかけ、慌てて気を引き締めた。ほかの誰もが、抜けそうな緊張感を保とうと努力している。
戦いはまだ、続いていた。
―――
戦闘は、一時小休止を迎えていた。
全てが終わったわけではないが、それは、休息をしない理由にはならない。むしろ、終わっていないからこそ、次に向けての体力回復に努めるべきである。
クロッドもまた、休みを取る戦士のひとりだった。彼自身は魔術師系統の職業であるため動き回ることはないが、召喚したモンスターを動かし、戦闘に加わるには、MPが必要である。そしてMPを回復するには、身体を休めるのが一番だ。もっとも、そこまで酷く消耗しているわけではないので、すぐに全快するだろう。
それは、隣に腰を下ろすホムラも同様だった。
クロッドはちらり、とホムラに視線を遣る。ホムラは気付いているのかいないのか、脱いだ鎧を布で磨いたり、刀のチェックに余念が無い。
クロッドは決してお喋りな方ではなかったが、黙っているのは、不思議と気詰まりだった。
「ホムラ君は、さ」
「……んー?」
「蒼月さんや月華さんと、よく一緒にいるんだよね」
今回、初めて顔を合わせたふたりに、話題の選択肢は少ない。自然と、一緒に組むことになった〈D.D.D〉の幹部ふたりが話の種になった。
「まあ、いるね」
ホムラは肯定したあと、それがどうした、と言わんばかりに、気だるげな瞳をクロッドに向けた。
「あー、いや……それがどう、というわけじゃないけど……どうしてかなと。リアルの知り合い?」
「いーや? 俺、ふたりに会ったの、〈エルダー・テイル〉でが初めてだよ」
「じゃ……」
「新人の時、蒼月がたまたま教導してる班に俺がいてー、で、馬が合ったんよ。そこから自然と月華とも知り合いになって、で、今に至る、みたいな」
ホムラの言葉は、煙にまくような言い方だった。しかし、ごまかしている風でもないので、おそらくこれが素の状態なのだろう。ランスロットに紹介された時は、この、どこか抜いたような話し方ではなかったから、猫を被っていたのだろうか。言葉を発しなくとも、態度に出そうなものだが。
「で、何? ふたりのこと訊きたいの?」
「え? あー、うん、まあ」
クロッドは言葉に詰まった。蒼月と月華のことを訊きたいことは事実だが、あっさり答えてくれることが意外だったのである。
クロッドの反応に構わず、ホムラはマイペースに話を続けた。
「ふたりはさあ、まあ、何ていうの? 一言で言うと、強い人達だよ」
「強い……まあ幹部になれるぐらいだし」
「違う違う。そういう物理的な強さじゃなくて、精神的なもん」
ホムラは持っていた刀を鞘に戻し、横に置いた。
「この世界に来た時さあ、みんな、多かれ少なかれ動揺してたじゃん。受け入れるのにだって時間がかかったし、生きるのに精一杯だった。いや、違うな……生きること自体は、全然簡単だった。ただ、自分を保つのに精一杯だった。その中で、そんな中で、あいつらは揺らがなかった。自分を見失わなかった。その上ミナミからアキバへのヤマト横断決行したんだぜ。まじ凄ぇよな」
「君もじゃないか」
「俺はついて行っただけだし」
ホムラはそうのたまうが、話している様子を見る限り、おそらく彼も月華や蒼月と同種だ。クロッドは憮然としてホムラを見つめる。
「実力で言えば、そりゃあの陰険眼鏡のギルマスとか、ほかのギルドで言ったら黒剣とか、例の茶会のメンバーとかの方がよっぽど強いよ。あんなチートと比べちゃ駄目だわ。でもさ、心意気はタメ張ると思うよ。多分だけど。多分だけど」
「二回も言わなくても……」
「大事なことなので二回言いましたっと」
ホムラはつい、と肩をすくめた。
「で、まあ、個人の話になるけど――蒼月は、いい兄ちゃん。頭いいし、めっちゃ強いし、性格いいし、イケメンだしで、まさにザ・モテ男。教導部隊に所属してるだけあって、並の教師より教え方うまいし、いざと言う時は頼ってもいい人間だよ。月華も、性格イケメン。なんつーか、女の子にモテる女の子。美人だし、背高いしね。あと子供に優しい」
「そういえば、最近〈大地人〉の子供と一緒によくいるって聞いたけど」
「それは蒼月の方だな。まあ月華ともよくいるけど。……それはともかく、月華は本当に格好いい女の子なんだよ。野郎にももてるから、牽制すんの大変なんだよな」
「……うん?」
クロッドは思わず訊き返した。今、普通の会話では出てこない単語が出てきたような――
「……ホムラ君、月華さんのこと好きなの?」
「そうだよ」
ホムラは恥ずかしげもなく、あっさりと肯定した。
「結構アタックしてるんだけど、いまいち効果薄いんだよなー。蒼月いわく、男に囲まれて育ったから、あんまり恋愛ごとに興味が向かないんだとさ。百合っ娘じゃないだけ、まだ望みはあるけどな」
「そ、そうなんだ」
反応に困ったクロッドである。
「まあ、恋愛対象には見られなくとも、頼ってもいい相手にはなりたいね。とりあえず今は」
ホムラは鎧を装着しながら、遠い目をした。
「蒼月にも言えることなんだけどさ――ふたり共、責任とか色々増えて、時々苦しそうに見えるんだよ。特に月華がさ。お互いに言い合ったりして整理つけてるみたいだけど、それだけだときっと足りなくなってくる。そんな時、俺を頼ってくれたらいいのにって思うんだ。ま、まだまだ力不足なのは理解してるから、今は努力中だけどね」
「…………」
クロッドは無言でホムラを見つめていた。
言葉が見つからなかった。絶句していた。
クロッドは、実力あるレイダーである。ゲーム時代は何度も大規模戦闘に参加してきたし、現実化した今でもその自負は変わらない。最初は現実化した戦闘に悩み――時に吐くほど苦しんだこともあったが、今は吹っ切れた。
けれど、誰かに頼ってほしいとは思っていなかった。
信頼関係はある。例えば、アシュラムとルイは同じ部隊に所属しており、何度もパーティを組んだことがある。その中で、信用と信頼をはぐくんできた。今回の〈緑小鬼〉討伐戦で、蒼月や月華、ホムラとも信頼関係を結べたと思っている。
けれど、それは戦場でのことだ。その他のことで頼ってほしいなど、クロッドは思ったことは無かった。
苦しい時に、頼れるようになりたいなど、思ったことは無かった。
クロッドは、それが何より恥ずかしいことに思えて、うつむく。自分が矮小に思えて、大切なものを無視して捨て続けていたように感じられて、いたたまれなくなる。
それを口にすれば、ホムラは否定するだろう。慰めるわけでも、気遣うわけでもなく、ただ事実を述べて、否定するのだろう。
だが、クロッドは何も言わない。口を閉ざすことで、ちっぽけなプライドを守れるような気がしたから。
戦いが再開されるまで、あと少し。
思ったより遅くなってしまいました……待ってくださった方(少ないだろうけど)申しわけありません。
今回、新しいキャラクターが出てきました。クロッド、ルイ、アシュラムは櫻華さんが考えてくれたキャラクターで、櫻華さんの小説「天照の巫女」で先行して登場しています。櫻華さん、ありがとうございます!
次か、その次で終わりになるかと思います。それまでしばしお付き合い願いします。
では!