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『ログ・ホライズン』二次創作、二作目です。

 その日、月華はテンプルサイドの街の前にいた。

 〈円卓会議〉が発足されて一ヶ月。〈会議〉の一角である〈D.D.D〉の幹部として仕事が増えた月華だが、それが先日ようやく片付いた。正確には一段落着いたと言うべきなのであろうが、手透きになったのは違いない。

 そこで、できた暇を櫛八玉に会いに行くのに使ったのである。先方に連絡を入れてみると了承が得られたし、それどころか泊まりがけの提案まで出た。最初は遠慮したのだが、櫛八玉と八重桜の熱心な頼み――八割がた八重桜なのだが――に押され、結局泊まることにしたのである。

 本当なら蒼月と一緒に来たかったところなのだが、彼は部署が違うため、仕事の内容も変わってくる。結果都合が合わず、こうしてひとりで来ることになった。ホムラやリリアなどを連れてきてもよかったのだが、ふたりも都合が合わず、断念した。

 そして現在、ひとり旅である。

 〈鷲獅子〉を使ってひとっ飛びしておいて、旅も無いだろうが。

 さて、と、月華はぐるりと街へ視線を巡らせた。

 アキバとは違い、〈大地人〉の数が〈冒険者〉の数より圧倒的に多い。というより、〈冒険者〉の姿が見えない。

 櫛八玉の話では、迎えを来させているそうだが、どこにいるのだろうか。すでに念話で連絡はしているので、そろそろ来ているはずなのだが。

 くびれた腰に手を当て、月華は首を傾げる。もう少しすれば来るだろうと、力を抜いた時だった。

「月華さあん!」

 自分を呼ぶ少年の大声に、月華はぱちぱちと瞬きをくり返した。

 この声には聞き覚えがあった。〈大災害〉以前の話なので、イヤホン越し、ではあったけれど。

 がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら街の中から走ってくる年若い〈冒険者〉に、月華は目を細めた。

「ダルタス君」

 ダルタス。元〈D.D.D〉のメンバーであり、現在は櫛八玉主催のギルド、〈太陽の軌跡(サン・ロード)〉に所属している〈守護騎士〉である。

 話に聞くところによると、櫛八玉のギルドに入りたいと希望した結果、高山三佐に脅されて櫛八玉の監視係にされてしまったとか。〈大災害〉当初、相手が櫛八玉だと知らず喧嘩を売ってしまい、櫛八玉の本気を見せ付けられ、汚名をそそげと怒られた経緯を持つ、なかなか不憫な青年である。

 月華は当然彼を知っていた。〈D.D.D〉では、期待の新人とされていた存在である。リリアとは同時期にギルドに入ったこともあり、彼女ともそれなりに話をしていた。いないと知って、リリアが残念がっていたのを覚えている。

 月華はなるほど、と頷いた。

「迎えって君か。確かに、全く知らない人寄越すよりはいいな」

「ッス。ボス達は屋敷で月華さん迎える準備してます」

「……ボス?」

「ギルマスのことッス。あ、今のですよ」

「………………」

 何をしたんですか、先輩。

 月華は天を仰いだ。

 櫛八玉といい、ホムラといい、御前と呼ばれている最初期の元三羽烏といい、一度でも〈D.D.D〉に所属した〈神祇官〉はまともな人間がいないようだ。

「しかし、準備って何?」

「月華さんが泊まる部屋とかみたいです。あ、荷物持ちます!」

「いいよ。別に。魔法の鞄(マジックバック)に入れてきたから、全部」

 月華は手を差し出す元後輩に苦笑を浮かべた。


   ―――


 うっん、と背を伸ばし、蒼月は凝り固まった肩をほぐす。ここ最近あまり外に出られないせいで、すっかり身体が硬直しているような気がした。

 ここは〈D.D.D〉の教導部隊の専用執務室。蒼月が座っているのはその執務机である。

 目の前には、小山になった書類。全て片付け終わったものだ。しかし、あくまで小休止に入ったに過ぎず、またしばらくすれば新しく筆を取らねばならない。

「あー……」

 蒼月は気の抜けた声を上げ、全身を椅子の背もたれに預ける。鎧を脱ぎ、私服でだらける姿は、ごくごく普通の青年に見えた。少なくとも、巨大な戦闘ギルドの幹部には見えない。

「そのような姿、部下には見せられませんわね」

 凛とした声に、蒼月は半分閉じかけた目を改めて開いた。

「やあ、リーゼ。仕事、終わった?」

 蒼月の視線の先には、金髪を縦ロールにした、目鼻立ちの整った細身の少女。

 教導部隊の長、リーゼである。

「ええ。これ、どうぞ」

 リーゼの手には、湯気を上げる白いマグカップがあった。受け取って中身を見れば、濃く淹れた黒薔薇茶が入っていた。

「ありがとう」

蒼月はゆっくりそれを口に含み、目元をもんだ。

「本当にお疲れのようですね」

「うん。馴れないことをするもんじゃないな。資料整理なんて、部活で少しやった程度だし」

「部活?」

「剣道部。中学、高校、大学、全部主将だった」

「……凄いですわね」

 リーゼは感心を通り越して驚愕したようだった。声が微妙に震えている。

 蒼月は苦笑した。

「大したことじゃないよ。ただ団体戦で最後を務めていただけだ」

「充分大したことだと思いますわ……」

 そう言ったリーゼは、ため息まじりだった。蒼月は首を傾げるが、特に言及はしない。

「しっかし、〈大災害〉からこんなに人数が増えるとは思わなかったな」

 蒼月の手には、〈大災害〉以後に入ってきた〈冒険者〉の名前と職業などが書かれたリストがある。〈D.D.D〉所属の〈筆写師〉が作ったものだ。

「おかげで仕事が大変だ」

「その中で大規模戦闘(レイド)に参加できるのはごく僅か。古参のメンバーもゲーム時代と現在の乖離の確認がありますし、少なくとも現在、新規の大規模戦闘は難しいでしょう」

「だろうなあ。俺もまだ九十レベル以上のモンスターと戦うのは難しいな」

 リーゼに同意しつつ、蒼月はふと、〈円卓会議〉が発足する少し前のことを思い出した。

 ミナミからアキバへの旅から帰ってしばらくした後、蒼月は月華やホムラ、その他のギルドメンバーと共に八十レベル以上のモンスターがいるダンジョンに行った。勿論、実力を確認するためだ。

 数時間はそれなりに戦うことができた。ゲーム時代に比べて圧倒的に苦戦したが、それでも、ぎりぎり戦況を保つことはできた。

 それが崩れたのは、同行していた〈召喚術師〉のMPが二割を切った辺りだった。

 そろそろ抜けようか、と言っていた辺りで、モンスターの大群に遭遇してしまった。

 油断していたのだ。疲れてもいた。

 画面の向こう側にいるPCを操作するのと、実際に自分の身体を使って戦うのとでは、まるで違っていた。解っていたはずなのに、気を抜いてしまった。

 その結果、彼らは全滅してしまった。

 戦線を保つことができず、誰ひとりとして生き残ることができなかった。

 死なない世界での死は、今でも蒼月の脳裏に焼き付いている。

 鎧が砕かれ、肉が貫かれる感覚をすぐにでも思い出せる。右腹を走った痛みがどれほどだったかも。

 その時脳裏をよぎったのは、現実世界での思い出だった。思い出したくも無い、薄暗い思い出。

「……どうしたもんかな」

「蒼月さん?」

 前髪をかき上げた蒼月を、リーゼは不思議そうに見つめる。それには反応を返さず、蒼月はカップの中身を飲み干し、立ち上がった。

「でかけてくる」

「えっ」

「ちょっと息抜き。付いてくる?」

「……いえ、わたくしもやることがありますから」

「そか」

 蒼月は微笑して、執務室を後にした。

 少しだけ、頭を空っぽにしたかった。考えることは、多いから。


   ―――


 ――出かけなきゃよかった!

 ギルドキャッスルから出て十分。蒼月は早速後悔していた。

 特別何かをしていたわけではなかった。ただぶらぶらと、リーゼに言った通り息抜きの散歩をしていただけだった。

 なのに、なぜか急に絡まれた。

 見覚えの無い、男性〈冒険者〉の三人組に。

「な、いいじゃん、兄ちゃん。俺らと遊びに行こうぜ」

「別に一緒に冒険しようぜとはいわねーからさあ」

「お断りします」

「つれねーこと言うなよぉ」

 ――蒼月はなぜか、男性に好かれやすい。幼少の頃から、異様に同性に迫られる。同じクラス、同じ部活に、必ずひとりはそういう目で見てくる輩がいたものである。

 そういう場合は、大半の蒼月をそういう風に見ない友人に助けてもらったものだが、それでも精神的に参ったことに違いない。

 ゲーム時代も、時たまそういった趣味の人間に迫られたことがあった。大抵は拒絶すれば諦めてくれるが、一度だけ、とてつもなくしつこい者がいた。あまりのしつこさに、最終的にGMコールすることになったのだが、それにいたるまでがまさに悪夢だった。それまでからかってきていたセバス・チャンが、現実(リアル)で土下座するほどだった。画面越しというのに、今でも思い出すだけで涙が出る。

 それが、現実化した今も有効なのか――否、現実化したからこそ有効なのかもしれない。ただでさえ現実世界で変なものを引き寄せていたのに、美形化した現在は更に余計なものを引っ張ってくるようになってしまったようだ。

 今までは、外に出る時は誰かと一緒か、ひとりでも武装していることが多かった。だから絡まれなかったが、現在はひとりで、しかも私服だ。話しかけやすかったのだろう。

 ――もう嫌だ、この体質……

 衛兵に排除される覚悟で、力づくで押し退けようかと考えた時だった。

「何やってるんですか?」

 咎めるような、冷たい声。温度を感じさせない冷淡な声に、男達は身体を震わせるが、蒼月は知った声に肩の力を抜いた。

「あんたら、男相手にナンパとか、虚しくねえ?」

 次いで聞こえたのは、別の声だ。内容こそ軽薄そうだが、声は最初のものと同様、冷たい。

 蒼月が視線を上げれば、思った通りの姿がふたつあった。

「シロエ君、直継君」

 その名前――特に前者の名前――を聞いたとたん、男達の顔色は明らかに変わった。

 男達の背後にいたのは、ふたりの青年。ひとりは白いローブに丸縁眼鏡をかけた、三白眼の〈付与術師〉。もうひとりは全身鎧をまとった明るい面立ちの〈守護騎士〉である。

 三人の男達は、おそるおそる後ろを確認し、じりじりと後ずさった。

「え、えーと……」

「お、俺達用事思い出したんで、これで!」

 身を翻した男達は、目を見張る逃げ足を見せた。さすが〈冒険者〉と言ったところか、すでにはるか向こうに背中がある。

「調子のいいやつらたな」

「あはは……ありがと、ふたりとも。助かった」

 苦笑した蒼月は、ふたりに軽く頭を下げた。それに対し、シロエは困ったように首をすくめる。

「や、僕達たまたま通りがかっただけなんで……」

「そうそう。しっかし蒼月、おまえまじであーいうの引き寄せんだなあ……冗談だと思ってた」

「ほっといてくれ」

 直継のしみじみとした声に、蒼月は顔をしかめた。それにシロエは戸惑いの表情を見せる。

 アキバでは"腹ぐろ眼鏡"などと呼ばれ、〈円卓会議〉の裏の立役者である彼だが、普段はごく普通の、やや内気な青年である。こうして話すのは久しぶりだが、蒼月は彼に好感を持っていた。それに櫛八玉を通して、ゲーム時代からそれなり親しくしている。

「よかったらうちのギルドに来ませんか?せっかく会ったし、久しぶりに話がしたいです」

「勿論」

 願ってもない誘いに、蒼月は笑みを取り戻した。


   ―――


 ギルドで話、と言っても、その内容はほとんど蒼月の愚痴だった。

 内容は勿論、先ほども含めた、蒼月の男性吸引体質である。

 最初こそ同情の意を示していたシロエと直継だったが、話が進むにつれ、青ざめた顔になっていた。

「うげえ……それ、もうトラウマレベルじゃねぇか……何でそこまで引き付けんの? まさに文字通りの男祭り」

「俺が聞きたい……幼稚園から小学校では誘拐、中学高校では同級生か下級生……先輩がいなかったのは幸いだったかな」

「それ幸いなんですか……?」

 直継は理解しがたいとばかりに首を振り、シロエは苦笑しようとして失敗した。蒼月も含め、そのケは一切無いため、精神力はごりごり削られていく。

「それに、〈D.D.D〉にそういうの見るの好きなメンバーがいてさあ……ネタにされてたし。あ、ちなみに女の子ね」

「発酵してんのかい」

 直継のツッコミは弱かった。

「蒼月っちの悩みの種ですからにゃあ」

 のんびりとした、それでも哀れみを含んだ声と共に四人分の茶を持ってきたのは、〈記録の地平線〉メンバーであるにゃん太だ。櫛八玉を通した、蒼月の古い知り合いである。

「師父……何とかなりませんか?」

「さすがの我輩も、それに対処する方法は存じませんにゃあ」

「ですよね」

 がっくり肩を落とした。

「まあまあ、この話はこれくらいにしてっ」

 シロエは無理矢理、実に下手くそに話の筋を変えた。

「今日は月華さん、クシさんのところなんですよね」

「ああ。俺も行きたかったんだが、数日空くほどの暇が、今のところなくてな。さっきも、息抜きで外に出ただけだし」

 それであんなやつらに絡まれてりゃ世話ないが――蒼月の目が死んでいくのを見て、慌てたのはシロエである。

「あ、あの、あれからミナミにいるレモン・ジンガーさんとは連絡はとれましたか?」

「ん? あ、ああ」

 蒼月は我に返った。

 シロエには、〈円卓会議〉結成直後に、ミナミの様子を尋ねられたことある。その後、ミナミにいる知り合いから連絡があればそれを教えるという約束が、ギルド間で公式に交わされた。なるほど、その意味もあったかと、蒼月は居住まいを正す。

「今のところ、大きな動きは無し。キョウの貴族とのやり取りは積極的に行われてるがな」

 蒼月はレモンからの情報を思い出し、顔をしかめた。

 ミナミを支配する単一ギルド〈Plant hwyaden〉。その力はゲーム時代では考えられない絶対的な権力を誇っている。〈大地人〉と手を組み、衛兵システムさえ手駒にしたその支配は、遠く離れたアキバでも無視できないものになっていた。

 特に気になるのは、キョウの〈大地人〉貴族と手を組んだという点だ。アキバの街の〈冒険者〉はぴんと来ていないようだが、ザジという〈大地人〉の少年と親しく接している蒼月は、その意味を知っている。

 そして、目の前で真剣な面持ちになったシロエも、また。

「我々も、〈大地人〉と接点を持つ時かもしれません」

 シロエは、ティーカップを揺らした。

 直継は目を瞬く。

「接点って……どういうことだよ」

「まだ具体的にまとまってるわけじゃないけど……多分、遠からず〈大地人〉側から何かしら動きがあると思う」

 シロエは眼鏡の奥の瞳を光らせた。

 それを見た蒼月は、頼もしく思うと同時に恐ろしくも感じる。

 シロエは、蒼月から見て底知れぬ人間だ。その印象は、ゲーム時代から変わらず抱いている感想である。

 普段の彼は、人見知りはするけれど、心優しい人間である。しかしひとたび指針を定めれば、そのための努力も手段も惜しまない。その様は、いっそ冷酷と言っていいだろう。

 その点は、〈D.D.D〉のギルドマスターのクラスティと似たところがある。

 特に、目指すもののために手を惜しまず、全力を出す辺りがそっくりだ。

 その根幹にあるものは、いっそ別種と言ってもいいが。

 蒼月は思い出す。〈D.D.D〉のギルドマスターの、涼しげな横顔を。その顔が、喜びに歪む瞬間を。

 蒼月は知っている。クラスティがゲーム時代、何を思ってギルドを立ち上げたかを。その意思が、現実化した今なお揺らいでいないことを。

 それは、ある意味当たり前の感情で、しかし、その当たり前が当たり前でない部分で発揮されるゆえに、知られれば反感、下手すれば嫌悪感さえ抱かせるものだ。実際、彼の根本を見て、一体何人の人間がギルドを去ったことか。

 蒼月はふと、目の前の青年がこの事を知ればどう思うか気になった。シロエは、クラスティの本性に対して、どんな感想を抱くのか。

 しかし実行に移すことはなく、蒼月はカップの中身を飲み干した。



 久しぶりの方はお久しぶりです、初めましての方は初めまして、沙伊です。

 今回、また『ログ・ホライズン』の二次創作を書かせていただきました。月華達の冒険二作目です。

 今回は導入部分ということで、あんまり盛り上がらなかったですけど……それに主人公の月華より、お兄ちゃんの蒼月の方が目立ってますし。あと、『辺境の街にて』よりキャラをお借りしました。

 蒼月の体質はギャグ要素のつもりなので、びーえる的展開は無いです。そのままだとただのイケメンになりそうだったんで、それじゃつまらないと付けた設定なんですけど、どうしてこうなった感がいなめない。

 次回は月華中心で、ホムラやリリアも出せたらと思います。では!


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