3:狂気の王子様
「俺のルデアは…眠り姫は、どこに居るのだろうか…―」
一人の青年が、多いな窓から美しく茂る森を眺める。
どこか儚げでありながら、希望を灯した瞳をしている。
「グレイ王子!…大変です!!」
突然、大きな音をたてて扉が開かれた。
グレイ王子、と呼ばれた青年は、驚きつつも振り返る。
一人の兵士が、息を切らせながら跪いていた。
「薔薇の塔に眠っていた、眠り姫が…!セラフィア王国の王子によって、救出されたとのことです…!」
「っ、どういうことだ!?」
グレイは怒りをあらわにし、兵士に問い詰めた。
「それは、俺の婚約者のルデアなのか…!?」
「いいえ。それが…その眠り姫の名は、ローゼン、というらしいです。」
「ローゼン…?ルデアではない、のか…。ルデアが記憶を失ってしまったのだろうか…?なんにせよ、はやくルデアを迎えに行こう。彼女はセラフィア王国の人間ではない。」
「……し、しかし、王子…。その、眠り姫は…―」
♦♦♦
コト、と、美しいテーブルに、それまた美しいティーカップが置かれる。
ローゼンは、不機嫌そうな表情でそれを見つめていた。
ティーカップを置いたのは、クラウンだった。クラウンは、ローゼンの目の前に座ると、ニッコリと微笑んだ。
「どうしたんだい、ローゼン。そんな不機嫌そうな顔をして…。可愛い顔が台無しだよ?」
「やめてください。……どうして、パーティの最中にナナカと話させてくれなかったのですか?」
「別に、話す機会なんていくらでもあったじゃないか」
「違います!…クラウンさんが、私の隣からまったく離れなかったからじゃないですか!?」
ローゼンは思い切り、手のひらでテーブルを叩いた。
この男は、どうにも理解ができない。
そういった感情すべてを表に出したかのように。
そんなローゼンの姿をに、クラウンはいっさい表情を変えなかった。
「…だからさ、婚約者の隣にいて、何が悪いの?」
「貴方がいつ、私の婚約者になったのですか?私は貴方と結婚する気はないのですが。」
「俺と行かなければ、薔薇の塔に閉じ込められたままだったんだよ?受け入れようよ、それが、ローゼンの運命なんだよ」
「…最悪ですね。どうやら、私と貴方は分かり合えないみたいです。」
ローゼンはそう言い、出された紅茶に手を付けることもなく部屋から出ようと立ち上がった。
「っ!?なにするんですか!?」
その瞬間、ローゼンの手を取り、いつの間にか近づいていたクラウンは、ローゼンを後ろから、強く抱きしめた。
「あのさ、どうしても離れたいなら、もう一回眠る?」
クラウンの右手にはナイフが握られていて。
ナイフを突きつけた先は、ローゼンの心臓を指していて。
クラウンの表情は、無邪気な子供のように楽しそうで…―。
「…っ、…あ…」
「どうする?」
トントンと、軽く服の上から胸に触れるナイフ。
断れば、クラウンはきっと容赦なくローゼンの胸を貫くだろう。
私は、本当に厄介な男に捕まってしまったらしい。
ローゼンの頭の中は、やけに冷静であった。
そして、胸を締め付けるようなざわめき。
ああ…このざわめきは、きっと…。
「ローゼン、どうするの?」
「ご、めんなさい…。もう少し、そばで考えさせてください…」
「うーん…納得行かないけど、まあいいや。今日のところは、俺も許してあげるよ。」
言いようのない、恐怖なんだ…―。
♦♦♦
古びた薔薇の塔に、一人の男が舞い降りる。
「……約束を破ったことは、本当らしいな。ルデア」
彼は塔の壁を撫でながら、ぽつりと呟く。
その瞳は憎悪に満ちていた。
「ルデア…君は悪人だ。僕の手で、裁いてあげよう…。」
塔の薔薇を素手でへし折ると、手からあふれた血を舐めとる。
狂気を含んだ、笑みを浮かべて。