2:魔女と姫
私がこの王国に来てから、2日が経った。
私は、"眠り姫"のローゼンと呼ばれ、王国の人に優しくしてもらえてる。
でも……。
どうしてこの世界に来てしまったのだろうか…―。
「おっ、お姫様…!」
城から少し離れた森で散歩をするローゼン。
考え事していたため、後ろからかけられた声に驚いた。
振り返るとそこには、魔法使いのかっこうをした少女が立っていた。
「えっと…お姫様、って、私ですか?」
「は、はい!…あ、あの、眠り姫のローゼン様ですよね!?お会いできて、私、嬉しいです…!」
少女はそう言うと、おどおどとしながらもローゼンに詰め寄ってきた。
「ち、近いです…!あの、私は今眠り姫のローゼンと呼ばれているだけで、本当はこの世界の人間じゃないんです!」
ローゼンがそういうと、少女はぴたりと止まって、そして一瞬だけ、酷く悲しそうに顔を歪ませ、そして微笑んだ。
「だ、大丈夫ですよ!…きっと、お姫様は眠りについていて、記憶が曖昧なんです!だから、お姫様は眠り姫に―」
「だから!違うって言ってるんです…!」
「あっ……ご、ごめんなさい!私、お姫様のこと、全然考えてなくてっ…その、あの…!」
少女は人と話すことに慣れてないのだろうか、あたふたと焦ってしまった。
その姿を申し訳なく思ったのか、ローゼンは少女の近くに寄って、小さなその手を取った。
「あ…の……?」
「私が、言い過ぎました。…貴女に言っても、状況は、変わらないですよね。ごめんなさい。」
「い、いえ!いいえ!お姫様は謝らないでください…!お姫様もきっと、ここでの生活に慣れると思います。みんな、優しい人ですし…」
少女の柔らかな笑みに安心すると、ローゼンは口を開いた。
「そういえば、貴女の名前は?」
「わ、私ですか?私は、ナナカ…ナナカ=ヴェルセルヒェンといいます。ナナカ、とお呼びください。」
「分かりました、よろしくお願いします。ナナカ。」
「あ、あの、こんなこと言うのもなんですが、お姫様なのですから…その…。私には敬語など使わなくていいのでは……?」
「それは…ごめんなさい、私もこの生活に慣れるまで、そのままでいいですか?」
「えっ、あ、はい!いえ、別にお姫様がそれでよろしければ、それでいいんです…!!」
ナナカは焦って何回もローゼンに頭を下げる。
ローゼンが顔を上げて、と頼むとやっとこちらを見てくれた。
「ナナカは魔女、なんですか…?」
「あ、はい!そうですよ!…お姫様が死ぬ運命を、100年の眠りに変えた魔女です。……ごめんなさい、私がもっと強ければ、お姫様にこんな不自由はさせなかったのですが……」
「いえ、私は今ここで生きていられるだけで、嬉しいですよ。」
ローゼンの答えにナナカはほっと、安堵のため息をついた。
そしてローゼンは何かを思いついたのか、ナナカに頼み事をした。
「…あの、もしナナカが暇でしたら、…この王国周辺を案内してくれませんか?」
「え!?私が、ですか…?そ、それは、クラウン様に頼んだほうがよろしいのでは……?」
「今日もあの人から逃げるために、ここまで散歩をしてたんです。…あの人、なんだか怖くって…。」
「…そう、なんですか…。で、では、私がお姫様をご案内いたします!まずは…私の、魔女の森から行きましょう!」
さっきまでのおどおどとした態度が嘘のように、ナナカは勢い良くローゼンの手を取って、歩き始めた。
♦♦♦
「…可愛い、家ですね」
ローゼンの口から自然と漏れた言葉。
その言葉を聞いて、ナナカの表情に、パッと笑顔が咲いた。
「あ、ありがとうございます!家ではないのですか…私、ここで研究をしているんです!」
「え?…じゃあ、ナナカはどこに住んでいるのですか?」
「私、は、お姫様の命を救った魔女…と言われてから、このセラフィア王国に食客として受け入れられたんです。…ですから、普段は王国内にいますよ。」
「そうなんですね。…じゃあ、今から仕事でしたか?私の後ろから、この森に向かっていたんですよね?」
「え?いいえ。…わ、私もこの王国の人間ですから、お姫様に挨拶をしておきたいなって…思って…。」
「あ、ごめんなさい。そうだったんですね!」
ローゼンは、照れているのか、赤くなってしまっているナナカに謝った。
ナナカはやはり照れていたようで、真っ赤になりながらもローゼンに微笑んだ。
「次は、どこに行きましょうか…?」
ナナカがそう言い、振り返った時だった。
―…ガサッ…ガサ…―
茂みから怪しげな音がしたのだ。
咄嗟に反応したナナカは、ローゼンを守るようにして立つ。
「誰ですか…?」
「ああ、ナナカか。」
そこに立っていたのはクラウンだった。
「あ、えっ…クラウン様、も、申し訳ございません!」
「いいよ、俺は気にしてないから。……それよりも、ローゼン。探したよ。どうしてこんな所にいるんだい?」
「ナナカに案内してもらって、城の周辺を散歩していただけです。」
ローゼンは顔色一つ変えずに、クラウンにそう伝える。
その場を他者の視点から見てみれば、まるでローゼンがナナカを守っているように見えた。
「そう…。でも、ナナカじゃなくて俺でも良かったのに。俺だって、案内くらいは出来るよ?」
「じゃあ、クラウンさんには、明日、お願いします。今日は、せっかく会えたナナカと仲好くなりたいので。」
「その、クラウンさんってのどうにかならないのかなぁ。仮にも婚約者なのに。…ローゼン、今日は王国でパーティがある。もう戻って仕度をするんだ。」
クラウンがローゼンに近づき手を取ろうとした。
「…っ、触るな…!」
クラウンが伸ばした手を、ローゼンは払いのけたのだ。
クラウンもナナカも、その行為には驚いた。
ただ一人ローゼンだけが、当たり前だという顔をしていたのだ。
「……ローゼン?」
「私、生涯決めた一人の男性にしか手を引かれたくないんです。貴方と出会ったときは、戸惑いのあまりそのまま貴方の手に引かれましたが、二度目はありません。」
「それって…俺と結婚すればすむ話だよね?」
「私の気持ちを無視して、ですか?」
「はぁ…まあいいや、付いてきて。」
クラウンは溜息をつくと、ローゼンに付いてくるように促し、先に進んでいってしまった。
「ナナカはパーティに参加しますか?」
「あ、はい!では、そこでお会いしましょう。」
ナナカのその言葉に頷き、ローゼンはクラウンの背中を追うように城へと戻っていった。
「渡さない…絶対に、渡さない…。」
森に残された一人の魔女は、妖しく微笑んだ。