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10:ニセモノ




「とっても綺麗だよ、ローゼン」


そんなことを、言われても。


ローゼンは浮かない顔で、目の前のクラウンを見つめる。

カルナと別れてから、ローゼンはしばらく放心状態だった。

初めてできた友人に、自分の気づいて…いや、気にしてなかったことを、はっきりと言われてしまったのだ。

この世界に来てから、どこか、自分は特別視されるのが、当たり前だと思っていた。


「…そんな、わけない…」


ローゼンは俯きながら、小さく呟いた。




自分は、たまたま運良く、クラウンさんに拾ってもらえただけ。

そして、この世界では、私は余りにも無力で弱い存在なのだと、忘れていた。




グッと、顔を上に向けられた。

クラウンさんの綺麗な金色の瞳が、目の前にあった。



「戻ったんだね?」


「あ、の…!…離してください!」



クラウンの腕を容赦なく払い除けるローゼン。

その目には戸惑いと、怒りの色が見られた。


「…よかった。元の君に戻ってくれて。今日は、君と俺の婚約発表をする日なんだ。俺達のために、多くの国が集まってくれたんだよ」


クラウンがなんと話しかけても、ローゼンが返事をすることはなかった。


ローゼンの腰掛けるベッドの隣に、クラウンも静かに腰掛けた。


「…ローゼン。君を、そんな顔にさせたのは、カルナ?」


そう、優しく囁いた。

クラウンの言葉に反応するかのように、ローゼンは、ビクリと体を揺らした。


「ふうん、やっぱり。…魔女の次は、騎士とはね」


「…私が、悪いんです。私は、自分が特別なんだと、それが当たり前なんだ、と思ってました」


「ローゼンは、それが悪いって本当に思ってる?」


「えっ……?」


「目覚めた世界が覚えのないものなら、…俺だって、誰だって勘違いはするし、精神を保つために、特別な考えに至ると思う。━俺はそれを、悪いだなんて思わないよ。」


それは、久しぶりに見た、クラウンの優しい笑みだった。

その笑みは、今までの不安も、消してくれそうで…。




垣間見えた狂気すら、忘れさせてくれそうな気がした…━。




「どう、して、クラウンさんは、私に優しくしてくれるんですか…?接点だって、無かったはずなのに…」


「また聞くんだ?…そうだね、一目惚れだよ。俺はローゼンに恋をしている。そして、似た物同士なんだ、俺達は。」


「似た物、同士…?」


「それは、俺ともっと仲良くなってからかな。…ねえ、ローゼン。もし、君が望むなら、カルナを俺の手で消してあげる。どうする?」


まるで、デート途中で、次はどうする?と言ったような、軽い軽い口調だった。


「やめてください、絶対に。…クラウンさん、ありがとうございます。私、分かりました。いつまでも、立ち止まってたらいけないんですね。」


いろいろ、自分のスピードで、自分で変わっていかないと。

もう目覚める前には、戻れないんだ。

この世界の私に、少しずつでいい…近づいていかないと。


「パーティ、行きたいです、私。もっと、この世界を知りたい、です。」


「…俺との結婚も?」


「そ、そそ、それは、まだっ……その。……でも、いろんなクラウンさんを、教えてください…!」


「っ……ああ、いいよ。俺にもいろんなローゼン、見せて?」


二人の距離が、少しだけ近づいた一時だった。

海を思わせる濃い青色のドレスを着て、ローゼンは、少しだけ自信のある顔をみせた。





♦♦♦




「久しいな、カルナ。」


「グレイ王子…。あぁ、今日か…。」


いつもどおり、廊下の掃除をし終え、次の作業に移ろうとしていた時、話しかけられた。

カルナは、クラウンとローゼンのパーティは今日だったか、と目を細めた。


昨日、ローゼンと別れた時のことが、鮮明に蘇ってきた。


強く言い過ぎた、と思う反面、自分が正しいという思いもあり、どちらにせよ、気まずいことには変わりはなかった。


「…カルナ?」


「…何でもない。会場へ案内するよ。前は身内だけでの披露だったからな。今回、眠り姫が分かるさ」


「ああ…。あまり、自分を追い詰めるなよ、カルナ。」


「ふっ…柄にもなく、珍しく落ち込んでるみたいなんだ、オレは。」


それだけ言うとカルナは歩き出した。

グレイも、カルナならば大丈夫だろう、と後に続いた。



やっと、今日、初めて眠り姫に会える。

そして、噂の王子にも…━。


証明しなければならない、彼女は…ローゼンと呼ばれる眠り姫は、"偽物"なんだと。




♦♦♦




「ローゼン、そろそろ始まるよ。…あ、ここね。ローゼンはここに座って?」


クラウンは自分の玉座の隣を指す。

ローゼンは言われたとおりに、クラウンの隣にちょこんと腰を掛けた。

クラウンの斜め後ろには、騎士団のカルナが護衛として立っていた。


ローゼンはチラリとそちらに目を向けるものの、カルナが気づくことはなかった。


いや、敢えてローゼンを視界に入れないようにしていた。



あの事件後から、ナナカは一切、森から出てこなくなった。

一人研究室に篭っている、という噂だ。


それもそれで、ローゼンの悩みの種の一つとなっていた。


ローゼンは悲しそうに眉を下げると、気を取り直して、王族が入ってくるであろう、扉を見つめた。


誰がなんと言おうと、この世界で私は、眠り姫のローゼンなのだ。




しかし、自分の斜め後ろには初めて見た男性が護衛で立っていた。

カルナの正装と同じく、男性用の衣服を身に纏い、厳しそうな眼差しを扉へと向けていた。


ローゼンの眼差しに気づくと、青年はにこりと爽やかに微笑んだ。

そして、"お守りします"と囁いたのだった。


ローゼンも顔を赤く染めながら、"お願いします"と軽く会釈をした。


あとで、いろいろ聞いてみよう。

この世界のことも、分かっていけたらいいな。



そして、盛大にパーティの開幕が告げられた…━。




♦♦♦




「おおお!ようやく見つけたぞ!!そなたか、ローゼンという薔薇姫は!?」


パーティの中頃、ローゼンは突然声を掛けられたが、あまりの人の多さに、その声の主が見当たらない。

キョロキョロと辺りを見回していると、ドレスを少しだけ下に引かれる。


驚いて下を見ると、そこにはローゼンよりも幼い、しかし、床に髪が届きそうなほど長く、綺麗な漆黒の髪を持つ、気の強そうな少女が不機嫌にこちらを睨んでいた。


「あ、えっと、ごめんなさい。…貴女は…?」


「……そなたは、本当に妾を知らぬのか…。いいだろう、教えようではないか!妾の名前は、日神。東永王トウエオウ 日神カノカだ!」


カノカという少女は自慢気に頷く。

そして、ローゼンは、カノカの握手を求める手に、自分の手を重ねた。


「私は、セラフィア帝国に保護されました、眠り姫のローゼンです。よろしくお願いします。」


「やはりな!いつか妾の東永国にも来てくれ!この世界では黒髪自体が珍しくてな…きっと国民も喜ぶだろう…!」


国民の喜ぶ姿を想像してか、カノカは一人でに、ウンウンと頷く。

ローゼンも初めて国外の同性と会って、緊張と興奮の入り混じった思いに駆られていた。


「あの、カノカって呼んでもいい…の?」

 

「何故じゃ?ダメな理由があるのか、ローゼン」


「ううん、良かった!…カノカの東永国はどんな国なの?」 


「妾の国は…そうだな。あんまり、よく思われていない。神獣が蛇で、王族には基本的に蛇がその身に宿っている。こっちでは、魔女とかが嫌われているのと一緒で…妾の国に訪れる異国人は、ほとんどいない、な」


「…私もね、蛇は見たことあるよ。でも、毒を持っていても、大人しい子もいるんたよね?」


「!…そうじゃ!毒蛇と称されてても、向こうから危害を加えないものもおるぞ!」


「それなら私、行きたい!カノカの来ている着物とか、いろいろをもっと見てみたい!」


「本当か…!?わ、妾も客人のおもてなしとやらをしてみたいのじゃ!また後日、そなたの王国に文書を送ろう。その文書で、ローゼンの予定を教えてくれ…!」


期待にキラキラと瞳を輝かせるカノカは、さっきの憂いすら忘れたかのように、嬉しそうに微笑んだ。

ローゼンもはじめての旅行に心を踊らせていた。





「そろそろ、いいだろうか?」





そんな二人を制したのは、この華やかな場には相応しくない、黒色の服に見を包んだ青年だった。

胸の飾りや、首飾りを見る限り、どこかの国の王子には間違いなかった。


青年はローゼンを下から上までじっくりと眺めたあと、長いため息をついた。


「エルマデリスの王子、グレイだ。……蛇女、去ってくれないか」


「相変わらず、貴様は"眠り姫"以外には無礼だな。そんな国はいつか滅びるぞ」


カノカは、それだけ嫌味のように口にすると、ローゼンに手を振り、去っていった。


「……あの、私は、眠り姫のローゼンで━」


「違う。お前は、偽物だ。俺のルデア…いや、眠り姫を殺したんだな?」


「あの…?」


「第一に、薔薇の塔で眠りについた姫は、こんな汚らしい髪色をしていない。艷やかな亜麻色の髪だった。…お前は、誰なんだ?返答によっては、ここで…━」


そう言い、グレイと名乗る青年は、腰にある剣を抜こうとしていた。


一方、ローゼンは混乱していた。

この人が、何を言っているのか、さっぱり理解ができないのだ。

そして、初めて見る本物の剣で、刺し貫かれそうである状況なのも。


どうしようか…と悩んでいた時だった。



「久しぶりだね、王子。…ローゼン、もう大丈夫だよ」


「クラウンさん…!」


ローゼンは自分の頭に優しく置かれた手に振り返り、驚きの声をあげる。


クラウンはローゼンを優しく見つめると、すぐに手を離し、グレイを睨みつけた。


「ここは歓迎の宴の場だ。この場でその凶器に手をかけるとは、随分とエルマデリスも落ちぶれたものだな」


「…黙れ、お前が生きていたのは本当だったんだな」


「うん?…ああ、俺は死なないさ。愛しいこの眠り姫を幸せにするまではね。…ところで、グレイ王子、誰が"偽物"だって?」


「お前も知っているだろう、眠り姫の噂を!…あの時、眠り姫として魔法使いに眠らされ、薔薇の塔に行ったのは、紛れもない、俺の婚約者のルデアだ。…それが、来てみれば、この女が眠り姫だって?いい加減にしてくれないか」


「ああ、その噂はそうだね。俺がたまたま見つけた薔薇の塔で、偶然にも眠っていた…このローゼンと会って、恋に落ちたんだ。…薔薇の塔で眠っていたのが、本当はローゼンだったという話だけだろう?」


何をそんなに怒っているのか、分からない。


そう言って、クラウンは呆れた表情を見せた。

グレイは悔しそうな表情を浮かべた。


「…では、俺のルデアは、どこに……?お前たちが殺さなかったという証拠すらないんだろう…?」


暗い瞳は憎しみに染まり、ローゼンを見つめていた。

それに一瞬怯むものの、ローゼンはキッとグレイを見返し、そして




クラウンの腕の中に、身を寄せた…━。




「なっ━!?…ローゼン?」


クラウンは突然のローゼンの行為に顔を赤く染め、ローゼンを抱き寄せる。


「…━グレイ王子」


ローゼンは凛とした声で、グレイを呼ぶ。

グレイは突然のローゼンの行動を不快そうに見る。


「誰がなんと言おうと、私は薔薇の塔で、このクラウン王子に救われたんです。そして、名前の思いだせない私に、ローゼン、と名前をくれたのも。」



本当は、どうしようもなく、怖かった。

相手は剣を所持している。

いつでも、斬られるかもしれない。

それなら、そうなるのであれば、言えるだけのことは言いたい。


「…もし、私がルデアという女性を殺したと思うのなら、その剣を私に持たせてください。きっと、鍛錬に勤しんできた方なら、分かるはずです。私は、剣を持ったことがない、と。」


そのローゼンの言葉には、説得力があり、グレイは納得せざるを得なかった。

自身が剣に手をかけた時、ローゼンの驚きと怯える瞳を、見逃さなかった。

初めて剣を見るのも本当なのだろう。


そして、眠り姫と呼ばれる少女に剣を持たせ、騒ぎ事にするのは避けたほうがいい。


「貴方が私をどう思っても、私は今、クラウン王子に救われ、婚約者となっている、"眠り姫"なんです。私だって、すべてを受け入れられているわけではありません」


その凛とした声を最後に、周囲から注目を集めていることに気づいたローゼンは頬を染め、クラウンの手を離れると、そそくさと広間を出て行った。


「…━どう?俺の婚約者。すごく見所があるでしょ?」


「そうだな…。不本意だが、お前の婚約者として受け入れよう。…また、話せる機会を設けてほしい」



女性に対し、あまりにも失礼だった。



そう頭を下げるグレイを見て、クラウンも驚きを隠せなかった。グレイの固かった表情も、ようやく解けたように見えた。



様々な意味で大きく盛り上がった宴は、こうして幕を閉じた。


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