1:眠り姫の目覚め
暗闇の部屋。
一人の少女が部屋に入ってくる。
その表情は疲れしか見られなかった。
少女は部屋の明かりをつけると、ベッドに倒れこみ、カバンから携帯電話を取り出した。
『新着メール 1通』
そのピカピカと光る携帯電話に、心底面倒くさそうな表情を浮かべながらもそのメールを開封する。
「・・・また、彼氏できちゃったって・・・。あんた、何人目なの、今月に入って・・・。」
少女は返信することはなく、携帯電話を閉じ、充電器につないだ。
そして風呂に向かう。
「・・・私は絶対、そんな付き合いはしない。」
風呂から上がると、少女は窓から月を眺め、そう呟いた。
お気に入りのピンク色のネグリジェを身にまとい、ベッドの中に入る。
きっと明日も疲れて帰ってくることになるのだろう。
ずっと眠る生活ができていたらいいのに。
ベッドのなかで目を閉じる。
しかし、隣にある充電中の携帯電話の通知が鳴りやまなくて気になってしまう。
仕方なく、目だけを通すと電源を落とした。
「だいたい、男女関係っていうのは清く正しくあるべきだよ。・・・こんな、いろんな人と付き合うなんて、私には信じられない。」
さあ、はやく眠ってしまおう。
深い眠りであればあるほど、きっとこんな嫌な気持も忘れられるだろう。
少女は眠りの世界へと、落ちていった・・・―――。
◆◆◆
「ん……ここは…」
目覚めるとそこは、見覚えのない場所。
少女がいつも使っているベッドではない。
薔薇色の天蓋付きのベッドだったのだ。
突然言いようのない焦りが少女の中に生まれる。
自分は一体、どこに来てしまったのか。
なにか事件に巻き込まれてしまったのだろうか。
ここは、日本なのか―?
少女は自身の体が自由であることを確認すると、ゆっくりと起き上がり、天蓋から下がっている豪華なカーテンを恐る恐る、開いた。
「……誰も、いない…?」
自分が出られるくらいの幅だけを開けて、外へと出てみる。
そして地面に足をついた。
「っ…冷たい…」
ひんやりとした床は、見れば真っ白な…けれど所々崩れた石が敷き詰められていた。
少女は、そっと目の前の大きな窓にかかるカーテンを開いた。
「…っ!」
ここは、どこなのか?
自分のいる場所から見えるのは、どこまでも広がる綺麗な青空に、生い茂る森だった。
それ以外は、何も見えない。
日本では、こんな景色見られないだろう。
ドクドクと、心臓がうるさく音をたてる。
「…!携帯!連絡が付けばっ…」
少女は急いでベッドに戻る。
枕をどけて、羽毛の布団をすべて剥いで、挙句の果てにはベッドの下まで覗いて…。
それでもどこにも、自分の持ち物が見当たらなかった。
着ている、ネグリジェ風のパジャマだけ。
自分はそれだけで、知らない場所に突然、来てしまったのだ。
どうしようどうしよう…!?
自分の中の焦りは、どうにも表せなかった。
そんな時だった…―。
「…君が、眠り姫……?」
落ち込んでベットに座り込んでいるときに、金色の豪華な扉が開いたのだ。
そこには、金髪の美しい青年が立っていた。
「言葉、伝わるん、です、ね………?」
少女は驚きと喜びで立ち上がった。
なによりも心配していた言葉が通じたのだ。
「ああ、君が眠っている百年の間、変わったのは王国と景色だけ。俺からの愛や言葉何も、変わってないさ。」
「ごめんなさい、言ってることが分かりません。ここはどこなのですか?」
「セラフィア王国と、エルマデリス王国の境だよ。」
「何かの撮影とかですか?私の国にはそんな名前の国、ありませんでした。」
「…撮影?いや、何も撮ったりしていないだろう?俺は君を助けに来たんだ。…ああ、君の起きていた時代には、少し名前が違ったかもしれない。」
「そういうことじゃないんです!…日本という国はありますよね?私、そこに住んでいるんですから。…こんな馬鹿げたことは止めて、はやく家に帰してください。今日も仕事があるんですから!」
突然声を張り上げた少女に、青年は不思議そうな目を向ける。
「…俺からしてみれば、君が何を言ってるのか分からない。君は薔薇の塔に眠っていた、眠り姫なんだろう?」
「いいえ、違います。私は、………?あれ?私の、名前は…?」
「………そうか。きっと君は長い夢を見ていたんだ。その100年の夢で、自分のことを忘れてしまったのかもしれない。俺はクラウン=セラフィア。」
クラウンはそう言い、少女を起こそうと手を差し出した。
しかし、少女は一向にその手をつかもうとはしない。
「……眠り姫?」
「…私、その、男性が苦手で…」
「…?その手を差し出して、俺の手を取ればいいだけだよ?」
さあ、とさらにクラウンは少女に手を寄せる。
しかし、少女は嫌そうな表情を浮かべたまま、その手を取らなかった。
「(…男性と付きあったことがないから、どんな顔をして、目の前の手を取ればいいのか分からない…。)」
「…うーん。眠り姫、君はまだ、呪いにかかっているのかもしれない。眠りにつく呪いと一緒に、異性に対する恐怖の呪いもね。」
「いえ、これは元から…」
「いいや、呪いに違いない。…俺と暮らそう、眠り姫。そこで少しでも呪いが解ければいいんじゃないのかな。」
「えっ…」
「どっちにしろ、ここにはいられないんだ。眠り姫っていうのも何だから…そう、薔薇か…。決めた、ローゼンという名前はどうだい?」
「え、いや悪いですし、その、そもそもなんでここまでしてくれるんですか…!?」
「一目惚れ、だったんだ」
クラウンは優しくローゼンの手を取ると、薔薇の塔を抜けだした。
どうして私を拾ってくれたのか。
なぜ私は、自分の名前が思い出せないのか。
そして、このざわつきは、なんなのか。
ローゼンは左右に頭を振り、思いを消すと、クラウンによろしくお願いします、と頭を下げた。