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十七話

「記憶探しか~面白そうなことやってんじゃん。オフクロ、俺も付き合うぜ!」

「別に面白いことではないぞ、ヒロ……雪」

「んっ」


 ヒロは目の前の光景にニヤつきながら、口元にハンバーガーを運ぶ。口内に広がるジューシーな香りと食感に目尻が自然と垂れ下がる。


 見知らぬ少女の口元についているアイスクリームを太朗がナプキンで拭っている。その仕種が余りにも板についていて、何処から見ても父親か保護者にしか見えなかった。


「行儀良く食べるように。間違ってもこの男のような食べ方は駄目だ」

「はい、パーパ」

「そりゃないぜ、オフクロ!」


 確かに、口元などまるで気にせずに食べているが、その言い方はあんまりだ。ヒロは抗議の声を上げるが太朗は気にも留めない。


 気に留めていないのは何も太朗だけではない。隣に座る男もまたヒロなど眼中にないようだ。一眼レフカメラを手に、先程からシャッター音が絶え間なく響く。


「良い、実に良いぞ! あっオフクロ、もうちょっと雪ちゃんに寄ってもらっていい?」

「バンダナ、お前も少しは自重しろ。店に迷惑を掛けるんじゃない」

「分かった、分かったからあと一枚!」

「本当に分かってるのか……はぁ」


 最後に小さな溜息を零すと、太朗は仕方なくバンダナの指示通り雪に近づく。太朗の接近に、雪も太朗に身を寄せる。


 頭を太朗に預けて微笑む雪と優しい眼差しで彼女を見つめる太朗を、バンダナは自慢の腕前でそれをファインダーに収める。


「あぁ~満足」


 ほくほく顔のバンダナは一仕事終えた職人のようにコーラを呷る。


「お二人とも相変わらずのようですね」


 雪を太朗と挟むように座る織姫は変わらぬ兄の友人に対し、織姫は苦笑を浮かべる。


「そういう織姫ちゃんはまた一段と綺麗になった。一枚、いいかな?」

「ありがとうございます。お兄様が許可を出すなら喜んで」


 バンダナのキザな台詞とさり気ない撮影の許可願いにも織姫は淑女の笑みで対応する。


「まいったな。流石、オフクロ自慢の妹だ」

「最高の褒め言葉ですわ」


 太朗から放たれる静かなプレッシャーにバンダナは肩を竦める。


 万人が思わず見惚れそうなほど綺麗な笑みを浮かべる織姫を撮れないことに、バンダナは心中で涙した。


「それに比べ、こっちは……」

「バンダナ、何? ポテトならあげないわよ」

「いや……いらん」


 バンダナは悲しげな眼差しで同級生の少女を見つめる。その視線の意味に気づかない少女、花湖は警戒心を露にしながらフライドポテトを口に入れていた。


 ばったり遭遇したヒロとバンダナの手に収まっていたマクドランドの紙袋から漂う香ばしい匂いに、雪の胃袋が見事に引っ掛かった。


 この日、映し出される幾重の画像よりたった一つの香りが、何より強い広告媒体になることを一同は身をもって知った。


 これ幸いと、昼食場所が決定した太朗一行は迷わずマクドランドの自動ドアを潜る。


 その後には、当然のようにバンダナとヒロが続いた。オフクロと手を繋ぐ見知らぬ少女に、二人が興味を抱かない筈がなかった。


 昼飯時のため、店内は酷い込み合いだった。客の回転が速い軽食店とはいえ、注文を待つ長蛇の列に太朗は胸中でげんなりとする。また、並んでいる間に集まる視線も太朗を閉口させる一因であった。


 雪や織姫、花湖といった美しい容姿を持った少女たちに加え、身なりの良いハードボイルドの主演俳優の如き風貌の男が一堂に会しているのだ、目立たない筈がなかった。


 購入を済ませた太朗たちは、好奇の視線から逃れるようにそそくさと移動する。


 先に注文を終えていたヒロとバンダナの手によりキープされた最奥の席へ腰を下ろした一同は、昼食を取りながら、互いの現状を確認し合っていた。


「それにしても、珍しいな。ヒロは部活ではなかったのか?」


 ヒロが所属する野球部は土日も夜遅くまで活動していることを知っている太朗からすると、目の前に座る彼の存在は疑問を呼ぶのだろう。


 制服姿にいつものスポーツバックを携えているのだから、その疑問も当然だ。


「あったよ。でも午前で終了。何でも赤坂、午後からデートがあるとかで急遽午後錬なしになったんだよ」


 チキンナゲットを口に一つ放りながら、太朗の疑問にヒロが答える。


「それでいいのか教員」


 額に手を当て、太朗は力なく首を振る。


「いいんじゃね? だってウチの学園の教員基準ってさ」

「『腕が一流なら性格は二の次』だからな」


 著名な人物を数多く生み出し続ける紋代高校の教員は皆、非常に優秀である。どの程度かと問われれば、その分野の第一人者として活躍できるほど、だ。


 そんな非常に腕の立つ教師陣だが圧倒的大多数が唯一つ、しかし致命的な欠点を抱えていた。


 それは性格。


 皆、一癖も二癖も抱えており、天才と馬鹿が紙一重という言葉を学園に籍を置く学生は身に染みて体感することになる。


 そんな奇人、変人の教員が跋扈する紋代高校の中では、今回の赤坂のその職務対応など問題にすらならないだろう。


「まぁ、ヒロは分かった。バンダナはどうしたんだ?」

「俺か? 愛しき学び舎で舞う美しき妖精たちをこの瞳に収めていたのさ」

「お兄様、翻訳を」


 ヒロと同じ制服に身を包み、無駄に白い歯を煌かすバンダナに、織姫は太朗に一瞥を送る。太朗は織姫の要望に、簡潔に答える。


「高校の可愛い女の子たちを撮っていた」

「オフクロ……もうちょっとオブラートに包んでくれたっていいんじゃねぇの?」

「事実だろう。それとも私が言ったことは見当違いだったか、ならば謝罪するが」

「いや、あってます。ゴメンナサイ」


 バンダナはペコペコと頭を下げる。織姫から送られる非難の眼差しに容易く屈するバンダナ、彼は女の子、特に美少女に滅法弱かったりする。悲しい男の性だ。


「えぇ~と何だったけ……あぁ、そうだった。それで部活帰りにバンダナを見つけたんで、飯一緒に食おうってことになったところに遊児からメールが来てさ。オフクロにも来ただろ? 『バイト先がグラトンでイベントやるから良かったら来い』ってヤツ」

「あぁ、受け取っている」


 メールに気がついたのは今朝方、例の一騒動の後、奥様方から届いた太朗の安否を気遣う大量のメールの山に埋もれた一通、それが遊児のものだった。


「イベント開始が一時だったからマックで昼飯買って、アッチのフロアでまったり食いながら待とうぜって話で纏まって、店出たところにオフクロたちとご対面、ってわけさ」

「なるほど」


 納得した顔で太朗が頷く。その単純な動作一つにすら妙な貫禄があるものだから、何か深い話でもしているのかと周囲にいる客から妙な視線を度々送られるものの、当の本人はまるで気にした様子はない。


 鈍いのか、はたまた肝が据わっているのか。答えは聞くまでもないだろう。


「まぁお陰で、男二人で寂しく飯を食わずに済んだし、何より可愛い子を撮れて俺は思い残すことはもう何もないさ」

「そんなに女を撮って楽しいか? そんなことより野球のほうが数百倍面白いだろうに」


 爽やかな笑みを浮かべるバンダナをヒロは全く理解できずにいた。ヒロの異性に対する情感は彦星と同程度、つまり小学生並だ。何処までも純真な子供のような少年である。


「それにしても、オフクロ。飯、そんだけで足りるのか。もしかして、まだ体調が悪いとか?」


 ヒロは心配そうな眼差しで太朗を見つめる。彼が心配するのも無理はない。


 この集団の中で一番大きな体格を有しながら、太朗が注文した量はその中で最も少ない。


 ハンバーガー、スイートコーン、アイスティー、太郎が注文したメニューだ。彼の体格を考慮すると明らかに物足りないボリュームだろう。


 己の身を案じてくれる友人に感謝の念を抱きつつ、太朗は苦笑と共にヒロの懸念を否定した。


「いや、このファストフードがあまり好みではないだけだ」

「舌が合わないとか?」

「そうじゃない。栄養素が少ないわりに無駄にカロリーが高い。体に良い食事とはお世辞にも言えないだろう。そう考えると、どうしても注文する気が起きなくて、な」

「そんなこと、気にしたことすらないわ。俺」


 質問したバンダナは関心と呆れが半々の視線を寄越す。


「俺も俺も」


 ビッグマックを顎が外れそうなほど大きく開けて口に入れるヒロもコクコクと頷く。


「まぁヒロは部活で無駄な脂肪等は燃焼できている筈だから、それほど気にしなくてもいいだろう。それよりバンダナもヒロと同じ調子でいたら、この先どんな姿になっても私は知らんぞ」

「怖いこというなよ!」


 ブルリとバンダナは身体を震わせる。彼の脳裏に過ぎるのは父の姿。


 その腹は見事なまでの曲線を描いていた。頭を左右に振り、恐ろしい幻影の追い払う。


「大丈夫、まだ俺若い!」


 拳を握り、自身に言い聞かせるバンダナに太朗は一つ息を吐く。


「花湖、お前もだぞ」

「ふへ? 太朗ちゃん、ポテト食べたいの? 仕方ないな~」

「オフクロは良くて俺は駄目なのかよ」

「はい、あ~ん」


 太朗の忠告もバンダナの抗議もまるで聞いていない花湖はにこやかに微笑みながらポテトを一つ、太朗の口元へと持っていく。


 何を言っても無駄と判断した太朗は何も言わず、それを受け入れる。


 この面子の中、雪を除外すれば一番小さな花湖は誰よりも多く注文を取っていた。


 期間限定のハンバーガーに六百カロリーを超えるバーガーを二つ、続いてポテトのLサイズ、アップルパイ、シェイクと総カロリー量は既に同世代の一日分の摂取量を容易く凌駕していた。


 ――まぁ、花湖の場合は何の問題もないのだがな。


 ああは言ったものの、先の言葉は単なる脅し文句であり、実際は花湖の摂取カロリーについて一欠けらも心配してはいなかった。


 というのも、別にこの程度のカロリーなど花湖がすぐに消費するだろうことを太朗は確信していた。むしろ、このぐらいのカロリーを摂取しなければ痩せる一方だ。それほどまでに、鏃流の鍛錬は熾烈を極める。


「パーパ」


 その呼ばれ方に何の違和感を抱かぬ自分に対し、太朗は焦燥感を募らせる。想定以上に、この雪と呼ぶ少女に情念を抱いている。これでは別れの時に、判断が鈍るかもしれない。


 太朗は、改めて気を引き締める。どれだけ親身になろうと雪と己の間に一線を引く、他人と身内を隔てる絶対の線を。


 そこを踏み越えてはいけない。それが互いの為、そう自身に言い聞かせて。


「なんだい、雪」

「あ~ん」


 雪は慣れない手つきでスプーンを突き出す。どうやら花湖の行動に触発されたようだ。零れ落ちそうなアイスを必死に乗せる雪に、太朗は頬を緩ませる。


 その表情に、花湖と織姫の眉が小さく動くが二人は何も口にせず、目の前の光景をただ見つめていた。


「パーパ、美味しい?」

「あぁ、甘くて美味しいよ雪」

「良かった~」


 本当に無邪気に笑う雪に、太朗も笑みを深める。


 甘い筈のアイスクリームは、何故か苦かった。

<ご連絡(という名の宣伝)>

オフクロさんを読んで下さった読者様ありがとうございます、犬上なるるです。


上記のとおり読者様にご連絡があります。


無謀にも新たな小説を投稿しました。

ファンタジーです、浪漫の塊です……すみません、我慢できませんでした(土下座)

タイトルは《竜皇殺しの後継者》です。

宜しかったらコチラも読んで頂けたら、そして楽しんで頂けたら幸いです。



※追伸

リンクの付け方がさっぱりです(泣)

親切な方がいましたら、教えていただけないでしょうか。

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