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十六話

「うわ~」


 雪は感嘆の声を上げる。


 無理もない、この地に初めて訪れる人の反応はどれも似たようなものだ。


 太朗たちの前に並ぶは数多の店舗、そして訪れる人の群れだった。


 彼らの目の前に在るこのモール型のショッピングセンターは揚葉町の名所の一つだ。


 建造物の全高は名所というほど高くはない。しかし、施設の内部に入ればそれはとんだフェイクであることが分かる。


 本来、縦に伸びていたであろうフロアは全て地下に収まっており、下を覗き込めば、最下層の人など米粒にしか見えないほどの深さまである。


 また、ただの小売店舗の集った商業施設に留まらず、映画館やプール、スケート場などの娯楽施設も備えた万能施設だ。


 更に、揚葉町の研究教育区画に乱立する研究所が実験のデータ収集などを目的に、最先端の技術を逸早く投入する実験施設でもある。


 あまりに多くの要素を盛り込んでいるこのショッピングセンターだが、未だ拡張を続けているというのだから恐ろしい。


 グラトン、食いしん坊の意を表すその名がいつしかショッピングセンターの通称となっていた。


「相変わらず凄いよね、ここ。休日はグラトンで一日過ごすって子、何人もいるし」

「そうですね。ウィンドウショッピングだけで満足してしまえるほど、お店も多いですから」


 花湖と織姫は非常に楽しそうにウィンドウに飾られる品に目を輝かす。その様子に太朗は苦笑を浮かべる。彼は正直、この場所を苦手としていた。


 ――相変わらず、人が多いな。


 本来は非常にゆったりとした設計の通路も、この人ごみでは狭路と変わらない。しかも今日は日曜の正午過ぎと、更に来客が増える時間帯だ。


 あまりに狭い空間と喧騒は太朗の望むものではないが、個人の趣向で場所を移動するわけにもいかない。この場に来たのは他でもない、隣に立つ小さな少女のためなのだ。


「雪、まずは何処に行きたい?」

「えっと~えっとね~」


 虚空に投影される立体画像に雪は目を忙しなく動かす。


 空中画面エアウィンドウは今でこそありふれたものだが、世に出回って僅か二年、日本で初めて一般公開されたのがこのグラトンであり、当時の反響は凄まじいものだった。


 雪は潤いに満ちた唇を窄める。


 二桁を軽く越す店舗の数だ、そこから一つを選ぼうとすると存外時間を消費するものだ。


 可愛らしい唸り声を鳴らして考え込む雪に花湖と織姫が何やら脇で助言を始める。その様子を太朗は三人の輪から一歩外れ、優しい眼差しで見守るが、頭脳は絶え間なく動き続ける。


 ――結局、新旧、どちらの住宅地にも反応はなし。そうなると、もう少し遠い土地から来た子、という可能性が最も高いか。


 グラトンは県でも一、二を争う繁華街であり、遠方からわざわざ訪れる客も多い。太朗の推論が正しければ、このショッピングセンターに足を運んでいる確率は高いと見ていいだろう。


 ――ただ、闇雲に探しては時間の無駄だ。ならば雪が望んだ場所から探したほうが、効率が良い。現在の雪の嗜好が、記憶を失ったときと全く異なるとは考えづらい。何処か無意識にフィードバックしている可能性は決して低くない筈だ。


 雪がどの店を選ぶのか、若干心待ちにする太朗だが、何やら彼女たちの様子がおかしい。


 雪は力なく項垂れ、花湖や織姫が勧める店にも首を左右に振るばかり。困り果てた二人の姿に、壁に預けていた背を引き剥がす。


「どうかしたのか」

「お兄様、それが……」

「雪ちゃんが、お腹空いたって」


 その言葉を肯定するように、雪のお腹が可愛らしい音を立てる。


「お腹、空いた」

「時間も丁度いい頃合か」


 フロア案内のディスプレイには時間が表示されており、既に正午を過ぎていることを絶え間なく移り変わる数値で閲覧者に知らせる。


「それで店を色々と提示したのですが」


 織姫が立体映像に指を滑らすとレストランと表示された項目からズラリと店の名が続く。適当にその名を押すと、店の詳細情報が瞬時に映し出される。


「雪ちゃんがね……」


 困り顔の花湖の視線など眼中にないのか、空腹に目を潤ませる雪は若干覚束ない足取りで太朗に近付くと、正面から抱き着く。


「パーパのご飯、食べたい」

「……なるほど」


 頭を掻きながら、太朗は二人の様子に納得する。


 金銭の問題ならどうということはなかった。例え値を張る店に入ろうが四人分支払うだけの額を持ち合わせて来た。しかし、望むものが太朗の手料理となると話は異なる。


 もし、太朗の手料理を食べるのならば、当然一度帰路に着く必要がある。


 常人の歩行速度だと、どんなに急いでも十五分は掛かる距離だ。太朗と花湖だけならば五分も掛からないが、織姫と雪という荷物が洩れなくついてくる。


 バスやタクシーを利用する手もないわけではないが、金を消費しなければならないほどの距離ではないし、何よりそれなら太朗たちが荷物を抱えて帰ったほうがずっと早い。


 また、一度帰宅して、再度このグラトンに足を運ぶとなると移動時間が馬鹿にならない。ただでさえ、時間は限られているのだ。無駄な時間は極力省くべきだ。


 労力、時間の点から鑑みて、雪の提案は太朗にとって了承しかねるものだ。しかし、太朗の思惑など雪には何の関係もない。


「パーパのオムライス~オムライス~」


 ぐずり始める雪に太朗は困惑の態を示すが、花湖と織姫は取り合わない。というより、取り合えない。


 子供の面倒など、まるで見たことがないのだ。当然の反応といえる。


 ――さて、どうしたものやら。


 帰宅も視野に入れたプランの再検討に太朗が着手しようとした時、思わぬところから救いの声がかかる。


「あれ、オフクロ?」


 それは、太朗にとって馴染みのある声だった。


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