紅夜に咲いた華
作者初めての歴史モノです。
もー、なんつーか、おかしなところがあっても目を瞑ってやってください。
頼むから、『こんな刀なんかねーよ』とか『アクションに無茶がありすぎる』とか言わないで下さい。頼むから。
作者凹みますから。ベッコベコに。
はっ、はっ、はっ・・・・・・。
不気味な紅色に染まる背景に縁取られた江戸城に向けて、一人の少年がひた走りに走っていた。背中に竹刀を入れた袋、頭に巻いたままにしてある手ぬぐい、紺色の使い古した袴。彼の名は市宮駿一郎…江戸では神童と呼ばれるほどの剣の使い手だ。火事の只中にある我が家に向けて、江戸城の内堀が見えた所で駿一郎はさらにスピードを上げた。
ようやく走りこんだ我が家は、火事だと言うのに不気味に静まり返っていた。
「……父上? 母上?」
雨戸をぴっちりと閉めたそこは、誰かが入り込むのを拒絶しているようだ。何故だか家に入るのが躊躇われた。何か、気配がするのだ。父とも母とも、弟とも違う禍々しい気配。
《たかが我が家に入るのにも臆するのか? しっかりしろよ!》
気後れする自分を叱咤し、音を立てぬよう引き戸を開け、しんと冷え切った廊下をひたひたと裸足で歩く。普段父と母が使っている寝屋から、人の話し声がする。スッと襖を開けかけて──背筋が凍りついた。
部屋の中は血の海だった。今も尚広がり続けるどす黒い染みの中央に、両親と弟が折り重なるように倒れている。3人ともうつ伏せにだったが、人の形を留めているのが不思議なほど、刀傷が無数に走っていた。
その周りでは10人程の男たちが血まみれの刀を手に屯していた。
「……おい、餓鬼はこいつだけか? 俺の聞いた話じゃあ、あと一人居るはずだが」
「ああ、そうだ。しかし、そろそろ時間切れだ。火が回って来る」
「しょうがねぇ。ここんとこは引き上げるぞ」
いきなり襖が開き、会話をしていた男たちがぞろぞろと出てきた。
「!!!」
突然のことで身を引く暇もなかった。あっという間に着物の襟首を掴まれて部屋の中に放られた。
「ぐっ!!」
したたかに床の間の柱に打ち付けられて息が止まった。
「丁度良かったなぁ…、道場まで乗り込んで探す手間が省けてよぉ…」
父と母、そして弟の死体越しに見るそいつらの顔はまさに鬼だった。恐怖と必死に戦いながら、何か声を出さねばと口を開く。
「…何だよ、貴様ら…。僕の家族に何故……」
「答える必要はない…、まぁどのみちてめぇも殺すがな」
先頭の男が血に濡れた刀を上げると、他の男たちもそれに倣って抜刀する。激突の衝撃でまだクラクラしたままの頭でも、相当に不味い状況だと言うことが分かる。相手は真剣だが、自分の武器らしい武器と言えば背中の竹刀だけだ。
「くくっ、江戸で神童と呼ばれたてめぇも大人には敵わないか? ん?」
気味の悪い笑い方をしながら男が迫ってくる。じりじりと後ろに下がりながら覚悟を決め、右手が竹刀を握る。その時、床についていた左手が何か棒の様な物を掴んだ。
それが何かを確認する間もなく、先頭の男が斬りかかって来た。が、大きく振り上げた刀は、床の間の天井に刃先がめり込んで動きが止まる。
「ちっ!!」
両手を挙げた無様な格好の敵の鳩尾に竹刀を突き出す。
「なめるなァ!!」
刀から手を離し、掴みかかってきた男に姿勢を低くしてぶつかる。意外に柔らかかった腹に竹刀が当たり、湿った肉の音と共に男が吹っ飛んだ。と同時に不吉な音を立てて竹刀が折れ、破片がそこらじゅうに飛び散る。それを好機と見たのか、先程の男よりはやや細い狐の様な目をした男が横合いから斬り付けてきた。
「くっ!」
咄嗟に折れて使い物にならなくなった竹刀の鍔を投げ、飛び退る。そして右手に握った得物を見る。
それは黒光りする鞘に収められた日本刀だった。銘の部分は暗くてよく見えない。
「何を見ているっ!!」
狐顔の男が再び斬りかかってきた時、鞘を払って迎え撃つ。
キィィィィイィン!!!
金属と金属がぶつかり合う高い音が部屋中に響いた。
「何故…テメェが刀を持っていやがる…!」
「知・・・るかっ!!」
一方は賊の白銀の刀、もう一方は駿一郎の闇の中で鈍く光る黒い刀だ。しかしまだ12歳の少年に大人に対抗できる力はなかった。だんだん力負けし、畳に片膝をつく。
「もらったァ!!」
目を爛々と輝かせ、相手の男が駿一郎の刀を横に払う。胴を横薙ぎに斬りつけられる刹那、一瞬の判断で障子の方へ飛ぶ。障子が派手な音を立てて壊れ、駿一郎は庭に転がり出た。
「痛っ…」
さっき受けた斬撃で頬に浅い傷が出来ていた。その血が顎に伝い、刀に滴り落ちた。
ふいに、駿一郎の血が落ちた所から漆黒の気が立ち上った。微かに振動のような音も聞こえてくる。
「!? 何だその刀は!」
月明かりを受けて闇色に煌くその刀は、少年の腕にしっくりと馴染み、しかも在るべき筈の重さが感じられなかった。
「父上を…母上を…弟を…。俺の家族を殺した貴様らに、答える必要などない」
その声は、まだ幼さを残した少年のものではなかった。聞く者が恐怖を憶えるような、低く冷たい声。襲撃者達は背筋に冷や汗が伝うのを感じた。
駿一郎は、そんな自分でないような声を遠くで聞きながら、沸々と身体の中で滾っていく何かを感じていた。
「「ふ、ふざけるなァァア!!!!」」
その内2人が無謀にも少年に飛びかかっていく。彼の目には、その動きが止まっている様に見えた。
スローモーションで動く奴らに迷うことなく斬撃を浴びせる。
ザシュッ・・・・ズバッ
「ぐああぁっ……」「がっ」
少年の影がゆらりと消えた後、二人の身体が傾ぎ、遅れて鮮血が噴き上がった。
返り血を浴び、月と炎を背にして立つ彼の瞳が妖しく光っていた。禍々しく昏い紅。
ダンッ、と地面を蹴り、悄然としている残党共に襲い掛かる。その姿は、先程までの非力そうな少年ではない。その瞳に宿った深い悲しみと怒り・・・。
彼の中の何かが目覚めた瞬間だった。
刀が唸りをあげて肉を裂き、血煙をあげる。ほとんどの者が、微動だにしないうちに葬られていく。其れ程、彼の動きが速すぎ、また刀は切れ味も衰えぬままであった。そして最後の一人…あの狐顔の男だった。
「くっ!」
彼は迫り来る大瀑布の様な気に押されつつも、辛うじて最初の一撃を防いでみせた。ぎちぎちと刃同士が鳴る。
(重い・・・っ! さっきの鍔迫り合いとは天と地ほども違う・・・!!)
ふいにすっと刀を引いた駿一郎に懐に入られてしまう。体格は子供のままの彼は、威力だけが増した拳を放つ。
ドガッ!!
「ぐはあぁっ!!」
屋敷の壁を突き破って廊下に投げ出される。破れた着物の下から、首に下げているお守りが見えた。その表面に縫い取られている紋は、『丸に三つ葉葵』。咳き込んでいた男が、射した影に反射的に顔を上げる。
「徳川の者か」
口を開こうとした男の視界が、漆黒の輝きで埋め尽くされた。
喉に突き刺した刀をゆっくりと抜く。刀身に纏わりついた血は何時の間にか刀に吸い込まれて消えた。駿一郎はふらふらと惨劇を繰り広げた部屋に戻り、鞘を拾って刀を戻した。とたんに暗黒の冷たい気も消え、普通の日本刀に戻る。ふと思い出して柄に彫られた銘を見る。
『天之尾羽張』
それを腰に差したとき、駿一郎は膝からすとんと崩れ落ちた。
「・・・っぅう」
遅れてやってきた嗚咽と、喉をつく嘔吐感。それらをぐっと堪え、ややふらつく脚で立ち上がった。
最後に一度、部屋の中を振り返る。部屋の中央で、畳を黒々と染めている血の出所を見ても、少年の心は乾ききっていて何も感じることが出来ない。能面のような顔のまま、少年は紅蓮の炎の中を歩き始める。後ろで燃えた長屋が崩れ落ちようと、恐怖に駆られた人々が脇を駆け去っていこうと、少年の歩む速度は変わらなかった。
守るべきものも、自分自身の概念さえも、すでに焼け落ちてしまった。
もう、自分には何も残っていない。
唇の端に自嘲の笑みを刻みながら、彼は炎に包まれた江戸城を見上げた。それに手を伸ばし、広げた掌で握りつぶす。
その後の少年の足取りはようとして知れず、市宮一家は大江戸大火で亡くなったものとされた。
えー、と。
この小説、実はまだ続きます。
これはこれ。続きは続きとしてお読みください。
続きを読んでいる途中に思い出していただければ、丁度いいかなと。
続き、まだ書いてもないけど(おいっっ!!)。一応、頭の中には大雑把なストーリーはありますんで、早ければ来年の1月くらいにはうpできるかと。
遠っ!
(だってまだまだ調べ物があるんだもの)