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府警の機動捜査隊が西成区の松虫にある廃墟群に容疑者らを追い込んだとの連絡が入ったのは午前三時半頃。
現場に到着し、実紅はセミートショットガン、ベネリM3を、リュドミラは7.62ミリ口径の自動小銃、HOWA7.62を手にアウトランダーを降りる。
随分体色が進んだ『危険』が掲示されたプラスチック製フェンスの前では、自衛軍払下げの89式自動小銃を手にした府警の機動捜査隊員と濃紺の制服を着た警備員二人が立哨している。
傍らには彼の物と思しき覆面パトカーと警備保障会社のサクシード、そして、あの左フロントのライトが壊れた黒いN-BOX。
フェンスの奥には、幽霊屋敷然とした廃屋が連なった真っ暗な路地が覗く。
「機特です。状況は?」
問われた隊員は。
「午前三時十分頃にこの土地を管理してる警備会社からマル電(一一〇通報)が有って、センサーが侵入を感知して臨場したらこの車が有ったとの事で、画像を送ってもらったら機特さんから送られたものと一致しましたんで駆け付けました。今、機捜と機ら(機動警ら隊)が周囲を固め、府警本部に警察犬とドローンの臨場待ちです」
「余裕だねぇ。逃げられたらどうすんの?ええ」
リュドミラの言葉に機捜隊員は目を剥く。
素早く相棒の後頭部をシバキあげると実紅は。
「警察犬の嗅覚やドローンのサーモビジョンほどや無いですけど、私らは通常の人間以上の感覚はもってます。彼女の無礼はお詫びしますが言うてることはさもありなんやと思います。我々が進入して、捜索します」
言い返せない機捜隊員は無線で上司に連絡を取ると。
「機特さんが見つけた獲物です。優先権はそちらにありますんで」
「ありがとうございます」
と一礼の後。
「さぁ、行くで」
リュドミラの尻を文字通り叩き、実紅はベネリM3を構えながら路地に進入してゆく。
かなり痛む後頭部をさすりながらもリュドミラはその背中を追う。
自身が言うようにまったく人間離れした実紅の目は、ほんのわずかな明りでも増幅させ、廃墟の中を貫く路地を映し出す。
津波被害は免れたものの、強烈な激震は建物を痛めつけ、その後の経年劣化が追い打ちをかけ止めを刺しつつある。
政府が産業界と進める『プロジェクト・ダイダラ』の対象地に指定されていると聞くので、このゴーストタウンももう間もなく消えるだろう。
リュドミラは、廃墟を大きく回り込み反対側から捜索を行っている。
ツーマンセル(二人一組)で行動するのが定石だが、効率を優先させた。
足音を立てない様に、正にネコ科の猛獣の様に周囲に意識を飛ばしつつ前進する。
ふと、鼻先を甘ったるい香りが掠める。
乗り捨てられたN-BOXの車内に充満していた安物の香水の香り。
臭いが漂ってくる方向には、軽量鉄骨造の四階建てのビル。液状化の為か?躯体自身がひん曲がったのか?全体が西側に向けて傾いている。
一瞬、倒壊を恐れ躊躇ったが、臭いは確実にこの中から漂っている。
闇夜に銃声が鳴り響く。しかし遠い。
重々しい発砲音は七.六ニミリNATO弾の物。リュドミラが容疑者を撃ったのだろう。
前方で物音がする。銃声に反応したのか?
二階へ続く階段の陰から人影が飛び出し、左手に向かって駆けてゆく。
体型から男性に見え。横顔から相当若く感じる。子供か?
手には小型拳銃。バレル(銃身)突き出しているのでリボルバーと辺りを付けつつ、ベネリM3を構え叫ぶ。
「広捜や!動くな!」
同時にフォアグリップに装着されたフラッシュライトを点灯させる。
千ルーメンの強烈な光が相手の目を眩ます。
真っ白い光の輪の中に浮かんだのは、やはり十代半ば?いや、ローティーンかも知れない少年の姿。
オーバーサイズのパーカーに同じくだぼだぼなジャージ。頭にはニットキャップ。腕で覆い隠す顔立ちは酷く幼い。
「銃を捨てて頭を手の後ろにして腹ばいに成れ!」
命令とは逆に銃口をこちらに向けて来る。
「さもないと撃つぞ!」
マズルフラッシュが瞬き、発砲音と同時に実紅の耳元を衝撃波と共に銃弾が掠める。
改めて狙いを済まし、引き金に力を込める。
あと数グラム、指に力を込めれば、九つの鉛球が目の前の少年の腹にめり込み、胃や腸、背骨をぐちゃぐちゃに粉砕するだろう。
狙いを外し、銃口を足元に向ける。
光は実紅の足元のみを照らし、少年は再び闇に沈むが、実紅のめはしかし確かにその姿を捉えている。
両の目を恐怖と怒りで飛び出さんばかりに見開かせ、震えながらも両手で銃を保持しこちらに向けている。
「さぁ、撃ちぃや。けど、そないにビビッてたら私には、一発も当たらんで」
と、言いつつ一歩踏み出す。
二発目。実紅には当たらす遥か背後の軽量気泡コンクリートの壁にめり込む。
「やっぱり外れた。あと残り三発かなぁ?さぁ、撃ちぃや、さっきより近いから、狙いやすなったんちゃうの?」
と、実紅はぐんぐん距離を縮める。
少年の震えは更に増し、目には潤み始めている。
「さぁ!撃て!」
ダブルアクションで立て続けに三発、四発。
弾は今度は天井のボードを突き破りスラブを砕く。
構わず歩みを止めない実紅。
「残り二発やで!しっかり狙いやぁ!」
そう言う頃には、もう少年との距離は歩幅ほどに詰められていて、少年の突きつける拳銃は銃口は、プレートキャリアに接触しそうになっていた。
彼の目からは涙が零れ、口元からは震えで歯が鳴る音さえ聞こえる。
「お爺ちゃん相手には平気で当てれるのに、強い相手にはよう当てんの?ええ?この、根性なし!」
左手で彼が構える拳銃のシリンダーを渾身の力で掴む。
発砲できずパニックに陥った少年の左の頬めがけ右の拳を叩き込む。
彼は二メートルほど吹き飛ばされ、積み上げられた瓦礫の詰まった土嚢に頭から突っ込んでそのまま気を失う。
実紅の手には、二十二口径のリボルバー、RG14が残った。
背後で気が知れた人の気配がしたので振り返るとリュドミラが、愛銃を肩に担い立っていた。
「ホシの片割れは?」
聞かれたので土嚢に埋まる少年を指さす。
リュドミラは近づいてパーカーのフードを掴み上げ引きずり出す。
「気持ちよさそうに伸びてら、撃たなかったんですか?銃持ってたのに?」
偏食した左頬以外無傷な少年を眺めた後、実紅が左手に握るRG14に視線を移す。
己の手の中の安物リボルバーを眺めつつ。
「・・・・・・。子供やったから・・・・・・」
と、答えた後、すぐさま慌てたように。
「いや、その、一辺やって見たかってん、リボルバーのシリンダー掴んで撃たれへんようにする技。う、上手い行ったわ」
と、取り繕うように言う実紅をなぜか微笑みつつ見てリュドミラは。
「・・・・・・。アホですか」




