Mudmen•Blueマッドメン・ブルー第9話:父への宣戦布告
〖免責事項〗
本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。
また、作中に登場する法律・科学技術・名称等は、物語上の演出が含まれています。
1.黒い証明書
邪魔者は消えた。
南鳥島の洋上で、剛田が操るクレーンが唸りを上げる。
「いっくぞオラァ! 吸い尽くせ!!」
いずみが調整したポンプが、深海6000メートルの泥を吸い上げる。
パイプを通って甲板のタンクに流れ込んだのは、ドス黒く、重く、そして美しい泥流だった。
「……出た」
優斗がタンクの覗き窓に張り付く。
「これ全部、宝の山なんだ……!」
船内ラボで、第三者機関である「日本海事検定協会」の検査員が、分析データに認証印を押した。
『分析結果:ジスプロシウム含有量、世界平均の20倍』
『品質等級:特A(精錬コスト極小)』
『初回出荷ロット:品質均一性を確認』
単なる期待ではない。「商品」としての価値が証明された瞬間だった。
史郎が、認証済みの証明書をスマホで撮影した。
「……さて。この『爆弾』を市場に投げ込みましょうか」
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## 2.泥ショック(Mud Shock)
翌日。世界の資源市場は静まり返り、そして悲鳴を上げた。
これまでの「噂」レベルではなく、「第三者認証付きの品質データ」と「初回出荷確定」のニュースが流れたからだ。
中国の輸出業者が支配していた「レアアース・スポット価格(随時契約価格)」が、坂を転がり落ちるように下落を始めた。
商社のトレーディングルームで、史郎はモニターを見つめながら電話を耳に当てていた。
「ええ、本当ですよ。権田重工も豊川自動車も、既に中国との長期契約を見直しています。……今高い値段で買っているのは御社だけになりますよ?」
市場の心理が一変した。
「中国から買うしかない」という恐怖が消え、「日本から安く買えるかもしれない」という期待が、雪崩のような売り注文を呼んだのだ。
豊川自動車の役員が手を叩く。
「痛快だ! 中国側が慌てて『値下げ交渉』に応じ始めたぞ。……たった一隻の船が、世界の相場をひっくり返したんだ!」
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## 3.国家の介入
凱旋帰国した『あかつき』を待っていたのは、無数のフラッシュと……黒塗りの高級車の列だった。
埠頭に降り立った文哉たちの前に、父・科学技術政策統括官が現れた。
父は、泥の入ったタンクを見上げ、無表情に言った。
「……よくやった。品質、量ともに申し分ない。想定以上だ」
「父さん……」
「だが、これからは『大人の管理』が必要だ」
父は冷徹に告げた。
「このプロジェクトは国家直轄とする。以降、生産計画、価格決定、技術情報はすべて内閣府が管理する。……民間(君たち)の手には余る」
嘉門先生が噛み付く。
「国有化して、官僚の判子がなきゃ動けないようにする気か!? それじゃあ日本のイノベーションは死ぬぞ!」
「綺麗事では国は守れん」
父は一蹴した。
「資源は外交カードだ。誰に売るか、いくらで売るか。それは国家が決めるべき『戦略』だ。……文哉、お前も来い。こちら側で管理する人間になれ」
それは、文哉に対する「合格通知」であり、同時に「研究者としての死刑宣告」だった。
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## 4.父への反論
文哉は、父の前に進み出た。
足は震えている。だが、もう逃げなかった。
「……お断りします、統括官」
父の眉がピクリと動く。「……何だと?」
「この泥を国有化し、役所が管理すれば、一時的に日本は強くなるでしょう。でも、スピードは落ちる。中国はすぐに新しい技術で追い上げてくる」
文哉は、タブレットを取り出した。そこには、この数ヶ月で集めた膨大なデータと、民間企業連合の事業計画書が表示されていた。
「見てください。この泥の分離技術は、チャオという留学生がいたから完成した。
彼は、スパイ容疑をかけられて去った。でも、最後までデータを送らなかった。家族を人質に取られていたのに、仲間を裏切らなかった。……その人間が残した技術を、父さんは『国有化』して、彼の名前を消すつもりですか?」プラントだって、民間企業の知恵が集まってできた。……『国家管理』でガチガチに固められた組織に、このスピードが出せますか?」
文哉は、父の目を真っ直ぐに見つめた。
「父さんの言う『無謬性(完璧な管理)』は、リスクをゼロにするけれど、可能性もゼロにする。……不確実な市場の中に飛び込んで、失敗しながら最適解を見つける。それが僕たち研究者の仕事であり、民間の強さです」
「……失敗すれば、国益を損なうぞ」
「その時は、また僕たちが泥まみれになって直します! 剛田さんのように、史郎さんのように! ……だから父さん、僕たちを『管理』しないでください。僕たちに『競争』させてください!」
現場の静寂。
息子が初めて、論理で父を論破しようとしている。
父は長い間、文哉を睨みつけていた。
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## 5.条件付きの勝利
やがて、父はふっと息を吐き、視線を海へと逸らした。
その頭の中で、瞬時に数万通りのシミュレーションが行われたのだろう。
「……いいだろう。技術開発と生産運用は、民間のコンソーシアムに任せる」
文哉の顔が輝く。「父さん!」
「ただし」
父は冷ややかに釘を刺した。
「『輸出管理』と『最終用途確認』、そして『技術情報の機密区分』は国が握る。お前たちが作った泥を、どこの国に出すか。その蛇口は私がコントロールする」
それは、完全勝利ではなかった。
「自由」と「規制」のギリギリの妥協点。
だが、父の立場からすれば、これ以上ない譲歩であり、文哉たちを「対等なパートナー」として認めた証でもあった。
「……文哉。お前はもう、私の『作品』ではないな」
父は背を向け、黒塗りの車へと歩き出した。
「お前は、私の『交渉相手』だ。……精々、国益に貢献しろ」
「それとだ……あの留学生の件、調べさせてもらった。彼の家族は、今は無事だそうだ。
それだけは、伝えておく」
文哉は息を呑んだ。父なりの、不器用な優しさだった。
車が走り去る。
文哉はその場にへたり込んだ。
「……勝った……のか?」
史郎が肩を叩く。
「ええ。あなた達が開発し、国が守る。……
『官民一体』の最強の形ですよ。これ以上ない着地だ」
嘉門先生が笑った。
「よく言った、文哉。……さあ、これで我々は自由だ。世界中が我々の泥を待っているぞ!」
南鳥島の青い空の下、マッドメンたちは本当の意味での「独立」を果たした。
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## 〖やさしい 用語解説〗
### 嘉門先生と優斗の「マッドメン・ラボ」
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### Theme 20:先物? スポット価格?
優斗:今回、ニュースで「価格が暴落した」って言ってましたけど、レアアースって株みたいに売買されてるんですか?
嘉門:銅やアルミと違って、レアアースはLME(ロンドン金属取引所)のような大きな市場では取引されていない。
主に売り手と買い手が直接交渉する「相対取引」や、その時々の時価で売買する「スポット市場」で価格が決まる。
* 今回の現象:
「日本から大量に出るぞ!」という確実な情報が出たことで、買い手が「じゃあ今は中国から買うのを控えよう」となり、スポット価格が一気に下がったんだ。これを「アナウンスメント効果」と言う。
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### Theme 21:エコノミック・ステイトクラフト(経済安全保障)
優斗:最後にお父さんが言ってた「蛇口は国が握る」ってどういうことですか?
嘉門:「技術は民間に自由にやらせるが、それが敵国に渡らないように国が監視する」ということだ。
これを「外為法(外国為替及び外国貿易法)」に基づく輸出管理と言う。
文哉たちの自由を守りつつ、国の安全も守る。……あの親父さんらしい、極めて現実的で賢い落とし所だな。
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## 〖免責事項〗
本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。
また、作中に登場する法律・科学技術・名称等は、物語上の演出が含まれています。




