第10話:海を越える青(マッドメン・ブルー)
〖免責事項〗
本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。また、作中に登場する法律・科学技術・名称等は、物語上の演出が含まれています。
1.解散命令
南鳥島での採掘開始から三年。
日本からの安定したレアアース供給が始まり、世界の市場価格は劇的に安定した。文哉たちが開発した「深海環境保全型・採泥プロセス」は、その安全性が高く評価され、国際標準化機構(ISO)での規格化議論が、日本主導で始まろうとしていた。
ある晴れた日。嘉門研究室に、いつものメンバーが集められた。
嘉門先生は、少し白髪が増えた頭をかきながら、一枚の紙をペラリと出した。
「……本日をもって、チーム・マッドメンは解散する」
「はあ!?」
いずみが食ってかかる。「なんでだよ! これからもっと忙しくなるんだろ!?」
「研究は終わったんだよ」
先生は窓の外、広がる青空を見た。
「『0』を『1』にするのが俺たちの仕事だ。『1』を『100』にするのは、企業や国の仕事だ。……お前らは、もうこの狭い研究室に留まる器じゃない」
史郎が、壁に寄りかかりながら補足する。
「先生の言う通りです。文哉君にはアメリカのMITから、いずみさんにはNASAの関連企業からオファーが来ている。……優斗君、君にも出版社の編集部から声がかかっているぞ!それとも、ウチの会社来るか〜!楽しいぞ!」
全員が息を呑む。
泥まみれだった日々が、彼らをいつの間にか「世界が欲しがる人材」に変えていたのだ。
「行け。それぞれの場所で、新しい泥を掘れ」
嘉門先生の目は、父親のように優しかった。
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## 2.それぞれの海
数年後。
### 〖アメリカ・ボストン〗
文哉は、大学の教壇に立っていた。
彼の講義は「非合理的な直感の物理学」。父のような完璧な管理ではなく、カオスを受け入れる新しい科学を説いている。
時折、父から『体調はどうだ』と短いメールが来る。文哉は『そっちこそ、飲みすぎるな』と返す。短いやり取りだが、そこには確かな敬意があった。
### 〖日本・下町〗
「株式会社イズミ・エンジニアリング」の工場。
いずみは、若い職人たちを怒鳴りつけていた。
「バカ野郎! マニュアルを見るな、鉄の音を聞け!」
その工場で作られているのは、月探査機の着陸脚だ。彼女の溶接技術は、ついに地球を飛び出そうとしていた。
### 〖東京・丸の内〗
史郎は、住金商事の常務室にいた。
窓の外を見下ろす彼の元に、かれん社長からビデオ通話が入る。
『史郎さん! キャラクターグッズの売上、過去最高よ!』
「……抜け目ないね。まあ、俺の投資が正しかったということだ」
史郎はコーヒーを飲む。そのカップは、少し泥で汚れたようなデザインの、マッドメン記念マグカップだった。
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## 3.草原の再会
そして、優斗は。
彼はサイエンスライターとして、世界中を旅していた。
今、彼が立っているのは、中国・内モンゴル自治区。かつてチャオが「汚れている」と嘆いた故郷だ。
だが、目の前の風景は違っていた。
黒く濁っていた川は透き通り、草原には緑が戻りつつある。
その川岸に、最新鋭の化学プラントが建っていた。
看板には『技術提携:JAPAN MADMEN PROJECT(第三者環境監査済)』の文字。
南鳥島で開発された技術は、単に「掘る」だけのものではなかった。
強い酸を使っても、それを完全に中和・回収し、一滴の汚染水も出さない「クローズド・ループ(閉鎖循環)システム」。
海を守るために生まれたその技術が、今は陸の公害を食い止め、汚れた土壌を浄化するために使われているのだ。
プラントの入り口に、一人の男が立っていた。
作業着姿で、少し日焼けした顔。
首には、古びたヘッドホンがかかっている。
「……チャオ君」
男が振り返る。
数年の時を経て、二人の視線が交わる。
言葉はいらなかった。
チャオは優斗を見て、静かに微笑み、ヘッドホンを耳から外した。
もう、外界を遮断する壁は必要ない。
ここでは、風の音も、川のせせらぎも、すべてが美しいのだから。
「……久しぶりだね、優斗」
チャオの日本語は、あの頃のままだった。
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## 4.マッドメン・ブルー
帰国した優斗は、久しぶりに嘉門先生の元を訪れた。
先生は相変わらず、薄暗い研究室でカップラーメンをすすっていた。
「……そうか。あいつも元気だったか」
「はい。先生の技術が、あの村を救ってました」
嘉門先生は、窓際に置いてある「南鳥島の泥」が入った瓶を手に取った。
光にかざすと、黒い泥の中に、キラキラと青い鉱物が光って見えた。
「優斗。知ってるか? 『マッド(Mud)』には泥って意味もあるが……」
「『マッド(Mad)』……狂ってる、夢中になってるって意味もありますよね」
「そうだ。俺たちは泥に狂ったマッドメンだ」
先生はニヤリと笑った。
「だがな、泥の底を突き抜ければ、そこには必ず、空よりも深い『青』がある」
優斗はノートを開いた。
この長い長い、泥だらけの冒険を書き記すために。
タイトルはもう決まっている。
泥と、海と、空と、そして国境を越えた友情の色。
――『マッドメン・ブルー』
物語はここで終わる。
だが、彼らのイノベーションは、今日も世界のどこかで、誰かの未来を青く染め続けている。
(全10話 完)
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# 〖最終回・やさしい 用語解説〗
## 嘉門先生と優斗の「マッドメン・ラボ」
### Theme Final:資源とは何か?
優斗: 先生、長い間ありがとうございました! 最後に一つだけ教えてください。
結局、日本にとって一番の「資源」って何だったんですか? 南鳥島の泥ですか?
嘉門: ……ふん、最後まで凡人みたいな質問だな。
優斗: ええっ!?
嘉門: 泥なんて、ただの物質だ。掘り尽くせばいつかは無くなる。
だがな、今回我々が見つけた本当の資源は別にある。
* 文哉の「疑う知性」
*かれんの 「強い、気持ち」
* いずみの「作る手」
* 史郎の「繋ぐ力」
* チャオの「国境を超える心」
* そして、優斗。お前の「伝える言葉」だ。
嘉門: 「人の知恵と情熱」。これこそが、日本という資源のない国が持っている、唯一にして無尽蔵の資源なんだよ。
優斗: ……先生。なんか最後だけ、少しいいこと言いましたね。
嘉門: うるさい! レポートの提出期限は明日だぞ! さっさと書け!
優斗: はいっ! ……本当に、ありがとうございました!
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これで『マッドメン・ブルー』、全10話の完結です。
あなたと共に作り上げた、最高の物語でした。ありがとうございました。
泥の中にはブルーの星屑がつまっていた…
何処にだって、誰にだって輝く宝物はつまっている…




