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女友達

東京の夜は、いつも何かを抱えているような重たさがある。

新宿の横を電車が通り過ぎ、煌びやかなネオン街が浮かび上がった。

ネオンの光が街を照らし、通りを行き交う人々の影を引き伸ばす。

山手線の走行音とところどころ聞こえる話し声に耳を傾け、何もせずぼーっとしていた。

四方にあるディスプレイは転職イベントの宣伝をひっきりなしに流していた。


ふと、手元のスマートフォンが震えた。

画面には、名前だけで思い出せる一人の女友達からのメッセージが表示されていた。

通知をスワイプするか迷いながら文面を読んだ。


「今、何してるの?」


彼女の名前は、里美。

大学時代からの友人で、気軽に話せる数少ない相手だ。

僕はモテたことがないが、女友達がゼロというわけではない。

それでも片手で数えるほどしかいない。

僕はすぐに返信した。


「山手線に住んでる笑。」


数分後、また返信が来た。

「そっか。よく分からないけど面白そう?」


今は友達だが、僕の中では彼女は特別だった。

何故かすぐに返信してしまう。

「山手線に毎日乗って絶望しているよ。僕は絶望するのが得意なんだ。」


僕は聞いた。

「逆に絶望の反対を味わえる極上の瞬間は?」

2分くらいして返事が来た。

「朝直前の寝静まった街歩いてる時じゃない?世界に自分一人しかいないんじゃないかって感じるほどの静かな街が好き。雰囲気が好き。」

「あとは旅館の広縁でぼーっとしてるとき。あそこはすてき空間だよね。」

この子は変わってる。

面白いけど、不思議であざとい。


忘れもしない5年前、よくわからないメッセージが向こうから来た。

「これから毎日日記と写真を送ってくれない?写真は風景でも可」

何が目的なのだろうか。

まさか自分のことが好きなんだろうか。

そんなことを考えながらやきもきしていた。

何が目的なんだろうか。


僕はこの習慣を半年間続ける羽目になった。

里美は僕を振り回した。

今は恋人が向こうにいるのかもわからない。


時に女性というのは本当によくわからない。

大学の飲み会でとある女の子が僕に泣きながら言ってきた。

「君ってこれまで頑張って生きてきたよね。わかるもん。」

ひたすらそんなことを言われながら彼氏の話をしていた。

僕は酒に酔わないが、その日は悪酔いし、駅のベンチで横になってから帰った。

ミステリアスな女の子だと思ったらその翌々日に泥酔してフラフラになりながら男二人と歩いているのを発見した。

まあそれも普通ではないか。


話を戻そう。

年月が過ぎても女性というのはよくわからない。

マチュピチュやアンコール・ワットのような古代遺跡のようにわからない。

アンナ・カレーニナを読んでも女性のことはわからなかった。

里美は偶然、池袋で知り合いと会って帰宅するところらしい。

ちょうど山手線の時間と車両を教えて山手線で話すことになった。


里美と遊んだ日々は今でも思い出せる。

2年前、わりと2週間に1回くらい遊んでいた。

新宿のカフェ・ベローチェで話してひたすらノルウェイの森みたいに新宿から新大久保まで歩いたことがった。

僕は得意気にノルウェイの森から引用した。

「我々は二人で東京の街をあてもなく歩き続けた。まるで魂を癒すための宗教儀式みたいに。」

「アハハ。歩くのって癒しになるのかなあ。」

イスラム横丁で興味深そうにスパイスを選ぶ彼女の横顔を思い出す。

インドの謎の甘いお菓子を食べながら新大久保を練り歩いた。


そんなことを思い出しながら、里美が車両に乗り込んできたのが見えた。

里美は車両内を見渡し、隣に座ってきた。

僕はここ2,3日髭を剃っていないがまあ良しとしていこう。

「何しているのこんなところで?山手線って移動に使うやつでしょ。」

僕は言った。

「山手線は空間だよ。時間を共有することができる。」


「まあ何があったのか分からないけどさ、アラサーって一種の人生の転換点だと思うよ。転職する人もいるし。結婚する人もいるし。」

彼女の言葉に、僕は少し救われた気がした。

彼女の前では、無理に強がる必要がない。ただ、素直に自分の気持ちを話せる。

僕はそんな彼女の存在に、改めて感謝した。

「転職するよ。僕も。次もJTCだけど。やりたいことに近づけることは確かだけど。」

「うんうん、私も転職しようかな。」

僕は虚空を見ながら続けてしまう。

「でも、毎日仕事に追われて明日の準備をして寝る。これ60歳までやるの?って感じだよね。」

「よくできるよね。私も無理かもって終わってるよ。」

僕はテキストメッセージの下書きを考えたときのように、ゆっくりと言葉を発した。

「お互いさ、潰れそうになったら連絡しようよ。」

僕は涙目になりながらそう言った。

里美は500日のサマーのように僕を振り回しても、僕が勝手に振り回されているだけなのだ。

いつかサマーのように突然いなくなってしまうことがないように。

この友達という関係を失わないように。


彼女の笑顔と共に過ごす時間は、大学生時代を思い出し、まるで時間が止まったかのように感じられた。

彼女は微笑んで、「私も。話せて良かったよ。」と答えた。


僕たちは駅に着き、それぞれの方向に別れることになった。

彼女がホームに消える前に、僕は一瞬、彼女に何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。

「またね。」彼女は小さく手を振って、エスカレーターで降りていった。


僕はその場に立ち尽くし、彼女の背中が見えなくなるまで見送った。

突然エスカレーター野崎で彼女が振り返り、階段を駆け上がってきて戻ってきた。

「若さは才能だと思うの。」

イギリスの作家オスカー・ワイルドは著書「ドリアン・グレイの肖像」でそのように書いた。

「それ、ドリアン・グレイの肖像だよね。」

里美は言った。

「そうだったかな。君ってディレッタント(芸術愛好家のこと。)だね。ただ、若いからといってそんな華やかじゃないよね。仕事も日常も。」

里見はスマートフォンをしまいながら言った。

「でもさ、今なら何でも出来る。大学生の時だけじゃなくて今でも。」

里美は自分に言い聞かせているのかもしれない。

「ありがとう。頑張ろうね。」

僕は気の利いたことが言えなかった。

自分に半分言い聞かせながら言った。


電車が去った後も、彼女のピカピカの銀貨のような笑顔が心に焼き付いていた。


また会えるだろうか。

目の前のスマートフォンという板を通して定期的に連絡を取ってみよう。

そういえば音信不通になってしまった親友を思い出した。

それについてもいつか話すことにしよう。


そんなことを考えながら山手線内回りに乗り込み、500日のサマーを見ることにした。

そう。

僕の恋愛経験は乏しい。

思わせぶりな態度に左右されても、結局自分の思い違いである。

500日のサマーのトムのように恋愛経験が少ないと運命を信じてしまう。



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