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美醜逆転の世界

明るいブスが異世界転移して、醜男(イケメン)を買う話

作者: エトカ




 【美人は三日で飽きるけど、ブスは三日で慣れる】



 はい、それ嘘だから。

 付き合って四日目に振られた私が生き証人でーす。

 しかも、元カレの現彼女は超美人で、付き合い始めて四日以上経ってるからね。

 だから美人が三日で飽きるというのも大嘘。


 まあ、告白してオーケーもらえたこと自体が奇跡だったし。

 四日間だけでも良い夢を見れたと思えば良い……



 わけあるか、バカヤローーーー!!!



 *



 目が覚めたら、目の前にミイラのお化けがいた。


 「ギャーーーーッ!!!」


 私は驚きと恐怖で飛び起きた。そして後退した結果、ベッドから転げ落ちた。


 「痛ったぁ~」

 「キヒヒッ、元気そうじゃのぉ」


 お化けが喋った!!


 「あばばばばばばば」

 「かしましい女子おなごじゃのう。ほれ、腹が減ってるじゃろ、キヒヒッ」


 そう言うと、ミイラのお化けは私をテーブルに連れて行く。チラッと辺りを見回すと、こぢんまりとした印象の部屋にいるようだった。


 パン粥を出してくれた人は、お化けではなく人間だった。名をアウエルと言い、御年百二歳のお爺さんだった。お化けと間違えてごめんなさい。


 アウエル爺さんによると、昨夜小用を足しに行くと、トイレの前に倒れている私を見つけたらしい。

 このままでは風邪をひいてしまうと思ったお爺さんは、私を引きずって寝かせたそう。いろいろ突っ込み所があるけれど、助けられたわけだからお礼を言った。


 「助けてくださってありがとうございました。鶴間橙子ツルマトウコです、えーと、トウコ・ツルマです」

 「トンコとはまた変わった名前じゃのう」

 「いえ、トンコじゃなくてト ウ コ です!」

 「そうかい。で? それはそうと、何でトンコは便所の前にいたんじゃ?」


 軽く流された挙句にまた間違えられて一瞬殺気が湧いた。けれど、相手はお年寄り。命の恩人だと言う事を忘れてはならない。


 「……こほん。トウコです。それが、よく覚えてなくて」


 最後に覚えているのは、大学の構内で運悪く元カレとかち合ってしまった事だった。居心地悪そうな顔の元彼とすれ違いざまに、一緒にいた現彼女に小声で「ブス」と言われたのだ。


 今思うと一発殴ってやれば良かったんだけど、咄嗟に私はその場から逃げ出した。


 そう、逃げたのだ。


 どこに逃げたんだっけ? そうそう、女子トイレに逃げたんだった!……って、まさか……。


 ある可能性に辿り着いた私は、お爺さんにいくつか質問をしてみた。すると、やはりというべきか、私は大学の女子トイレから異世界転移(トリップ?)したようだった。

 しかもトイレからトイレに異世界転移ってちょっと酷くね? 鉄板の異世界転移っていったら森だよね? なぜにトイレ!? これもブスが成せる技なのか……。

 うーんと唸っていると、お爺さんがおかしなことを言い出した。


 「ところでお前さんほどの別嬪べっぴんさんにもなると、どこかお貴族様の娘さんかのう、キヒヒ」

 「ーーーーは?」


 べっぴん? なにそれ美味しいの? じゃなくてお爺さん、もしかして老眼でよく見えていない? それともボケかけてる? 私が別嬪だなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない話だ。


 そんな事はさておき。今更だけど、私ってばどこも行くあてがない!!


 恐ろしい事実に行きついた私は、記憶喪失で何も思い出せないと言って、しばらくの間お爺さんのところでお世話になることになった。



 一緒に暮らすようになって分かったけれど、アウエル爺さんはとても良い人だった。しかもご高齢にもかかわらず元気も元気。自分の身の回りのことは何でも一人で出来るし、記憶喪失(という設定)の私を不憫に思って世の中のことをいろいろ教えてくれた。


 そして何より驚いたのは、この世界は美醜が逆転しているってこと。


 にわかに信じられなかったけれど、ある日お爺さんの言いつけで買い物で出た際、はずみでフードが取れてしまった。すると周囲にいた人たちが私の顔を見て騒ぎ出したのだ。


 特に男性陣は頬を染めてうっとり見つめて来るし、驚愕の表情で固まる人もいて。たまたま近くにいた男性なんて、目の前にいる恋人に渡すはずであっただろう花束を、私に差し出したものだから修羅場だ。


 今まで珍獣であるかのように観察されたり、汚物を見るような目で睨まれたことはあったけど、真逆の反応をされたことは一度もなかった。そのため、パニックに陥った私は一目散に逃げ帰った。


 その話をすると、お爺さんに「じゃから言っただろう、キヒヒ」と笑われた。その笑い方、何とかなりませんかね?


 そんなわけで、私は異世界転移したことによって絶世の美女になったというわけだ。


 正直なところ、嬉しいよりも戸惑いの方が大きい。だって、大騒ぎにならないよう外出の際は毎回フードを被らなくちゃいけないんだよ? まさかこの私が、パパラッチに追われるハリウッドスターの気持ちが分かる日が来るなんて思いもしなかったわ。


 幸いにもどこに住んでいるのかはバレなかったので、以降外出の際は徹底して気をつけるようになった。


 アウエル爺さんは、もともと王都の近衛騎士団で働いていたらしい。その時に知り合った女性と結婚したけれど子宝には恵まれず、長年連れ添った奥さんは二十年ほど前に亡くなられたと話してくれた。それを機に、お爺さんは王都を去ってこの町の外れに居を構えた。


 以来、細々と暮らしていたのだけど、そんなある日、トイレの前に倒れている美女|(笑)を見つけたからビックリ。まさかこの年になって孫ができるとは思わなかった、と言って笑っていた。



 そんなお爺さんだったが、ある日突然何の前触れもなくポックリ逝ってしまった。まさにピンピンコロリと言うやつだ。



 私は、悲しくて悲しくてしゃくり上げながら泣いた。

 一月にも満たない短い間だったけれど、私にとってお爺さんは異世界で生きて行くための道しるべだった。


 私は町の住人と共にお爺さんの墓を建てた。その際、顔を見られてしまい求婚者が殺到する事件が起きたけれど、私は全てお断りした。


 まずは、これからの事だ。


 実はお爺さんの家を整理している時に、私に宛てた手紙を見つけた。そこには、自分の死後は全ての財産を私に渡すこと、そして出来るなら思い出の指輪をお婆さんの墓に届けて欲しいと、書かれた手紙と一緒に銀の指輪が同封されていた。


 正直、お爺さんの遺産を貰うのには躊躇ためらいがあった。ましてや、出会ってそれほど時間が経っていない相手に渡すには、あまりにも大き過ぎる金額だった。


 けれどお爺さんの願いを叶えてあげるためには先立つ物が必要だし、身一つで異世界に来た私には何もない。悩みに悩んだ結果、私はお爺さんの厚意に甘えることにしたのだった。



 ***



 質素な生活をしていたお爺さんだったけれど、実はちょっとした小金持ちだった。以前、王都で近衛騎士をしていた話を聞いていたので、退職する時に結構な退職金が貰えたのかもしれない。


 私は身支度を終えると、王都に向かうためアウエルお爺さんと暮らした家を後にした。


 町から王都までは、馬車で三日程の距離だった。異世界で、しかも女の一人旅は不安しかなく、しかも絶世の美女(笑)なものだから、道中は常にフードを目深に被って目立たないようにして過ごした。


 賃金を払って乗り込んだ馬車には、私以外にも人がいて、その中には家族連れもいたので、馬車での移動は安全だった。


 私は途中の町で乗ってきた女性と意気投合し、馬車の中でいろんな話をした。

 彼女は旦那さんと二人王都で雑貨屋を開いて暮らしていて、隣町に暮らす親に会った帰りなんだとか。私が一人だと知ると、それは大変! と、ある事を勧められた。


 「貴方みたいな美女が一人で王都だなんて危険過ぎるわ。治安の良し悪しもわからないだろうし、着いたらまず奴隷を買うことをお勧めするわ」



 ーーーーそう。この世界には奴隷が存在したのだ。



 「奴隷には安全のために制約が付けるけど、それでもやっぱり犯罪奴隷よりも借金奴隷がお勧めね。見目の良い高級奴隷なんかは高額すぎてお貴族様くらいにしか手が届かないけど、物流の盛んな王都なら貴方の役に立ちそうな奴隷がきっと見つかるはずよ」


 あっけらかんと話す彼女は、ミーアと名乗った。奴隷を買ったらいろいろ入り用になるだろうから、その時はうちのお店に来てね! と宣伝までして王都に到着後に別れた。


 ーー奴隷かぁ。


 ちょっとどころか、かなり抵抗がある。学校で奴隷の歴史を学んだけど、実際に自分が奴隷を買うとなると罪悪感が半端ない。


 うん、無理だわ。私には奴隷を買うなんて出来そうにない。よし、何か別の方法を探そう。


 そう思い至った私は、まず腹ごしらえをするために大通りを歩いた。しばらく行くと、アットホームな雰囲気の食事処が目に入ったので、そこに入ることにした。


 「いらっしゃ~い、おひとり様かしら? 端のカウンターだったら直ぐ座れるよ」


 目立ちたくない私としては助かった。ちょうど昼時だったのもあって、混雑した店内は活気に溢れている。案内された隅のカウンター席に座ると、女将おかみさんみたいな人におすすめと書かれたメニューを注文した。


 グラスの水をちびちび飲みながら、私はいろんな人の会話に耳を傾けていた。何か催しものがあるのか、多くの人が騒がしく喋っている。


 やがて食事が運ばれて来たので、私は食べることに集中した。野菜とお肉がゴロゴロ入ったシチューと、こんがり焼かれた丸いパンが二つ。見た目を裏切らない美味しさに、思わず舌鼓を打った。


 チラッと別のテーブルを見れば、他にも美味しそうな食べ物がたくさんあって、みんな美味しそうに食べていた。


 はい、リピ決定~。王都に来て早々アタリなんてラッキー!


 食事を終えて一息ついていると、女将さんが近くを通ったので、安全でお手頃価格の宿屋を探していることを話した。すると、この食事処は二階が宿泊施設になっていて、空きがあるから泊まれるよと言ってくれた。今日はラッキーデーなのか!?


 赤毛のボブカットで盛大に笑う女将さんの姿が、某アニメのキャラクターにそっくりなのもあり、親しみを感じた私は彼女が営む宿屋に決めた。


 階段を上がって廊下の突き当たりが、私が宿泊する部屋だった。一人部屋なので、シングルベッドと、部屋の中央に小さな丸テーブルと椅子が置かれてあるだけ。かなり狭いけれど浴室があるのはありがたかった。


 「ふぅ。さて、これからどうしようかな……、お墓参りは明日にでもするとして、ずっと部屋にいるのも勿体無いし。そうだ、せっかくだから観光でもしよう!」


 思い立ったら吉日、荷解きもそこそこにマントのフードをしっかり被って部屋を後にした。


 階段を降りて食堂に出ると、先ほどとは打て変わって閑散としていた。昼時が過ぎたので人が引けたのだろう。ちょうどカウンターに女将さんがいたので、これから観光に行くことを伝えた。すると、おかみさんは顔をしかめて私を止めた。


 話を聞くと、今日は半年に一度の祭り日で、ちょうどこれから犯罪奴隷の公開処刑が行われるらしい。


 頭の中で、公開処刑という文字がぐるぐる回る。お祭りで、公開処刑? 二つの言葉が結びつかないんですけど。


 「余興みたいなもんさ。王都に来たばっかりのお嬢さんには、ちょっと刺激が強過ぎるかもしれないからね。観光したいなら、花園がある南地区がお勧めだよ」


 お祭りを盛り上げるために人を殺すの!? 今更だけど、私を保護してくれた人がアウエル爺さんで本当に良かったと思った。一歩間違えれば私が奴隷になっていた可能性だってある。


 そんなわけで、私は勧められた花園を訪れることに決めて南地区へと向かった。



 ーーはずだったのに、現在私は公開処刑が行われる会場の人混みに埋もれているのは何故!?



 そう、自慢じゃないが私は極度の方向音痴なのだ!! それはもう救いようのないほどに。

 だから南に向かった結果、北にたどり着いてしまったとしてもおかしくはなかった。失念していた事を悔やんでも今更だ。私のバカバカ!!


 おしくらまんじゅうのような状況で背中や肩を押し合っていたけれど、ついにイベントが始まったようで大きな歓声があがった。


 すると二重の柵で囲われた円形の広場に、縄で捕らえられた男がガチムチ男の手で引きずり出されて来た。


 肋骨が浮かぶほどに痩せ細った身体にはいくつもの傷があり、汚れた布で局部が隠されているだけでほぼ全裸の状態だった。

伸ばしっぱなしの髪は栄養状態が悪いからだろうパサパサだ。よくこれで生きていると思うほど酷い有様だった。


 一体、彼は何の罪でここにいるんだろう。どんな罪を犯せば、こんな辱めを受けるに値するの? それが分かんないのは、私が異世界人だから!?


 人混みに押されながら、私はやり場のない悲しみに襲われた。人権を尊重する国で生まれ育った私には、たぶん一生受け入れらないんだと思う。私は濡れた目元を袖で拭くと、大きな声を上げた。


 「彼を買います!」


 その途端、辺りはシーンと静まり返った。虚な表情で空を見ていた奴隷と視線が合った。夏空を切り取ったような青い瞳に、一瞬希望の光が差したかのように見えた。


 「お嬢さん、本気で言ってるのかい? こいつは重罪人だぜ?」

 「罪人だからって、こんなの酷すぎます!」


 すると、ガチムチ男は大声で笑って私を見下ろした。


 「こいつをよーく見てみな。その顔にくっついてる二つの目は節穴か? こいつは醜い。それがこいつの罪だ!!」


 それと同時に大きな歓声が上がった。


 いやいやいや、醜いから処刑ってどう考えたっておかしいだろ!!


 私は怒りでワナワナ震えながら、ニヤニヤ顔のガチムチ男と交渉し、目の前の奴隷を買い取った。相場なんて分からないから、言われた金額を渡した。たぶんぼったくられたと思うけど、正直そんなのどうでも良かった。


 興を削がれた群集からブーングが起きたが、そんなの私の知ったこっちゃない。


 私は着ていたマントを脱ぐと、たった今買った奴隷に被せた。マントを脱いだ私を見て周囲が騒がしくなったけれど、私はそれを無視してゆっくり男を立たせるとその場を後にした。



 *



 奴隷を買ってしまった。


 昔から考えなしに行動しがちと言われていたけれど、あそこで彼を見捨てていたら一生自分を許せなかったと思うから後悔はしていない。


 ほんの一瞬だけど目があった時に、生きたいという願いを彼の瞳の中で見た気がしたのだ。


 私は、彼を支えるようにして通りを歩いた。通り過ぎる人たちが私たちを見てコソコソ話していたけれど、私は息も絶え絶えな彼が心配でそれどころじゃなかった。


 宿屋に着くと、奴隷の宿泊は受け付けていないと断られてしまった。そこを何とかお願いして、三人分の宿泊費を払うことで見逃してもらった。もちろん表から堂々と入ることは出来ないので、裏口からこっそり彼を部屋に連れて入った。人目につかないよう部屋に入り、鍵を閉めたところでホッと息を吐いた。


 「ふう。何とか無事、部屋に戻れた……」


 ホッとしたのも束の間、立っているのがやっとの彼をベッドに座らせると、グラスの水を差し出した。けれどそれを受け取るでもなく、ボーッと宙を見つめているだけで彼から何の反応もない。

 唇がカサカサだし、喉が乾いてるはずだと思うんだけど……。グラスの端を口につけてほんの少しだけ水を流し込んだけれど、口の横からダラダラと流れ出てしまうだけだった。


 も、もしやこれは、ラノベなんかでよくある口移しで飲ませるのをしなくちゃいけないシチュエーションでは!? ぐぬぬ……本来なら、イケメンが主人公にするシーンのはずだよね!? これもブスが成せる技なのか!?


 買い取ってしまった手前、脱水症状で死なせるわけにはいかない。私はグラスの水を口に含むと、意を決してブチュっと口に唇をつけた。そして少しずつ水を流し込む。するとコクリと飲んでくれた。それを何度か繰り返し、グラスが空になったタイミングで唇を離した。


 「まだ喉乾いてる? 大丈夫かな?」


 反応がないので、いまいちよく分からない。私はそこでハッとした。


 「ベロチューしちゃった……」


 元彼ともしなかったベロチュー。夢のベロチュー。まさか奴隷としちゃうなんて。相手が人間だっただけでも奇跡なのか!?


 いやいやそんなことより、まずは彼を綺麗にしてあげなくちゃ! と思ったけど、その前に何かお腹に優しいものを食べさせて休ませた方がいいのかもと思い、私は慌てて一階に下りてミルク粥を作ってもらった。


 盆に載せたミルク粥を持って部屋に戻ると、彼は出て行った時と同じ体勢で宙を眺めていた。粥を人匙スプーンで掬ってフーフーしてから口元に運んでやる。それでもやっぱり彼が口を開いてくれることはなかった。


 今までどうやって食べてきたんだろう……。まさか無理矢理!?


 思いたくはないが、そうとしか考えられない。彼の受けてきた仕打ちを考えると泣が出てきた。

 私もブスとか珍獣とか心無いこと言われたり、あからさまなイジメを受けてきたけれど、彼の苦しみに比べたら鼻糞みたいなもんだ。


 「よし、また一からやり直そう。一緒に頑張ろうね!」


 こうして私は、ほっぺを掴んで口を開けさせるとミルク粥を食べさせた。お腹が満たされたところで風呂場に連れて行きたかったけれど、ふらふらの彼には厳しいと判断して、清拭だけしてベッドに寝かすことにした。

 体力の限界だったのだろう、横になった瞬間スーっと目を閉じて眠ってしまった。私はそれを見届けると、そっと部屋を出て一階に下りて行った。


 私は沈みかける夕日を浴びながら、王都へ向かう道中に知り合ったミーアのお店へと向かった。雑貨屋を開いていると言っていたので、彼に必要な物が手に入ると思ったからだ。


 カランとドアベルを鳴らして店に入ると、いらっしゃいませーと元気な声が出迎えた。店の奥から現れたミーアが、私の姿を見て笑顔で近づいて来た。


 「あら、トンコ、早速来てくれたのね! 無事に奴隷は買えた?」

 「こんばんわ。トンコじゃなくてトウコね。奴隷は……うん、まぁ一応。それで奴隷に必要な生活用品を一式欲しいんだけど」

 「それだったらこっち。奴隷用の用具一式がセットになっているの。男女別になっていて、靴はオプション。あと首輪とチェーンはこっち」

 「え、首輪!?」


 ミーアによると、飼い主の多くは出かける際奴隷に首輪とチェーンを付けるのだそうだ。靴がオプションなのも、奴隷の多くは裸足だかららしい。この世界の奴隷に人権は全くなかった。

 私は首輪とチェーンは断り、靴の購入を伝えた。


 会計を済ませると、また来ると約束して店を出た。購入した袋がかなり重くて、宿屋に着いた時には汗だくになっていた。


 ちょうど夕飯時だったので、一階の食事処は人で賑わっている。お腹が空いていたけれど、部屋に残してきた奴隷くんが気になったので、私は一旦部屋に戻ることにする。


 部屋に入ると、窓から差し込む月明かりで彼の青白い寝顔が浮かんで見えた。顔色が良くない。音を立てないよう気をつけながらそっと荷物を置くと、着替えを持って浴室に向かった。


 湯浴みでスッキリして部屋に戻ると、彼はピクリとも動かず眠っていた。その様子を眺めながら、コップに注いだ水を飲んで一息ついた。


 今日はいろんな事があったなぁ。まさか奴隷を買うだなんて夢にも思わなかった。しばらく忙しそうになるから、お爺さんの遺言は保留にしとこう。


 ボーっと窓の外を眺めていると、突然眠っていた奴隷君が目を覚まして暴れ出した。慌てて駆け寄り彼を落ち着かせるため肩に手を置いてなだめる。けれど目の焦点が合っておらず、たぶん私の声も聞こえていない。


 怯えた様子で泣きながらベッドの上でもがいている。その様子があまりにも痛々しくて、私は彼をギュッと抱きしめた。


 「しーー、ここは安全だから大丈夫だよ。今までたくさん怖い思いをしてきたんだね」


 背中をトントンしてやると、彼は少しずつ落ち着きを取り戻していった。私にしがみついたまま、微睡んでいる。そのまま再びベッドに寝かせようとしたけれど、彼の手が私の服をきつく掴んで離さない。


 ……困ったな。


 先ほど簡単に清拭したとは言え、こびりついた汚れまでは落としきれていない。そのため、腕の中で船を漕ぎ始めた彼からは、すえた臭いがした。せっかく落ち着いたのに、また起こすのは忍びないし。

 

 これは起きたら朝イチでシャワーだな。


 こうして夕飯を食べそこなた私は、お腹の虫をグーグー鳴かせながら彼の隣で眠りについた。



 翌朝。

 窓から差し込む朝日で目が覚めた。


 一人用のベッドに大人二人が寝るのはかなりキツい。ろくに寝返りも打てなかったので身体中がバキバキだ。

 ふと横を向くと、奴隷くんが私をガン見していて悲鳴をあげそうになった。


 「お、おはよ。よく眠れた?」


 軽い感じで聞いてみたけれど、やっぱり返事はなくかった。もしかしたら話せないのかも知れないと思い至った私は、とりあえず害意がないことを分かってもらいたくてニコッと笑った。顔が引き攣っていたかも知れないけど、こちらの意思が伝わったのか奴隷くんの口の端が少しだけ上がったように見えた。


 起きて早々、まず私は奴隷くんを洗うことにした。

 まず髪を洗ったのだけど、最初の二回は灰汁のようなグレーのお湯が流れただけで泡立ちもしなかった。三度目に漸く泡立って洗い流すと、彼の髪は金色だった。

 次に身体だ。目の荒いタオルでゴシゴシ洗って垢を落としていく。上半身を洗ったら、次は下半身だ。


 「じゃあ下は自分で洗おうか」


 と一か八かタオルを渡してみたけれど、彼が受け取ることはなかった。


 私はその場に立ち尽くして天を仰いだ。まさか衝動的に買った奴隷に、こんなオプションが付いて来るなんて。

 それでもやっぱり、私の中に彼を捨てるという選択肢はないのだから、これも何かの縁だろう。それなら、やるべきことはひとつ。彼を育て直すしかない。


 「いいよ、いつか自分で洗えるようになろうね」


 頭を撫でてやる。そして私は心を無にして彼の下半身を洗うことにした。彼は終始大人しくしていてくれたのがせめてもの救いだった。


 頭と体を拭いてやり、奴隷セットの袋から衣類を出して着せてやると見てくれだけはマシになった。


 さて、次は朝食だ。私は一人分の朝食と、奴隷に食べさせるミルク粥を注文するため、彼を部屋に残して一階の食堂に下りて行った。


 「おはようございます。朝食セットと、昨日と同じミルク粥をお願いしたいのですが」

 「あら、トンコじゃないか。何だか一晩で随分やつれちまったね。買った奴隷は役に立ちそうかい?」


 いいえ、全く。なんて言えない。ここは笑って誤魔化した。


 「実は滞在を長期に変えたいのですが可能ですか?」

 「ああ、問題ないよ。週単位なら一割、月単位なら二割引きだ」


 それを聞いて、滞在期間を伸ばす手続きを済ませた。

 私はお礼を言うと、朝食が乗せられたプレートを受け取って部屋に戻った。


 食べさせながら自分も食べる。言うのは簡単だが、非常に難しい。世のお母さん方は、この技を育児で活用していると思うと頭が上がらない。


 「さて、改めて自己紹介しよっか。私は鶴間橙子。トウコって言える? ト ウ コ」


 分かってはいたけれど、彼が言葉を発することはなかった。言葉の練習も追々やっていかないとね。


 「君の名前は……たぶん無いんだろうね。それじゃあ、新しい名前をつけよう! ん~と……フリンはどう? 昔飼ってた犬の名前で、似たような髪の色だったんだよね」


 殺処分されるところだったフリンは、人間不信が酷くてなかなか懐いてくれなかった。それが段々心を開いていって、名前を呼ぶと尻尾を振って近づいて来るようになった時は本当に嬉しかったのを憶えている。


 「よし、今日からきみはフリンだよ。よろしくね」


 こうして、ちょっと奇妙な二人の生活が始まった。



 ***



 “ブスってだけであからさまに冷たい態度”


 “メイクを頑張って合コンに行けば私だけ○INEを聞かれず”


 “マッチングアプリでは顔見せするとブロックされるという怪奇現象”


 “可愛い子とのあからさまに違う態度”


 人の顔を見て舌打ちするな!


 すれ違い様にブスって言うな!!


 こっちからお断りじゃボケ!!!


 ・

 ・

 ・


 「……あー、夢見わる」


 久しぶりに元の世界での夢を見た。ブス扱いをされても、場を和ませるためにヘラヘラ笑っていたけれど、今考えるとどうして嫌だと言わなかったんだろうと後悔する。声を大にして言ってやればよかったんだよ、ブスで何が悪い!!って。



 *



 二人での生活を始めて一ヶ月。最初はどうなることかと思ったけれど、この短期間にフリンは目覚ましい成長を遂げていた。

 何も出来ない赤子から、今では自我が芽生えた幼児になりつつある感じだ。


 消化の良いドロドロ食から固形物に変えると、骨と皮だった身体はみるみる肉がついていき、パサパサだった髪は艶が出て今では黄金色に輝いている。



 私たちの生活は、窓辺で日向ぼっこをしながら「いいお天気だね~」なんて言いながらのんびりと彼の回復を見守るものだった。


 外に慣らすため外出する時は、私もフリンもしっかりフードを被ってから出る。なにせ、絶世の美女とブサイク男のコンビは目立ちすぎた。


 私が美女というのも何かの冗談かと思うけど、それ以上に目鼻立ちの整った彼がブサイクっていうのが本当に解せない。まぁ、彼の良さは私だけが知っていればそれでいい。ハリウッド顔負けの顔を間近で拝めるなんて目の保養に大変効く。



 そんなある日、女将さんから食事処で働かないかと打診された。

 仕事内容はウエイトレスとして、フリンにも裏方の仕事はどうかというものだった。まだお金には困っていなかったけれど、彼の回復に良い機会だと思い引き受けることにした。


 働くに当たって、彼には仮面を用意した。また外見で差別されないようにするためだ。そして自分には黒縁のメガネを購入。こんな変装でうまくいくか心配だったけど、意外なほど気づかれず絡まれることもなくてホッとした。


 フリンは仕入れた食材を厨房に運ぶ仕事で、毎日重い物を持ち運びしているうちに、どんどん筋肉がついていった。そのため、抽象的で美青年な雰囲気だったのが、程よい筋肉がついて凛々しくなったように思う。


 まだ私以外とはうまくコミュニケーションが取れないけれど、彼なりに頑張っているのが見て取れるので、いつか自立した大人になれると確信している。



 月日は流れ、半年が経った。すっかり仕事にも慣れたので、私たちはアウエルお爺さんの遺言を果たすため、お婆さんが眠る墓所に足を運んだ。

 現在、私とフリンは、花屋で買った花束と預かった指輪を持ってお墓の前にいた。


 「だいぶ遅くなっちゃったけど、これでようやく二人は天国で一緒になれたかな」


 見上げれば澄んだ青空。これでひとつ区切りがついた。


 「……トーコ。僕も……ずっと一緒にいたい。こんな醜くて何にもできないけど、トーコとずっとずっと一緒がいい」


 横を見上げると、すっかり逞しくなったフリンが空色の瞳で私を見つめていた。私と二人だけの時は仮面をつけていないので、豊かな金色の髪が微風に揺れて輝いている。

 出会った頃は何もできなかった彼が、大人の男性となった姿に胸が高鳴った。


 「うん、ずっと一緒にいようね」


 笑顔で返事をすると、嬉しそうに微笑んでギュッと私を抱きしめた。


 初めは憐れみだった。それが母性に変わって、姉のような母のような気持ちで彼と過ごした。そして、今では彼を一人の男性として好きだ。彼も同じ気持ちだったら嬉しいな♡ 


 


 【完】




ありがとうございました!!

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