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春待ちウサギ、冬の章~ぽんこつ貴族は滅びかけ領地にて~  作者: ししゃも
第二章 騎士は食わねど空元気っ!
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第52話 学者曰く宝とは(前編)

 目的地へと進むシュニーの歩みは、あまり雪が積もっていないにも関わらず遅かった。


「また街の隅に住んでいる領民か……」


 その爪先が向く先は、酒場のマスターから聞いた依頼者の家だ。

 グレーテ博士なる自称学者の住まいは、スノールトの街西端に位置していると聞いた。


「少なくとも社交的な人間ではないし、さらには腹に何か抱えている可能性まである」


 都市の外縁部は、外から襲い来る危険に真っ先に触れるという事情から人気が無い。

 そのため人の行き来は少なく、わざわざ住む人間は中央寄りの家を借りられない貧困層か人に触れたくないような者に限られてくる。

 そしてスノールト領は人口の減少で空き家が多く、都市中央に近い立地のそれらをいくらでも使用できる状態にあった。

 もはや管理者がわからないような壊れた住居も多いので、好き勝手住んでいい無秩序状態なのである。

 このような状況で廃墟立ち並ぶ外縁にわざわざ居を構える人間の事情は、大抵の場合訪ねる側からすれば都合が悪い。

 人間嫌いか、はたまた人に見せられないような事をしているか。


「仮にそうでなくともとひと癖ある者なのだろうね……」


 どちらでもなかったが結局曲者だった老婆の前例を思い浮かべつつ、シュニーは片目を瞑る。

 変人、というマスターからのお墨付きもあって、何事もなく済むという期待は既に捨てている。

 領地の今後に繋がるかもしれない機会とはわかっているが、それでも重くなる足取りは否定できない。


 嘘偽りなく希望を述べると、この件は放り出して剣術を学べそうな領民がいるか探しに行きたいところだった。

 領地を託され守る者として、戦闘技能を磨くのもまた大事な執務といえるので。決して他意などはない。


「ま、困ったらキミに任せるよ。その無駄に鋭い目付きで威嚇してくれたまえ」


 ただ、ニル婆の時と違ってひとりでないというのは大きい。

 信頼と期待を込めて、シュニーは同行者の肩をぽんと叩く。


「んな理由で連れてきたのかよ……帰りてぇ……」


 シュニーの信頼と期待の手は、げんなりした声と共に振り払われてしまう。

 ここで「おうよ任せろ!」と快活に言ってくれないのが本日の同行者である。


「だめですよラズくん、シュニー様直々のお願いなんですから!」

「ステラはいい事を言うね。見習いたまえ」


 軽く叱るようになだめるステラと、そっぽを向くラズワルド。

 すっかり見慣れた知己ふたりのやり取りに、シュニーの気分はいくらか軽くなる。


「それに、来てもらうのはステラだけでよかったのだけどね?」


 今日シュニーが誘ったのは、一時的にスノールトの街に滞在しているステラだった。

“植物の研究をしている学者”“食料問題についての相談”という訪問先とその理由から、話はこの地の農耕に関するものになる可能性が高い。

 復興後のフィンブルの町をスノールト領第二の街として復活・発展させるにあたって、より高効率の食料生産ができる態勢は必須となる。

 元々子供たちの手によっていくつかの作物が育てられていたが、専門家から見れば相応に拙いものに違いない。

 そこでシュニーは、自分だけでなくステラにも学ぶ機会を、と考えたのだった。

 ステラ本人が直接指導するような機会はそうないだろうが、それでも知識があれば意思決定や物事の運ぶ速さが違ってくる。


 貴重な休日を潰してしまうから、もしキミさえよければ。

 そう伝えた際に殆ど間を空けず返ってきた「ぜひお願いします!」の言葉と真摯な表情は、シュニーにとって目が潰れそうな程に眩しかった。

 なんという勤勉。かつての自分だったら布団から出ることすらせず断っていたに違いない。


「本当かよ。ステラが来るなら俺も来るだろうとか思ってたワケじゃねえよな?」

「……思っていないよ? それよりも、到着したようだが」

「目逸らすな」


 ついでに過保護な王子様を一本釣りし、ふたりの同行者を得たシュニーは無事目的地にたどり着いた。

 ラズワルドの追及を回避しつつ、シュニーは目の前の住居を観察する。


「こりゃ……錬金工房の菜園に近いな。だがもっとでけえ」


 それ自体はなんの変哲もない、最低限の修理を施した大きめの一軒家である。

 特徴的なのは、その周囲だった。

 耕した土に植物が生けられた農地と思わしき区画が、まるで家を取り囲むように広がっていた。

 所々に突き刺さっている立て看板には、数字と文字の組み合わせが書かれている。目印のようなものだろうか。

 少しばかり遠くに目をやれば、ドーム状に膨らんだ半透明の膜で覆われた箇所も。


 学問の徒ではないシュニーたちには、いったいそれらに如何なる意味があるのかはわからない。

 わかるのは「なにかをやっている」という曖昧な事実だけだ。


「おぉ……」


 ただ、説得力はあった。

 植物の採取を依頼してきた学者。

 事前情報通りのそれらしき光景に、シュニーは目を見張る。

 ラズワルドとステラも興味深そうに辺りを見回している。


 これは期待が持てそうだ。

 シュニーは自らの内心に急かされるように、ドアをノックする。

 少しの間を置き、扉の向こうで人が動く気配があり──、


「突然訪ねる非礼を許してほしい。ボクはシュニー・フランツ・フォン・スノールト。この地の領主だ」

「暇がない。帰ってくれたまえ」


 眠たげな声で、食い気味に拒否された。

 有無を言わせぬ態度に、シュニーは硬直した。

 こんな場所に居を構えているあたり、人間嫌いの可能性は大いに予想できていた。


「な……このっ……! ボクを誰か知った上でその態度かね……!」


 だが自分は領主と名乗ったはずだ。わかった上で、その反応を?

 寒さではなく激情に、シュニーの身体が小刻みに震える。

 帝国最新式高速熱術具、通称瞬間湯沸かし器もかくやだ。


「というかなんだねその口調は……偉そうに……!」

「大変言いづらいのですが……シュニー様と似たしゃべり方かなーと」

「自省しろ自省」

「ボクは実際偉いからいいのだよ! 少なくとも立場的には!」


 幸いにも、その怒りが爆発するまでには至らなかった。

 傲慢領主モードへと移り変わりそうになっていたシュニーに、すっかり扱いに慣れた同行者ふたりが冷や水を浴びせかける。


「……まあ、この程度は想定済みだよ。相手にとって重要なのはボクの立場ではなく用件だろう」


 そんな友人とのやり取りで激情をいくらか消化。

 大きく息を吐き、いくらか残った怒りを押し込んでシュニーは呟く。

 自分に言い聞かせるのが半分、周囲への言い訳が半分だ。

 本当に想定済みだったのかなぁ、と言いたげな背後からの気配は無視した。

 

「……貴方が酒場に出した依頼について、詳細な話を聞きたくてね」


 そんな内心はさておき、シュニーは理性的に来訪理由を告げる。


「おお、ついに受諾されたか。くだらん地位よりも用件を先に言ってくれればよかったものを」


 感情を押し込めたシュニーの対応は、どうやら権力を振りかざすよりも効果的だったらしい。

 ギイと扉が鳴り、奥から家主が姿を現した。


「随分前に出したものだが、誰も受けてくれなくてね。諦めかけていたよ」


 見るからに不健康そうな、目の下に深い隈を作った女性だった。

 ラズワルドに勝るとも劣らぬ目付きの悪さに、雑に切りそろえられた髪。

 羽織った長袖の外衣は泥に汚れきっているが、シュニーには帝都で見覚えがある。

 白衣と呼ばれる、一部の研究者のみが身に付けることができるという衣服だ。


「入りたまえ。外は冷えるだろう?」


 ニタリ、という擬音が似合うような笑みと共に手招きされ、シュニーは思わず後ずさる。

 このまま誘いこんで実験材料にしてやろう、とでも考えていそうな悪辣な表情だった。


「…………それでは世話になろうか」


 脚を止め、数秒考える。

 人を外見で判断してはいけません。立場ある者、いたずらに身を危険に晒すことなかれ。

 今の状況では相反する両親の教えを何度も脳内で反芻して悩んだ後、シュニーは小さく覚悟を決めて頷いた。


────


「久しぶりの客だ。こんなものしか出せないが、勘弁してもらいたい」

「気にしないでくれたまえ。突然訪問したのはこちらだからね」

「お、お構いなく……」


 警戒しっぱなしだったシュニーにとっては意外なことに、女性──グレーテ博士は和やかに三人を歓待してくれた。

 椅子に座るシュニーたちの前に並べられたのは、湯気を立てるコップ。

 入っているのは植物を煎じた茶のようなものか、焦げたような香ばしい匂いがふわりと立ち上がってくる。


「では遠慮なく……」


 火傷しないよう、シュニーはその茶のようなものをゆっくり口に含んでみる。

 少々苦味が強くはあるが、悪くない味だった。

 ここに来るまでの道のりで凍える身体に芯まで熱が染み渡る感覚だ。


「……ん? ふたりともどうしたんだい?」

「特製のブレンドだ。遠慮せず飲んでくれ」


 ふとシュニーが横を見ると、ラズワルドは真っ先に一口だけ飲んだ様子だったがそれっきり。

 それどころか、シュニーに続いて飲もうとしたステラを手で制していた。


「ヘンなもん入れてねえだろうな?」


 猫舌なのかな? というシュニーの予想はすぐに否定された。

 ラズワルドがグレーテに向けていたのは、鋭い視線と疑惑の念。

 一瞬にしてひりついた空気に、シュニーは呆れ顔である。


 やれやれ、相変わらずラズワルドは人間不信のきらいがある。慎重なのは仕方ないが、この前は勘違いで色々拗れてしまったじゃないか。もうちょっと人を信じてみてもいいんじゃなかろうか。

 先ほどまでの警戒はどこへやら。

 暖かい飲み物で心身の緊張が緩んだ影響もあるのだろう。

 内心で嘆息しながら、シュニーは信用を示すためにぐいっとコップを傾けた。


「入れているが?」

「ゲホッゴホッ!!」


 そして緩んだ空気において、シュニーはだいたい選択を間違える。

 突如の自白に、シュニーは思いっきりむせ返った。

 吐き出さないあたりに高貴な礼儀作法が伺える。非常に無駄なタイミングだが。


「一体なにをしてくれているのだね!?」

「なにが起こるかは明日の朝起きてみてのお楽しみだ」


 しかしマナーを守っているとはいえ、怒っていないのかと問われれば全くもって否だった。

 犯人の肩を掴み、シュニーは力の限り揺さぶる。


「ほんの冗談だ、危険なものではない。血の流れを良くする薬草を作ったからね、感想を聞きたかっただけさ。少なくとも一口程度では何も起こらないのは今身を以てわかっているだろう?」


 上半身を前後に揺られながらも、グレーテはどこ吹く風という様子だった。

 一方のシュニーは、少なくとも命の危機は無いらしいという事実に脱力し彼女の肩から手を離す。

 仕込みがあった事自体をあっさり白状したのだから、ここで嘘を付く理由はないと信じたかった。


「まさか領主を実験材料にするとは……」


 変人とは聞いていたが、割と危ないタイプの変人だ。

 思わず身を背後に退こうとするシュニーだったが、椅子に座っている状態では背もたれに背中を押し付ける結果にしかならない。


「くだらない問答よりも、話を聞かせてほしいな。依頼に何か疑問があったから来たのではないかな?」

「……」


 さては自分の研究以外どうでもいい類の人種だな?

 短いやり取りで相手の人間性を察し、シュニーはもう既に帰りたくなっていた。

 隣を見ればラズワルドも、ステラさえも同じような表情をしている。

 もちろん先に帰すつもりなどない。死なば諸共である。


「あ、ああ。依頼を受ける前に、詳しく事情を聞いておきたくてね」


 シュニーが彼女へと差し出したのは、ボロボロの紙だった。


「至極単純、書いてあるままだ。森に分け入って、植物を取ってきてほしい」


 その紙、酒場のマスターから預かっていた依頼書を受取ったグレーテは内容を読み上げる。

 実験に使用する素材として、植物の採取をお願いしたい。

 最低限の必要量に対する報酬はこれで、さらに種類と量が多ければ多い程、珍しいものであればある程追加の報酬を出す。

 説明通り、シンプルな内容の依頼だ。

 

「見ての通り、冒険者が今まで受けてくれる者がいなくてね。そのせいで重要な研究が滞っていたのだよ」


 こんなありふれた依頼なのに、とグレーテはボロボロの紙を指で弾きながらぼやく。

 実際、内容と報酬の形式は珍しいものではなかった。

 薬効のある植物や小動物を採取してきてほしい、というのは初心者向けの象徴といえるくらいに一般的な依頼だ。

“坊やは大人しく薬草摘みでもしてな”というのは、行儀の悪い冒険者が同業を煽る定番の文句である。


 この類の依頼で第一歩を踏み出したり、余暇のちょっとした稼ぎにしたりする冒険者は多い。

 なんなら依頼人の側が『依頼を受けてから報酬が支払われるまでの流れを新人冒険者に学ばせてあげる』という慈善事業めいた目的を持って頼む場合だってある。


「冒険者が誰もいない……というわけじゃないですよね」

「そうだね、ボクも見かけたことがある」


 考えてみれば、こんな依頼が今までずっと放置されているのはおかしな話だった。

 シュニーとステラは揃って首をかしげながら、どうしてなのかと話し合う。

 スノールト領が人手不足なのは明らかだが、少なくとも冒険者がゼロというわけではないはずだ。シュニーが思い浮べたのは、マルシナの知己と思わしき男女の顔だった。


「報酬も……かなり高額なようだね?」


 その依頼報酬についても、研究者が故に相場を知らないのか破格といえる金額だった。

 気のいい彼らであれば快く承ってくれそうだし、この好条件ならば冒険者でなくとも受ける人間がいそうなものだが。


「……いや待て。北部の森って書いてあるか?」


 推察が行き詰まり依頼書を回し読む中、おかしな点に気付いたのはラズワルドだった。

 あくまでシュニーとステラの勉強会に付いてきただけ、交渉には我関せずを貫いていた彼は依頼書の一点を指差して眉をひそめる。


「そうだよ。“アングルボザの墓所”。この領地に面した“冬”の境界にあたる森林地帯だ」


 別に伏せていたわけでもないらしく、グレーテは依頼の指定地について短く説明した。

 シュニー達三人の表情が、その意味するところを察して固まる。

 スノールト領北部森林、通称“アングルボザの墓所”。

 それは情報に乏しいこの地の史書にも名がはっきり記されている、“冬”が押し寄せる最前線である。


「いや、そうなると話が変わってくると思うのだが……」


 このような地の素材を採集する難易度は、一般的な新人冒険者向けのそれとは桁違いである。

 たしかに、“冬”の境界や領域内では未知の性質を宿した物品が発見されるため、調査や採集活動の需要は大きく報酬も相応となる。

 にも関わらず今のシュニーと同じように冒険者たちが依頼を受けようとしないのは、供給──それをこなすのに必要とされる人員の水準に、極めて高度なものが要求されるからだ。


 たとえ本格的に活性化する時期でなくとも、付近の探索に留め内部に入るわけではないにしても、“冬”は世界を蝕む厄災の領域である。

 周囲には氷魔が跋扈し、近付くだけでひときわ強まる冷気が心身をじわじわと蝕み生命を餌食にせんとする。

 そのような場所をまともに探索し犠牲なく成果を挙げようと思えば、一線級の冒険者で構成された旅群(パーティ)が必要となるだろう。


「まあ難しい依頼だが、リターンは極めて大きい。受けてくれるね?」

「いや、いやいやいや! ボクたち……どころか、今のこの地にそのような戦力を捻出している余裕はないのだが!」


 当然のように依頼を受ける前提で話を進めるグレーテに、シュニーは勢いのいい否定で応じる。

 もちろん、子犬に秒殺される疑惑のある貧弱貴族がこなせるような内容ではない。

 だからといって代わりを出そうにも、今のスノールト領にそのような戦力が存在するかは怪しいだろう。

 仮にいたとしても、そんな有望な人材には領地を守っていてもらいたい。

 リスクの高い遠征に向かわせるなど以ての外だ。


「……ボク以外が行っても、何のためにやってるんだという話だしね」


 シュニーが小さく付け加えたのは、ごく個人的な事情について。

 まず前提として、この依頼を受けたのはマルシナに誘われたシュニーが冒険者としての活動をするためだ。

 不真面目な話だが、趣味兼ストレス解消という向きが大きい。

 シュニー自身が冒険に出られないような内容なら、本末転倒である。


「悪いが、他を当たってもらうしかなさそうだ。むしろこの依頼をこなせるような腕利きがいるなら、紹介してもらいたいくらいだよ」


 そんな個人的事情を抜きにしても、領民個人の研究のためにこの地の貴重な戦力を危険に晒すのは憚られる。

 小さく息を付き、シュニーは会話を締めくくった。

 残念だが、依頼の話はここまでだ。 


「断ってもらうのは構わないが──そろそろ時間がないんじゃないかな?」


 話題を切り替えようとしたシュニーに、グレーテが問いかけてきた。

 人質を取るような、底意地の悪い視線にシュニーはむっと眉をひそめる。


「ボクが助言を求めに来たと、わかっていたのかい?」

「これでもかつては一角の研究者でね。お貴族様がわざわざ使いも寄越さず直接尋ねてくるのは、大事なお願いがある時だと知っている」


 同時に、把握する。

 この研究者は最初からこちらの事情を察していたのだと。


「……そうだ。貴女が知っているかはわからないが、近い将来に食料の備蓄が尽きる可能性が高い。対策を打てる時間もあまり残っていないんだ」

「ああ、それくらいは察しているとも。街や他の畑を見れば一目でわかるさ」


 だったなおさら領地の現状を隠す意味はない。

 そう判断したシュニーが語った悲観的な予測に、グレーテは醒めた声で首肯する。


「極北の牢獄スノールトの善良な(・・・)民が飢えて苦しむのを気にするなど、今の領主様は随分と人がいい!」


 芝居がかった口調のグレーテに、シュニーは曖昧な答えを返す。

 彼女がちらりと見たのは、シュニーの前に置かれたコップだった。

 つい先程他ならぬ目の前の領民によって、説明もなく実験台にされた証拠だ。


「どうだろうね。キミたちの事はまだまだわかっていないし、ボク自身人がいいかと言われるとなんともだよ」


 皮肉を言われているのだと、シュニーにはすぐにわかった。

 わざわざこんな領地の為に動くなどまともではないと、そう言いたいのだろう。

 自分のように信用の置けない領民がたくさんいるからと、そう言いたいのだろう。

 この研究者の女性はきっと、シュニーより多くを知っているのだ。


「……自分でも呆れてしまうけど、それでもと答えよう。キミたちの事はまだ碌に知らないが、約束したからね。キミたち自身にも、私的な相手にも」


 自分よりずっと賢い領民による、ある種の忠告。

 それを無視して、シュニーはコップの中身をぐいと大きく飲み干した。


「ふむ──だったらなおさら、断らない方がいい。むしろ、領地の全力を挙げて私の依頼を達成してくれたまえ」

「交換条件、って言いたいのかよ?」


 不遜で自分本位な物言いに、今まで黙っていたラズワルドが語気を強めその意を問う。

 グレーテの言から読み取れたのは、領地の今後に関わるかもしれない助力を人質にした交渉だ。


「……依頼以外の条件で、どうにか協力してもらえないかい?」


 明確な不満を示したラズワルド程ではないが、シュニーの認識もまた同じ。

 先にも語った通り、『“冬”に足を踏み入れる必要がある依頼の達成』という条件は今のシュニーとスノールト領にとって極めて重い。


「おっと、勘違いしないでもらえると嬉しい。別に私は意地悪をしているわけではない」


 しかし、シュニーたちの認識にはずれがあるようだった。

 席を立ち、グレーテは部屋の隅に寄せられた木箱へと歩いていく。 

 彼女がそこを探り取り出したのは、貴族との面会の席で取り出すには相応しくないもの。


「この地を実り豊かにするしれない宝が、かの森に眠っている可能性がある。私の依頼をしっかりこなしてくれたなら、領主くんの目的もまた果たされる可能性が高いのだ」


 土にまみれた、一本の苗だった。

ご観覧ありがとうございました。

次回は今回程は遅くならない予定です!

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