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春待ちウサギ、冬の章~ぽんこつ貴族は滅びかけ領地にて~  作者: ししゃも
第二章 騎士は食わねど空元気っ!
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第51話 むゆーびょうとぶきえらび

──なにかが、呼んでいる気がした。


 見えないものに導かれるように、シュニーは雪風吹き荒れる森の中を歩いている。

 どれだけの間こうしていただろう。たった数秒のような気がするし、数日続けているような気もする。

 認識は不明瞭でぼやけているが、不思議と恐怖心はなかった。

 これは夢だから、と見当が付いていたからだ。

 

 自覚できる夢を見ているのは、もしかしたら眠りが浅いからなのかもしれない。

 シュニーは今日の夜、寝つきがあまりよくなかった。

 昔から、早く明日が来てほしいと願った時には決まってそうなる。

 

 若干の不安要素はあれど、これから取り組もうと思っていた問題に関する専門家との面会が叶いそうだ。

 己に縁が無いと思っていた、本の中の憧れだった冒険の旅を経験できるかもしれない。

 きっと、そうやって今後への期待を立て続けに抱くような事があったから、今自分はこうして夢を自覚し得ているのだ。


“おっと、急がないと”


 状況の分析はその辺りに留めて、シュニーは道を急ぐ。

 どうして急いでいるのだろう、という問いはあまり意味を成さない。

 急がなくてはならないのだ。自分は、選ばれたから。


 選ばれた。何に?

 シュニーの問いに解答を示すがごとく、森が開けたのはその時だった。


 まるで強大な魔法が炸裂した跡地かのような、一帯に木々のない空間。

 その中央、シュニーの眼前には、雪に埋もれかけた小屋がある。

 傍には、少し離れていてなお見上げる程に大きな何かが鎮座している。


 頭を上げて全体像を確かめれば、人型の彫像にも巨大な鎧のようにも見えた。

 人間でいう左胸のあたりには、ぽっかりと穴が開いているようだ。

 そして、それの足元には──


「……こんなところで、なにしてるの?」


 そこで、誰かの声が聞こえた。 

 安心すると同時になにか心がざわめくような、不思議な感覚を覚える声。


“望まれた役目を、果たしに”


 不思議と聞き慣れている気がしたそれに、シュニーの口は独りでに答えた。

 だから、邪魔をしないでくれ。余計なことを言わないでくれ。

 そう続けようとして、首をかしげる。

 自分に、この声を無視してまで成し遂げる役目があっただろうか。



「むゆーびょう?」

「んひょえぁ」


 そこに突如、両頬へ痛みが走った。

 それを機に、シュニーの視界に広がっていた世界が大きくぶれて消え去る。


「ん……にゃに……?」


 シュニーは間の抜けた声色で呟く。

 寝起きで霞む視界には、白いものが大きく映っていた。

 それが何か確かめるため自分の眼を擦ってようやく、シュニーの目は寝起きの世界をしっかりと映す。


「きょうは、ぽんこつ度120ぱーせんと」


 目の前には、少女がいた。

 相変わらず無感動な赤の目が、シュニーへと向けられている。

 まつ毛の長さがわかる程に、近い距離。

 その両腕はシュニーの頬をつねるために伸ばされていて、姿勢だけ見ればまるで、抱きしめられる寸前かのような。


「どうわぁ!?」

「あ……」


 当然、シュニーがそんな不意打ちに耐えられるわけもなく。

 反射的に飛び退いた先に足場は存在せず、シュニーは派手に転げ落ちる。


「なっ……なんだというのだね……」


 幸いにも、仰向けに落ちた先には積もった雪の絨毯があった。

 怪我をしなかったのは幸いだが、ついに寝起きを狙われるとは。

 視界いっぱいに広がる星空を見上げながら、シュニーは半分死んだ目で現状を嘆く。


「……空が見える?」 

 

 そこでようやく、シュニーは自分を取り巻くおかしな状況に気付いた。

 自分は寝室で眠ったはず。だから当然、目を覚ますのも同じ寝室だ。

 なのに、頭上に屋根でなく空が広がっている──?


「ここは……」


 慌てて上半身を起こして周囲を見回す。

 左方、雪原。右方、雪原。背後、ボロボロの城壁。


 そして最後に正面を見て、シュニーは息を呑んだ。


「──」


 月明りに照らされ、青白く色付いている森の入り口。

 そこで大岩の上に腰掛けた少女が、月と星々を背にシュニーを見ている。


「……夢?」


 白銀の髪は月光を弾き輝いていて、少女が雪の妖精か何かだと言われても信じてしまいそうだ。

 眼前の幻想的な光景に、シュニーは己の目と認識を疑ってしまう。

 果たして自分は、本当に目覚めているのだろうか?


「まだ目がさめてない。つぎはほっぺをねじ切るいきおいでやる」

「いやキミはいつも通りだな! これが現実だ!」


 直後、現実離れした美しさから放たれたやたらバイオレンスな内容が、シュニーの正気を教えてくれた。

 そうだ、彼女にはこういうところがある。

 色々と遠慮がないこの子は本気でやりかねない。

 シュニーは慌てて頬を叩き、はっきりと己の目を覚まさせる。


「それで……ボクはどうしてこんな場所に? まさか新しいパターンの驚かせ方かい?」


 それから、普段は少女がするようなジト目で彼女を見上げる。

 今シュニーが一番気になっているのは、どうして自分がここにいるかだ。

 有力なのは、少女のいたずら心によるものだろう。

 新しい登場パターンの研究と“まんねりずむ”回避に余念がない彼女が、寝ている自分をこっそりここまで連れてきた。

 わざわざ運んでくるのは手間だろうが、シュニーにはこの少女ならなんでもありだという謎の信頼がある。


「えんざい。ぽんこつがふらふらここまで歩いてきた」

「えぇ……」


 半ば確信を持っていたシュニーの予想は、ちょっとだけ不服そうに否定された。

 シュニーは思わず、何してるんだ自分という困惑の声を漏らしてしまう。

 ありえる可能性としては二択だっただろうが、そちらであってほしくはなかった。

 少女を待つだけでは飽き足らず、無意識の内に自分から会いに行ったみたいでなんだか恥ずかしい。


「やっぱりむゆーびょう。お医者さまのてきせつなちりょうが大事」

「一理あるね……。もし皆で危険地帯に行った時、寝静まった後にそうなったら大惨事だ……」


 悩み多き日々のせいだろうか、と原因を考えながらも、シュニーは楽しい今後への影響を心配する。

 冒険に行ったなら、日帰りで終わらない場合もあるだろう。

 そうなれば必然、大自然の中で野宿になる。

 そこで夜にひとり外に出て行ってしまったらどうなるか、考えただけで恐ろしい。


「……ぼうけんに行くの?」

「ああ、もう少し後の話になるだろうけどね」


 悩みをつらつら話すシュニーに、少女は少しだけ首を傾けていた。

 確かに意外に映っても仕方ないか、とシュニーは納得する。

 貴族である自分が冒険という泥臭い真似をするのは、いきなり言われても不思議に思ってしまうだろう。


「ぽじしょんはどこ? かんとく? まねーじゃー? けいりたんとう?」

「戦闘要員に数えられていないのは気のせいかね?」


 だから、そもそもシュニーが戦えるのか、という部分で期待されていなかったらしい。

 冒険者らしさに大きく欠ける予想に、シュニーは少々傷付く。

 しかし言われてみれば、はっきりとは決めていなかった部分でもある。

 冒険者と一概に言っても、その中には様々な役職が存在する。

 それは『戦士』『魔法士』『射手』といった冒険者のイメージ通り戦闘を主とするものから、『魔法陣技師』『交渉人』のような主に戦闘外で重要な役割を担うものまで数多い。


「だって、戦うのはあぶないよ」

「おや、心配してくれているのかい?」


 領主という要人であるシュニーが就くべきは、仲間に守られる後者の類なのかもしれない。


「ただボクとしては、危機を乗り越える時には皆と肩を並べたいと思っていてね」


 でも、本人の希望は違った。

 冒険者といえばやはり、未開の地を旅するのと同じくらい戦いに身を置くというイメージが強い。

 今のシュニーでは明らかに無謀であるし、戦闘の過酷さはこの領地に来て数回経験して僅かなりとも知っている。

 理屈ではそう判断していたが、やはり憧れは捨てきれないのだ。

  

「ぽんこつがたたかったら三秒でこいぬのえさになる。かけてもいい」

「流石にそこまで弱くはないが!?」


 外野、それも誰よりもよく見られたい人から残酷な客観的判断が下された。

 低レベルすぎる見積もりに思わず言い返すシュニー。

 いくらなんでも子犬に秒殺される程ではないと信じたかった。

 いやでも本気になった犬って想像以上に強いと聞いたことがあるような……と若干不安になったのは内緒だ。


「そ、それにっ……戦うにしても、ボクに向いているのは弓や魔術……後方からの支援だと思うのだよ。子犬の猛攻は頼れる騎士なりなんなりが防いでくれるとも」


 果たして言い訳になっているのかは微妙だったが、シュニーは三秒で瞬殺される説に反論する。

 戦う冒険者への憧れと、命懸けの戦闘への恐怖心。

 相反するふたつが混ざり合った結果が、傷を負う機会が前衛よりは少ないだろう後衛への志望だ。

 本来の第一希望はまた別にあったが、シュニーなりの妥協である。


「……そっか」

「どうかしたかい?」


 それを聞いた少女が相槌を打つまでには、いつもより長い間が空いていた。

 何かを考え込んでいたような空白が気になって、シュニーは思わず聞き返す。


「この前使ってたの、やめるんだ」

「この前……ああ、剣かい?」


 流れからして、使っていたというのは武器の話だろう。

 ラズワルドと共にガウルに挑んだ記憶を掘り起こし、シュニーは少女が指し示すものに思い当たる。

 自分が以前使っていた武器といえば、剣だ。


「まあ相応しい武器ではあるかもしれないが……」


 剣。それは一般的な武器種の一つというだけでなく、武と権力の象徴でもある。

──まだ半人前にも満たないだろう領主であり命懸けの戦いに怯えるような自分に、これを持つ権利があるのか?

 自分が最前線で戦うのに向いてなさそう、というだけでなく、シュニーはその象徴性に対して少々卑屈な感情を抱いている。

 それ故にある種の憧れがありながらも使うまいとしていたが。


「あれ、ちょっとだけにあってたかも」

「ふむ……?」


 少女の意外な感想に、シュニーは続く『使うつもりはない』という否定を飲み込んだ。

 彼女から『残念』という感情を読み取ったのは、シュニーの妄想だったかもしれない。

 似合っていた、という珍しい賞賛の言葉に、思考を揺らされたが故の誤認だった可能性は否めない。


「そうか、他ならぬ領民がそう言うならわずかながら参考にさせてもらおうかな」


 だが、シュニーの声は露骨に上ずった。


「まあ最後に決めるのはボクだが。他人の意見に流されることなど! ないがね!」


 同時に、思考だけは冷静であれと務める。

 これは、身の安全と将来設計にも関わることなのだ。

 一時の感情に身を任せるのはよくない。


 念には念を押しながら、シュニーは脳内の予定表に少し修正を加える。

 余暇は少しでも体を鍛えようか。実戦的な剣術を人に教えられる領民がいないか探してみるか。

 改めて剣を振るってみるのも、やっぱり選択肢の一つとして取っておいた方がいい。


 別に深い意味があるわけではない。

 様々な可能性を模索するのは大事だ。それだけである。深い意味は決してない。

ご観覧ありがとうございました!

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