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春待ちウサギ、冬の章~ぽんこつ貴族は滅びかけ領地にて~  作者: ししゃも
第二章 騎士は食わねど空元気っ!
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第48話 始まりは劇場より

第二章のはじまりとなります。

よろしくお願いいたします!

「“おぉ、硝子(がらす)のように透き通る美しき人よ! もし貴女が私を求めてくれたなら、たとえ竜王に挑む運命が待ち受けていようとも誉にできるだろう!”」


 木組みの壇上に、一組の男女が立っていた。

 その片割れ、貴族を思わせる豪奢な衣服の男性が片膝を折って傅き、芝居がかった台詞と共に花を差し出す。


「“知らない人にそんな事を言われても困ります。マイナス273点です。もう話しかけないでください”」


 対する女性は冷ややかの一言だった。

 水色と白、寒々しい色合いのドレスが与える印象通りというべきか。

 ロマンの欠片もなければ芝居らしくもない、一刀両断の断り文句が炸裂した。


「“な、あっ……? このボクに愛を囁かれて、喜ばない女が存在したのか……?”」


 そのまま踵を返して、女性は舞台から降りていく。

 残された男性は、やたら自己評価の高い台詞を吐いてがっくりと崩れ落ちた。


「以上、第一部でした! 続きは休憩を挟んだ後で!」


 ……そこで、ひと区切りが付いたらしかった。

 ドレスの女性が壇上に戻ってきて、崩れ落ちたままの男性を背景にぺこりと頭を下げる。

 それを合図に、万雷の拍手がふたりの熱演を賞賛した。

 大人も子供も入り混じった、少し前のこの地では見られなかっただろう光景である。


「悪くなかったね。田舎の演劇などいか程のものかと思っていたが、これは中々!」

「お坊ちゃま。一言余計です」


 ささやかながら用意された座椅子という名の貴賓席で満足げにしているシュニーも、拍手を贈った内のひとりだった。

 本日の執務。というか、休暇。

 その過ごし方が、領地で久方振りに行われるという演劇の鑑賞だ。


「そうなのかい? 最大限褒めたつもりだったのだがね」


 シュニーの若干棘がある感想は、未だ抜けきらない偉そうな態度によるもの……だけではない。気安く接してくる領民が多いため本人も時々自信を失うが、シュニーは貴族である。

 こと芸術鑑賞に関しては、公爵家で過ごした中でかなり目が肥えているという自負があった。

 そんなシュニーから見れば、この演劇は帝国の大劇場と並べられるようなクオリティではないとひと目でわかる。

 衣装は貴族役と姫役らしさを出すために努力しているものの、布地から作りまで本物と比べての安っぽさは見る者が見れば明らかだ。

 台詞に詰まったのを誤魔化したと思わしき箇所もいくらかあった。


「演劇をする気になって、それを見に来る気になっただけでも良いことじゃないか」


 それらを踏まえた上で、シュニーは心から今日の一幕を楽しみ満足していた。

 この領地で演劇が見られたというだけでも喜ばしい。

 自分が趣味のひとつとしていた娯楽を味わえたから、というだけではない。

 生命活動に必須ではない娯楽が存在できている事実そのものが、人々の心に少しずつ余裕が出てきた証拠だからだ。


「最初からそう言えや。一言多いんだよテメェは」

「私、劇を見るのは初めてで……。みなさん、お上手でした!」 

「うんうん! ここからすごーい剣戟とかもあるんだよね! 僕楽しみー!」


 要因は他にもある。

 シュニーの隣では、シュニーが直々に招待した来客ふたりプラス一名がわいわいと感想を交わしていた。

 以前までの自分であれば疎ましいとしか思わなかっただろう雑音に、シュニーは自分から耳を傾ける。

  

「ところで、ボクとしてはあそこまで手酷く袖にされるのは流石にかわいそうな気がするのだけど、どう思う?」

「いやアレは流石にねぇわ。俺が姫さんだったらぶん殴ってるかもしれねえ。今後見返される前フリっぽいけどさ」

「殴るとまでは言いませんけど……私もちょっとあの告白はだめかなーって。もうちょっと相手のことを考えるべきだと思いますっ!」


 それだけでなく、シュニーは自分から会話に混じっていった。

 ラズワルドは直情的ながらも創作物を見る視点を混ぜ込んでいる辺り性格が伺えるし、演劇は初めてだろうステラは普段より熱が入っているようだ。


「むう……でもキミたちの言うこともわかるな……」


 友人たちにそれぞれの見解を聞くのは、自分とは意見を異にしていたのにどうして不愉快にならないのか。

 家族以外の誰かと共に劇を観て語り合う、という初めての行為は想像よりずっと楽しかった。


「マルシナはどうだい? 領主のボクは彼にちょっと同情的なのだが」

「女の人に対しては紳士的に、慎み深く! これ立派な騎士の基本! だから僕的にもナシかなっ!」

「くっ……!」

「圧かけといて無視されてやんの」

「ふふっ……」


 それはそれとして、自分の意見が孤立しているのは悔しい。

 同意を求めて傍らに控えているマルシナにも聞いてみたが、領主を立てるより騎士の作法を優先された。

 しれっと領主という立場を盾にしようとした卑劣なシュニーの失態に、ラズワルドとステラが小さく笑う。


「せ、セバス! セバスはどうだい!」

「……」


 最後の希望には無言で目を逸らされた。

 薄々本人も気付いてはいたが、主人公同情派はシュニーだけだったらしい。

 微妙に自分と似ているような気がしたのでつい同情的になってしまったシュニーだったが、言われてみればあまり擁護できるような行いではない。


「あ、そうです! お聞きしたいことが!」


 己の執事にさえ見捨てられたシュニーのいたたまれなさに話題を変えようとしたのは、この場で唯一『優しい』に分類されるだろう性格のステラだった。


「……無論だとも! なんでも聞いてくれたまえ!」

「僕でもいいよ! どんなことでも答えちゃう!」


 なるほど、これはラズワルドが絆されるし子供たちにも慕われるのもわかる。

 ステラの善良な性分を改めて実感しながら、シュニーが真っ先に応えた。

 ほぼ同時に、マルシナも挙手。


「冊子、読み込んできたからねっ!」


 ふたりの手には紙の束が握られている。

 演劇の概要が書かれた冊子(値段:銅貨6枚)だ。

 ついでに言えば、木彫りの人形がいくらか席の隣に置かれている。


「満喫しまくってんな」

「うん! 好きなものは応援しないとねー!」


 どうやら此度の劇は本番に向けた慣らしのような扱いらしく、観劇料は取られなかった。

 碌に金も持っていないだろうフィンブルの子供たちへの配慮、という理由もきっとある。

 とはいえこれも民の生活の糧、完全無料とはいくまい。

 そこで、応援料のような形で有料の冊子や他ちょっとした商品が販売されているのだった。


「芸術家の後援をするのも貴族の役割だよ」


 高貴な者の務めであるかのようにしたり顔で語るシュニーだったが、おおよそ九割程は個人的な好みだ。

 騎士や勇者、英雄が活躍する物語が大好きという共通点があるシュニーとマルシナは、猟犬もかくやという勢いで売店に飛びついていた。

 いい客である。


「しかし、気が利かなかったね。後でキミの分も用意させよう!」

「……いや、いらねぇ。それくらいは俺が出す」


 ゲストが楽しむ準備を十分にできなかったのはホストの責任。

 そう考えたシュニーだったが、提案はステラとは別の方向から断られた。


「そうかい、だったらキミに任せるとしよう」

「おう」

「あ、ありがとうございますっ」


 つまらなさそうな表情のラズワルドをひと目見て、シュニーは彼の意思を察し提案を取り下げる。

 それから、ステラには見えない角度でウインクを一つ。


 おっと失敬、キミにとっては甲斐性を見せるチャンスだったな。

 不純な目的で日々頑張る者同士、これからも精進していこうじゃないか。

 頑張れ、健闘を祈るという親愛に満ちた無言の意思表示だ。


「チッ」


 舌打ちされた。普通に鬱陶しかったのだろう。

 親愛も何もあったものではない。  


「それでは、キミの疑問を聞こうか。何がわからないんだい?」


 これ以上絡むと怒られそうだったので、シュニーはステラへと視線を戻す。


「はい、“アングルボザ戦役”、って何なのか気になってしまって……」


 ステラが指で指し示したのは、シュニーの持っている冊子。

『自惚れ領主と氷麗姫、アングルボザ戦役記』と書かれた演劇のタイトル部分だった。


「あまり説明もなく進んでいたので、ここでは常識なのかなと思ったのですが……」


 小首を傾げているステラに、シュニーとマルシナはうんうんとしきりに頷く。

 自分たちも最初は同じように疑問だった、とでも言いたげな同意の姿勢だ。

 そして同時に、だが今は違うという前フリでもある。


「アングルボザ戦役というのは──」

「それはね──」


 たっぷり前フリを挟んでの説明が、かち合った。

 ふたつの声の主、領主とその傍らの騎士見習いは顔を見合わせる。


「ここは特別に、直々に説明してあげようじゃないか。ボクは領民に優しい領主を心掛けていてね、キミはただ観劇を楽しんでいたまえよ」

「ううん、領主殿こそ! こういうのもたぶん……うんたぶん騎士の役目だからさ! せっかくお傍にいるんだし僕が片付けちゃうよ!」


 相手を気遣うフリをしながら、両者譲るつもりはなし。

 火花を散らす教えたがりふたりは、笑顔のまま戦いを繰り広げる。


「さあステラ! どちらに教えてほしい! キミの意思を尊重しようじゃないか!」

「えっ……あの……」


 ステラはふたりのテンションに若干引き気味である。

 気弱寄りな性格と選ばれなかった側が悲しむだろうなという気遣いが、選択の手を鈍らせていた。


「僭越ながら、ご両人の圧が恐ろしければ私からご説明する手も」

「じゃ、じゃあセバスさんにお願いします……」

「光栄に存じます」


 結果。

 勝者、突如乱入してきた執事。

 シュニーとマルシナの敗因は、自分の欲望を優先しすぎて押しが強くなってしまった事だろう。

 両者による凝視を物ともせず、セバスは腰を折ってステラへと一礼する。


「アングルボザ戦役とは……かつてこの地で起こった氷魔との戦闘です。帝国歴1713年、今から12年前でございますね」


 セバスは己を威嚇しているシュニーから冊子を受け取り、改めて表紙を見せる。

 そこには、タイトルに加えて挿絵が描かれていた。

 演劇の主役ふたりと思わしき、貴族らしい服装の男性と寒色のドレスに身を包んだ女性。


「氷神アングルボザ……第6階位(スケール)の氷魔の侵攻に対する迎撃戦ですね。この演劇は、実話を元にした物語だそうです」


 そして、ふたりの背後には黒い影が在る。

 恐ろしい形相をした、巨大な人型だ。


「……第6階位の氷魔ですか。それは本当に実話なのですか?」


 ステラには珍しい、人を疑うような問いだった。

 階位(スケール)。それはかつて開かれた国家共同の“冬”対策会議において、情報共有を早めるために定められた氷魔の分類基準だ。

 各地で確認された氷魔は、個の戦闘能力や群れを成す頻度といった様々な危険度の指標を基に議論が交わされ、1~5の数字に分類される。


 だが、セバスが語ったのは6つ目の階位である。

 ステラは、そんなものが実在するのかと疑っているのだろうか。


「はい。氷魔の神と畏れられる最上位個体の一柱。かつてこの地は、“冬”そのものと呼べる存在と戦ったそうです」

「この地は、そんなものと戦って未だ健在であると……?」


 違う。

 存在が疑われているわけではない。

 それが現れてなお、今まだこの地が“冬”に呑まれていない事実が信じられなかったのだ。


「……神、かぁ。冒涜的な呼び方だよね」

「そうですね。神とその他の存在を、見紛うなどあり得ませんので」

 

 マルシナの呟きは、6つ目の数字に当てられた氷魔がどのような存在なのかを端的に示していた。

 バルクハルツ帝国の国教は、唯一神たる聖神キュアリネーを掲げる聖神教である。

 この国でかの女神以外の存在を“神そのもの”と称する意味は、重い。


 氷魔の強さを示す指標が議論によって1~5に定められるのは、5を上限としているからでははない。

 6番目に割り当てられるのは、議論の余地などどこにもなく明らかな絶対的存在だからだ。


「当然、並大抵の戦力では討伐はおろか傷一つ付けられないでしょう。領地の総力に加え、時勢が悪かったにも関わらず帝国本土から指折りの戦力が派遣されたといいます」


 その時期は年の初め、最も“冬”の影響が強くなる時期だったらしいのだよ、とシュニーが解説の横やりを入れる。

 今よりは幾分マシだっただろうが、スノールト領は隣接する領地の都市から遠く離れている。攻め難く、しかし同時に守り難い土地だ。

 大軍を送るには輸送や補給の問題があり、そこを塞がれただけで容易く輸送路が断たれてしまう。

 にも関わらず増援が送られたあたり、かつてのこの地の重要性が伺える。


「聖女のひとり、陛下直々に位を授けられたという遊撃騎士、当代最強と謳われた……処刑人、いずれも単騎で戦場の趨勢を決するような存在です」

「そうそう、それはもう凄まじい戦いだったのだよ!」

「うんうん!!」

「テメェらは当時知らねえだろ」


 少年心を刺激する響きの数々に、シュニーとマルシナの目が輝く。ラズワルドの冷静な指摘にも、その光は全く失せなかった。

 ふたりが熱を上げるのも、仕方ないと言えよう。

 名だたる強者が集結し、世を脅かさんとする強大な敵に立ち向かう。古今東西で愛される、使い古された物語の王道そのものだ。


「ですが、彼らが送られたのはこの地で敵を撃滅するためではありませんでした。可能な限り時間を稼ぎ、僅かでもその戦力を削ぎ落とすためです」

「え……」


 だが、これは創作ではなく冬のように寒い現実をなぞる物語である。

 スノールト領は捨て駒と判断された。

 英雄たちに与えられた役目は、悪の討滅ではなくただの時間稼ぎだった。

 それどころか、民たちを無理やりに戦わせる督戦隊として派遣された者もいた。


「可能な限り交戦した後、自分たちだけで撤退。近隣の領地を本来の防衛線とする。彼らにはそう命令が下っていました」


 残酷な実情を伝えるセバスの声は冷ややかで、話を聞く皆が黙り込んでしまう。


「そんな彼らを説得したのが、当時の領主だったとされています」


 その声が微かに、聞く者に感じ取れる程度には微かに明るくなった。


「領主としてこの地を訪れまだ年も浅かった彼は、帝国の猛者たちをひとりずつ説得して回ったといいます。どうか、大いなる主が育まれたこの地に生きとし生ける者のため力をお貸しいただきたい。これが本当に、誉れ高き帝国騎士の誇りとなるのか。皇帝の大鎌たる貴女が刈り取るべきは、陛下が愛する臣民の命なのか!」


 ある時は責任を求めるように厳かに、ある時は鼓舞するように高らかに。

 朗々と歌い上げるようにあらましを語るセバスに、視線が集まる。

 シュニーやステラだけではない、声が聞こえていた範囲の子供も大人も皆だ。


「そして、名だたる強者たちが切り開いた道を進み、領主と彼が見初めた姫君は、最後の戦いに臨んだのです──」

「ど、どうなってしまうんですか……?」


 この地の歴史を知っているであろう大人たちでさえ聞き入ってしまう、堂に入った語り口。

 ステラは胸の前で両手をぎゅうと握り、はらはらとそれを聞き届けようとしていた。

 領地の歴史についての勉強と興味本位、それぞれの理由で事前に結末を知っていたシュニーとマルシナも、ごくりと唾を呑み込んだ。


「これ以降は、いま私の口から語るべきではないかと。演劇の結末にて見届けましょう」

「そ、そんなぁ……。でも、そうですよね……」


 今まで散々に情緒を込めていた語りの締めは、ひどくあっさりしていた。

 唇に人差し指を当てながら、普段通りの落ち着いた口調に戻ったセバスは柔らかく微笑む。


「稚拙ではありましたが……シュニー様やマルシナ様の代わりが務まっていたならば幸いです」

「とんでもないです……。ありがとうございました……」


 緊張の糸が切れた様子で、夢から覚めた直後のように呆然としているステラが頷く。

 観客の反応に、セバスは再び腰を折って一礼した。

 

「……セバス」

「差し出がましい真似をいたしました。ここに謝罪を」

「ボクの負けだ……!」

「領主殿に同じ~。セバスさん、何者なの~?」


 それを見ていたシュニーは苦渋の表情で降伏を宣言した。しんなりしているマルシナもまた同じ。

 文字通り役者が違い過ぎた。この世話役は、妙なところで多芸だ。

 幼い頃には物語を読み聞かせてもらっていたものの、あれは本気ではなかったのかと戦慄するシュニーである。


「やはり、英雄の物語は良いな」


 それから、シュニーはしみじみと呟く。

 実話であれ創作であれ、熱く心が滾る物語を観覧し感動に浸るのは年頃の少年らしいシュニーの感性だ。


「……己では叶わぬからこそ、より美しく映るものもあるのだろうね」


 同時に、貴族の努めをいくらか知った今となっては、少し複雑な感情を抱いている。

 満足感と同時に、この場にそぐわないだろうとわかっていてもどこか寂しい気持ちがあった。

 自分は彼ら物語に語り継がれるような存在にはなれないのだろう、と。


 シュニーにはわかっていた。

 自分の務めは帝国の臣として、領地を立て直して平穏に保ち強く育てることだ。

 実績をちゃんと積み重ねることができたなら、名声や人望が伴うのだろう。加えて私人としての頑張り次第では、何より求めたものも手に入れられるかもしれない。そうなればどれだけ幸せだろう。

 でも、そこに物語の主人公のような後世に語り継がれる激動はないのだ。

“帝国の発展に貢献した貴族のひとり”には名を連ねられるかもしれないが、“唯一無二の英雄”にはなれないのだろう。


「ボクが外を駆け巡るわけにはいかないからな……」


 冒険者たちのように、危険地域に自ら足を運ぶ必要などない。

 そこに用事があるなら、彼らを雇って役割を果たしてもらうのが貴族の役目だ。


 将として兵を率いて戦場に臨む機会はあるのかもしれないが、一騎当千を望まれてなどいない。

 そもそも自分にそちらの才能はないと思うし、指揮官としてなにより求められるのは必要以上の武ではなく、統率力だろう。

 なにかあった時の士気の低下を考えれば、うかつな真似もできまい。


「……まぁ、違う世界の話だ」


 どこまで行っても、彼ら英雄の世界と自分の世界は交わらない。

 不満はない。未練がないわけではないが、呑み込んでいる。

 貴族には貴族の生き様があると理解しているからだ。

 己と数少ない仲間たちだけで命がけの旅をして道を切り開く、というのは自分の在り方でないとわかっている。

 だからこの感情を形容するならやはり、寂しい、というのが一番近いのだろう。


「セバスさんのお話聞いてたら続きももっと楽しみになってきちゃった! ……ていうかうずうずする! 休憩時間ってもうすぐ終わっちゃうかな? ちょっとその辺り走ってきたい気分かも!」


 隣で騒がしく喋り続けている騎士見習いの少女を見て、シュニーはふと思う。

 もしかしたら、いつか英雄と呼ばれるようになるのはこんな無謀極まりない人間なのかもしれない。

 きっと、自分のように悩んでいる暇などなく飛び出していく、側から見れば愚かに見えるような者こそが物語に名を残すような偉業を成し遂げるのだ。


「あれ? もしかして調子悪い? だいじょーぶ?」

「きゅ、急にのぞき込まないでくれたまえよ!? ちょっと微妙な気分になっていただけだから!」


 演劇の場にそぐわぬシュニーの自嘲は長続きしなかった。

 今のシュニーの真逆、寂寥も悩みも何一つなさそうな笑顔が、シュニーの視界いっぱいに入り込んでくる。

 近い、距離が近い。

 気付かぬまま首が下がり影が差していた顔を、シュニーは思わず上げてしまう。


「最近机仕事ばっかりで忙しかったからだよきっと! こんな時はさー……」


 そんなシュニーの微かな陰りを見て、理想の騎士を夢見る少女は。


「僕といっしょに冒険に行ってみようよ、領主殿っ!」


 領主としては縁が無いだろうとシュニーが諦めていた、憧れの単語を口にした。


「それは──」

「お待たせいたしました! それでは第二部、はじめさせていただきますねー!」


 マルシナに詳しく聞こうとしたシュニーの声は、壇上の主演によって遮られる。

 そして、短い休憩時間は終わり開演の笛の音が響く。


―――――

 冬の領地の英雄譚、第二章。

 此度の章は、複数勢力の思惑が絡み合っていた第一章とは異なり、至極シンプルな冒険譚となる。


 すなわち、危険な地に踏み入り、危機を乗り越え、その果てに怪物を打ち倒して宝を手に入れる。

 そのような、捻りなどなにもない単純明快で爽快な物語である。


 食糧問題という劇的な成果がすぐには出ず長期的に取り組むべき課題を扱っているのも、シンプルなエピソードだという印象を強めていると言えるだろう。


 そしてこの章を語るにあたって欠かせない人物が“業魔の騎士”である。

 あまり厳重な護衛を好まなかったと記されるシュニーが唯一任命した近衛にして、個人戦力ではスノールト領最強と謳われた少女騎士の逸話は数多く語られている。


 初めは遍歴の騎士見習いとして偶然スノールト領を訪れていたという、出自不明の人物。

 数多くの敵対者や氷魔を退けた領主の剣にして盾。

 そして……幾度となく領民にかけた迷惑への謝罪に領主を走らせた、問題児。

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