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第32話 領地会談(後編)

「んじゃあやっぱ、現状頼れるのは自分のトコだけってわけか。そりゃ不安だ」

「別に、全くの無防備じゃねえよ」


 まず最初に、勘違いである可能性を考える。

 嫌な結論に辿り付いてしまったシュニーは、それをどうにか否定しようとしていた。


「そこまでは言ってねえさ。武器はどれくらい揃ってんだ? 扱えるのは何人いる?」

「鉄のは少ねえ。ナイフがいくらかあるくらいで、殆どは木の槍だの剣だのだ。扱えるのは……まあ二十人がいいとこだ」


 だいたい、せっかくこうして友好のためにやって来てくれた者に対してはなから疑ってかかるなど、失礼じゃないか。

 彼の友好的で親しげな態度を見れば、自分たちを心配してあれこれ聞いているだけだろう。


「そうかいそうかい、狩りをするだけなら多少は……ってトコだな。ただまあ……その気で攻めてくるような相手とやり合うには、明らかに足りねぇ」

「……だな。狙って来てるヤツらが近くにいるしよ」


 話を聞きながら、シュニーは問題はない、勘違いだろうと何度も己に言い聞かせる。

 何らかの問題が起こる可能性を見いだしてしまった時、精神の疲弊を抑えるために「そんなわけがない」「大丈夫に決まっている」と事態を過小評価するのは、人間の本能に根差した情動である。


「そうか……立派な城が建ってたが、普段食い物とかもそこにしまってあんのか? いざとなりゃ避難できそうだったりすんのかね?」

「え、その……あの……」


 だが、それも長続きはしなかった。

 ステラに話が振られ、彼女がラズワルドを、次いでシュニーを見る。

 不安に駆られたような、シュニーと同じく今の状況に困惑しているような表情だ。


「おう。生モノ以外はだいたいな。結構でけぇから立て籠れもすんだろうよ」


 しかし、ラズワルドはそんなステラが見えていない様子だった。

 城備え付けの共有倉庫は、ラズワルドではなくステラの管轄下にある。

 ステラの執務を手伝った時に触れたため、シュニーの認識としてそれは明確だ。


「ほほう……食いもん以外にも、なんか宝物とかもしまってあったりすんのかねぇ」

「金塊みたいな露骨なモンは流石にねえけど……そうだな、価値がありそうなのは……」


 だというのに、答えたのはラズワルドだった。

 緊張して言葉に詰まったステラの意を汲んで代わりに答えた、という空気ではない。

 ステラの意向に反して、あるいはステラへと目を向けもせず勝手に話を進めたのだ。


「……待ちたまえ!」

「おう?」


 それが、ぎりぎりで留まっていた違和感を頂点まで押し上げた。

 意を決して、シュニーは声を張り上げる。


「ガウル殿! 具体的な軍事力や我々の蓄えについてなど、最初の会談でするには少々込み入りすぎていないかい……?」


 己が狭量ゆえ、必要以上の疑心に飲まれている可能性はやはり否定しきれない。

 だが、仮にそうであっても一度止めるべき流れだとシュニーには感じられた。

 この会談の流れは、明らかにおかしい。


 いくら協力する内容に関わるからと言って、どうしてここまで詳細な情報開示をする事になっているのか。

 防衛戦力や警備体制は直接的な軍事力に関わるし、物資の保管場所や量もそれに準ずる内容である。

 そう容易く外部に漏らしていいはずがない。


「あー……。流石にがっつきすぎたか? 確かに坊主の言う通りかもなぁ」


 シュニーに疑われていると察したのか、ガウルは気まずそうに頬を掻く。

 ラウルの背後に控えていた人狼たちも、そうだというように頷いている。


 客人たちの様子からは、少なくとも無理矢理に話を押し通そうという意向は伺えない。

 だが、一度表出してしまった疑念は止めようがなかった。


「ガウル殿。先程から我々の窮状への思いやり、大変痛み入るが……貴方たちが何を欲しているか、についても聞かせてもらえないかい?」


 状況をかみ砕いて、シュニーは先から抱いていた違和感の明確な理由に思い当たる。

 ガウルは、彼ら自身の望みを一度も言っていないのだ。

 戦士、つまり護衛を提供できると提案するが、見返りに何を求めているのかを話題に挙げていない。


 それだけで疑うには過敏なようで、しかしシュニーは明確な不審点だと感じ取った。

 最初に聞いたガウルたちの経緯を考えれば、彼らはフィンブルの町よりも差し迫った状況にある。

 少なくともこちらには、先細って飢え死ぬというような必然的に訪れる破滅にはまだ遠い。


 こんな両者の状況で、自分たちの希望を優先するどころか伝えすらせずにこちらの情報を根掘り葉掘り聞き出す暇など、あるものだろうか?

 むしろ、身勝手なまでに自分たちの事情を伝えてどこまで望みを受け入れてもらえるか尋ねてくるのが、滅亡が迫っている集団の指導者としての自然な振舞いではないだろうか。


 にも関わらず、何より優先してこちらの情報を聞き出そうとしてくるのは。

 彼らの目的が、最初からそれだからなのでは?

 そして困窮した集団が相手の防備や財産の詳細という情報を知って、何をしようとしているかと問われれば。


「具体的な内情だとかそういう話は、お互い望むものをきちんと知ってからに──」


 辿り付いた結論をシュニーは呑み込み、穏当な続きを口にする。

 シュニーの推測が事実なら、強硬手段に出られて不利な状況でわざわざ勘付いていると伝える意味は無い。

 邪推だったとしても、互いの望みがわからないまま話が進むのは交渉として望ましくない流れだ。

 なのでシュニーは少しでも話を穏当な方向に持っていこうと提案する。


「おい。テメェはそんなにも、俺らの邪魔がしてぇのか?」


 ……そんなシュニーを遮ったのは、味方側であるはずの声だった。


「なんだと?」


 剣呑な空気と共に放たれた言葉には、明らかな不満と怒気が込められていた。

 思わず声が聞こえた方にシュニーが目を向ければ、ラズワルドの鋭い視線が。


「ま、当たり前か。俺らが強くなりゃ、後々乗っ取るのに都合が悪いもんな?」

「っ……、一体何を言っているんだ!」


 的外れな嫌味に、シュニーの頭がかっと熱くなる。

 怒りと同じくらい、状況が理解不能だった。


「だったら黙ってろ。最初に言ったよな? これはテメェじゃなくて、俺らの交渉だ」


 今の状況がおかしいのは、明らかに探りを入れているような相手側だけではない。

 どうしてラズワルドはそれを許容しているのか、という部分もだ。

 軍略家と呼べるほどの知識はないだろうが、それこそシュニーにもわかるような機密情報の開示という愚行を、何故止めようとしないのか。

 それどころか、自分から進んで明かしているのか。


「今のキミはちょっとおかしいぞ! どう考えても平静じゃないだろう!」

「……テメェに何がわかるってんだ。口出しすんじゃねえ、黙ってろ」


 今日、もしかしたら昨日より以前から、ラズワルドは普通ではない。

 うんざりするほど口は悪いし粗暴だが、頭が回らないわけではないし相手によっては気遣いができる人間だったはずだ。

 だというのに、今の彼は疑わしい物事を当然のように受け入れ、ステラの意向を無視してまで話を進めようとしている。


「あ、あのっ! ふたりとも……!」

「おいおい。殴り合いならともかく、そういうケンカは見てて辛くなるぜ」


 明確に空気が悪くなったのは、誰の目にも明らかだった。

 ガウルとステラ、両代表者がふたりを止めに入ろうとする。


「こんな状況でさえ黙っていろだと……!? だったら一体何のために呼んだのだ!」


 しかし、激情に火が付いた両者の口論は止まらない。

 椅子を蹴って立ち上がり声を荒げるシュニーに、どこまでも冷ややかな、しかし苛立ちを隠せていないのが明確なラズワルド。

 互いにが掴みかかっていないのが奇跡のような状況であった。


「不慣れなキミたちが誤らないか見守る……それをボクがこなせると信じてくれたからじゃないのかね……?」


 シュニーの怒りの声と表情が、悲しみで歪む。

 分かたれてしまった領地それぞれの為政者という立場であれど、最初は明確に敵対者としての立場であれど、お互いに話し合って少しは相手を理解できたと信じていた。

 その末に、多少なりとも信頼を得られたのではなかったのか。

 だからこそ自分は今こうして、友好と交渉の会談に同席しているのではなかったのか。


 まるで今まで積み上げてきたものを崩されたようで、ぎゅうと心臓が締めあげられる感覚だった。

 シュニーの脳内を占める感情は、怒りよりも動揺と悲嘆が濃くなっていく。


「はぁ……ミスったか。ここで見せつけてやりゃ、諦めが付くと思ったんだがよ」

「は……?」


 絞り出すようなシュニーの問いに突き付けられたのは、酷薄な回答だった。

 ラズワルドの冷たい声色とその内容で、シュニーは察してしまった。


 今日この場にシュニーを呼んだ理由は『アドバイスを求めていたから』ではなかった。

 外部との交渉と友好関係の成立という、為政者としてどちらが相応しいかの証明を突き付けるためだったのだ。


「騙したのか……?」

「……そりゃこっちの台詞だろうが」


 吐き捨てるように言い返され、シュニーは困惑する。

 憎しみすら籠ったラズワルドの言葉に思い当たる節はなかった。

 いったい、自分がいつ彼に虚言を弄したというのか。

 気勢よく宣戦布告してやったし嫌味は何度も言ったが、彼を騙そうとした事が今までにあっただろうか。


「な、なんかやべえ事になってんのか!?」


 先の怒声でただならぬ事態になっていると感じ取ったのか、ラルバを先頭に武装した子供たちが扉を開け部屋に入ってくる。


「丁度良かった。牢の奥にでもぶち込んどけ」

「へ? でも……」


 気まずそうなステラとガウル、感情を堪え震えているシュニーを順に見て困惑しているラルバに、ラズワルドが告げる。

 指示の意味とラズワルドが顎で指し示した相手が誰なのかは明白だったが、どうしてこうなったのかわからずにラルバは所在なく目を泳がせる。


「ラズくん! いい加減に──」


 そんな荒れに荒れた場をついに見かねたのだろう。

 ステラが席を立ち、叱責しようとした。


「黙れ、ステラ。俺はテメェらのためにやってんだぞ」


 だが、今のラズワルドには彼女の声も届いていないようだった。

 取り付く島もない態度に、ステラは悲し気に目を伏せ口をつぐみ、それっきり黙り込む。


「……そうかね。ボクは最初からお呼びではなかったのか」


 状況に理解が追い付いていないラルバにはっきり答えを示したのは、深いため息だった。

 表情から一切の感情を消して、シュニーが納得だとでも言うように呟く。


「もういい。地下牢だろう? 案内してくれたまえよ」


 そうして自ら、ラルバの下へと歩み寄って退室を促した。


 領主就任から初めて行われた記念すべき外部との会談を、シュニーは最後まで見届けられなかった。

 もう見届ける気も、なかった。

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