Page:9 「地下室の探索」
ーー放課後、屋上アジト。
「ーーというわけだ」
「地下の資料室ですか……。えー、私ですら聞いたことないですよー?本当にあるんですかそれ?」
「……」
あるのかと言われたって、俺には皆目検討もつかん。そもそも、まだこの学校の構造自体に慣れてないんだ。そんなところに隠し通路なるものがあると言われても、何のことかとしか言いようがない。……しかしだな。
「最初、向こうの世界に行った時に俺は下の方に進んだ。そこで地下牢に繋がれてる神代を助け出した。確かそうだったよな?」
「正直あの時ボコボコにされすぎててどこなんか覚えてねぇよ。んまあ、階段登ってるなって薄ら覚えてるけど」
記憶が正しければ、確かにこの学校には地下の方にも部屋があるのは確かなんだ。問題は、その地下へはどこから入れるのかってところだが。
向こうの世界とこちらの世界の建物はある程度リンクしている。しかし、完全に同じかと言われればそうではなく、階段の位置や、部屋と部屋の間の間隔など、細かな部分で向こうの世界の雰囲気に合わせた改変が成されている。俺が使ったあの螺旋階段も、こっちの世界にはそれらしいものなんて無い。
「待たせた」
うんうんと三人で考えていると、そこに助け舟のように現れる進藤。手にはノートパソコンを抱え、カタカタとキーボードを叩いている。
「要ちゃーん。この学校に地下があるって言われたら信じます~?」
「実際あるが何か気になることでもあるのか?」
「「「 …… 」」」
ビンゴだな……。
俺は夏目先生との話を進藤にも改めて説明し、「それで地下室に行きたいんだ」と付け加えておいた。
「なるほど。ならばついて来い」
ーー本校舎、地下室。
「すっげ、本当にある」
進藤に案内された場所は、意外にも本校舎の左端、トイレが設置されてる場所にある階段の裏側。普段は陽の光が届かないせいで暗い場所なんだが、足元を指先でなぞれば、小さく凹んだ取っ手みたいなものが見つかる。そいつを引っ張りあげればあら不思議。向こうの世界で見たような地下への螺旋階段が現れるという寸法だ。
Arcの暗視機能を使って地下の方へ降りてゆく。普段、あまり人が来ない場所であるせいか、結構ホコリが舞っている。
「ここは創立当初からの様々な記録が適当に積まれている。目当てのものをピンポイントで探そうとするならば、相当骨が折れる作業となる」
「四人もいて正解だったな」
「こんなところで四人のメリット出したくねぇよ……」
みんなで適当にそれぞれの範囲を決め、夏目先生が残した診断書を探し始める。どいつもこいつもホコリを被っているし、暗視があるとは言えど文字が掠れてたり、資料がバラバラになってたりするものがあるため、運良く最初の方で見つかってくれればと祈っていた。あと本当にホコリが酷い。
そして探し始めてから三十分ほどが過ぎた。
「なあ、見つかんなくね?」
「「「 …… 」」」
神代の何気ない一言により、全員がハッとなる。結構集中して探していたのか、もう棚の終盤あたりにまで来ている。
「この部屋にはそれらしいものがないな」
「こっちの部屋も同じくですー!」
もしかしたら見逃している可能性も考え、また改めて上からズラっと見てみる。だが、やはり見つからない。
地下の資料室にあると言っていたのは嘘だったのだろうか?いや、あの先生がそんなつまらない嘘をつくわけがない。……と思いたいが、出会って一日程度の人を相手に信頼も何も無いのだが。
「少年、こちらも成果無しだ。後は、金髪が適当な目で見落としてる可能性にかけるしかない」
「それで見つかってくれたらもう何でもいいよ……」
今度は全員で神代が調べた範囲を調べ直してみる。だが、やはりそれらしき資料は見つからなかった。
「どういうことですか?実は先生の記憶違いだったとかなんですか?」
「……もう一度聞き直すものありかもしれんな」
改めて先生に資料の所在を聞いた方がいいと思ったが、ここじゃなければ次はどこにあるんだ?となる。図書室だったら、番人と呼ばれている進藤が見つけていてもおかしくはない。
「進藤、図書室の方にはそれらしい資料はなかったのか?」
「去年、今年とあの部屋にあるものには全て目を通したが、本の間に挟まっている資料などというよくある展開は無かったぞ」
「そうか」
とすれば、後は新聞部の方。いやしかし、あっちはもう既に清水が全部ひっくり返した後だ。そんな重要そうな書類だったら、あんな証拠になるかも分からん写真よりも押してくるはずだ。
……そもそも、向こうが無意識の集合体であり、主ドミネーターの思想が強く反映される場所であるなら、地下牢になっていたこの部屋も当然伊吹は知っているはず。
「まさか、伊吹がその存在に気付いて盗んで行った。なんてことは考えられないか?」
「うーわ、有り得る。俺でもそうするわ」
伊吹に直接聞き出さないといけないな、これは。ただ、接触するならどっちに接触するべきか。
現実の方であれば、はぐらかされる可能性がほぼ100%。それどころか今はまだ目を付けられていない俺まで奴のターゲットに入る危険がある。行動に制限がかかりそうなことは避けた方がいいな。
となると、やはりドミネーターである伊吹に接触するしかないか。狐のあの人は危険だから絶対にするなと言っていたが、やるしかない。
「あのー、皆さん。ちょっと気になる部屋を見つけたんですけどー」
「どうした?清水」
「いえここ」
清水が指を指した場所は、この一角最奥にある鉄扉。いかにもって雰囲気がしてくるが、鍵がかかっているせいで開かない。
「確かここ、神代が閉じ込められていた場所じゃなかったか?」
「えマジ?」
「多分だ」
向こうの世界で神代が閉じ込められ、殴られていた場所。向こうでも現実の方でも人目につかず、何をしようがバレそうにない場所。そして、みんなの無意識が牢獄だと感じている場所。
まさかとは考える。この場所で伊吹による日常的な虐待が行われている。そのための場所がこの部屋だとしたら……。
「伊吹が来る前に退散しよう」
「ん?どうかしたのか?暁」
「ここ、伊吹が日常的に虐待で使っている可能性がある。もし今日も被害者が来るかもしれんことを考えたら、鉢合わせする可能性がある!」
「……!」
慌てて階段の方へ駆け出す。しかし、もう既にコツ、コツと足音がこちらの方へ向かってきているところだった。
「わ、わ、わ、どどどどどどうしましょう!」
「慌てすぎだろおめぇ。相手が伊吹なら別に堂々としてりゃいいだろ。俺たち悪いことしてねぇんだしよ」
確かに神代の言う通りだ。俺たちは特に悪いことをしていない(むしろ雑に積み上がってた資料の山を片付けたくらいだ)。堂々としてればいいんだ。
まあただそれでも、俺たちが戦おうとしている相手だ。少しくらい緊張はする。
「む、君たちは……」
コツコツと足音が更に近付き、ようやくその顔を拝めるといったところで見えた顔は、意外にも伊吹ではなかった。
「あ、矢島先生!」
その顔の正体にいち早く清水が反応する。
矢島先生と呼ばれた初老の小太りな先生。これもこれでイマイチ誰なのかがパッとしない。いやまあ、真面目に授業を聞いてないのが悪いと思うんだが。
「矢島誠。この学校の教頭で数学を教える教師だ。あと新聞部の顧問でもある。少年はもう少し人に興味を持った方がいい」
俺が疑問を顔に示していたのか、横から進藤が小声で教えてくる。最後に余計な一言も付け加えられたが、概ね疑問は解消出来た。
「どうしたんだね。こんな暗い場所に大勢でぞろぞろと。電気くらい付けたらどうだ?」
パチっとこの部屋に明かりが灯る。てっきり、進藤がそのまま進んで行ったから無いものとばかり思っていたが……
「すまない。私も初めて知った」
チラと進藤の方を向けば、少し申し訳なさそうにそう言ってくる。進藤でも抜けてるところはあるんだな。
「あの、えっと、そう!ちょっと部活動の歴史という題名で新聞を書こうと思ってましたて~、皆さんには手伝ってもらってたんです!」
ここは清水が素早く機転を利かせ、若干同様は混じってるものの上手い嘘をついてくれた。
「なるほど。確かにここには昔ながらの資料が山のようにあるからなぁ。あーでも、かなりホコリっぽいし、電気もつけないのでは中々いいものが見つからんだろう」
「え、ええ、まあ……」
別の意味でいいものが見つからないのだがな。
「私も普段からここで調べ物をしているのだが、部活動の資料となると、ここより各々の部室の方が山ほど置いてあるだろう。新聞部らしく、取材でもかけてみたらどうかね?」
「あ、はい!確かにそうですね~。ではでは!失礼しまーす!」
俺たちは先生の隣を通り、そそくさと退散するのであった。