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Page:8 「進展」

 ーー翌週、放課後。


「おっせーなー?清水のやつ。あいつ、今日からっての忘れてんじゃねぇか?」


 屋上に集まってからはや5分。神代がイライラをぶつけるように壁をガンガン蹴っている。せっかちにも程があると言いたいが、今日神代がイライラしてるのにはちゃんと理由がある。それは、今朝方伊吹に怒られていたからだ。


 因縁の相手に難癖をつけられたら、そりゃ神代の性格を考えればイライラするのも当然。まあ、それを露骨に態度に表すのはやめてほしいが。


「おっまたせしましたー!みなさーん!」


 バタン!と勢いよく屋上の扉が開け放たれ、そこからテンション高めな声が高々と響く。


「おっせーぞお前、時間は限ら……そいつ誰だ?」


 早速イライラをぶつけようとした神代だったが、清水の後ろに立っていたもう一人の人物に気付くと、途端に声のボリュームを落とす。


「紹介しまーす!同じ2年Bの進藤要ちゃんでーす!図書室の番人って呼ばれてて、もうとにかく情報の分析能力が高いんですよー!」


 進藤要と呼ばれた黒髪ロングの女の子は、俺の前にまで立ち、「君が雨夜 暁か?」と尋ねてくる。それに対し、俺は「ああそうだが」と答えると、進藤は「よろしく。損はさせない」と返してきた。


 損はさせないってなぁ……


「清水。お前も見たから分かると思うんだが、あの世界は危険だ。無闇矢鱈と人を増やすのは歓迎しない」


「そうですか?要ちゃんがいれば百千連勝!もう向かうところ敵無しってくらいには強くなれると思いますよ私たち!」


 俺はその進藤がどれだけ凄いのかを知らないのだがな。しかも、お前が言う……いや、清水の調査能力が凄いってことはこの数日で明らかになっているが、それでもほとんど無関係の一般人を巻き込むのは違う気がする。


 俺は進藤の方に向き直り、「本当にいいのか?」と尋ねる。


「パトリアムと呼ばれる無意識世界に興味がある。少年、私を連れて行け」


 そう強い眼差しで答えられてしまっては、今更断るわけにもいかないだろう。というか、パトリアムについても話してるのかこの聞屋。口が軽すぎる。というか、まず話を通す前に俺たちに相談しろ。


 少しだけ恨みのこもった目で清水を見た後、仕方ないと通行証を開いた。


《異世界への挑戦を開始しますか?》


「本当にいいんだな?」


「ああ。自分の身くらい自分で守る。見た目で判断されては困る」


 そうまで言うならと、俺は《YES》をタッチし、四人を巻き込んでパトリアムへと潜入した。


「はー、相変わらず何度見ても不気味な世界ですね~」


「伊吹の趣味が悪ぃんだよ」


「戯言はいい。少年、私にも彼女らのような姿になる力を」


「……」


 まあ、もうここまで来たら後戻りは出来ないだろうと、俺は画面の右上にある『+』のアイコンに指を合わせる。ズラっと空行のリストが並べられ、その一番上には『進藤 要』の文字が表示されている。


 何かしらの覚悟が必要なのではと考えていたが、そういったものはあまり関係ないらしいな。いや、もしかしたら進藤のこの世界への強い興味が神代たちの覚悟に匹敵するものと判断されている可能性もあるが、正直どっちでもいい。


 俺は特に躊躇いもせず清水の時と同様の操作をし、進藤に力を分け与える。すると、羽織っていたカーディガンが清水のと同じロングコート状に変化した。ただし、色は俺と同じ白色だが金色の幾何学模様が所狭しに刻まれていた。


「ふむ。どうやら私はバッファー兼ヒーラーのようだ」


 進藤が恐らく目の前に映し出された案内を見てかそう言ってくる。俺も、進藤に力を与えたことで何かしらが解禁されるかと思っていたが、今回はそういったものがない。代わりにーー


三次魔法トリアングロス・マジッカー四次魔法ポリゴノム・エクストリアムを解禁しました》


 ーーと、まだ魔法の組み合わせを行ってもいないのに早くも三次と四次が解禁されてしまったのである。


 どういうことだ?今までとは流れが違う。いやまあ、悪いことが起きたわけではないのだが、想定とは違うことが起きると少しばかり混乱してしまう。


「まあいいか。みんな、行こう」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ーー職員室前。


「ファーマー!ファーマー!あそれ!もういっちょファーマー!」


 神代がつい先日習得したファーマーという、ファムの複数個版みたいなものを連発し、職員室前に群がっていた銀の甲冑を蹴散らしてゆく。


 どうも、俺と神代が新たに習得したファーマー及びヴェンターは、範囲系の魔法らしく威力は元となったファムやヴェントと大して変わらない。その割にはゲージの減りがいつもより多いため、あまり連発することは避けたいところだな。まあ、神代は気にせず使いまくってるが。


「今日はなんだか数が多いですね~。いえ、金色のあいつがいないだけマシなんでしょうけど」


「恐らく、先日の騒ぎが原因かと思われる。今日もまだ職員室と保健室の周りは人が多かったからな」


「なるほどなるほど。さっすが要ちゃん!よく見てますね~」


「何でもいい。中に入るぞ」


 先週は入ることなく終わった職員室の扉を開ける。部活などで先生が所々に散っているとはいえ、言わば幹部の集まりみたいな場所だ。危険ではあるが、4人になった今、先週ほどの苦戦は避けたい。


『む、何者だ貴様ら!』


 予想通り、金の甲冑が5人ほど出てきた。思ってたより少なくはあるが、それでもこちらより人数が多い。


「うわうわ、結構多いですね~」


「それぞれを同時に倒す必要はない。一体ずつ確実に仕留めていくのが定石だ」


「ああ。出来れば全員から話を聞きたいところだが、無理せず一人だけ捕らえよう」


「おっけー!了解したぜ!」


 俺と神代が戦闘に立ち、残りの二人は少し後ろの方から支援する形に回る。


「神代、ファムはあまり有効的じゃない。俺と清水で凍らせるから」


「ぶっ飛ばしゃいいんだろ?任せろって!」


 神代が短剣を構える。俺は後ろの清水に視線を送り、それを受けた清水が『アクア』を唱える。


 間髪入れず俺のグレイチェスで凍らせ、すぐさま神代が短剣でその鎧を砕く。最後にヴェントで追撃し、まずは一体撃破。


「ふぅー!ナイスコンビネーション!」


「金髪、油断するな。敵はまだ四体いる」


「ああ!分かってるぜ!」


「全員にバフをかける。クルーラ、カルパス」


 左上の青いゲージの下に、靴と鎧のようなマークが追加される。多分、移動速度と防御力か?一種類だけかと思っていたら、進藤も相当恵まれたみたいだな。この調子なら、攻撃力上昇のバフもありそうだ。


 進藤のバフを受け、敵の反撃は避けたり剣で受け止めたりでやり過ごす。両方とも、バフが無ければ上手く出来なかったな。進藤自身の言う通り、損はさせないどころか、いて大助かりなくらいだ。


「アクア!」

「グレイチェス!」


 再びこちらのターン。これまで通り、清水が水魔法をかけたところに間髪入れず氷魔法で凍らせる。そして、神代が強い一撃で叩き壊し、ヴェントによる追撃。


 一体一体確実にとは言ったが、一体にかける魔法の量が多い気がする。敵はまだ三体。もう少しスマートにやるやり方があってもいいはずだ。……そうだ。


「神代、清水、次はタイミングを合わせる」


「どういうことだ?」


「さっき習得したトリアングロス・マジッカーを試してみる。一体あたりに三発も使うのは効率が悪い。一撃で全員の鎧を剥がす!」


「おっけーです!任せちゃってください!」


 清水はその位置のまま、俺と神代はそれぞれ左右に分かれ、迫り来る甲冑の攻撃を軽くかわし、そのまま一箇所に集まるよう蹴り飛ばす。


「今だ!行くぞ!」


「「「 トリアングロス・マジッカー!! 」」」


 俺たち三人を繋ぐように三角の線が引かれ、赤、青、緑三色のピラミッドが形成される。


 甲冑三体をまとめて閉じ込めた後、ピラミッドが弾け、炎、水、風の三属性を撒き散らしながら派手に爆発した。


「うっひょ~すっげぇ……!」


「神代!まだやることが残ってる!」


「あ、おう!」


 三体とも鎧は剥がれたが、まだ三体いるせいなのか全員屈する気が無いらしい。出来れば全員から聞きたかったのは山々だが仕方ない。


「神代、一体だけ残す」


「おう」


 適当に二人を撃ち体を崩壊させると、先程まで余裕綽々だった甲冑は途端に両手を上げ、降参を示してくる。


「夏目教師か」


「誰?」


「本当に何も知らないんだな、少年は」


「転校してきたばっかだからな」


 オマケにここにいる三人以外とはろくに絡みもない。こんな事に巻き込まれさえしなければ、学校が終わったら家に即帰宅の帰宅部になるはずだったんだからな。


「保健室の主任だ。少々期待が持てるかもしれんな」


「期待ぃ?なんで?」


「聞けば分かるはずだ。夏目教師、あなたは今まで何人もの生徒の怪我を見てきたはずだ。その中には当然、人為的な怪我をした生徒も多かったはず。なぜそのことを告発しなかった?」


『……。最初は言おうとしたのよ。どう見たって殴られた跡だって分かってた。被害に遭った子たちと一緒に最初は訴えを起こそうって、準備もしてたくらい』


「は?じゃあなんで今もあいつは野放しのままなんだよ!」


『行動が遅すぎたのよ。神代くんの事件が起きてから、協力してくれるはずだった子たちがみんなもう関わりたくないって言い出しちゃった。そりゃそうよ。あんな大事になったっていうのに、伊吹先生は無罪放免。正当防衛で処理されちゃったんだから、みんな自分たちのもダメかもしれないって、心が弱くなっちゃうのも仕方ないのよ』


「んで、諦めたってのかよ……」


『……本当だったら被害届を出す時に使うはずだった診断書があるの。もう去年のものにはなるけれど、いつか、いつかって思ってたら、そのいつかが来なくなっちゃったわ』


 そこまで言って、夏目先生のセルボスは崩壊していった。どうも、時間制限的なものがあるみたいだな。


「どいつもこいつもクソだな!」


「まあまあ、夏目先生は戦おうとしてくれてただけマシじゃないですか。それに、……多分ちぃちゃんの分もあるはず」


 清水がギュッと拳を握る。


 そうだ。知穂さんのも含めて、夏目先生は伊吹の被害者たちに一時とは言えど協力を取り付けていた。オマケに診断書も取っているらしい。


「今までで一番の収穫なのではないか?夏目教師に協力を取り付ければ、伊吹教師を裁きの場に立たせることも難しくはないはずだ」


「ああ。今日はここまでにして、明日夏目先生のところに行ってみよう」


「いよいよって感じがしてきますね!」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ーー翌日、昼休み。


「……そう。そこまで知っちゃったか」


 昨日決めた通り、俺と神代ーー四人で来ても良かったのだが、ゾロゾロと行くのも迷惑だと考えこの二人になったーーは保健室にいた夏目先生と接触し、例の診断書と協力を取り付けてもらうべく話をしていた。


 最初こそ知らないとはぐらかされていたが、神代の熱意ある説得によって今話をしてもらえている。まあ、最後の決め手となったのは先生と被害者生徒以外は知らないはずの診断書についてだったのだが。


「伊吹先生はとても恐ろしい人。表じゃ善人ぶってはいるけど、裏じゃあなたたちの言うように冷酷で、平気で人の尊厳を踏み躙ってくる人よ」


 そう言うと夏目先生は引き出しの中をゴソゴソと漁り、黒紐で閉じられた『保健室利用表』というものを取り出す。


「あの子たち、最初は転んだだけですとか当たりどころが悪くてみたいな言い訳をしていたのだけれど、どこからどう見たって普通に運動してるだけじゃまず作りようがない怪我。あまり踏み込んじゃいけないのかもって思ったけど、どうにかして聞き出したものよ」


 俺たちに見せてきた保健室利用表の中には、日付、生徒の名前、そして保健室に来た理由が記載されていた。


 去年の夏休みに入る少し手前から、一日も空けることなく保健室の利用がされている。しかも、全部部活中の怪我と来た。伊吹による被害なのだろう。多分、これでも全体の何割かってところだと思う。実際の被害者はこれだけじゃ済まないはずだ。


「二学期になって、ようやく準備が整ったってところで、誰も協力してくれなくなった。なんでなのか聞いてもみんな伊吹先生にはもう関わりたくないの一点張り。私、その時は知らなかったの。まさか、神代くん。あなたが夏休みの間に第事件を起こしていたなんてね」


「起こしたんじゃなく起こされたんだよ」


「ええ知ってるわ。私もあなたがそんなことをする子じゃないって知ってるから。でも、その事件の被害者であるはずの神代くんがなぜか加害者になってて、私はそんなはずがないって訴えたんだけれど誰も聞く耳を持ってくれなかった。その時から伊吹先生が怖くなっちゃってね。気付いたら、私も知らず知らずのうちに避けるようになってたの」


 そこまで言って、夏目先生は「ごめんなさい、ごめんなさい」と涙を流していた。本人は悪くない、むしろ、積極的に戦おうとしてくれていた人が、なぜ涙を流さなければならないのだろうか。


 さっきまで怒りがいつ爆発するか分からなかった神代も、流石の態度に「せんせーは悪くないっす。悪いのは全部あいつっすから」と言って背中を向けていた。


「先生、俺たちは去年先生が出来なかったことをやろうとしています。でも、俺たちだけじゃ伊吹の罪を告発するのは難しいんです」


「……」


「先生、協力してください。俺たちが必ず伊吹に罪を償わせます。そのために、先生も」


「……ええ。私が出来ることなら何でもするわ」


 先生は「みっともないわね」と言いながら涙を拭い、覚悟を決めた顔でそう言ってくれた。


 意味が無いかもと思っていたパトリアムの探索も、今こうして確実な一歩を踏みしめることが出来た。あの五体のうち、残した一体が夏目先生で本当に良かったと思う。そうでなければ、また遠回りする羽目になったかもしれないからな。


「ところで先生。去年の診断書があるはずですよね。あれってどこにあるんですか?」


「あれね……。ここに置いていたらいつか見つかるかもって、地下の資料室に置いたのだけれど、どこにあったかしら?」


「「 資料室? 」」

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