Page:3 「無意識が生み出す世界」
ーー放課後。
俺たちは早速池袋駅へとやって来た。多分、ここからなら入ってもすぐに襲われることはないという判断の上でだ。
《異世界への挑戦を始めます。よろしいですか?》
通行証を起動すると、早速例の文字が映し出される。挑戦……か。侵入とか潜入ではないんだな。
「行くぞ、神代」
「ああ。さっさと行こうぜ!」
《YES》をタッチする。すると、目の前の景色が一瞬にして夜の街並みへと姿を変える。それと同時に、俺たちの格好もローブ姿へと変貌する。
「うへぇ。やっぱなんか気持ち悪ぃんだよなぁ、この世界。ってか、前も思ったけど、これなんだ?」
「多分、この世界用の衣装だろ」
「へー。赤とか、主人公カラーでいいな、これ。さしずめ炎の魔導士神代優真様参上!ってか?」
……子供みたいだ。
冷ややかな視線を送りつつ、俺は特に何も言うことなく「行くぞ」と歩き出した。目指すは昨日の城。まずはあの場所まで行ってみる。
ーー宮殿前。
ここまでは特に何事もなく辿り着けた。やはり、この城が異質なだけで他は普通みたいだ。
「で、こっからどうするよ?」
「潜入……してみたいが……」
昨日みたいに無様にやられてしまうのも勘弁願いたいところだしな。かと言って、ここで足踏みしてるのも、じゃあ何のために来たのかとなるし……。
「あれ?あんた達また来たの!?」
どうするべきかと考えあぐねいていると、昨日見た狐のお面を着けた女の人がやって来たのである。
「もう来るなって言ったのに、なんで来ちゃったわけ?バカなの?」
「まあ、バカだよな?俺たち」
「一緒にするな」
とは言ったものの、自分でもバカだとは思ってる。痛い目見た後だというのに、また来ているわけだからな。
その人は「はぁ」と軽くため息をついたものの、「まあ仕方ないわ」と言って俺たちへ説明を始める。
「いい?この世界は本当に危険なの。あんた達が魔法を使えるってのは知ってるんだけど、それも序の序。また集団戦にでもなったらあっさりやられちゃうわよ?」
「つってもよ、俺たち……いや、俺!あの野郎ぶっ飛ばさなきゃ気が済まねぇんだよ!……分かってるんです。危険な場所だってことくらい。でも、あいつに一矢報えるんだったらーー」
「はいはい分かった分かった。その理不尽に抗いたい気持ちは私も痛いほど分かるからまずは落ち着きなさい」
「……はい。すんません」
狐のお面の人になだめられ、興奮気味だった神代は頭を俯かせた。
「……本気なの?」
「本気です!」
「あんたは?」
「……俺は」
俺は、神代ほどこの世界に対して何かあるわけじゃない。そもそも付き添いみたいな感じだし、こんな生半可な奴がいたのでは足でまといになるだろう。
「……ただの付き添いです」
この人を前に嘘は意味ないと悟り、俺は正直に答える。
「……そう。まあ、興奮してる奴がいるなら、冷静なのとセットにしとかないと危険だしね。あんたもついて来なさい」
しかし、この人はなにか責めることなく、俺にもついて来いと言って城の中へと進んで行った。
城の内部は、昨日と変わらず紫色の不気味な空間が漂う。ただし、昨日いた甲冑は今のところ姿を見ない。
「とりあえず、ここでいっか」
無言で歩き続け、辿り着いた場所は昨日俺が逃げ込んだ客室。
「いい?結構長いからメモするなりなんなりしときなさよ。この世界で戦うってんなら、結構大事なこと教えるら」
そう言われたので俺は素直にメモのアプリを起動した。つい自然に指が動いたが、耳からアークは消えているだけで同等の機能は同じように使えるっぽい。不思議だ。
「まず、この世界について。この世界は見たら分かるけどあんた達がいる世界とは違う。いわゆる異世界ってやつ。いつ、どんな時に入っても禍々しい月が照らす夜の街。それがこの世界」
そこまでは俺の認識と概ね同じだ。
「そしてこの場所。ほとんど変わらない街並みで、現実離れした異質な空間であるここ。この場所は集合的無意識により出来た歪んだ場所」
「しゅうごうてき?」
「人ってのはね、無意識下で繋がってるって言われてるのよ。ほら、例えばって言って上手く例えを出すことも出来ないんだけどさ。ほら、うちの家族だけの特徴とか、この学校ならではの文化とか、そういった特に誰も言ってないのに生まれてくるコミュニティ。そこから自分で考えて動き出すと個人的無意識になったり、あーだったりすんだけど……難しいわね」
「うす」
「まあ、要はこの場所を不特定多数が変な場所として見ることによって生まれるのがこの場所。ここで言うと趣味の悪い宮殿ってわけよ」
つまり、この場所、地図的には学校があったと思われる場所だが、ここを宮殿みたいに感じてる人が多いというわけか?
「今回の場合、色々と調べて分かったのだけれど、ここに通う生徒とか教師が何かに畏怖してて、その畏怖の対象がこの学校を宮殿のように捉えたせいで生まれたと私は考えてる」
「つまり、この学校で特に恐れられている人がいる、ということですか?」
「そう。誰なのか知らないけど、その暴君みたいな人がいて、その人を中心にこの場所が作り出されてるのよ。あんた達、ここの生徒なんでしょ?誰か心当たりないの?」
心当たり……と聞かれれば……
「「 伊吹 翔真 」」
俺と神代の声が重なる。同じことを考えてたみたいだ。
「2人とも同じことを言うってことは、その人なんでしょうね。じゃあ次の説明に行くわ。この歪んだ場所のことをパトリアムって呼んでる。そして、パトリアムを支配する主のことをドミネーターと」
パトリアムに、ドミネーター……。
「パトリアムには多くの化け物が出るわ。あんた達も昨日見たでしょうけど、この場所なら甲冑を着た兵。ここが宮殿だからそれに合わせてそんな形をしてるんでしょうね。で、そいつらのことセルボスって呼んでる。そいつらはドミネーターの支配を強く受けていて、本人の意思とは関係なしに動かされているわ」
「え、じゃあ昨日襲ってきたあいつらって……」
「仕方無しにやってるのよ。じゃなきゃ自分たちが消されるからね」
異世界も中々に上下関係が厳しいらしい。それならそうと、話くらいなら出来そうな気がしなくもないが。
「もしかして、そのセルボスも現実にいる誰かってことですか?」
「正解。甲冑を着てるから分かりにくいのだけれど、兜くらいを剥がしてやればどっかで見た顔が出てくるわよ」
なるほど。知り合いだったら多少心が痛むが、まあ俺には関係ないな。……ないのか?
「あの、質問なんすけど、そのドミネーターとかセルボスとかって、現実の人間と同じなんすよね?」
「うーん、見た目だけは同じね。中身……も、その人が無意識に抱いてる感情だからあながち偽物じゃないわ。いわゆる、本音みたいな。まあ、倒したところで現実の本人には何も影響ないわよ」
「……何も、ないんすか?」
「今のところね。と言っても、私は歪んだ場所の調査は何回もしてるけど、特に歪みを取り除く方法とかってのは今のところないの。ある日突然消えてたりすることもあるし、自然現象的なものとして見てるわ」
「……なんだよ、クソっ」
ここに来て神代が分かりやすい悪態をつく。
「こっちの世界でぶっ飛ばしゃ、向こうのあいつもどうにかなるかもって思ったのに……」
まあ、気持ちは分からなくもない。一矢報いたいとか言ってたのに、肝心の現実には何も影響がないなど、無駄骨もいいところだからな。
「そんなことないわよ。多分、あんたの言い方的にそいつに何かされたんでしょ?」
「……ええ、まあ」
「こんな空間を生み出す主よ。探し出せばあんたと同じ苦しみを受けた人は多いはずよ。なら、この世界で探せばいいのよ」
「……何をっすか?」
「証拠。セルボスだって頑張れば話が出来るのもいる。そいつらは普段口を封じられてるから言えないことでも、本音だからケロッと吐いちゃう。それに、ドミネーターも本音の塊だし、そいつが主の場所なんだから探せば見られたくない証拠になりうるものとかたくさん見つかるわよ」
「でも、それはこの世界での出来事だから……」
「そう。証言を取るためには現実でもう一回頑張るしかないわ。でも、本音を聞いた後で聞き込みに行くんだから、それなりに言葉は用意出来るんじゃない?あと、証拠だって形さえ見ちゃえば現実で同じものを見つけるだけでしょ?」
「……ってぇことは、頑張れば俺たちでも……!」
「やれる、ということだな」
暗く沈んでいた神代の顔に明かりが灯る。本当、単純だが素直でやる気に満ちたやつだ。赤は主人公カラーだったか。……この戦いは、正しくお前が主役だな。
「ま、そうなると戦い方も教えてあげなくちゃならないか。ついて来なさい。戦い方を教えてあげる」
「うすっ!よろしくお願いします!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いい?まず、あんた達が持ってる魔法から」
客室から出て、たまたま近くにいた甲冑を相手に指導が始まる。
「あんた達ゲームは好き?」
「俺は好きっす!」
「俺は少ししか」
「ああそう。じゃあ、感覚で覚えろって言うしかないんだけど、セルボスもドミネーターも、この世界に生きる奴には必ず弱点があるわ。苦手な属性だったり、逆に得意な属性だったりってね。2人はそれぞれ風と炎だったけ?」
「俺はそうっす」
「俺は……」
《権利の共有により、炎属性魔法が解禁されました》
魔法を使おうとした瞬間に、これまた突如として現れるウィンドウ。何やら、炎の魔法も使えるようになったと言うらしいが、何だこれ?
「ファム」
風魔法のように詠唱すれば、俺の手から出て来たのは火の弾。本当に炎属性も使えるようになったらしい。
「あれ?お前風じゃなかったっけ?」
「知らん。使えるようになってた」
「まあどっちでもいいわよ。使える属性が多いに越したことはないから。で、あの甲冑だけど」
「火が弱点っすよね!ファム!」
説明を聞かずに、神代が火の弾を投げつける。すると、甲冑の鎧が燃え、紫色の肌が顕になる。
「あいつの場合、まずはあの硬い装甲を剥がしてからじゃないと攻撃は通用しないわ。まあ、首とか肘膝を上手く狙えば1発で落とすことも可能だけど」
足から拳銃を抜いて高速射撃。バン!と紫色の肌を貫き、甲冑は消えてしまった。
「今のは普通に倒す時の例。あんた達の場合、話も聞かなきゃならないってことだから、今のやり方とは別の方法を取るわよ」
「うすっ!」
少し移動し、また別の甲冑がいるところへ。
「神代くん。もう一回ファムで攻撃しなさい」
「ファム!」
言われた通りに神代は攻撃し、敵の甲冑を剥いだ。
「さて、本番はここから。2人とも、これ持ちなさい」
そう言ってその人は俺たちにそれぞれ拳銃を渡してくる。
「ああやって守りが薄くなった奴らは、周りを囲んで脅してやればすぐに命乞いを始めるわ」
言われた通り、俺と神代で挟み撃ちにする。するとーー
『す、すみません!許してください!命だけは!』
あっさりと命乞いをし出す甲冑。何の捻りもないが、楽でいい。
「ああなったら聞きたい放題よ。何か知ってるかもしれないし、何も知らないかもしれない。まあどの道もう敵対することはないからゆっくりすればいいわ」
「おいお前!伊吹翔真について何かされてんだろ!吐け!あと自分の名前!」
「ひ、ひぃ!!許してください!伊吹先生には逆らえないんです!逆らったらみんな、何をされるか分かったもんじゃない!昨日だって、俺がちょっとヘマしたからって殴られる始末で!」
本音だから誇張されてるのかもしれないが、それほどまでに恐れられているのだろう、あの先生は。見た目は普通に爽やかそうで、俺に対して気遣ってくれる人だったのだが、これこそ人は見かけによらないのだろう。
「だったらなんで親とか警察とかに言わねぇんだよ!言えばいいだろ!」
神代は肌が紫色の生徒の肩を掴み、必死に訴えかけるように叫ぶ。
「い、言えるわけないだろ!誰もお前みたいになりたくないんだよ!」
「ああ!?」
「機嫌さえとっておけば殴られないで済むんだよ!大人しくしてればいいんだよ!」
その生徒も負けじと大声で叫んでいたが、そこで攻撃したわけでもないのに姿が朽ち果ててしまった。
「あ……」
「精神体の崩壊ね。余っ程追い詰められていたんでしょ。無意識下の存在なのに、その恐怖をハッキリと意識してしまってる」
「っ、なんだよ。ただ怖い怖い言ってただけじゃねぇか」
「そういうものよ。もっと落ち着いて話してくれそうなセルボスを探さなきゃいけないのよ。ま、ほとんど当てずっぽうに近い感じになるでしょうけど」
当てずっぽうで今みたいに崩壊せずに話をしてくれる相手を探す……か。オマケに、甲冑を着ているから遠目から顔を確認できない奴らを相手に。
考えただけで先が長そうだとげんなりする。まあ、急ぐほどのことでもないし、ゆっくり進めていけばいいと思うのだが、果たしてこんな如何にもせっかちそうな奴にそれが出来るかどうか。
「とりあえず、今日はもう引き上げましょう。本当はもっと色々あるのだけれど、あんた達がここで戦う分には問題ないくらい教えたから」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ーー宮殿前。
「やっぱ何度見ても不気味だよなぁ。この城」
「そういう風にみんなが見ているから、そうなる。ということですよね」
「ええそうよ。逆に言えば、みんながそう思わなくなればいつも通りの学校に戻るわよ」
みんなが思わなくなれば。この学校を畏怖の対象として認識しなくなれば他の街並みと同じように自然な形へ戻る。
伊吹翔真。彼の悪事を暴き、世の裁きを受けさせることが正解のやり方になるのだろう。先は長いが、神代とその他の生徒のためにもやる価値はある。
「あ、そうそう。あんた達魔法だけで戦うつもりでしょ?」
「それ以外に武器なんてないすけど。なあ?暁」
「ないな」
まあ、必要となればこいつが与えてくれるかもしれんが、今のところそういったものは無さそうだ。
「はい。好きなの持っていきなさい」
そう言ってその人は地面に多種多様な武器を落とした。初めから思っていたことなんだが、この人は何者なのだろうか?異様に戦い慣れしていることもそうだし、この世界に詳しいことも、今みたいに何も無いところから武器を生成したことも含めて、本当に何者なのだろうか。
「おすすめってなんかあるんすか?」
「1番使いやすいのは剣ね。慣れれば片手で振れるし、あまり場所を問わずに使えるわ。それと槍。リーチが長いから相手の射程外から攻撃出来る。ただし、剣に比べれば重いし、狭い場所じゃ使いにくいって弱みもある」
「俺、左手が使えないから出来れば最初っから片手の武器がいいんすよね」
「なら短剣ね。射程こそ短いけど、投げて使えるし、毒でも塗って相手にぶつければ毒殺も可能よ」
「じゃあそれで」
「はい」
神代はそこそこ刃の長い短剣を受け取り、更にオマケと言わんばかりにクナイを5本ほど押し付けられていた。
俺は何にするべきか。この人の言うように、1番扱いやすい剣でいいか?
「あんたは何?剣にでもしとく?」
「そうですね。変に使いにくいものよりも、1番オーソドックスなものがいい」
「堅実タイプね。はい」
剣を受け取る。若干の重さを感じたが、両手で構えればそれなりに振れるほどだったので、後は練習するだけだな。
《魔法剣ヴェント、魔法剣ファムを習得しました》
「……」
また例の文字だ。何かアクションする度に知らせてくるなこいつは。
まあ、今のところ害はないし、出来るようになったことをすぐに知らせてくれるので助かってはいる。俺が魔法剣というものを習得したということは、神代も同じように何かを習得しているのか?
《仲間の情報を閲覧しますか?》
そんな疑問に答えるように、こいつがそう尋ねてくる。今はいいやと思い、《NO》の方をタッチする。
「さて、これでもうあんた達にしてやれることはしたし、最後に一つだけ絶対に守ることを教えてあげるわ。いい?絶対に死なないこと。無茶はダメ。ヤバいと思ったらすぐに撤退することよ」
「うす。分かってます!」
「うん。その返事が聞けたらそれでいいわ。あなたも、無言だけど分かってるみたいだし。あ、そうそう。ドミネーターには絶対に手を出さないこと。あいつは主なだけあって相当強いわ。昨日痛い目見たから分かってるでしょうけど、この世界で負った傷は現実にも反映される。もちろん、死んだら同じく死ぬ」
「分かってます。ドミネーター以外から情報を聞き出せってことですよね」
「そういうこと。特に、そっちの金髪は感情的になりすぎるから、ちゃんとあんたが止めてあげること」
「俺そんなふうに見える?」
「見える」
事実さっき生徒から情報を聞き出そうとした時にカッとなっていたではないか。
「そういうこと。特に、あんた達も二人いるんだからお互いに協力すること。いいわね?」
「うす」
「はい」
「じゃ、精々死なないように頑張りなさいよ」