Page:12 「真相.vsドミネーター」
ーー宮殿前。
「いっそげ!いっそげ!」
「大スクープが逃げちゃいます!」
全員で宮殿を抜け出し、現実への帰還を求めて駅を目指す。しかしーー
『何が逃げるというのだね?』
城門前、俺たちの前に立ちはだかる人物が一人。
「え、矢島先生……」
学校の地下室で出会ったちょっと小太りな矢島先生。ここにいるセルボスたち同様、禍々しいオーラを放ち、俺たちの前に立ち塞がる。
予想通りだったな。最初はただの勘でしかなかったというのに、ここまで予想通りの展開になるとは。
「あ、なんだよ!オッサン!……ってか、まだここパトリアムだよな?」
神代が確かめるようにこちらへ問いかけてくる。俺はその問いに「ああ」と軽く返事をして、神代たちの前に出る。
「な、なんでここに矢島先生が現れるんですか!?」
「その答え合わせは今から始める」
俺と進藤は矢島の前に立ち、一枚の写真を奴に投げ渡す。
『……そうか。ここまでハッキリと撮られてしまったか』
矢島は一瞬悔しそうな顔をしたあと、すぐに表情を切り替え、「で、なぜ君たちがこんなものを持っている?」と問いかけてくる。
「最初の疑問は地下室での出会いからだった。俺たちはてっきり伊吹が来たと思って身構えていたが、そこに来たのはあなただった」
『ふむ。何もおかしいポイントはないと思うがね』
「ええ、それだけを見れば何もおかしくない。置かれていた書物のほとんどがホコリを被っていたことを除けばな」
『……』
「あの地下室の存在を知っているのは、この世界のドミネーター、伊吹、被害者、そして俺たちのような例外。まず、被害者と伊吹。こいつらの使用目的は簡単であの部屋の最奥にある場所で日常的な虐待が行われていた」
ハッキリと断言したが、これはまだ勘の域を出ていない。実際にあの部屋の中を見たわけではないからな。
「次に俺たちのような例外。資料室という観点から見て、あの地下に行く人間の目的は資料を漁ることだろう。しかし、あの部屋にあった資料は全てホコリを被っていた。それまで誰かが調べに来た形跡は無いということだ。資料の内容も十年以上前のものがほとんどだったしな」
地下室の存在を知っていたのは進藤だったが、進藤は存在を知っているだけで使ったことはないと証言していた。電気の存在を知らなかったのもそれが原因みたいだ。
「そして最後にドミネーター。あの地下室を牢獄のように捉えている張本人。あなたはあの日、まるで自分も調べ物をしに来たという体を装って降りて来ていた」
『……ふむ。言われずともその通りだが』
「でも、あなたはそこで間違いを犯した」
『間違い?』
「あなたは普段からここで調べ物をしていると言った。では聞きます。普段から調べ物をしているはずの部屋で、なぜ全ての資料がホコリを被っていたのか。もしかしたら被っていないものもあるかもしれない。でも、あの部屋は長年放置されてないとそうはならないだろうってくらいホコリまみれでしたよ」
『……』
部屋は二部屋あり、俺と神代が調べた部屋、そして清水と進藤が調べた部屋は、どちらも人が来るような場所じゃないと思わせるほどホコリだらけだった。いくら暗闇だったとはいえ、誰かが調べ物をしていた形跡があればそこだけ目立つように綺麗になっていただろう。ましてや日常的に使っていたのならな。
多分だが、矢島はあの日例の拷問部屋関係で何か用事があったのだろう。しかし、そこに俺たちというまさかの先客がいた。咄嗟に嘘を言ったはいい。動揺もせず、清水にアドバイスまでして自分はこれから調べ物だという体を上手く装えていた。
しかし、その時の嘘に欠陥があった。矢島は普段から調べ物のために地下室を使ってるわけではないから知りもしなかったのだろう。まさか、十年以上放置されてるレベルで誰も調べ物をしに来ていないとは。
「矢島教師は私たちを侮ったのだ。僅かな疑問ではあったが、あなたに疑念を抱くには十分だった」
「調べさせてもらった。地下室に入っていくお前と伊吹がバッチリ写った写真と録画がある。そして、地下から出てきた痣だらけの生徒がいる場面もな」
正直、診断書なんて要らないレベルで確実な証拠を掴んだとは思ってる。だが、これでも握り潰される可能性が否定出来ず、俺と進藤は予定通りに作戦の決行を決めたのだ。
伊吹がドミネーターではない可能性には早くから検討がついていた。そして、先程の戦闘を終えて奴から聞き出した情報。あいつを止めろ、あいつを止めなければ何も終わらない。この世界において、嘘をつける人間はいない。
「このパトリアムの主。真のドミネーターは、矢島先生。あなただ」
『……』
答えは出た。
矢島は『やれやれ』と首を横に振り、『気付かれてしまったのなら生かしては帰せないな』と先程まで出ていたオーラを更に増幅させ、その体をみるみるうちに巨大化させていった。
腕は四本あり、手足はとても短く、まるで赤子のように頭が大きくなった矢島。伊吹はまだ人の姿を保っていたが、こいつはもうただの化け物だ。一体どういった無意識がこんなものを生んでしまうのだろうか。
「お、おいおい、マジかよ……。俺もうゲージ切れかけだぞ……」
「わ、私もちょっと息が……」
「そりゃ、あれだけ全力を尽くしていたらそうなる」
俺は二人に「下がっていろ」と伝えると、進藤と共に矢島の前に立つ。
『ふん、たかが二人で何が出来る!』
「舐めてもらっては困るな、矢島教師」
『だあぁ!』
早速矢島からの攻撃。巨体となった体を存分に生かし、手のひらで叩きつけを行ってくる。
「少年、まずは奴のバランスを崩すところから始めよう」
「ああ」
進藤から移動速度上昇のバフをもらい、素早く矢島の後ろ側に回る。そしてまずは弱点を調べるべく魔法を連発。だがーー
『ふん!生温いわ!』
伊吹と同様、大して効いた様子はなく、矢島はこちらに狙いを定め倒れてきた。
ズシン!と倒れた衝撃で地面が揺れる。倒れた矢島は、まるでダルマのように反動をつけて立ち上がり、再びこちらに視線を合わせてくる。
まずはあの足を奪うことから始めた方が良さそうだ。
「進藤!矢島は俺が惹きつける!まずは足を狙ってくれ!」
「了解した」
矢島の顔に向けてファムを数発当てる。元からこちらの方にターゲットを絞っていてはいたが、これで矢島は『ちょこまかと……!』と明らかに怒りを顕にしてこちらを狙ってきた。
再び体を倒し、今度はゴロゴロと転がってくる。なるほど、考えたものだな。あれほど大きな体であれば、飛んでかわすことなど出来ないと睨んだのだろう。壁となる校舎も少し離れているし、壁を上って避けることも出来ない。
「だが、情報が古い!」
足元に向けて「メガヴェント」を放つ。ヴェントよりも強力な風が発生し、勢いよく俺の体を宙へ突き上げてくれる。
「進藤!」
「ああ!」
後ろから追いかけていた進藤と共に、矢島の足へ剣を突き刺す。脂肪による弾力のせいか、中々思うように突き刺さらない。
「邪魔な贅肉だ」
「全くだ」
矢島が起き上がり出したので一旦離れる。足を狙うのはいい案だと思っていたが、まさか柔らかすぎて斬れないという自体に陥るとは思わなかった。
全体で見れば細い方である足でそうなんだ。体の方はもっとダメだろう。
『ふん!何が情報が古いだ!お前らの攻撃なんぞ一つたりとも効いてはやらん!』
再び矢島が手のひらで叩きつけをしてくる。同じ手は通じないと奴も分かっているはずだが、どちらかといえばこれは、俺と進藤を消耗させるためにやっていることなのだろう。
伊吹と同様、早いうちにケリをつけなければ一方的に不利になるのは俺たち。あれほど大きくて動きが鈍ければ、三次も四次も当てたい放題だろうが、全員、特に神代のゲージがもうほとんど空になっている。
どうにかしてゲージを回復する手段でもないだろうか?そういえば……
「魔法薬……」
狐の人から貰ったものの中には、魔法薬と呼ばれる回復アイテムみたいなものがあったはずだ。
矢島の攻撃を避けつつ、所持品を確認する。回復薬に、解毒薬、興奮剤と多種多様な薬がある。そして、確認を進めていくと「マナ回復薬」と呼ばれる、通常の回復薬とは名前の違うものを見つけた。
「神代!これを!」
矢島の攻撃が迫り来る中、マナ回復薬を取り出し神代の方に投げ付ける。受け取った神代は、最初はちょっと怪しそうに見ていたものの、すぐさま蓋を開け中身を飲み干した。
神代のゲージが半分ほど回復する。一発で正解を引けたようだ。
「よっしゃー!俺復活!」
「無駄遣いするなよ!」
「わーってるって!早速決めるか!」
「ああ。清水、連携入れるか!」
「は、はい!まっかせちゃってください!」
復活した二人を加え、三人で矢島を取り囲む。
「「「 トリアングロス・マジッカー!! 」」」
三次魔法で矢島をピラミッドにーー
『効かぬわ!こんなもん!』
ピラミッドが形成されるよりも先に、矢島が大きく足蹴りして俺たちの魔法を粉々に砕いてしまった。
「少年!呆然としている暇はない!四次魔法で決めよう!」
「あ、ああ……」
少し動揺してしまったが、すぐに四人で矢島を囲み直し、「ポリゴノム・エクストリアム」を唱える。
様々な角度から魔法が浴びせられ、流石に魔法が効きにくいこいつでもこれなら!と思ったが……
『ふん。それが全力か』
「……おいおいマジかよ」
「全っ然効いてない……」
矢島には俺たちの全力ですら効かなかった。
四次魔法ですら効果がないというのなら、他に何が撃てる?もう一度狐の人から貰ったアイテムを見てみる。薬の方は全部自分たちで使う用のものばかりで、興奮剤という、多分バーサーカーにでもなるのだろうか?と思われるものを試してみようかと考えたが、そもそも通常の攻撃すら無意味だというのに暴走して何になるんだと考えを改める。
特殊弾丸。雷撃弾、氷結弾、火炎弾、突風弾……ダメだ。どれも効きそうにない。クソっ、何か手立ては無いのか……。
「少年!攻撃が来てる!」
「……!」
しまった。また意識を外しすぎていた。
気付いた時にはもう矢島の巨大な足が眼前に迫ってきていた。逃げようにも、もうこの距離では間に合わない。ならーー
「アクア!グレイチェス!」
左手で水の幕を張り、右手で凍らせる。あんな巨体相手にどれだけ持ち堪えられるか……。そう思ったのも束の間。
『むっ……!』
氷の壁に足を触れた途端、矢島が急に足を離す。
氷が冷たかったのか?いや、そんなバカな理由があるわけないだろう。あのまま押し潰してしまえば俺を始末することは出来た。
離れた矢島の足を見てみると、若干ではあるが氷が張り付いていた。ほんの少量。しかし、恐らくあれが原因で矢島は俺から離れた。
「清水!試してみたいことがある!矢島に思いっきり水をかけてくれ!」
「何か閃いたんですね!まっかせてくださーい!」
「アクア!アクア!アクア!」と清水が矢島の周りをグルグルと周りながら水をかけてゆく。
考えが間違っていなければ、恐らく奴にはこの手が通じるはず……!
「グレイチェアー!」
矢島の足元を広範囲の冷気で包み込む。濡れた部分がみるみるうちに凍り付き、奴の動きに制限をかける。
「今だ!進藤、行くぞ!」
「ああ!」
進藤と共に、凍り付いた両足を砕くように斬る。さっきまでは弾力のせいで跳ね返されていたが、凍ったおかげで硬くなった足は割れるように斬れた。
『小癪な!』
足を失い、バランスを崩しかけた矢島は四本の手を伸ばして何とか体を支えている。
「うっへ……見れば見るほど気持ち悪ぃ図体してんなおい」
「本当ですよ!」
二人の意見には概ね同意だ。これだけ大きくなければ、まだ赤ちゃんみたいで可愛い……かどうかは多分無理があるんだろうが、四足歩行でイナバウアーみたいな姿勢で迫られると軽いB級映画の雰囲気がしてくるな。
先程よりも動きが軽くなったように見えるが、それでもまだ遅いことに変わりはない。
「清水!あの手も砕くぞ!」
「はい!」
再び動き回る矢島の周囲を周りながら、二人で体を凍りつかせてゆく。凍りつかせたところは即座に進藤が砕き、徐々に奴から行動の自由を奪っていく。
手足がなくなり、もうダルマとも言える状態になった矢島。しかし、この状態でも体をゴロゴロと転がし、俺たちへの攻撃を諦めない。
「ちっ、しつけーんだよ!オッサン!」
『しつこくて結構!ここからお前たちを返すわけにはいかないからな!』
ダルマのように反動をつけて体を起き上がらせ、こちらに向けて大きく口を開いてくる。何をする気だ?と思った直後、口からレーザーのようなものが放たれる!
「……!メガヴェント!」
避けるよりも先に魔法で相殺を測ったが、奴のレーザーの方が強く、俺はまんまとそのレーザーにやられてしまった。
「っ……!」
「少年!キュアーー」
「ダメだ!進藤!」
「……!」
進藤が俺に回復魔法を使おうと近付いてくる。しかし、そんな甘い行動を矢島は許してくれず、進藤に向けて同じレーザーを放ってくる。
進藤も咄嗟に自身に防御のバフをかけて受け切ろうとしたが、その程度で耐えれるほど奴の攻撃は優しくなく、進藤もレーザーを前に吹き飛ばされてしまった。
『ハッハッハっ!これこそ正しく、情報が古い!というやつなのではないか?』
続けて放たれたレーザーを相手に、清水と神代も呆気なくやられてしまった。
「ちっ……くしょう!」
『ハッハッハ!この私に楯突いたことへの報いだ!』
ダルマ姿の矢島が大きく高笑いする。見た目は誰が見ても不恰好だというのに、こんな奴に俺たちは負けるというのか……。
伊吹と同じ日に仕掛けたのが間違いだったか?いや、伊吹の口だけを割ったところで、真犯人が別にいるのではまた揉み消されかねなかった。伊吹の真意が分からなかった以上、同時に叩く必要があったんだ。多少無茶でもやるしかなかった。
伊吹がそこまでの相手ではなかったからと少し油断していたのも悪かったかもしれない。まさか、こんなにしぶとくて、見た目以上の強敵だとは思いもしなかった。ドミネーターが危険だという意味を理解するのが遅かった。
『ハッハッハっ!終わりだ!この私に楯突いたことを、地獄の底で反省するがいい!』
伊吹が口元に光を集めている。さっきのよりももっと強いレーザーを放つ気だと分かっていたのだが、体が上手く言うことを聞かない。
「畜生……!こんなところで、終わってたまるかよぉ!」
「……」
そうだ。まだ終われないんだ。ここで奴を倒さなければ、事件が解決しない!
痛みに震える体を無理やり動かし、膝立ちでもいいからと立ち上がる。左手にはアクア。右手にはグレイチェス。あの攻撃を相手にどれだけもつか分からんが、やるだけのことはやってやる!
『終わりだァ!クソガキ共ォ!』
眩い輝きを放つレーザーが迫って来る。俺に出来ることは衝撃に耐えることだけ。そう考え、輝きを前に目をカッと見開きながら氷の盾を張る!
「おっけー。初めてのドミネーター戦でそれだけやれたら十分よ」
ーーしかし、俺の盾は強い衝撃を受けることなく、奴のレーザーは輝きを急速に失っていった。
『何!?』
膝立ちが辛くなり、俺はその場に倒れ伏す。体に力が入らなかったが、それでも何が起きたのかを確かめようと、顔を前に上げる。
幾何学模様の刻まれた白衣。狐のお面を着け、どんな表情をしているのかが分からない顔。
「……!」
「第一初見だってのにいきなりワンパでレイドボス倒そうってのが無理な話なのよ。まあ、私みたいな規格外は除いてだけど」
その人は武器を何も持たずに手のひらだけを奴に向けており、恐らくレーザーは片手で受け止めてしまった、ということなのだろう。
『何者だ!お前のような生徒なんぞ、見たことない!』
「だって私もう生徒って呼べる年齢じゃないからね~。26歳子持ちの今は専業主婦よ」
そう言うとその人は生身の体で奴の巨体よりも高く飛び上がり、どこかから二本の剣を取り出す。
「けーっきょく私ですか。まあいいですよ!ディア・ヴィクトリー!」
禍々しい月が輝いていた空が、突如としてサンサンと太陽が輝く空に切り替わる。
狐の人が手にした二本の剣に、眩く輝く焔がまとわりつき、向日葵の花びらと共に矢島の体を斬り刻んでゆく。
俺たちの剣じゃあの弾力に跳ね返されたというのに、狐の人が振るう剣はスパッと肉を裂き、太陽の光と共に矢島を焼き焦がしてゆく。
「ふぅ。私、最強!」
あっという間に巨体を頭だけにしてしまい、その頭から矢島の本来の体が出てくる。
狐の人は「今がチャンスですよ?」と俺たちに言ってくる。まだ動ける状態じゃない、と思っていたら、狐の人から放たれる緑色の風によって、みるみるうちに俺たちの体が回復していった。
何者なんだと尋ねたかったが、今はそれよりもやることがある。全員で矢島の周りを囲み、銃を突きつける。
『ま、待て!私の話を聞け!』
「って言ってるけどどうするよ、暁」
「もう証拠は十分掴んでいる。今更弁明の余地は無い!」
『ま、待て!私は伊吹くんに脅されていただけなんだ!』
「今更そんな言い訳が通用すると思うな!」
バン!と俺は矢島に向けて銃の引き金を引いた。放たれた弾丸は矢島の背中を突き破り、ボロボロとその体は崩れ落ちていった。
「えー、ドミネーターなのに聞くこと聞かずに倒すのー?折角話が聞ける状態にしてあげたのに」
俺のその行動に、狐の人が珍しく驚いたような声を上げる。
「もう伊吹のセルボスから聞きたいことは聞けたんです。それより今は急がなくちゃならない!」
もし万が一、矢島本人が動いて折角の証拠を潰されてしまっては意味が無い。
俺は狐の人に「ありがとうございました!」と伝えると駅に向かって走り出した。他のみんなも、「た、助かりやした!」「あ、あの、ありがとうございました!」「命の恩人。この例はいつか必ず」と言って俺の後に続いた。
「……最近の若い子たちの考えが分かんないわ。……は?うるさいわよ」